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赤の王  作者: きーち
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後編

 光が見えた気がした。眩い光であり、どうやら自分は仰向けでその光を見ているらしい。

 眩しくって手で光を遮ろうとするも、どうにも上手く体が動かない。その理由はすぐに分かった。

 自分は何かに圧し掛かられている。それは自分を両の腕で叩き付けているらしかった。少なからない衝撃が体全体を襲ってくる。

 自分はこのまま嬲り殺しにされるのか。そんな風に思ったものの、殴りつけてくる相手の動きが少し止まる。どうやら先ほどの光に反応したらしく、相手……恐らくは自分の敵であろう相手は、自分から意識を少しばかりその光に向けたらしい。

 これはチャンスだ。自分はその隙に起き上がる……と言う事はせず、なんとか動く手で敵の足を掴んだ。敵は2足であり、縦に細長い姿をしていたから、きっとバランスが悪いと判断したのである。

 掴んだ足を引っ張り、敵のバランスを崩させる。転びそうになる敵の隙を付き、なんとか自分の上半身を起き上がらせた。どうにも体全体が重く鈍く感じるが、起き上がりと言うのはこういうものだろう。

 敵は態勢を立て直した後、再度、攻撃を仕掛けてくる。再び殴り付けかと思えたが、どうにも鋭い爪を持っているらしく、それでこちらを引き裂こうとしてきた。

 自分はそれを腕で防ぐ。視界に入った自分の腕は随分と太く逞しく見えたため、爪を防ぐには十分だと考え、むしろ押し込む事にした。押し込み、敵の体目掛けてそのまま体重を掛ける。動きが鈍いと言う事は、自分の体はそれなりに重いと言う事だろう。

 再び地面に伏せる事になるが、それは敵もろともだ。むしろ押し込んだ勢いで敵に体重を掛け、さらにその腕を敵に乗せたまま、支えにしつつ起き上がる。

 敵の悲鳴が聞こえた気がしたが、それもまた鈍い。まるで外界から一枚、見えぬ布で包まれた様にぼやけている。視界も、聴覚も、他の感覚もすべてが鈍かった。

 だが、敵の様子はしっかり見えた。敵はこちらと違い俊敏だ。細い体をしているが、すぐに立ち上がり、今度はこちらと距離を取ってくる。脇腹を抑えている様に見えたが、恐らく、こちらが腕で地面へと押し付けた部分だろう。

 このまま畳み掛けてやるか。そう考えて体を動かすも、敵の動きよりじれったくなる程に遅かった。そんな自分に対して、敵は口を開き、何かを吐き付けてくる。熱い息か。いや、それは炎のブレスだった。

 自分の体は、どうやらその炎に耐える事が出来ているらしく、燃える事は無い。しかし、それでも熱が体の奥底に向かっている気がした。これが全身に回れば、相当にダメージを受けるかも。

 そう思えたから、自分は地面へと手を伸ばした。地面は何やら細々としたものが見えたが、概ね土で出来ている。好都合であり、そのまま掘り返すように土を掬うと、敵へと投げつける。こんなのは子ども騙しにしかならないだろうが、それでも、振り掛かった土を敵が払う間、炎が止まった。

 その間、自分は敵へと再度接近していく。というより、土を掬い、投げる最中も前に進んでいた。動きが鈍い以上、幾つかの行動を同時にするのが賢明だ。

 近づき、手の届く距離にまで来た瞬間に、体を停止させ、一方で腕は動いた勢いのまま敵へ叩き付ける。腕で殴ると言うよりも、腕を振り回す感覚。腕の重さはそのまま威力となって、敵の横顔面を殴りつけた。

 微かであるが感触は伝わる。確かにダメージを与えたはずの一撃。しかしてトドメには届かない。そんな感触だった。

 一方で敵はこちらを脅威と考えたらしい。さらに距離を離してから、次には背を向けた。

 そうなっては自分に手の出し様が無い。こちらの動きはやはり重く、逃げ出す敵との距離は離れる一方だ。だが、退散させる事が出来ただけマシだろう。今はこれで満足するべきだ。

 レイジン・バールトはそう判断し、再び、意識を投げ出す事にした。




 柔らかな感触が頭を包んでいる。これはもしや、妙齢の女性に膝枕でもされているのだろうかと言う妄想が先立ってから、レイジンは目を開いた。

「……おはようございます」

「よう。とりあえずはお疲れ様ってところだな」

 目に映るのは愛しの女性……などではなく、分厚い面の皮と無骨な頬骨を持ったいかつい男の顔。上司のデーバッカである。

 自分も膝枕に頭を埋めるのではなく、使い古された様な枕がそこにある。どうにもどこぞの民家のベッドで眠っていたらしい。

「あいたた……どうにもまだ頭痛がしますね。これは単純に寝起きだからなのか……」

 頭痛が残る頭を押さえつつ、レイジンは上半身だけベッドから起き上がった。

「寝起きに軽口叩ける程度には無事らしいな。で、何か聞きたいことはあるか?」

「寝起きに話し合いというのも何ですが、ここで悠長に話をできるって事は、今はとりあえず一息つける状況ってことですか……。イミテイターと赤の王はどうなりました? 不甲斐ない事に、途中から気を失っていたもので」

 レイジンの今の状態は、若干の頭痛こその残っているものの、我慢できぬ程ではない。右手の熱さも感じない。もっとも、火傷の痕でも残っているのだろう。包帯が巻かれていた。

 何にせよ、話を続けられない状況ではあるまい。

「イミテイターは逃げたよ。赤の王が最終的には勝った形になるかね。ま、取り逃がしたとも言えるが。だからこそ、村の一軒家を借りて、お前の回復を待つ事ができてるんだ」

「勝ったのは赤の王の方か……。気絶する前は、イミテイターの方が優勢に見えましたが?」

「それが妙な話でな。お前が気絶した後、丁度、あの宮廷魔術師殿がイミテイターの気を惹く魔法を使った時の事だよ。急に、赤の王の動きが良くなり始めたんだ」

「それはまた……どうして」

 デーバッカに聞いたところで分かるわけも無い事なのだろうが、何故か、デーバッカの顔は奇妙に歪んだ。

 何から説明するべきか悩んでいる。そんな風にも見えたため、説明できる事はあるのだろう。

「何かあったんですか?」

「あったんだよ。他ならないお前に」

「僕が……?」

 不気味な符丁があった。力が入ったのか、火傷をしている右手の甲が痛くなった。動かしたせいか包帯がズレる。その甲には火傷の痕が……。

「……っ!」

 咄嗟にそこを左手で抑え付けた。驚き、そこにあった光景に混乱する。自分の体だと言うのに、そこが本当に自分の体なのかと受け入れがたい。

「どうだ。何か……それは妙な感じがしていないか?」

「妙って……妙も妙ですよ。何で僕の手が……光っているんです?」

 包帯が解けたその先の手の甲には、確かに痕が残っていた。だが、それは火傷の痕ではなく赤く光る何かの痕だ。自分の手の甲に妙な紋様の赤い光が宿っているのだ。驚くなと言う方がどうかしている。

「なあ、おい。本当に、何も記憶が無いってのか? 赤の王が勝ったって言ったが、その後の事は言って無かったな。あのデカブツが、急に消えたんだよ。球体になって、浮いてどこかに行くんじゃなく、光の塊になったと思ったら、そのままこっちに来た」

 二者の戦いを見ていたデーバッカの元へ来たと言うことは、つまり、近くにいたレイジンのところに来たと言う意味でもあるだろう。

 そうして、デーバッカの表情の意味が分かった。彼は確かに、こちらへ説明したい事があるはずだ。

 だが、それ以上に、レイジンが何か話す事があるのではないかと期待もしているのだ。

 恐らく、赤の王は光となり、そうして……。

「僕のこの右手に収まったって、そういう事ですか」

「ああそうだ。あれだけの大きさだぞ? それがお前の右手一つに入って行った。あの光景は……夢だったとしても馬鹿げていたぜ? だが、真実だ。お前の手の光が間違いなく証明になんだよ」

 抑え付けていた左手を外す。強く握っていたため、多少の痺れを感じたが、右手の光を見れば、そんな事はどうでも良くなる。

 何だと言うのだろう、これは。自分の体に赤の王が入って来たとしか思えない話だったが、それは本当に事実なのか。

「……ちょっと待て? じゃああれは」

「なんだ、おい。何かあったのか?」

「いや……その……馬鹿らしい話として聞いてくれますか?」

 レイジンは赤の王と自分が結びついたと言う発想から、起きる前まで見ていた夢の、微かな記憶をデーバッカへと伝えて行く。

「……」

 返されるのは、やはり微妙な表情だ。疑いの目線。それも確かにある。いや、むしろそれだけなら本当に馬鹿話で終わるのだ。だが、それ以外の感情も籠っている。そう見えた。

「なあ、おい。お前、本当に気を失っていたんだな? まさかフリだけして、その後の光景もずっと見ていましたなんて事は無いんだよな?」

「なんでそんな事を確認するんです? あんな窮地で、そんな真似をするはずが無いでしょう?」

 窮地と言うならば、レイジンにとっては今もそうだ。赤く光る手の甲に、次は何かと戦っている夢まで―――

「待ってください。いや……待ってくださいよ? さっき僕が話した夢の内容。もしかして、そっくりそのまま、赤の王とイミテイターの戦いだとか言いませんよね?」

「おう、話しが早くて助かるな。言う通りだよ。お前視点での戦いの記憶だがね、イミテイターとの戦いで、赤の王側が取った行動をなぞってやがる。不思議だよな? まるでお前が……赤の王になって戦ったみたいじゃないか」

「……」

 冗談で言っているのではない。むしろ、お互いが冗談で終われば良いと思っているのに、それを受け入れられないでいる。だからこそ、最後には沈黙が続いた。

「話し声と言うことは、目が覚めた様だな!」

 沈黙をすぐさまに打ち破ったメルピナが、部屋へと入っていた。もしかして、ずっと外でこちらの様子を探っていたのか。

「……やあ、メルピナ女史。元気なようで何よりだ。命はお互い、無くなっていないみたいだね」

 何を言うべきか迷うものの、曖昧に笑って手を振るのが一番良いと判断した。

 何より、良く分からない状況のまま、暗い気持ちが続く方が最悪なので、彼女が現れたのは幸いな方だろう。

「そうだ。生きている。生きてさらなる探求に足を運ぶ事が出来ているな。嬉しい限りだ。嫌な事などそれこそ忘れるべきでもある。例えば君が私の魔法を囮にした事などはさっぱりと」

 根に持っているではないか。そうツッコもうとして、何時の間にかそんな事を考えられる余裕が生まれている事に気がつく。

 彼女のテンションも、時と場合に寄れば有なのかもしれない。

「だけど、現在進行形の謎については忘れられませんよ。これとか」

 きっとメルピナも既に知っているだろう手の甲にある光りを示す。すると、扉付近にいたメルピナが、一気にこちら側へと近づいて来る。

「おおう! その光りの件だがね、分かった事があるぞ。喜ぶと良い!」

「なるほど。そりゃあ喜ばしいねえ。内容を聞くまではだ」

 デーバッカの方も、すっかりメルピナの扱いに慣れているらしい。彼女の話は有用な時もあるが、期待すると裏切られる。程々の態度が一番良い。

「その手の文字だよ。光ってばかりいるから気が付かなかったかね? それは文字の形をしている」

「そう言えば……単なる火傷の痕だった時から、文字がどうとか言ってたっけ」

「古代文字だな。君のその手にあるその文字の意味は、“繋がり”だ」

「繋がり?」

 言われてから、もう一度自分の手の甲を見る。しかし、何か変化が有るわけでも無い。変わらぬ光りがそこにあった。

「ここからは何の論拠も無い、私の推測なのだが……君は赤の王と繋がったのだよ。その手を通して、君と赤の王は繋がっている」

「そりゃあ、手に吸い込まれていくのをお互い見ているから、俺は受け入れるぜ? だが、それが繋がるって言うのはどういう意味だい?」

 デーバッカがレイジンの疑問を代弁してくれている。メルピナの表情を見る限り、まだ話に先がある様だ。

「クロス島にあった石板。そこに刻まれた絵と、その文字、赤の王を実際に見た上での私の考えだが、赤の王はそれ単体では不完全なのだよ」

「守護神って割には、ノロマだからな?」

「騎士長殿。それだ。そこが一番肝心な部分とも言える」

 冗談半分だったのだろうデーバッカは、メルピナに肯定されたせいか、拍子抜けした表情を浮かべている。

 一方で、レイジンにとっては自分の体に関わる事なので、真剣そのものに聞いていた。

「赤の王はそれ単体では判断が鈍いのだ。何らかのセーフティ機能があるのかもしれない。助けが必要なのだろう。赤の王そのものの意思に代わって、赤の王の体を動かす誰かの助けが」

