プレローグ 旅立ちの決意
暗く、みすぼらしい、無駄に広い。
そんな感想を抱くであろう様相をした城の地下で、ある男が布団から寝惚け眼で起き上がった。
その姿は若干10代後半くらいの普通の青年だ。
いや、顔は薄暗いせいで全く見えない。
だが、間違ってもこのような厳つい城にいるべき存在ではない。
「ふわああ〜〜。たしか今日だったな。」
そう青年が呟いたと思うといままで掛け布団の中に収まっていた手首に重厚な腕輪が掛けられていた。
青年はそれを懐かしそうに眺める。
「あれから5年か」
そして腕輪を外す。
途端に彼の身体から黒くて怪しいオーラが溢れ出す。
それはまるで押し込めていた物を解き放ったかのように轟々と世界中に広がった。
指輪の魔王が復活した。
この報せは世界各国へと瞬時に行き渡った。
それはある一国の城の中でも同じだった。
「魔王の覇気、魔力、気配が濃密に絡まり合って、世界中に撒き散らされたようです。」
豪華な服を完璧に着こなしている、いかにも敏腕と言った外見の男が、更に豪華な服に身を包んだ男に説明する。
彼等はヨーコデリア王国の王と魔法師団団長であった。
「発信源は恐らくは魔王城跡かと‥‥‥。」
団長が沈痛な面持ちでそう言う。
すると国王は一つ大きなため息をついて、ゆっくり口を開く。
「あの魔王は6年前に勇者に倒された筈だが‥‥‥復活したのか?
それとも新たな魔王が‥‥‥。」
「王様。その推測は現時点では無意味だと愚行致します。
どちらにせよ魔王に匹敵する化け物が現れたという事で十分です。」
王が推測していたところに、意見を言う。
「そうだな。何にせよ。新たな勇者を見つけるのを、早めなければならんな。
世の中上手く行かぬ物だな。アルベルト。」
「そのとおりでございますね。」
男はうやうやしく頭を下げて肯定する。
「新たな戦乱の世が始まるだろうな。
アルベルト、騎士団と魔法師団の訓練カリキュラムを見直し、新たな強者の育成とスカウトに励め。」
「はっ!失礼致します。」
王はあるベルトが出ていくとボソリと呟いた。
「これほど早く魔王が出てくるとは‥‥‥奴を討った報いかもしれんな。」
その顔は先程とはうって変わり、後悔の色が滲み出ていた。
場所は変わってある辺境のとても小さい村。
中心にある王都から見て、端の端、認知もされていないであろう場所に何故か覆面を着けた、一人の青年がセッセと働いていた。
「お兄ちゃん〜。」
その彼に走りながら抱きついて行く少女。
彼は持っていた斧を片腕に持ち替え、少女を抱き止める。
その際に首に掛けられた赤く光るアクセサリーが揺れる。
「フィリア、仕事中に抱きついたら駄目だっていつも言ってるだろ。」
口調は怒っているようだが、声に怒りが無い。
覆面の上からでも分かるくらいニコッと笑っている。
その男の手首には薄っすらと何かを着けていたような痣があった。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。でねでね、私今日テム鳥を仕留めたんだよ。エヘヘ、すごいでしょ〜。」
テム鳥とは非常に逃げ足の早い鳥で、半径30メートル以内に自分の敵が近づくと直ぐに逃げ去ってしまうほど警戒心の強い獣だ。
彼はゆっくり頭を撫でながら笑う。
「ああ、すごいな。だが俺なら3匹くらい捕れるぞ。」
「わ〜!ホント?すご〜い!」
フィリアと呼ばれた少女がパタパタと腕を振って喜ぶ。
「ほら、帰るぞ。母さんが夕飯を作って待ってくれてるから、早く帰らないと冷めちゃうぞ。」
「それはダメ!美味しくないとダメ!速く帰ろうよ!お兄ちゃん。」
「ああ、そうだな。」
妹の様子にニコニコしながら返事をする。
「あ!お義兄さん!フィリアちゃん!」
そんなやり取りをしながら帰っていると淡い茶髪で中性的な顔つきをした活発そうな美少年が走って来た。
「誰がお義兄さんだ!!」
「す、すいません。お義兄さん!」
コイツはフィリアに惚れていて、中々アタックしようとしないが、俺には、お義兄さんお義兄さん言ってくるヘタレか積極的なのかよく分からないやつだ。
「お兄ちゃん。ヴァイク君をいじめちゃ駄目!絶対駄目!」
「おう‥‥すまん。」
俺はちょっとだけ複雑そうな顔をしながら謝った。
俺から見ても美人な母の作った食事を食べた彼は部屋へと戻って1農民では決して買えないはずの本を読んでいた。
正直言って30近くであの美貌は正直凄いと思う
最近王都近くで流行っている【勇者とお姫様の重なる鼓動】を読んでいた。
「ふぅ〜。いや〜こうしてゴロゴロするっていいな。」
ベットに身体を投げ出しながら続きを読む。
「そろそろ知れ渡っている頃だし、あっちに用事が多くなるだろうからこの家を出るか?
