転生ヒロインだけど王子はお呼びじゃない!!
人ってどうしようもない失敗をやらかした時って頭が真っ白になるよね。
今まさに私がそう。
そして真っ白になった頭に前世の記憶が波のように押し寄せる。
高卒で働きだして、昔からお小遣いを貯めて買っていた漫画やゲームを思う存分買い漁った。
物語よりもキャラにはまったクチで、好みの子がいるよ!と友人に薦められたらジャンル構わず手を出した。
その中で最近プレイしていた乙女ゲームのキャラクターにそっくりな金髪碧眼のいかにも王子という出で立ちの(実際王子なんだけど)人物が目の前にいるんだけど…。
あ、これ、夢かな?
いやでも確か睡眠時間を削ってまでゲームをしてお風呂に入って寝ようとして、足を滑らして頭を打った所までは…ということはお風呂場に裸で死んだってこと!?いや、かなり恥ずかしい死因だわ…!
ってことはよくある転生ものかな?だとすると私はこの王子ルートでのライバル令嬢あたりかな?
そうじゃないとメイン攻略者であるカイル殿下が目の前にいるはずがないものね!
とここまで一気に思い出して手にある空っぽのグラスを見て現実に戻る。
そして中に入っていたであろう液体の行方を目線で追うと吐血したかのように胸元にワインのしみをつけたにも関わらず、きれいな笑みを張り付かせたカイル殿下とその横にはライバル令嬢のクルーミナの姿が目に入る。
あ、これ、ゲームの一場面だ。
確かヒロインの足がもつれてワインが王子にかかっちゃうんだよねー。
そこではたと気づく。あれ?あれ?もしかして私ヒロインの方!?
まさかの?
えー?正直言ってこのゲームの恋愛対象者には興味なんてないのよ!
私はこの目の前の王子の従者である猫耳獣人のノア一筋なんだから!
見切れたスチルでもいい、画面に彼が映っているのを血眼で探した。そして探した結果たった5枚という事実に絶望した。
そう、昔からなぜかどマイナーに嵌まるのが私だった。たまに王道に嵌った時は作品自体がどマイナーという切ない事実に目を背けたくなる。
と、現実逃避をしていても目の前の王子にワインぶっかけちゃった事件がなかった事になる訳がなく。
確かクルミーナ様に執拗に付きまとわられて鬱陶しかったカイル殿下は、ここぞとばかりに抜け出すんだった…よね。
「君は確か…アンナ・アムリヤだったかな?今日がはじめての社交デビューだったよね?」
それはそれは見るだけで脳細胞破壊しそうな悩殺スマイル(だがこれは作り笑顔だともちろん知っている)で明らかに私の後ろにいたご令嬢の倒れる音が聞こえているが私は正直蛇ににらまれているようなものだ!
ここで興味をもたれたらカイル殿下との第一フラグが!立ってしまう!!
それでは困る!ゲームでは画面の前でこのカイルを『なぜ!こんなにかわいい婚約者を置いて主人公になびくんだ!許さん!!』と散々罵ったほどカイルとクルミーナの仲を応援していたのだ。
お目当てのノアは彼の主人であるカイル殿下ルートでないと出会えず何度も何度もプレイするたびに苛立ちは募りカイル殿下などお呼びじゃない!!ノアを出せ!!とも叫んでいた。
とにかくフラグを回避するしかない…けれど…
「も、申し訳ございません、殿下!慣れない靴でバランスを崩してしまい、このような失態を犯した私をお許し下さいませ…!」
とりあえず周囲の目もあるし、謝るのが先決だ。
謝らずに震え上がって逃げ出した私を追いかけてフラグが発生する。それならその行動を起こさなければいいはず!
「んー、僕としては許してあげたいんだけどね?どうも周りが許してくれないみたいだからさ、ちょっと別の部屋に行こうか?」
まさかの変化球でフラグが立っただと…!?
「それにこんな大勢のいる前だと君が恥かくことになるのは避けたいしね?今ならまだ事態は収集が着きそうだから言う事聞いてくれると嬉しいなぁ」
否定の言葉など許されない笑顔がははは、目に痛い。
エスコートされ流れるように会場を後にし、休憩室に充てられた部屋までの道のりで見つけてしまった。
カイル殿下にいつも付き添う従者、そうノアがそこにいたのだ。
何かしらの打ち合わせだろうか?主人と小声で話し合っている。
あああーーー!
ノアが動いて…動いて…声優はついていなかったからどんな声なのかしら…??
殿下との会話の後、こちらに視線を向けた瞬間私は意識を手放した。
…まじ尊い!ムリ!!!