「あの石板でも……赤の王の近くに人の様な物も刻まれていた……」

「そうだろう? 君もそう思ったか。あの人間が、言ってみれば赤の王と繋がり、赤の王の代わりに判断を下し、悪神達と相対していた。そうして、今ではその役割が君に移ったと言う事だ。レイジン・バールト殿」

「頭痛や火傷したこの手は……僕と赤の王が繋がる時の反作用みたいなものだった?」

 意識を赤の王に繋げ、また、体のどこかにも赤の王との繋がりが発生する。それがレイジンの体に起こっていた現象と言うのか。

「もっと言える事があるな」

「なんです? 僕に?」

 デーバッカが意見を出してくる。話し続けるメルピナで無く、同じ聞き手だってレイジンの方を向いて。

「お前が、イミテイターと戦う役割を担わされたって事だ。なんで赤の王は、最初からその協力者を見つけないで、そのままイミテイターと戦おうとした? それはつまり、誰かに力を預けるってのは危険だからだ。そうじゃないかい? 宮廷魔術師殿」

「どうだろうな。赤の王の力は強力だから……選ぶ際は慎重に行う事になるだろうとは思うが……」

「そうだよ。きっとそうだ。だから赤の王単独でイミテイターに挑み……後手に回る事になった。じゃあ次はどうする? 適任者を選ぶしかねえだろ? イミテイターが強力になっちまったんだ。赤の王だって強くならなきゃならねえ」

 些か想像が過ぎると言いたいが、突拍子も無い事件が続くこの状況では、むしろ丁度良いのかもしれない。

「けど、じゃあ何で選ばれたのが僕なんです? 僕が適任者ですって?」

「少なくとも、君は戦える人間だ。騎士なのだろう? 実際、赤の王の元で動く姿を見せている」

「それに、直に接触してたって話じゃねえか。クロス島の方でよ」

「あれかぁ……」

 頭を抱えたくなった。確かに、赤の王が鉱山に埋まっていた時、赤の王に直接触れた気がする。この、今は光っている右手で。

「なっちまったものは仕方ないだろ? どうするんだ、レイジン」

「どうすると言われましても、手が光るだけですからね」

 普通の人間では無くなってしまったと思うものの、何か特別な事が出来る様になったとは思えない。夜のちょっとした明かりにくらいにはなりそうだが。

「赤の王と繋がっているってことは、その力がお前に使えるってことじゃあないのか?」

「そうなのかもしれませんが、そもそも、使い方が分からないんですよ」

 光る手を握ってみるも、何も変化は無い。そこから強い力を感じると言う事も無かった。

「ならば、私がそれを調べてみようではないか!」

「調べるとは、メルピナ女史には何か分かる事があるのかい?」

「集めていた古い資料を再び当たってみようと思う。根が詰まった時にする作業だが、今は私自身の視点が大きく違っている。新しい知見が得られるやも」

 最近、酷く怖い思いをしたと言うのに、何時の間にやらやる気を増しに増している。メルピナにとっては、この頭の痛い混乱が、空腹の中で続くディナーみたいな物なのだろうか。

「っと、古い資料を当たるって言うのは、王都に帰るってことか」

「その通りだ。私みたいな宮廷魔術師が、この村にずっといるわけにもいかんだろう?」

「まったくもってだ。研究者は研究をするのが仕事……デーバッカ騎士長。僕も、本調子じゃありませんので、王都への帰還を考えています。ミラの顔はありませんが、彼女も同行させますか?」

「ああ、そうしたいところだが、あいつは先に村を出させた。と言っても、王都行きじゃあないけどな」

 つまりは次の仕事を頼んだと言ったところだろうか。この状況、新たに生まれた仕事となれば、予想は付けやすい。

「ミラに、イミテイターを追わせたんですか?」

「誰かがしなきゃならんだろ。2度、イミテイターに遭遇しているあいつなら、もし遭遇した時に逃げの選択も取りやすい……生き残る可能性が高い奴にこそさせるべきだろうよ」

 それはつまり、彼女を危険な任務に付かせていると言う事であった。赤の王が撃退したとは言え、イミテイターの強大さはまだ健在なのだから。




 馬に荒野続く大地を駆けさせながら、ミラ・フォーカスは自身の疲労についての計算をしていた。

(十分な休息が取れたとは言い難いし……持って2日。いえ、1日半)

 保存食糧を幾らか持ってきているため、食事に関してはまだ余裕があるものの、体力は否応に消耗し続けている。

 精神力の方はもっと酷い。村を襲ったイミテイターは逃げ出したが、空を飛んでいるのだ。その後を追うとなると、空を見上げるか、それとも微かに残った地上の痕跡を探り入れて進むしかない。

 兎に角、集中力が必要で、疲労した体でその力を引き出そうとすれば、精神力を引き換えにするしか無くなるのである。

(けど、一日半あれば十分。相向かう先の予想くらいなら立てられる)

 空に影を見かけたのは数度。どれも追い始めて暫くしてからの事で、それからは一切見ていない。その後はイミテイターの糞や傷痕から出た血など、地上の跡を見つめながら進んでいた。

 結果、現時点で分かる事は幾つか。

「丸っきり逃げたわけじゃないこと。一直線に逃げたのなら、そもそもその姿を何度見る事も無くどこかへ飛び去ってしまうから……」

 あくまで馬は止めず、それでも顎に手の先を置いて思索を続ける。調査と思索。それが自身に課せられた任務だとミラは心得ていた。

「イミテイターも万全な状態じゃない。確かにダメージは通ってるとは思われる。つまり……ダメージの回復を待って、何かをしようとしている?」

 どうして敵の脅威があるこの国を逃げ出さないのか。

 相手に国の境界が分かるわけも無いだろうが、それでも、人間を食べてその知力を手に入れた以上、赤の王などと言う危険な敵がいるこの地は早々に立ち去るべきだと考えそうだが。

「赤の王への復讐。人間の知恵を手に入れた後なら、そういう行動原理もあったりする?」

 自分達と同じ様に考え、自分達以上の力を手に入れれば、そんな風に行動する様になるのだろうか。

「んん~……ちょっとしっくり来ないかなぁ」

 ズレかけた眼鏡を直しつつ、周囲を見渡す。方角や場所を見失わない様に、出来るだけ街道からあまり外れず移動しているが、イミテイターの方がそんなものを気にして動いてはいないため、上手く追えているかどうかは不安だ。

「斥候の訓練、受けとくべきだった……」

 こういった仕事について言えば、組織内でもっと適役はいるのだろうが、すぐさまに動ける人間がミラしかいなかった以上、ミラが担うしかない。

 事情の方が変わってくれない以上、巻き込まれる側がやれる事をして行くしか無いのだ。ちゃんと準備をしていないから何もしないと言うのでは、本当に、どんな時でも何も行動出来なくなる。

(そう。愚痴を言ったって、聞いてくれる人なんてここにはいない。今の私にできることをするべきよ、ミラ)

 一旦、馬を止める。既にイミテイターの痕跡を発見できなくなっている。無暗に探して、残り少ない体力を消耗するより、今まで得た情報の中で、自分が次に進むべき方向を決定するべきだろう。

(今まで見つけた痕跡から、進んでいる大まかな方角は分かってる。その先にあるのは何?)

 頭の中にある、国内の地図を思い出して行く。そこから自分の位置とイミテイターの暫定的な進行方向を予測していった。ミラは兎角、こういう思考が得意なのだ。

(予想範囲には王都も含まれてる。これはすぐに報告しなくちゃいけない内容かもしれないけど、まだもう少し、イミテイターに対して探りを入れた方が良い?)

 偵察の継続か帰還か。二つの選択肢に揺れる。まだまだ決め手に欠けると思索を伸ばしていった。

(イミテイター自身の行動。まっすぐ進むのではなく、何かふらふらとした移動。意味が無く、無駄は多い様に見えるけど、そこには何らかの行動原理があるはず……と、そう思おう)

 人差し指を一本立てて、それを視界の前でゆらゆらと揺らす。傍から見れば奇妙な行動だろうが、別に誰から見られると言う事も無い。

 何となく思考と同時に手を動かす事で、考えが捗るのである。ミラの癖だ。

(こうやったフラフラとした移動じゃないけど、判然としない目撃情報なら前にもあった。それは赤の王を警戒しつつ、それでも餌とする人間を狙っていたが故の行動……)

 移動予想範囲に王都があり、餌を探す時の行動を続けている。導き出された答えは、嫌な物だった。

「まだ、餌としての人間を狙ってる。まだ人間の力を手に入れ切れて無いって考えているの? 何にせよ、ちょっと行動して、確証が取れたらすぐに帰還。そうしてみよう」

 次にやるべき行動は決まった。もし、人間を餌としてまだ狙っているとしたら、もっともその餌が多いのは王都である。

 イミテイターがその人間が多い場所を探そうとしているのだとしたら、ミラが王都への直線距離を走れば、その途中でイミテイターの痕跡が見つかるかもしれない。

(丁度良いかもしれない。痕跡を見つけたら、そのまま王都へ向かう事ができる)

 しかし幸運とは思えない。それはそのまま、国の中枢に怪物がやってくると言う事なのだから。

 そうしてこれも幸運では無い事であったが、王都へと向かう道の途中で、イミテイターの体液らしき物を発見できた。




 悪い事は、それが決着を見せるまでは延々と悪い状況が続くとデーバッカは考える。

 だからこそ、厄介事はさっさと片を付けたいと思うのが人情であったが、事を急ぎすぎれば、何かでつまずく事もあると言うジレンマがあった。

 例えば、王都に化け物が迫っているかもしれない可能性について、上司の執務室で、その上司と相談している時などである。

「で、実際のところ、君の部下からの報告はどれほどの信頼がある?」

「ミラです。ミラ・フォーカス。才能のある奴ですが、実戦部分に関する勘はまだ半人前の部分が残っている」

 デーバッカの答えを聞いて、副団長コレスン・ミラゴスは眉をしかめた。デーバッカが語る内容に不満があるのだろう。

「それでは私を説得できても、さらに上が納得しないな。既に国軍を動かしている状況で、さらに王都の警戒態勢にすると言うのは、国内すべてに混乱を及ぼす」

「もう混乱に陥っているでしょう? 既に二度も大怪獣に襲われて、その大怪獣は健在であり、その行動範囲には王都も含まれている」

 既に何度もした問答だ。それを何度も繰り返すのは酷く面倒と苛立ちを感じるものの、その感情に任せて席を立ち去ればそれでお仕舞いだろう。

 王都はイミテイターへの警戒を行わず、万が一にでもイミテイターが王都へと辿り着けば、その行動一つ一つが王都に住む民の命とその財産が破壊されていく。

「まだ襲われたのは村だけだ。しかも二度目では大きな怪我を負ったそうじゃあないか。既に半死半生である可能性もあるし、何より、王都が襲われる前に対処するのが君ら騎士団の仕事ではないかね……と、王家の連中は答えるだろうな」