しかしフィリアの事が心配だな。
フィリアって依存癖があるからな。」
フゥと不安を吐き出すように息を吐く。
「まあいい。少し時間をおいてから行くか。なにせ俺は魔王だからな‥‥‥。」
そう。俺は元魔王からその座と力を譲られた。
そのお陰かそのせいか、闇魔法は恐らく世界最高峰の腕を持っていると思う。
そしてその上位互換である暗黒魔法。
その存在を感知した。
この世界に数多いる魔王も暗黒魔法を使えるだろう。
相対する勇者は光魔法の上位魔法(名前は分からないが)を持っている。
光魔法は闇に相性が良く、闇魔法は光以外の全属性に相性が良い。
しかし、この世界には、まだまだ俺を殺せる人物は多くいる。
俺が魔王だと知られればそいつ等は喜々として俺の命を狙ってくる。
それは気を付けるが、家族や村の奴等にまで迷惑を掛ける訳には行かない。
丁度よいことに俺は今年で15歳の成人になった。
成人になった子供はこれからの進路として村から出て一攫千金を目指すため冒険者になったり、才能がある者は王都で騎士となったり、家を継いで細々と暮らしたりする。
なので俺はこの見た目の不気味さを抜きにすると腕っぷしも村の中で1番と言う認識もある。
恐らく反対はされないだろう。
そしてまだまだ俺を殺せる奴が多いと言うだけで、俺は一般人に比べるとかなり強い。
騎士団長クラスならば片手でどうにか出来る程度だ。
魔王レベルをどうにか出来るのは同じ魔王か、各種族に数人ずついる勇者の存在だ。
それらに俺の存在をバレないように、自らを鍛える必要があった。
元々、彼女に鍛えられて人間としては強い部類にいたが、魔王と勇者の次元では通用しないのだ。
物理攻撃が通用しない、最強の魔眼を意のままに操る、技の極地に至った達人、そんな魔王達。
剣も魔法も達人並に使える万能、魔王すら察知が難しい隠密の達人、光速に近い速度で動く、そんな勇者達。
そんな非常識な化け物の一人になった俺は少なくとも彼等から逃げ延びる方法を確立しておかないといけないのだ。
修行を行うために村を出るのには、丁度良いタイミングだったと思う。
手伝いの余った時間だけで、通用するほど勇者とは、甘い相手では無いのだ。
そして俺は指に嵌まった指輪に目を移す。
今の俺を遥かに越える魔力が閉じ込められているアーティファクトで、ある意味遺品の様な物。
それをギュッと握り締める。
その懐かしい魔力を感じて少し昂ぶった気持ちがだんだん落ち着いてくる。
「よし。明日、母さんに相談してみるか。」
そう結論して、今日のところは寝るのだった。
明日、想定外のトラブルが待ち受けてるとは思いもよらず。