鼻血を出さなかっただけましだと思うわ。
*****
目を覚ますと眼前にはノアがいた。
ここは天国かな??すぅっともう一度目を閉じようとして現実に思い当たる。
周りを見ると入った記憶のない部屋のソファーに寝そべっていた。
もしかしてノアにお姫様抱っこされたんじゃない?わたしってばなんで気を失うかな!
「私はアムリヤ男爵家の長女アンナと申します。王太子殿下の従者の方と見受けます。この度は介抱していただきありがとうございます」
とりあえず、令嬢たるもの自己紹介は必要よね。
「このご恩はまた後日させていただきますので、お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「俺はノア」
ゲーム当時はついてなかった声も素敵だわ。
「ノア様ですね、」
「残念だったな、我が主人であるカイル殿下はお前のような策略にかかりはしない」
この声は最近人気が出てきた若手声優に似ているかしら?あっ、堪らん。
もっとこうして聞き惚れたい…と意識を耳に集中させようにもやっぱり欲望とは忠実なようで。
目の前に推しがいる、それだけでその姿を焼き付けようと見開いた目にはじっとノアを見つめる。
血走った目で視線をそらさない私にただならぬ事情を察しつつ、首に手をかけ力を込める。
「どの家の謀か知らぬがこれを機に殿下に近づこうとなど思わない事だな」
推しがそこにいて、こちらを見て、話しかけてくる。例え私の首を絞めていても。
見つめ愛(正しい変換)ができるなんて思い残すところなんてないわ。最後の瞬間までノアを視界に収めておけるなんて幸せ以外の何者でもないもの。
口元をだらしなく緩めて想いを馳せると心底気持ち悪い物を見る目で見下ろされる。
「はぁ…もっとお願いします…」
至近距離でってもしかして今ノアが吐いた息吸ってない?
めちゃくちゃご褒美ですね?ありがとうございます!!
「何…痛いのが気持ちいいタイプ…?」
ドン引きですね。そりゃあそうでしょうね。
推しへの愛の一方通行は得てして理解されないもの。
「いえ、断じて自分のために言い訳するならば、貴方と二人きりというこの状況がそうさせます」
もう私は隅々まで視姦したよ。堪能させてもらったのでここらで幕引きでも構いません。
「正直、殿下にはこれっぽっちも興味がありません。私が好きなのは目の前にいる貴方ですもの」
そう不機嫌な顔で思いっきり警戒されてはこちらとしても面白くない。
ここは追加されたエピソードの中のノアがカイル殿下の従者になるまでの話を少し頂きましょう。
「多分、あなたがカイル殿下に出会う数刻前、私もあなたに会ったことがあるのですよ」
その時は従者を撒いて、少しばかり独りで出歩きたい気分で。
アウローラの町外れでうずくまってるあなたを見つけたのです。
どんなに呼んでも起きなくて、大人である従者を連れて助けようと戻ったところ、
「カイル殿下があなたを連れていくのを見かけたのです」
町の名前など間違ってないはず。
「それからずっと気になってたのですよ。貴方の元気な姿を見れて嬉しいのです。」
綺麗な黒髪の猫耳獣人ーーノア
なんて嘘も方便ですが、それはそれ。
本当は一目見た時に全身全霊(それこそ毛穴レベル)がノアを好きだと訴えてるんだけど!
「貧乏男爵家の小娘が今回のデビュタントに来た動機は間違いなく貴方、ノアなのです」
前世の記憶が戻るまでのアンナは王子様見たさもあった様だけど。
花が綻ぶような笑顔を意識してからノアの耳元で囁く。
「それを信じろというのか?」
若干警戒心が弱まったみたいね。
「では、信じてもらうまでです」
力一杯襟を掴んで顔を近づけて軽く口と口を合わす。
「好きな殿方以外にこのような事すると思いますか?」
この世界の獣人にとって口づけとは番の証。
口づけを交わした以上は番になり、一生涯の愛を誓わなければ、彼らの信仰する宗教の教えに反する。
獣人族以外にはあまり知られていないんだけどね。
つまり奪ったもん勝ちよ!
本来なら身体能力の高い獣人には一方的な場合そう簡単には行かないものなんだけど、怯んだからかな?
めちゃくちゃ余裕で奪えちゃったね!
「不本意ですか?残念、私は本気ですよ!!」
いや、正直な話別に自分がノアとどうこうしようなんて最初はこれっぽっちも思ってなかったんだよ!
夢小説の住人じゃなかったし。
推しが動いてるだけで満足だったのに人間って欲深いわ。
ノアのあんな顔やそんな所とか、拝むには私が相手にならないと見れないじゃん?
だったらもう、設定駆使してなんとしてでもノアを手にいれなければ!
「私が責任取ってノア様と番になりますので、覚悟して下さいね!」
カイル王子とくるみちゃん