 コレスンはデーバッカ以上の忌々し気な表情をしていた。この問答に対して、一番厄介な部分はそこだ。

 ここにいる二人はしっかり意思を共有している。万全を期して王都に警戒態勢を敷くべきだとの結論はとっくに出ているのだ。

 それでも話を続けているのは、やはりお互いの意見として、単純な危機感を伝えたところで、ここにいる二人以外の同意を取り付ける事が出来ないだろうと言うものがある。

「そこをなんとか副団長殿の手腕で何とかならんですか?」

「お前も良い地位にいるのだから、自分で腹芸くらい覚えろ。と言っても、今すぐにできるわけでも無いだろう。私の方には幾つか……考えがある」

「そいつは嬉しい。選べるってことは最良な事でしょうな」

「そうでも無い。どれもろくでもないものだ」

 できればその中でもマシな物を選びたいと思う。マシな物があればであるが。

「一つは、上が言ってくる要望通り、王都へ来る前に、こちらから出向いて撃退するという目標を立てる」

「それは今までの方針と変わりませんが」

「そうでも無い。二度、こちらの刃が立たなかった以上、さらなる戦力の増員が見込める。騎士団なんぞ役に立たないと認識される可能性もあるが」

 二度も有効な手立てをうてなかったのだから、既にそんな評価になっているだろう。ならば、今さら面子を気にする必要は無くなる。

「それは良いですが、取り逃がせば事ですよ。警戒が薄い王都がさらに手薄になる」

「ま、そこがろくでもない部分だな。二つ目は、敵を王都外に誘き出すと言う作戦だ。こちらも王都を戦闘に巻き込む可能性が低いから、提案すれば通る可能性がある」

「誘き出す方法を上手く説明できればでしょう? 実際、我々にはそんな便利な方法は無い」

「だろう? だからその方法をでっち上げて、戦力だけいただいておく。やはりろくでもないな」

 ただ、対応できる戦力は得られるだろう。嘘まで吐いて戦果を出せねば、その後が怖い戦力であるが。

「3つ目はありませんかね?」

「あるぞ。最後の案だが、さっきいった二つを合わせる。イミテイター……ああ、今度からは公式でそう呼ぶ事になったぞ。コロコロ変わって気分が悪いな?」

 気分が悪いと言う割には、軽口を叩く余裕はあるらしかった。

「3つ目の案について何だが、化け物との二度の遭遇で、我々は敵の生態を掴んだ。故に敵の巣を見つけたので、そこへ攻め込み、誘いだす形で、被害の少ない陣地にてイミテイターを狩る。と言う嘘話をでっち上げる案になるだろう」

 本当にろくでもない。腹芸を覚えろと言われたが、それはきっと、詐欺師になれと言われているのだろう。

 別に、その事に文句は無い。そういう詐欺師がいるおかげで、自分は飯を食えている。良い職にも就けているのだ。もっとも、自分からなりたいとは今でも思えなかった。

「副団長は、どの案がベストだと考えているんですかい?」

「3つ目だ。一番、国から戦力をもぎ取れる」

 詐欺師もここまで言えるのなら立派だとデーバッカは常々思っていた。純粋な尊敬である。




「戦力を集められるなら、国内の魔法使いが良いですね。是非そうすべきですよ」

「一々報告に来てやったと思ったら、いきなりそれか」

 騎士団本部の一室。イミテイター対策室と言った場所となりつつあるこの部屋で、レイジンはやってきたデーバッカへ提案を行っていた。

「この状況で、戦力の弱体化やイミテイター討伐の中止なんて事はしないでしょう? なら、話しはイミテイターにどう対処するべきかに絞るべきだと思ったまでです」

「ったく。腹芸を身に着けなきゃいけないよな、お前もよ。そう単純な話じゃなかったんだ」

 酷く不服そうなデーバッカ。何かあったのだろうか。

「けど、戦力の拡充には成功しそうなんでしょう?」

「そうだよ。ああそうだ。中間管理者の悲哀はそうなってみなきゃ、わからねえもんさ。ん? そういえばミラがいないな。あいつ何してる」

 無機質な部屋の中を見回しているデーバッカ。この対策室の人員は現在4人。レイジンを含め、他はミラとデーバッカとメルピナである。つまり、デーバッカがイミテイター関係の調査班に指定したメンバーが、そのまま対策班になった形だ。

 この対策班内での決定が、そのまま騎士団、引いてはイミテイターへの国家の動きに関わって来る。だから、地味に重要な立場になってしまったと言えた。

「ミラは休憩を取らせてます。ずっと働き詰めだって言うのに、ここに帰ってきてもまだ何かしようとしていましたからね。彼女はちょっと……休むのも仕事の内だと知るべきだ」

「お前が言うかね。その右手。まだおかしいんだろ?」

 指をさされたので、レイジンは自分の右手の甲を見た。他人に隠すために包帯を巻いているが、その内側は未だに赤い光の紋様が浮かんでいるのである。

「解決できる類の悩みで、その方法が休憩だと言うならそうしますが、無理でしょう、これは。メルピナ女史がそれも絡めて研究中……というか、メルピナ女史がいない事は聞きませんでしたね?」

「あ? あの宮廷魔術師殿が何かするのに、俺が一々気にする必要なんざあるまい? 宮廷魔術師の話と言えば、さっきの提案は何だ?」

 多少は認めたと見えたのだが、やはりデーバッカとメルピナの相性は悪いらしい。ちなみにメルピナは自分の研究室に研究資料をすべてこの部屋に持ってくると出ている最中だ。

 対策室の大半は既に彼女の研究資料に塗れていたが、この後に及んでまだ増えるらしい。

「イミテイターには、単なる兵力だけじゃなく、魔法みたいな力が必要だと考えましてね。それと、もっと具体的に有用な方法が思い浮かんでいます」

「ほう、そりゃあいったい……噂をすればか」

 嫌な物を見るかの様に、デーバッカは対策室に一つだけある出入口を見た。その扉の向こうから足音が聞こえたのだ。聞きなれた足音であり、その個性からメルピナであろう事が分かる。

 実際、扉を体で押しながらメルピナが入って来た。手を使わなかったのは、両手に木箱へ入れた資料の束を持っているからだろう。見かけに寄らず腕力はあるらしかった。

「うん? なんだね。私のいない間に私の話かね? そういうのは、純粋に傷つくから止めた方が良いぞっと……ふう。疲れた」

 机の上に幾つかの資料が器材を置くメルピナ。結構雑に扱っているが、それで大丈夫なのだろうか。

「おいおい何だ。また部屋に私物を持ち込むつもりか」

「騎士の方々がそうしないのだから私がしているまでだ。見て見給えよ、この部屋の殺風景さを。私が彩ってあげているのだ。有り難く思うが良い」

 ゴミが増えているとも言えなくは無いが、それがゴミかどうかの判別もメルピナにしかできないため、口喧嘩が続けばデーバッカは敗北するだろう。

 同じ騎士のよしみとして、レイジンは話を変える事にした。

「そういえばメルピナ女史。頼んでいたあれ、持ってきてくれたかい?」

「ああ。これだこれ。ずっと昔に使ってたもの故、探すのに苦労した」

 メルピナが持ってきた荷物の中から、ごつごつとしたガラスの塊みたいなものを取り出し、レイジンに渡してくる。

「なんだい? そりゃあよ」

「なんでも、魔法を使える様になるための訓練道具だそうで」

「訓練道具ってお前、騎士辞めて魔法使いにでもなるつもりか?」

 こう忙しい日々が続いていると、デーバッカの言う通り、そんな気分にもなってしまいそうではある。ただし、メルピナにこの道具を用意する様に頼んだのは違う理由がある。

「いえ、魔法を使える様にはなりたいんですが、騎士を辞めるつもりなんかはありませんよ。今回の任務で、必要になってくる技能かと思いまして」

「既に言っているがね、魔法と言うものは一朝一夕で身に付くものではない。どんな利用方法か知らぬが、大して役に立たぬと助言しておこう」

 それはそうだろう。技能というものはそういうものだ。騎士団として戦闘術を学ぶ手前、十分に理解している。

「けど、基礎的な魔法なら、数日あれば使える様になると聞いた」

「基礎の基礎の、そのまた基礎だ。出来る事と言えば、精神力を使って、さらにその石という補助の道具込みで、手元周辺を輝かせるくらいだよ。何の役にも立たない」

 何でも、魔法使いは魔力というものを感知できる様になる事から始めるらしく、メルピナから渡されたガラス塊は、その魔力感知と本人の魔力放出を助ける効果があるとの事。

 魔法使いが魔法使いとなるために、その練習器具として用意されるものでもあるらしい。

「どんな役に立たない魔法でも、魔法は魔法。まあ、役に立てて見せるつもりさ」

「何か、もう既に作戦を考えてるみたいじゃねえか。イミテイターを討伐させるための戦力に、魔法使いを加えろってのもその一貫か?」

「どうでしょうね。予想の範囲でしかない作戦案ですが、他の案も同レベルなら、結構有力な作戦になるかも……後でまとめて話します。検討していただければありがたいかと」

「分かった。お前の事だ。ある程度の確度は見込んでるんだろう」

 デーバッカは総じて物分かりの良い上司である。その事は純粋に幸運であると受け止めよう。イミテイターをなんとかするためには、その幸運だけでは足りないのだろうが。

「メルピナ女史。こっちの手の方はどうなっている? 何か新しい情報があれば良いのだけど……」

 自身の手の甲を示す。包帯越しであるが、その内側の光について示している事くらいは分かるだろう。

「幾つか、それらしき物は発見できている。古代人達の長に的を絞って解読を進めていてな。もし、赤の王を操れる存在がいたとしたら、それはその集団の中でかなりの地位にいたはずだ」

 今ですら圧倒的に見えた力だ。古代ともなれば、さらに神懸かった存在として見られていたであろう事は、レイジンですら想像できる。

 文献とやらを調べるならば、即ち、崇められていた人間を調べると言う事になるのだろう。

「まだまだ不足があるものの、古代人の中で中心となっていた人間は、必ず杖を持っている姿が描かれていたり、示されたりしているのだ」

「杖……杖か」

 偉い立場の人間には似合いそうな小道具だと思う。一方で、他にも様々な意味が乗せられそうな物でもあった。

「何か特殊な杖で赤の王を操るってのか? じゃあ、今は無理だな。遺跡の発掘班でも募れとでも?」

「騎士長殿は何かとせっかちだな。杖で操っていたとは限らない。もっと別の意味があるかもしれない。さらに言えば、やはり意味のないものかも。それが分かる前では、杖そのものを探したところで無駄骨に終わるだろうさ」

 メルピナの言そのままなら、まだまだ研究も解読も足りぬと言う事だろう。

 一方、レイジンの方は、杖という言葉を聞いて思うところが生まれていた。

「その杖は……僕も何か意味があると思うよ」

「ほう。それは何故か?」

 純粋な興味が湧いたらしく、メルピナが聞き返して来た。

 ただ、レイジンにとっては単なるそうではないかと言う予想でしかないため、聞かれてからやっと深く考えてみる事にした。

「この手にある紋章だけど……出来上がった時、酷く苦しい思いをしたのさ」

「ありゃあキツそうだった。頭痛が酷かったとか言ってたな。手の方は火傷そのものの熱さだったか?」

 またそうなったりしないかと言う心配顔のデーバッカ。彼の問い掛けに対して、レイジンは頷きで返して置く。

「はい。最終的には気絶にまで至りましたからね。かなりしんどいものでしたよ」

 あれが、赤の王を操ると言う事なのだとしたら、大変な事になるだろう。操る側が苦しみながら操る必要が出てくる。

 そんな状態で、十全に赤の王を戦わせられるかという問題がそこにあった。

「もしや、杖はそんな苦痛を和らげるための装置だと君は考えているのかね?」

「ああ。そうなるかな。強い力をそのまま人間に受け入れるのは大変だから、間に何か道具を挟むって、そんな方法さ」

「思いつきの発想にしては、酷く具体的な考えではないか。何か……論拠となるものがあれば聞きたいが」

 首を横に振る。具体的なのかもしれないが、それでも本当に思いつきだった。何故、そんな思いつきが出て来たのかをレイジンですら説明できていない。

(けど……そういう発想も込みで赤の王と繋がった証なのだとしたら……)

 そう時間を置かない内に、繋がった後の段階までレイジンは進めるかもしれない。

 その事がどんな変化をもたらすか、正直なところ怖い気分はあるのであるが、それを受け入れて、漸くイミテイターを討伐できる。レイジンはそう強がる事にした。




 王都オーバーライトより南へ暫く。スリースワロー平原という土地がある。次期開拓地として見込まれている土地であり、平野部が広がりを見せているためか見晴らしが良い。

 兵士を集めるとなれば適当な土地だろう。千を超える兵士達を集めるとしても十分に過ぎる。

(一方で、一気に攻められれば、全員が崩される場所でもある……と)

 平原の端。やや高台となっている場所に立ちながら、ミラ・フォーカスは集められた兵士達を眺めていた。

 イミテイターを誘い出し、討伐する。そのための兵員である。騎士団はイミテイター討伐のための作戦案を作り上げ、準備し、実行まで辿り着けたのである。

 怪物相手であろうとも、十分に思える程の数が集まっているこの平原であるが、それでも不安に思えてくるのは、イミテイターの姿を目に焼き付けてしまったが故のトラウマだろう。

「空が暗くなってきた。そろそろ時間……」

 気を紛らわせるために空を見上げたが、やはり心はイミテイター討伐作戦に繋がっていく。

 イミテイター討伐作戦の本実行は日が暮れてからだ。そこからイミテイターをこの平原へと誘い出し、現れたイミテイターを討伐する。それがミラを含む、ここに集まった者達の使命であった。

「大丈夫かな……未だに不安」

「それはまあそうなんだろうさ。僕もそうだし、これならいけるなんて思ってる人間の方が考え足らずかもしれない」

 独り言だったはずが、ふと、背後のやや上の方から話しかけられた。振り返れば、そこにレイジンがいる。ただし馬に乗っているので、視線は上へと向かう事になった。

「馬……多分、イミテイターが現れると怯えて逃げ出すと思いますよ?」

 もう作戦が始まるから、持ち場に戻らなくても良いのかとは尋ねない。やや不安を感じて、持ち場を離れているのはミラも一緒だ。さすがに、作戦の開始ともなれば元の場所に戻るつもりだったが。

「そうかな? 案外、頑張ってくれるかもしれない」

 レイジンはそう言いながら馬の首元を撫でていた。それだけの行為だと言うのに、何故かが馬は気分が良さそうだ。

 レイジンは騎馬の技能が高く、どんな暴れ馬も彼には従順となる。それでも、怯える馬はどうしようも無いと思う。

「絶対に逃げますよ。馬。もしかして、センパイも逃げるつもりなんですか?」

「ああ、大当たりなんじゃないかな。僕もこの馬は良く逃げてくれると思ってる」

 なんだろう。怯えてるのかと聞いたら、すごくビビってると返された気がする。自身の不安を和らげたかったのに、むしろ増した気分だ。

「ちょっと、本当に逃げるつもりなんですか? 騎士が任務に背を向けるのは重罪ですよ。知ってます?」

「任務は遂行するさ。きちんとね。逃げるのもその内と言うか……あれ? 作戦概要を聞いてない?」

 意外と言った顔をして聞いてくるが、ミラの現在の立場くらい知っておいて欲しい。

「病み上がりは作戦の中心に置けないと騎士長が」

「ああ……イミテイター捜索の仕事の報告が終わったあと、すぐに倒れた件だね。その後は元気そうだから、騎士長も厳し過ぎとは思うけど……無茶はし過ぎじゃないか?」

「体力の計算が上手いんですよ。とりあえず、仕事が終わってから倒れたのは計算済みです。ベッドの上じゃなかったのはちょーっと失敗でしたが」

 一応、強がっておく。ただ、レイジンの表情が呆れのそれに変わったので、恐らくバレているのだろう。

 ミラの未熟が原因で倒れたと言う事に。

(まだまだ半人前のレッテルは貼らせそうかも)

 単純に体力作りがまだ甘かったのだ。やるべき事をやりはしたが、そのすぐ後に気を抜いてしまった。自分で言う通り、倒れるならせめてベッドの上であろう。

 騎士としてはまだまだ未熟。だからこそ、今回の作戦でも中心に置かれていない。

「今後の課題が出来たって事だ。良い事だろうさ。無事なままそういう事を考えられるのはさ」

 慰めか励ましか。確実にどちらかの感情が入った言葉をレイジンから向けられる。普段ならば、露骨なその言葉に苛立ちを覚えるだろうが、今は少しばかり有難い。

「今後……つまり、今回は生き残って、先の事を考えられると、そう言ってます?」

「ああ。勝ち目はある。でなきゃ、まずあの騎士長が動かないよ。無意味な特攻癖のある人じゃないってのは勿論知ってるだろう?」

「ええ。それで……センパイの方はどうなんです? どんな事をするかを私、知らないんですが」

 何も知らないのは、自分が未熟であるせいと思い受け入れていたが、目の前に作戦の中枢にいるであろう人物が存在していた。聞けるならば聞いておきたいところである。

「そうだね。自分で言うのも何だけれど、僕は作戦の要にはなってると思う。それで……まあ、ここに来た理由なんだけど。その事についてなんだ」

 レイジンの声には、明らかに弱音に近い響きが混ざっていた。詰まるところ、レイジンの方も何か悩みがあってここに来たらしい。

「……聞きたくないって言われると、センパイは困りそうですよね?」

「困るね。困って作戦を失敗するかもしれない」

「そう言われると、聞かないわけにも行かなくなっちゃいます。一騎士として……で、どんな事に悩んでるんです?」

 相手が望む通りに聞き返してみた。弱気になっているのは自分だけではない。そう思えて気楽になったので、恩返しのつもりだった。

 肝心の本人は、自分で言って置きながら、中々に言葉を淀ませていたが……。

「なんというか……説明が難しいんだけど。正しいと思える行為があったとするよね?」

「えっと……はい」

 具体的な話ではないので想像し辛いが、どんな行為だろうとあると思えばあるだろう。

「その行為は……どんな手を使ってでもやるべきだろうか?」

「手段に寄ると思います。もうちょっと何というか……方法を限定してくれないと答えられないと言うか」

「注文の多い後輩だなぁ。こう、風の囁きに答えるが如く、何となくで返してくれないものなのか」

 話を聞いて欲しいと言うのなら、聞いてもらえるぐらいに内容のある話にして欲しい。そうでなければ、本当に風の囁きと同じではないか。

「ちゃんと真剣に聞いて差し上げようと言う内容にする努力がセンパイには必要だと思いますね。はい」

「んー……そうだね。じゃあ力だ。他人どころか、周囲の環境すら簡単に変えられる力があって、その力を、自分なりに正しい事のために使うのは、いけない事だろうか?」

「その内容なら、やっぱり時と場合に寄ると思います」

「……そんなもんかな」

 露骨に期待が外れたと言った顔を浮かべられてしまう。だが、話しはこれで終わりではない。

「それが凄い力である以上、良く迷って考えるべきだって、そう言ってるんですよ。良いですか? 答えを出すんじゃなくて、この場合は迷う事が大切なんです」

「そりゃあまた……迷う事が目的だって?」

 きっと、何もかも正しい行動をするのが正解だと思っているのだろう。だが、それだけでは駄目な時もある。

 色々と計算が得意な自分だからこそ、その計算を成り立たせるために必要な事を知っていた。

「目的達成は勿論大切ですけどね、その過程で、迷う事が必要と言いますか……私、何かするにしても、色々と細かいところまで考える癖があるじゃないですか」

 何時もの自分の思考。仕事で器材の整理をしろと命令されれば、それを緻密に数え上げ、計算し、少しの漏れもなく用意する。

 何かを捜索する時は、自らの体力や土地、道のりを出来うる限り頭へ叩き込み、自らの限界値とそれで出せる最大限の効果を引き出す様に努める。

 そう言った思考こそ、迷いと言うものが大事になってくるのだ。

「人間って、どれだけ得意な技能があって、完璧な思考が出来て、周囲から認められていたとしても、どこかで必ず考え違いをすると思うんですね」

「君がイミテイター捜索の疲れで倒れたみたいにか」

「え、ええ。まあ、それもまた、ちょっとした考え違いですね」

 痛いところを突かれたなと、頬に冷や汗を流す。

 ただ、言わせて貰えれば、それでも他人よりは先の事を計算できる性質だと言える。そんな自分でも間違いがある。そこが重要な事なのだ。

「間違える事はあるんです。それが悪いんじゃなくて、自分は間違いをしないって思ってしまうのが深刻で……強い力を持って何かをするんですよね? だったら、間違いをしてしまった場合は大変になるって思います」

「ああ、大変だ。ちょっとした行動が、取り返しの付かない状況になるかも」

 レイジンは自分の右手。その甲に視線を向けている。その甲にあるものについて、ミラも幾らか知っていた。赤の王がそこにある。まさに力そのものだ。それが体の一部に存在していると言うのはどういう気分なのだろうか。

 そんなレイジンに対して、ミラが言える事は何なのだろう。

「間違えたくないって思ったら、散々に迷ってください。それで間違える事が無くなるって事は無いんですけど……間違った時、それが最小限になると言いますか。迷ったおかげで、私も、誰もいない場所で倒れるんじゃなく、誰かに発見できる場所で倒れる事ができましたし」

 動く時は巧遅よりも拙速を。なんて言葉があったりはするが、こと、才覚や他者を圧倒する力に関しては、悩むという一息を吐く事が大切なのだと思う。

 誰だって、取り返しの付かない事をする時は悩むものであるはずだ。簡単にそれが出来てしまう力があるのだとしたら、率先して、悩む事を続けるべきなのかもしれない。

「力を持ってしまった以上、その使い方の正解みたいなものが見えていたとしても、悩み続けろって、君はそういうわけか」

「え、偉そうな物言いになってしまいましたかね?」

 言うだけ言わせてもらったが、本来、経験も年齢も上の相手に言うべきことでは無いのではとも思った。だが、レイジンは別に怒った様子も無く、得心が行った様子である。

「いや、君の言う通りだと思った。迷うべきなんだ。どんな経緯があろうとも、力を手に入れてしまった以上、その力に納得すると言うのは危険だ」

 何時だって、何時までも悩み続けるしかないのだろう。そんなレイジンの呟きが、夜に消えて行った気がした。

 そう、日が落ち、夜になった。作戦時間である。ミラはレイジンに視線を向けると、向こうも頷きを返して来た。

 作戦の詳しい内容は結局聞けなかったが、お喋りの時間は終わりである。これから先、ミラ達はイミテイターとの戦いを始める事になるのだから。




 空を見上げればそこは暗い。星々と月の光こそあれ、微妙に雲掛かっており、兵士達が焚く篝火が無ければ数メートル先の視界もままならないだろう暗闇がそこにある。

「手の方で照らせば、本当に明かりになるかな?」

「何をやっとるんだお前は。止めとけ止めとけ」

 レイジンが右手の包帯を取り、赤い紋様が浮かぶ手の甲を晒そうとしていたところ、デーバッカに止められてしまう。

 レイジンの姿を見て、混乱する者が出る事を危惧したのだろう。

「最終的には、晒さなければならないとは思いますから、どっちにしてもじゃないですか?」

「だったらその最後まで置いておきな。今はとりあえず、作戦会議の時間だ」

 デーバッカが張られたテントの端を示す。簡易的に組まれた机を、何人かの男と一人の女が囲んでいる。この後、行われる予定の作戦の詰めを行っているところらしい。

 最終段階とも言えるが、まだ話が続いており、やや気疲れしたレイジンは距離を置いていたのだ。

「作戦会議と言いますが、ここまで来て何か他に当初の予定以外の作戦があるんですか?」

「別に無いわけだが、文句を言う奴はいるからな。ほら、あの宮廷魔術師殿なんかは特に」

 言われて視線が向く。会議用の机を囲んでいる中で、唯一の女性であるメルピナの方へだ。

 そこで彼女と目が合ってしまった。丁度、レイジンに関する話でもしていたのだろう。

「騙したなレイジン殿! 国内の魔法使い達を集めて何をするつもりだと思っていたが、まさか囮に使うなどと! あ、あれだな! 私にあの時、魔法を使わせたのもそれが目的だったか!」

 メルピナの方は、視線を向けてくるだけでなく、こちらへと詰め寄って来た。

 今回、騎士団及び兵士、さらに魔法使いまでもを巻き込んだこの作戦は、レイジン発案のものであり、その内容に異議があるのなら、即ち、レイジンに文句があると言う事だ。

「いやだなぁ、囮だなんて。そういう言い方は無いんじゃないか?」

「ではこれを何と言う!」

「………餌?」

「貴様ぁ!」

 詰め寄り、服の襟辺りを掴もうとしてきたので、なんとかそれを手で押しとどめる。

 ただし、反論はしない。魔法使いを囮にするというのは事実であり、レイジン自身が考え出した方法で間違いないからだ。

「説明は受けたかな? イミテイターを誘き出すためには魔法の力が必要だ。あいつは赤の王に敗北して、また違う力を求めてる。その力の中で、向こうの気が惹けそうなのが魔法なのさ。目立つ形で魔法を使用すれば、イミテイターを誘い出せるかもしれない」

「計画の内容は聞いている! しかしだなぁ……あっ、以前の村でイミテイターに魔法を使わせたのはこれが目的か!」

 詰め寄って来たメルピナが服の襟を掴んでくる。一方でレイジンはヘラヘラ笑って返してみる。実に申し訳ないが仕方ないじゃないかという表情のつもりだ。

「イミテイターに魔法なんていう有用そうな力を見せるって言うのは、まあ、魔法の力が餌に出来るかもっていう考えの現れではあるかもしれない。咄嗟だったんだよ。あの時はさ」

 メルピナが怒っているのは、二度目にイミテイターが襲っていた村での一件だ。イミテイターが村を襲撃し、赤の王と戦っていた際、レイジンはイミテイターに隙を作らせるために、メルピナに魔法を使わせた。ただ、それだけが目的だったかと言えばそうでもない。

 イミテイターは強い力を求める怪物だ。あの時、あの場において逃げられたとして、今度はこちらから呼び寄せる事が出来るかもしれないと考え、メルピナの魔法をイミテイターに見せたのである。

 結果、イミテイターは思いの外、魔法に食いついた。それこそ、その興味のせいで隙を作り、赤の王に逆襲されるくらいにはだ。

「今回は直接狙われるということだろうが! 我々が!」

「その通り。魔法使いのみなさんにはこう……凄い光が良いね。この暗い夜に目立つ光を魔法で発生させてくれれば、良い具合にイミテイターを招き寄せられるかもしれない」

「それが怖くて嫌なのだ! だいたい、逃げ切れる保証もあるまい!」

「うん。率直な言葉は分かり易くて素敵だよね。けど駄目。イミテイターを呼び寄せるには魔法の力が必要だ。今さら却下は無いよ。国から給金貰っているんだろう?」

 お互い、こういう時に命を張る対価として国が金を支払っているのだ。土壇場に来てやっぱり辞めたなんて事は言えない。

「私は知識と技術を買われているんだっ!」

「そっか。じゃあその知識と技術を存分に使って貰おうかな。良いですよね? デーバッカ騎士長」

「良いも悪いもねえよ。会議での言い合いなんてなあ、本番までの暇つぶしだからな。どっちにしろ、そろそろ会議を終わらせて本番を始めるつもりだったんだ。レイジン、お前も早く馬に乗れ」

 メルピナの方は不満がまだまだ残っている様子だが、レイジンには異論が無かった。これから始める戦いを、今さらやめるつもりも無いのだから。

(おっと、それでも、迷う事だけは止めない方が良い……か)

 もう一度、自分の右手を見る。ここにある力を使う。今がその時であるが、本当に使うべきかどうか、直前まで迷い続けなければならない。

「騎士長。ちょっと良いですか?」

「なんだ。もうあまり時間もねえぞ」

「もし、僕がこの力を使って……何か出来たとしたら……」

「作戦に組み込んで置いて何だが、まるっきり信用したつもりはねえぞ」

「え?」

 デーバッカは笑っている。喜ばしい事があった時のそれではなく、誰かを励ます時の表情であろう。

「これだけ戦力を集めたんだ。イミテイターさえ誘き出せれば、なんとかできるさ。そりゃあお前が力を扱えるってんなら、こっちは楽できるが、それだけのもんだろ」

 その言葉で、レイジンは少しだけ肩の荷が降りた気分になる。迷いこそすれ、気負う必要は無い。

 ニューラグーン国は人の国だ。人は一人ではなく集団で戦う。どれほどの力だろうと、その集団の中の一つだ。その一つだけを持って、レイジンは迷えば良いのだ。

「じゃあちょっと、みなさんに楽させる事を目標に頑張ってみますか」

 言いつつ、近くに立たせていた馬に乗り、空を見上げた。暗く、まだ朝の時間は遥か先にあった。




 暗闇に輝きが増して行く。事前の準備通り、スリースワロー平原で火を焚いている者はもういない。

 すべては布陣を敷いた場所の中央にある明かりを、より目立たたせるため。その明かりの正体は魔法による光だ。

 集められた魔法使いが、その魔力すべてを魔法の光に変えているのである。魔法の光は離れた距離からでも眩しいと思える程に輝き、さらに空にある雲をも照らしていた。

 光は雲に当たり照り返し、かなりの広範囲までその光を見る事が出来る様になっているはずだ。

(つまり、イミテイターも気付く可能性が高いってことだ)

 レイジンは戦陣を端から見渡せる位置に立っていた。この場所こそが今回の作戦における、レイジンの配置だった。

「来るならそろそろかな?」

 魔法による誘き出しをしてからまたそれほど時間は経っていない。そろそろどころか、まだ暫くは待たなければならないと思うのが普通だ。

 だが、それでもレイジンの勘はイミテイターがもう現れるぞと囃し立てていた。こんな勘は初めてだった。

 自分が怯え、調子が狂っているのか。それとも、自分の身に潜む強大な存在が、レイジンに敵の接近を告げているのか。

「どちらにせよ、勘の方は当たりだ」

 魔法の光により微かに輝く空を、一瞬の影が通り過ぎる。他の見張りは気付いているだろうか。

 敵接近の声は響いていない。魔法使い達はまだ魔法の光を放ったままだ。

「イミテイターが現れた! 全員戦闘用意! 魔法使い達はその魔法を中止しろ!」

 レイジンは叫んだ。有事の際は現場の判断が優先される。このイミテイター討伐部隊においてもそれは同様だ。

(遅いより早い方が……準備が出来ないよりマシだろっ)

 陣がざわつき始める。幾つか、空を飛び接近してくるイミテイターに気付いた人間も出ているらしく、あちこちで戦闘の準備を指示する声が聞こえて来た。

 しかし、レイジンの出番はまだである。

(魔法使い達は……まだ魔法を止めないのか?)

 イミテイターを惹き付けた段階で、魔法使いは魔法の使用を止めるのが取り決めのはずだった。

 しかし陣の方では魔法の光がまだ途切れていない。あれが切れてからレイジンの出番だと言うのに、それが中々に訪れない。

(まだ魔法使い達まで指示が届いていないのか……? あれほど、戦いに巻き込まれるのは嫌がっていただろうにっ)

 今さら、自分に援護できる事など無い。焦れながらも、状況を見守る事しかできなかった。

 一瞬だけ、イミテイターが見えた方向を見る。当たり前であるが、その影はさらに大きくなっていた。

(というか、前の時よりさらに大きくなっていないか……!?)

 接近しているから大きく見えるだけではない。イミテイターは一回りほど大きくなっていた。

(新たな何かを捕食したか、そもそも前回の変異がまだ途中だったのか。どっちにしても、さらに手強くなったか?)

 今度、赤の王の力を借りられたとしても撃退できるのだろうか。イミテイターの姿を見たせいで、不安が一つ増えた気がした。

「くそっ。これ以上の悩みが増える前に、早く次へ進ませてくれっ」

 魔法の光はまだ輝いたままだ。イミテイターはそれに向けて滑空してくる。魔法の光は陣の中央にあり、そこに降りられると、そのままそこが戦場の中心となる。

(人間だけが戦うっていうのなら、それでも構わないんだが……)

 レイジンの作戦通りならば、そうなると不味い。とても不味い事になる。

 まだか。早く光を。そう願った瞬間、漸く魔法使い達の魔法が途切れた。再び、暗闇に包まれる平原。既にイミテイターは陣の上空までやってきていた。

「こっちだ!」

 魔法の光が消えた瞬間、レイジンは馬を走らせていた。進行方向は陣からより離れる方向。レイジンはガラス塊の様な物を手に掴んでいる。

(頼むから気づいてくれよ……)

 レイジンは手に持ったガラス塊に魔力を込める。短期間の訓練で、魔力そのものは感じ取れないが、手に持ったガラス塊を光らせる事が出来るようにはなっていた。実際、ガラス塊はレイジンの魔力に反応して、鈍く輝き始めている。

 もし、イミテイターがこちらの光に気が付いたのなら、レイジンを追ってくる……はずだ。そのために、レイジンだけが目立つ様、他の魔法の光も、また松明等の光源すら制限し、夜に作戦を決行したのだ。

 作戦の目的は、イミテイターを誘き寄せた後、誘き寄せた場所から、少しばかり距離を置いた状態で、レイジンとイミテイターを相対させるというものである。

 もし、これが上手く行かなかった場合に備えて、戦陣の中央に、まずもって魔法の光を放ったのだが……。

(イミテイターは……来ているか!?)

 空を見る。陣の上空からイミテイターの影は消えていた。ではレイジンの後方か。否、そこにもいない。光源が限られたせいもあってか、すぐ近くまで来ていたはずのイミテイターの姿を見失ってしまった。

「不味い……これも不味いぞっ」

 上手くイミテイターを誘えているかが分からない。けれども、今さら馬を走らせるのを止める事も出来なかった。

 馬もイミテイターの存在に気が付いているのか、怯えた様子で、一心不乱に駆けていた。逃げているとも表現できる。

(動物の勘は、まだすぐ近くにいる事を示して―――

 馬が突如、停止した。いや、正面から跳ね上げられた様な感触。実際はそこまでの衝撃では無かったろうが、正面から押されて、馬ごとレイジンは宙を舞っていた。

 浮遊したかの様な感触。しかしそれが頂点に達した頃合いで、レイジンは強く地面に叩き付けられた。なんとか受け身を取るも、衝撃は体全体を砕きそうなほどである。地面を数度転がり、そこで漸く止まった。

(なんとか……生きている……か……?)

 口には血の味と砂利の感触。体のあちこちには痛みが走っている。そこまで確認して、自分が地面へ倒れている状態である事に気が付く。

「馬には……悪い事をしたか」

 立ち上がる。立ち上がれた。手に力を込め、痛みが走るその腕を無理矢理支えてにしてだが、それでも立ち上がれたのだ。

 近くに転び、その衝撃で、倒れたまま痙攣している馬に比べれば、自分がどれほど幸運か。余程に上手く受け身が取れたのだろう。

「違うな。どちらかと言えば……不運の類だ」

 目の前を見る。いや、前ではなく上へと目線は上がっていた。

 体中の痛みが消える。癒えたわけではないのだ。恐怖が体を襲い、さらには痛みなんて忘れて逃げろと頭の中が切り替わったと言うだけ。

「餌を前にして舌なめずり……ってところかな?」

 イミテイターが目の前にいる。あまりにも巨大に見えるその人型は、目の前にありながら、遥か高みよりレイジンを見下ろしている。

(単純に弾き飛ばされたら、死んでいただろうさ。羽か着地の時の風圧に押し返されたか……)

 それでも、相手にとっては随分と優しい一撃だった事だろうことは確かだ。行動の一つ一つが破壊的な結果へと繋がる。イミテイターの巨大さはそういうものだろう。

「じっくりと敵をいたぶる快感でも憶えたか? さすがは人間を取り込んだだけある。けど……」

 イミテイターは膝を付き、レイジンに向けて口を開いていた。獣よりも鋭い牙以外は、気味の悪い程に人間にそっくりな口。

 きっと、脳内も人間染みているのだろう。機知も、直感も、知性も、そうして、人間の愚鈍さも取り込んだ、未熟な存在。

「改めるべき部分も理解しなければ、ちゃんと取り込んだとは言えないだろ? いざと言う時、手痛い失敗をするもんだ。誰かの仕組んだ策に嵌ったりさ」

 腰に下げていた剣の柄を握る。握った手の甲が熱い。そのまま全身に届きそうなその熱さであったが、一瞬の後には消え去った。代わりに、剣が熱く燃えていた。

 未だ大半が鞘に納まったままのその剣は、柄の部分から刃の部分に掛けて、赤い色に包まれている。熱によるものか、それとも、何か別の力に寄るものか。

 だが、レイジンはこの変化に驚かない。むしろ、こうなるだろうと言う予感がしていた。今はただ、その予感が現実になっただけ。

 メルピナが言っていた事だ。赤の王と共にいた人間は、杖を持っていたと。それはきっと強大な赤の王の力と人間を繋ぐ道具なのだ。

 そのままでは自らが壊れそうになるほどの力を道具に託す。そうすることで、赤の王の力を人間が操る事が出来る。そうなのだと、何時からかレイジンの直感が告げていた。

「さあ、戦おうか。お互い、そろそろ決着を付ける時間だ!」

 レイジンは剣を鞘から振り放つ。剣の切っ先は上へ。イミテイターへと向ける様に。その瞬間、レイジンの視界は赤い光に包まれた。




 メルピナは目を見張っていた。変わり続ける事態に対して、訪れた収束。その景色は、予想外とは言えないものである。

 だが、それでもメルピナは畏怖を覚えずにいられなかったのだ。

「あれが……完全となった赤の王か……?」

 メルピナの視線の先。兵士達が陣を敷いている場所からやや東へと外れた場所に、二体の巨大な影が立っていた。

 夜の暗闇に、より一層体色を黒くしているのがイミテイターであり、その竜と人の混ぜ合わせた様な姿が不気味さを増す。

 そのイミテイターの前へ突然現れたのは、勿論、赤の王だ。夜の闇に赤く輝くその巨体。だが、赤一色の鈍そうなずんくりむっくりとした輪郭では無くなっていた。

 赤の王は以前から人型だったが、より人らしい姿になっているのだ。

 大きくなっているイミテイターと同じ程の背の高さであり、横幅が変わらず、手足が伸びている。以前が太っちょの小男であれば、鍛え上げられた肉体を持つ長身の戦士と言う印象を受けた。

「レイジン殿の体格に似ている……か?」

 全身を赤い甲冑で身を包んだレイジン。そう表現する事ができるかもしれない。もっとも、その大きさは桁違いであったが。

 だが、発想としては間違いが無いと思われる。なにせあの赤の王は、レイジンが成った姿だろうから。

「よう、宮廷魔術師殿。作戦通りとは言え、実際こうなってみると……とんでもねえよな」

「騎士長殿か。戦闘が始まるぞ。暇そうにしていて大丈夫なのか?」

 近くで陣頭指揮を取っているはずのデーバッカが、わざわざメルピナへと話しかけて来た。どうやら彼も、出来上がった光景に心奪われているらしい。

 もっとも、指揮官が心を自分の中心に置いていないというのは甚だ心配になってくるが。

「今はまだ俺の仕事じゃねえってだけさ。あの二体が動き、どうなるかで、こっちのやり方も変わって来る。その時の指揮が俺の仕事ってわけだ。そうしてレイジンは……」

 赤の王となって、イミテイターと戦う役目となった。いや、作戦を作り上げた段階で、そうなっていたとメルピナは思う。

 今回の作戦。その中核はレイジンが考えたものだ。何故、彼が考えた作戦なのかについては、彼にしか思いつけない作戦だったからだとしか言えない。

「赤の王と繋がるということは、赤の王と同一化する。そういう事なのだろう。我々には想像すらできない事だが、レイジン殿は既にその事に勘付いていた」

「だからこそ、魔法の力でイミテイターを誘い出した後は、あいつ自身が直接ぶつかり、他の戦力はその補助に。なんてぶっ飛んだ作戦を提案したんだろうさ。それに乗った俺達も大概な奴だけどな」

 誰も彼もが酒場の賭け事みたいに命を賭ける。その癖、最後に勝利を掴むなんて確信を持って、突拍子も無い作戦を実行するのだ。

 ここに来てメルピナは、ニューラグーン騎士団こそが、正真正銘、怪物と戦う事ができる国内唯一の組織であると言うことを理解した。

 彼らは赤の王という太古に神と崇められていた存在すらも利用して、超常的な怪物と戦う事を選んだ。今の状況はそういうものだ。

「騎士長殿。あなたがもし、レイジン殿と同じ立場だったとして……あの様に、自らを神の如き力を振るう存在へと変化させたかね?」

 慎重に選んだつもりのメルピナの言葉。相手も、さすがに答えに窮すると思ったその問い掛けだったが、返答はすぐさま、世間話でもするかの様に返って来た。

「するね。別に力への憧れなんかあるわけじゃあないぜ? ただ、どれほどの力だろうとも、騎士としての職務を全うするために必要なら、使わせて貰うってだけの話だ」

 まさしく、彼らは国を守る騎士だった。だが、その事にメルピナは恐怖を覚える。

 力の大小関係無く、職務のためならば力を振るえる。ある種の正解とも言える答えだろう。だが、そんな返答でも、幾分の迷いも無く答えて欲しく無かったのである。

(レイジン殿。君もまた、そんな風に躊躇なく答えを出せる人間なのか?)

 今、赤の王となったレイジンが、イミテイターへと組み付いている。その光景を見て、届くはずの無い言葉を、メルピナは投げ掛けていた。




 驚くべき事なんてものは世の中に有り触れている。レイジンはここ最近で、つくづくそれを思い知らされていた。

 今、それを一番に感じている事は、自分の視点が明らかに巨人のものになっている事と、そうなったとしても、人間であった時と同じ感覚で身体を動かせていると言う事だった。

(喋れはしないらしいが……相手とお喋りする様な状況ではないからまあ良い)

 考えながら、レイジンは片手でイミテイターの肩を掴んでいた。そう、簡単に掴める。どちらも人に近い形になり、さらには同じ程の大きさになったせいか、純粋な一対一での対人戦になった様な気さえしてくる。

(実際は違うんだろうけど……!)

 肩を掴んだまま、掴んだ肩と対角線上の相手の足に、自分の足を絡ませる。正反対の方向にある二点。肩の方を前へ押し、絡ませた足をこちら側へと引っ張ることで、まるで独楽の様に敵の体を回転させようとした。

 勿論、二足歩行の生物は独楽ほど器用に回れるはずも無く、そのまま転ばす事が出来ると思った……が。

(待て……今、僕は人智を超えた力を扱ってるんだ……!)

 容易く、赤の王の力を使おうとした。その事に、後輩の言葉を思い出して止まる。例え迷う状況で無かったとしても、この力を振るう事には迷わなければならない。

 例えば……ほんの少しだけ足元を見るとか。

(そうだよな! 下には人がいる!)

 馬で走り、それなりに離れた距離にあると思っていた味方の陣。だがそれは、あくまでレイジンが人としてあった距離感の事である。

 このままイミテイターを転がせば、そのままイミテイターの体が届くかもしれない場所に味方が布陣している。

(踏み潰すわけには行かない……よな!)

 無理矢理体をズラし、陣とは反対側へイミテイターを押し倒そうとした。万全な動きとは言えない。結果、イミテイターは中途半端に後ずさりする程度で終わる。

 一方で、位置関係は変化した。出来るだけ味方の陣からイミテイターを離そうとしたため、イミテイターと味方の陣に挟まれる形でレイジンは立つ事になる。

(背中には味方。前には敵。はっ、やる気になる状況じゃあないか。ミラに感謝かな?)

 一歩でも退けば自分ではなく自分以外が害を被る。なんとも気が張って来る状況だと思う。

 だが、迷ったあげくにレイジンが選択した結果だ。自分が不利になろうとも、味方の命は優先させて貰う。力ある存在になった上での選択肢としては上等の類だと思いたいもの。

(……! くそっ。そりゃあさっそく来るよなっ)

 こちらの躊躇を感じ取ってか、今度はイミテイターの方から攻めて来た。イミテイターは人型ながら、獣さながらの俊敏さで姿勢を低くしたかと思うと、こちらへと距離を詰めてくる。

 狙うはこちらの脇腹か。鋭い爪の生えた手を腕ごと振るい、横殴りの形でレイジンへのダメージを狙う。

(知恵があるって言うなら、そうありきたりな攻撃をするなよ)

 狙われた脇腹側の肘を下げる。相手の腕を肘で受け止めたのだ。

 一見、イミテイターの腕は長細く、非力そうで受け止められると思った。

 レイジンは自分の体が巨大化している事をつい忘れていたのだ。長細かろうと、人間が扱う兵器以上の威力がそこにあったと言うのに。

(ぐっ……悲鳴すら出ないか……この体はっ……!)

 受け止めた肘が軋む様な感覚。衝撃は肘を通り抜けて脇腹まで達する。痛みというより刺激に近い感覚が左半身へと流れて行った。

 苦しみ悶えるというより気分が悪い。これがこの体における肉体へのダメージなのだろう。口が無いためか苦悶の声すら上げる事が出来ない。

(まったく……感覚も自分のスケールも、体の使い方すら十分じゃあないって言うのは面倒だなっ)

 自分の体における限界。それすらも分からないため、受けに回るのは危険だと判断する。それに攻撃されて棒立ちもあるまい。丁度背後に味方がいるのだから、前へと攻撃を向けさせて貰う。

(こっちは徒手……素手で敵を叩くときは、明確に弱点を突く……そうして―――

 目の前にいるイミテイターの頭部を手で叩く。上手く目を潰せればと思ったが、そうでなくても幾らか反応はあるだろう。

 仰け反る様な姿勢を取るイミテイター。手応えが軽かったため、避けられたかもしれない。だが、それで良い。

(姿勢さえ崩せれば、次の手も打てる)

 イミテイターは上半身を逸らした結果、下半身が無防備となった。レイジンはそこからさらに一歩踏み込み、その一歩目の足で敵の足を踏みつける。

 イミテイターは痛みを感じるだろうか? さらにイミテイターの動きに変化を付けられれば望ましいのだが。

(足元の動きさえ阻害できれば、それはそれで良い!)

 踏まれた足を無理に引き抜こうとして、イミテイターはさらに後方へと身体をズラした。そこに続く様に、胸部の中心と脇腹に一発ずつ。右左と勢いをつけてレイジンは殴りつけた。戦いの場所は、さらに味方の陣から離れる様に。

(ぐっあっ……!)

 反撃が来た。こちらの予想以上へと後方へ退いたイミテイターは、突如、身体を半回転させる。イミテイターの背中が見える少し前、左側より衝撃に襲われる。

 弾かれる様にその場へと倒れるレイジン。地響きを起こしながら、それでも視線は自分を襲って来た物について視線を外さなかった。

 尾だ。イミテイターはドラゴンであった時から存在する長き尾でレイジンを叩いたのである。

 巨人サイズの鞭となれば、体全体にまで弾け飛びそうな程の威力となる。やはり痺れと気分の悪さを同時に感じるレイジン。先ほどより激しく気分が悪くなったため、この感覚は赤の王としてのダメージに比例するらしい。

 だが、その状況を、レイジンは不味いとは思わなかった。いや、この事態も厳しいが、もっと不味い事がある。

(自身の体の理解度については……あっちが圧倒的に優勢だ!)

 当たり前の事であった。あちらは変異したとは言え、生まれ持っての肉体。だがレイジンは赤の王の身体を借り受けている状態だ。

 歩き方すら完全と言えない側が、どうやって相手に対処すれば良いか。

(技だ……何かしらの技術を使うしか……ぐっ――

 考えている間も、待たずにイミテイターは攻め掛かって来る。転がっているレイジンに圧し掛かり、その両腕を組んで叩き付けていた。

 さすがに、以前の様に足を掴まれて、立場を逆転しない様にと戦い方を学んだらしかった。

(だが、こういうやり方は知らないだろう?)

 何度もの叩き付けの衝撃にくらくらとしながらも、レイジンはイミテイターの腕を握り込んだ。さらにその腕を支えにしたまま立ち上がろうとする。

 レイジンの動きに反抗して、イミテイターは腕に力を込めた様だが、むしろそれが狙いであった。力が込められ、固くなった腕は、立ち上がるための丁度良い支えとなるだろう。

 そのままレイジンは上半身を持ち上げて行く。イミテイターはここに来て、その状態から逃れようと腕の力を抜いた。そこが隙となる。

 相手の力が抜けた瞬間に、持ち上げようとしていた上半身をむしろ地面側へと叩き付け、逆に下半身方向に勢いを付けた。

 勢い良く跳ね上がるレイジンの両足に対して両手は既にイミテイターの腕を離れ、地面を支えていた。

(このっ!)

 声こそ出ないものの、気合を入れる。逆立ちする様に下半身が持ち上がり、そこに圧し掛かるイミテイターをも持ち上げて行った。

 勢い良く上がったレイジンの体から、イミテイターがずり落ちる。むしろ姿勢を崩したのはイミテイターの方だろう。

 イミテイターの拘束より逃れたレイジンは、逆立ちする姿勢からバク転する様にすぐさま姿勢を正し、同じく立ち上がろうとしていたイミテイターの顔面を蹴り上げた。

 今度、地面を転がるのはイミテイターの方だ。巨大な物体がごろごろと地面を整地する様に戦い合うレイジンとイミテイター。実際、幾つかの起伏がこの土地から無くなっている様に見える。

(味方は……いないけどっ)

 攻撃に転じながらも、一時、自分以外の騎士や兵士達の存在を忘れていた事に衝撃を受ける。

 戦いに集中していると言う事なのだが、赤の王の力に飲まれつつあるとも言えた。

(早く決着を付けなければ……こっちが化け物になりかねないぞ?)

 自分がニューラグーン国を荒らす姿を見てゾッとする。何より、想像した自分の姿が、赤の王の姿そのままであった事に。

(続くのが怖いなら、さっさと……決着を付けるだけだ。そうだろう?)

 精神的焦りから、一気に攻めへと出た。イミテイターの動きはダメージを負っている風ではある。蹴られた顔面を庇う様にうずくまるその身体目掛けて、さらに蹴りを下から上へ。蹴り上げの勢いはイミテイターを無理矢理に立ち上がらせ、見えた腹部を殴りつけた。

 くの字へ体を折ったイミテイターへはまだまだ手加減をしない。

 また人間と爬虫類が混じった様な顔が手の近くまで来たため、今度は掌底を顎目掛けて放った。

 よろめくイミテイターだが、そのまま容易く倒すつもりはなかった。背中から仰向けに倒れようとしたイミテイターの腕を掴み、こちら側へ引き寄せる。引き寄せたい勢いに合わせて、もう一度顔に拳をぶつける。

(あと少し……なのか……!?)

 希望と不安がせめぎ合う。普通の戦闘ならば、この程度で動揺などしない。だが、自分に与えられた力と慣れぬ身体が、イミテイター以上にレイジンを追い詰めていた。

 そうしてどうやら、イミテイターはそんなレイジンの焦りを見抜いていたらしい。

(なんだ……口を―――

 イミテイターの顔を殴りつけていた拳を離した瞬間、怪物の口蓋が大きく開いているのを見た。

 だが、そんなイミテイターの顔もすぐに視界から消える。顔が真っ赤に染まっていた。さらに強烈な刺激が体全体を襲ってくるのを感じる。

(なんだっ……全身に痛みが走っているってことか……!?)

 咄嗟に膝を曲げ、姿勢を低くし、腕で上半身を庇う。赤の王としての痛みにあたる、この刺激の正体はいったい何か。冷静に見ればすぐに分かった。

(ドラゴンの……火のブレス! どうなる? この体は火に耐えられるのか?)

 ドラゴンは火を吐く。ドラゴンの特性を取り込んだイミテイターも同じくその炎の力を操れるということだろう。

 威力は巨大になった分、相当に増していた。もし、イミテイターが魔法使いの魔法すらも取り込んでいたらとゾッとするが、辛うじてそれは免れたと見るべきか……。

(いや……このままじゃあ、そうは言え無く……なる……)

 低くしていた膝が地面を突いた。全身を襲う刺激の感覚。それがどれほどのダメージを意味するかは分からないが、レイジンは意図せず膝を突いていたのだ。

 立つのも難しいくらいに消耗している。気分の悪い痺れこそあるものの、明瞭な精神状態でそう思ってしまった。

 それはきっと恐怖だろう。人間が危機的状況に錯乱するのは、その後に待つ命の危険を直視しないためなのだと理解する。

 それでも……考えられるのだから、事態を打開する方法を考えなければならない。

(あんぐりと口を開いて炎を吐いていると言うなら……!)

 その口元こそが隙となるはず。そう考え、突いた膝を立ち上げ、炎の勢いに逆らって前へ出た。足に力が入らないのかぐらつくものの、それでも一歩。また一歩と近づいている。そのはずだった。

(火の勢いが……止んだ? いや、違う……!)

 視界から炎が無くなる。そうして晴れた視界の中で、レイジンは咄嗟に体を跳ねさせた。出来る限り、その場から離れなければならない。どれほど無様だろうと、そこで棒立ちするのは危険だ。そう判断した。

 晴れた視界の中に、イミテイターがいなかったのだ。先ほどまで炎をそこで吐いていたはずで、それが瞬時にいなくなった事をレイジンは危険と取った。

(あの巨体がすぐさま移動する方法……それは―――

 レイジンは跳ねた後に地面に体をぶつける。それでも勢いは殺さず、ごろごろと地面を転がった。その脇を、火柱が降り注ぐ。

 転がりながらもレイジンの視線は、出来る限り火柱の先、空を見つめていた。

 そう、イミテイターは空にいた。その翼をはためかせ、巨人となったレイジンでも届かない空から炎のブレスを吹きかけてきたのだ。

(こっちの力を見極められた……勝ち目は……あるのか?)

 イミテイターは空を飛びつつ、その吐息から炎を吐き出す。先ほどの様な放射する炎では無く、炎の玉となって地上へと降り注ぐ。

 体を無理に起こし、その玉を右へ左へと避けて行く。炎の玉の命中精度はそれほどでもないらしいが、それでも徐々に狙いを絞ってきている様だった。

(くそっ。確か赤の王も飛べたはずだ。球体……そうだ、球体になって……だけど……それはどうすれば良い?)

 レイジンには赤の王の体の使い方が分からない。完全に理解しきれていない。空を飛ぶ化け物と戦う方法を、レイジンは持ち得ていなかったのだ。

 そうなれば、戦いの結末は決まっている。一方的に受け身になるしかない存在は、何時かは敗北する。

 その事実に逆らえず、レイジンは強大な力を持ちながらイミテイターに屈する事になるだろう。




 戦うのがレイジン一人であればである。

 レイジンは一人で戦ってはいない。最初からそのはずだった。レイジンはあくまで騎士の一人なのである。

 空を飛ぶイミテイターの下側を、何かが飛ぶのが見えた。

(あれは……)

 今の身体から見ればあまりにも小さく、細いそれ。だが、何本かのそれを、レイジンは矢だと判断する事が出来る。

 イミテイターに届かず、もし届いたとしても、まったく効果の無さそうなその矢は、下にいる兵士や騎士たちが放ったものであった。

(なんてことをするんだ!?)

 一体誰の指示に寄るものか。レイジンは内心を冷やされていた。届かず、傷も与えられない攻撃。そこに意味など無い様に思う。いや、意味なんて無い方が良い。

 だが、その矢には意味があった。イミテイターの意識をレイジンから別の方へと向かわせるという意味があるのだ。

 レイジンはおかげで、暫しの余裕ができる。状況を理解し、思考する余裕が出来上がった。しかし、その代償は高くつくだろう。

(や、やめ―――

 届かない空のイミテイターに手を伸ばす。だが、イミテイターは邪魔だとばかりに炎の玉を吐き、兵士達へと放った。

 吹き上がる火柱。燃える戦陣の一区画。今では小さく見えるその場所には、それでも何十人かの人がいたはずなのだ。

(こ、このっ……!)

 驚き、恐怖、茫然、無力感。レイジンの感情が次々と変遷して行く中で、一つにまとまっていく。

 怒り。その一つの感情が際立ち、他の感情を統括した。そんな感情の昂りと同時に、心身に力が湧いてくるのを感じた。

(そうか……この体は……強い感情にもっとも反応する!)

 四肢に力が入る。ふらふらだった体は、イミテイターが味方を攻撃したその隙の間に、完全に立ち上げる事が出来た。

 今なら、もっと十分に体を動かす事が出来るだろう。仲間達の犠牲の結果、漸く戦えるだけの力を得る事が出来たと言うのは酷い皮肉だ。

(だが、攻撃を届かせるにはどうしたら良い?)

 歯があれば歯軋りをしていた事だろう。まだ足りない。あの空を飛ぶ化け物を倒すには、足りないものがある。

 それでも怒りに染まる感情は、イミテイターへとぶつけよう。そう心の色を決め始めたレイジンだったが、もう一度、後輩の言葉が響いた気がした。

(迷え……何を? この後に及んであの化け物を倒そうとする思いに迷えって?)

 馬鹿らしい思いだ。それでも振り払えない。イミテイターが叩き付けた火柱の中に、あの後輩がいたのかもしれないからだ。言葉を無下には出来なかった。しかして感情も無視はできない。

(イミテイターは倒す。だが、ただ怒りをぶつけるだけで倒せるものか?)

 もう一つ、工夫が必要だ。迷い、考え、何か手段を選び取らなければならない。怒りに染まるだけで倒せる相手であれば、とっくに対処できている。

(届かぬ敵に攻撃を届かせる。武器が必要だ……投石? 手頃な岩はあるか? いや……待て……)

 感情の昂ぶりと共に溢れ出た力。それは同時に、レイジンに赤の王の力を幾らか感じさせるものだった。

 あるはずだ。手が届かぬ相手に怒りを届かせるための武器が。レイジンは既に持っている。

(最初から……ここにこうやってあったじゃないか)

 手が腰に回る。そこには柄がある。この肉体になる前から下げていた騎士の剣が、この身体になるために繋ぎとした剣が、赤の王となった今でも、どうしてかそこにあった。

 この姿になる際に媒介とさせてもらったからか。それとも、そういう力がそもそも赤の王になったからか。どちらにせよ、武器なら最初からそこにあったのだ。

 柄を握る。熱いと思える感触が手に伝わる気がした。そうしてそれは、確かな力と思えた。力を向ける先はイミテイター。兵士達に炎を放った後は、再度、こちらを狙う事にしたらしく、向こうもこちらを見ていた。

(炎が来る……3……2……1……!)

 イミテイターが炎を放つその瞬間に合わせて、レイジンも剣を抜き放った。

 剣の先はイミテイターに届かない。しかし、剣の刀身は赤い光りに染まり、その赤き光が剣の軌道そのままの形となってイミテイターへと飛んで行った。

 まるで斬撃だけが敵へと届く様に、弧を描く形の光がまず、敵の火球を切り裂いた。二つに分かれたかと思うと、虚空で爆発する火球。斬撃の光はまだ止まらない。

 イミテイターへと向けられた光は、違わずイミテイターへと届く。赤き光に照らされて、イミテイターの凶悪な顔が、驚きに染まるのを見た気がした。

(これで終わりと思うなよ!)

 光の斬撃はイミテイターの左翼をも切り裂く。空を飛ぶための羽を失ったイミテイターは地へと落下してきた。その落下位置へ、レイジンはすぐさま走り寄る。

 巨体の落下の直撃が地面を揺らし、その地でなんとか受身を取れたらしいイミテイターに目掛けて、レイジンは剣を振り下ろした。

 今度は赤き光は放たれないものの、巨人の規模の剣がイミテイターを叩く。切り裂けるかとも思ったが、イミテイターの鱗に包まれた体はそれなりに固いらしく、叩いた後はその体を剣が滑る。

(鎧を着込んだ相手との戦いを思え……!)

 切り裂くのでは無く、突きを狙う。地面落下の衝撃と剣の一撃によりダメージを受け、ひるんでいるイミテイターの喉へ向けて突きを放った。

 手元に確かな重みが伝わった。手応えあり。そうなれば、さらに力を込めるだけで良い。剣とは力を研ぎ澄まし、敵へと伝達するための道具。今はただ、全力の力を柄とその先へ伝えるだけ。

(ぐっ……!)

 力が抜けた。いや、突き抜けた。剣はイミテイターの喉を突き刺していた。イミテイターの口元が動いている。何かを嘆く様に何度か開閉したそれだが、イミテイターの脱力を、剣を通して感じたその後は、二度とその口が閉じる事は無かった。




 どれほどの事件が起こったとしても、日常は何時だってそこにある。長く続いた様に思えたイミテイター絡みの事件に対して、結論を付けるとすればそんなものだろう。

 日常は確かにそこにあった。討伐されたイミテイター。国家に破壊的な厄災をもたらすと予想されてもいた存在だが、結局、国内の村が二つ襲われただけで終わった。

 だけと言うと、被害に遭った人々の怒りが向けられるだろうが、あの強大な存在を討伐したという結果に対しては過少に見えてしまう。何故ならば、その被害に遭った人間以外は、ずっと日常を続けていたのだから。イミテイターの存在を知りもしなかった者の方が多数かもしれない。

 日常と言えば、レイジンにしてみてもそうだ。イミテイターと匹敵し、事実、勝利する事が出来たその力を振るったわけであるが、自分の世界がそれで変わったと言う実感は無く、戦いが終われば、変わらぬ日常が戻って来ていた。

「ややこしい仕事は山積みになっちゃったけどね」

 レイジンにとって日常の場所と言えば、一日の内にもっとも居る事が多い場所。イミテイターの出現と共に、騎士団内部で設立された怪物退治室である。

 この度、正式名称として、高脅威生物対策室との名前を与えられたこの部屋で、レイジンは白紙の紙の束を報告書に変える仕事を続けている。

「仕事が山積み程度で良かったじゃねえか。下手したら、お前も高脅威対象って奴になるかもしれんかったんだしな」

 同じく書類作成を続けているデーバッカ。事件が終われば、こういう地味な仕事が続く。これもまた騎士としての在り方だった。

「まったくです……良く元に戻れましたよね、僕」

 右手の甲を見る。輝く事は無くなったが、痣の様に紋様は残っている。赤の王はまだそこにあるのだと予想でき、だと言うのに、レイジンは元の姿に戻っていたのである。

 赤の王へ変身した時に覚悟は幾つかしており、その内の一つに変身したまま元に戻れないかもという物もあったため、良い結果と言えば良い結果かもしれない。

「一回変身したら戻れないって事になったら、こう……何度も戦えないからって事でしょうか?」

 書類作成を続ける3人目。ミラが口を開いた。イミテイター討伐作戦の中で、騎士団員にも犠牲者が出ていたが、その中にミラが居なかったことも幸運だろう。おかげで、レイジンの日常は確かに戻って来ていた。

 もっとも、まったく同じ日常と言うわけでは無かったが。

「君らはそれで良さそうだがな、問題は私だ! なんでイミテイターを退治し終わった後も、騎士団内で仕事を手伝わにゃならんのだ!」

 書類作成をしていないと言うのに、部屋にいる4人目、メルピナが不満げに机をバンバンと叩いていた。

「それは一番、メルピナ女史がいろいろと詳しいからじゃない?」

「国に雇われてる身なら、そういうこともあるわな」

「知識は必要です知識は」

 3人してメルピナを見る。この4人全員で、現在の高脅威対策室の主要メンバーであった。有事の際には追加人員もあるらしいが、そう言った部分の取り決めも含めて、現在は事務仕事を続けていたのである。

「ぐぐぐ……研究資料が主に手に入りそうな仕事ではあるが……」

「こっちとしては、面倒な仕事だと思うよ。なんでこうなったのか」

 イミテイターを倒して後の事をレイジンは思い出す。

 イミテイターへと剣を突き刺したレイジンであるが、その後、力尽きる様に意識を失った。目を覚ましてみれば、何時の間にか簡易ベッドで寝ころんでいる記憶へと繋がる。

 イミテイターの遺骸が残る場所で倒れていた状態から運ばれたとの事。レイジンとイミテイターの戦いを見ていた騎士団員の話に寄れば、決着した後、赤の王であったレイジンの姿が、赤い光に包まれたと思ったら消え去っていたらしい。

 戦いが終われば力も収まる。そういうものなのかもしれない。レイジンにとって大変だったのはその後だ。

 緊急事態として、作戦に組み込み、赤の王の力を使ったレイジンであったが、緊急が終われば、その力は何なのか、未だにその力を所有しているのか。力を持っていたとして、それを悪用する意思があるのかと、騎士団の上層部どころか、国家の権力者にまで尋問に近い質問責めに遭った。

 仕方ないと言えば仕方ない。レイジンの手にあるのは、個人が持つには過剰な力なのだから。

「デーバッカ騎士長が動いてくれたんですよね。まさか新しい部門を騎士団内に設立して、その人員として招集するって形で、僕の取り扱いを決めてしまうなんて、面白い方法もあったもんだ」

「入れ知恵したのはこいつだけどな。お前なんかよりよっぽど利口だ」

 デーバッカが親指でミラを示している。ミラの顔を見てみれば、どこか気恥ずかし気だ。

「いやあ、まさか通るとは思っていなかったと言いますか……」

 高脅威生物対策室。騎士団内部で設立されたその部門は、イミテイターと赤の王。続いて現れたその二種類の脅威から、さらにまたその規模の存在が現れるのではと言う予想の元、同じ力をぶつけるための組織として設立された。

 現在、主な実行力はレイジンが所有する赤の王の力そのものである。と言うより、誰しもがどうしようと頭を抱える赤の王の力を、如何にして収まり良くするべきかと考えた結果、ミラが導き出した答えなのだろう。

 レイジン個人の処遇はとりあえず置いて、その力は組織の人間が組織の仕事をする過程で手に入れた組織の力なのだから、組織の力として運用する。騎士団内でレイジンと赤の王の力を囲い込む形になったのだ。

「僕個人の件については先延ばし……って事になったんですかね?」

「先に延ばしゃあ考えも纏まる。考えも纏まれば身の振り方も分かって来るなんてもんさ。とっとと何かの決着を。なんて展開になるより随分とマシだろうな。ま、こっちは副団長の言葉を借りたわけだがね」

 レイジンとしても有り難い話であった。赤の王の力はまだそこにあるのだ。自分自身、どうすれば良いのかと不安だったから。

「ふうむ。何度も確認するが、レイジン殿の体には、まだ赤の王の力が本当に?」

 メルピナは本当に何度も尋ねてきている。これで何度目だろうか。回数が思い出せないくらいだ。

「ある。変身しようと思えば出来るだろうね。一度の変身で、また理解が進んだよ。赤の王は……やはり人のための力なんだ。人の代表者……少なくとも人に被害を与えない考え方の人間を選び、力を託す。それが赤の王だ」

 レイジンが赤の王と最初に接触した時、赤の王の興味を惹いたのだろう。その後、時間を経る中で、赤の王は評価を下した。レイジンならば、この力を、人を守るために使えるだろうと。

「となれば……この部屋の役割は、まさに赤の王の力を使う上で正しい形に落ち着いたと言うわけか」

「だろうね。まるで仕組まれてるみたいだ。赤の王はそこまでを考えていた?」

 自分で言ってみるも、そんな馬鹿なと言う発想に思えた。あの鈍重な姿の赤の王が、そこまで予想していたとは思えない。

「きっと、何か……運命なんていうのは陳腐ですけど、流れみたいなものがあるんじゃないかって、私、思います。赤の王が復活した時点で、周囲の人間に、怪物と戦うための意識が高まったと言うか」

 言葉にし辛いのだろう。ミラの言葉はあやふやだ。だが、レイジンにも分かった。赤の王と人は一つでセットなのかもしれない。赤の王の目覚めは、人間の集団に危機感を呼び起こす。

 これからやってくる脅威に対して、赤の王の力も借りて対処しなければ。そんな感情が湧いてくるのだ。

「ったく。嫌だねぇ。だったとしてだ、つまりは、これからもあのイミテイターみたいな化け物が現れるかもって事だろ? レイジン、お前から赤の王の力が消えてないってのはよ」

「……かもしれませんね」

 変身をしようとすれば出来る。それはつまり、赤の王自身が判断しているのだ。まだ、すべてが終わっていないと。

 そうとなればミラの提案が通り、この高脅威生物対策室が出来たのも頷ける。どこかの誰かが思い続けているのだ。またどこかで、別の事件が起こるかもしれないと。

「赤の王やらイミテイターやらが刻み込まれていた石板だがね、これからもっと調べてみようと思うよ。もしかしたらあそこに描かれている悪神達が……」

 メルピナは最後まで言葉を続けなかった。言葉にすれば現実になるかもしれない。それが将来、確かな事件となって発生するとしても、今は一つの事件が終わった後の休息時間としたかった。

「うん。それじゃあ今後、何かが起こっても良い様に、書類仕事はさっさと片付けてしまうとしよう。多分、そっちの方が、気がまぎれるはずだ」

「さっきまで壮大な話になりそうでしたのに、気が抜けますねえ」

「別に良いじゃねえか。仕事が終われば、今日は飲みに行くぞ。最近は頭の痛い問題ばっかりだったんだ。そろそろ、酒の方で頭を痛めたい気分になってきた」

「ほう。飲みに……酒か。研究所の方では、そういう人を誘ってと言うのがあまりなかったな」

 各々が、それぞれ思った事を言葉にし始めた。そのすべてが日常を感じさせるものだ。これから事件が続こうとも、とりあえずは事件が終わったのだ。

 例え、短い休息時間だったとしても、その時間は、日常を続ける時間であると言う事なのだろう。

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