表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

祖父母からの手紙


 その日の夜、ギードはロキッドにナティを任せ、地下室へ下りる。


妻のタミリアが珍しくギードの机に向かっていた。


「手紙?」


「うん。返事、書きたくなったの」


ギードはにっこり微笑んでタミリアの手元を見るが、まだ何も書かれていなかった。


薬草茶を入れて彼女の分を机に置くと、自分の分は手に持ったまま移動する。


この部屋には眷属会議用に使う、少し大きい円卓もあるのでそこへ座った。




 そして影の中から自分宛ての紙束を取り出す。


双子から父であるギードへの手紙は、挨拶など吹っ飛ばした報告書である。


安い紙に思ったことを次々と書きなぐっている。


『庭の木の中にでっかいのがあって、森の匂いがした』


『今日は王都の空を走ってみた』


『従兄のレリガスはちょっと変。ケンカしても何も言わないから、わからない』


『働いている人たちは親切にしてくれるけど、あんまり気を使い過ぎて疲れる』


ユイリは、やはり感情が読めない人族相手に苦戦しているようだ。




『ギドちゃん!、あのね』


ミキリアのはまるでしゃべっているかのような言葉がつづられている。


『屋台!、おいしいのがいっぱい!』


『ギドちゃんも一緒に食べようよ。待ってる』


女の子らしい気遣いもしてくれている。食べ物限定だが。


ばさばさと一通り目を通し、最後に義父母からの手紙を見つけた。




「タミちゃん、ご両親からの手紙だよ」


「えっ」


煮詰まっているのか、頭を抱えていた妻がびくりと顔を上げる。


嫌な思い出でもあるのか、両親からと聞いてもうれしそうではない。


「うーん、ギドちゃんが読んで」


くすりと笑い、ギードは「わかった」と答える。




『双子は今のところ恙無つつがなく暮らしております』


これを書いているのは義父の方のようだ。


初日の使用人の対応を謝罪したり、料理の指導に対する感謝も述べられている。


 ユイリが庭の大きな木から飛び降りた時は皆たいそう心配した、と書かれていてギードも冷や汗をかいた。


『自ら申し出て、少しだけ店の手伝いをしていることがあります』


それはおそらく子供なりのお詫びのつもりなのだろうと感じた。


 ミキリアについては、


『大変に筋が良く、将来が楽しみです』


と書かれている。


義母も目を通すはずなので、言葉を少し濁してはいるが、おそらく剣術のことだろう。


義父は商売人にはなったが、やはりまだ脳筋なのかも知れないと思う。




 タミリアは娘が褒められていることでうれしそうにしている。


「ご両親にもお返事書かなきゃね?」


と、ギードが言うと一瞬で顔がこわばり、睨んで来た。


「ギドちゃんも書いて」


「ああ、もちろん」


商売用の手紙を書くことが多いギードにとって、返事を書くことはあまり苦にならない。


くやしそうな妻の手元の紙は、相変わらず真っ白なままだった。




 しかし、注意事項も忘れていない。


『早朝とはいえ、王都の建物の屋根の上を走り回るのはいかがなものか』


『食べすぎて太ると心配するなら、少し減らせばいいのではないか』


双子には直接言えず、こちらに書いて来たようだ。


まあ、この辺りはこちらからお詫びの文面を書き加えておこう。


とにかく、詳しく書かれていて驚く。


「一日中、一緒に家の中にいるからなあ」


ずっと顔を突き合わせているのだから、慣れてくれば自然と粗探あらさがしになってしまう。




 ギードは義父母の手紙をタミリアに渡し、自分は双子の手紙を改めて読み始める。


気になる点がないかを探す。


『認識阻害の帽子が邪魔くさい』


ふたりの共通の苦情は今のところコレのようだ。




 二歳の誕生日にタミリアの剣術の師匠であるイヴォンから贈られた帽子である。


双子の成長に合わせて帽子の内側に施されている魔法陣を布ごと外し、新しい帽子に付け替えてきた。


しかし、家の中でも帽子が必要というのはさすがに嫌になるだろう。


『商国』ではほとんど使う必要がなかったので、余計にうざく感じるだろうと思う。


何か別の方法を考える時に来ているかも知れない。




 そう思いながらお茶を入れ替えていると、リンが影の中から声をかけて来た。


(申し訳ありません、ギードさま。もう一件、手紙をお預りしておりました)


双子の初めての手紙に興奮してしまい、出し忘れたそうだ。


珍しく『王国』の魔術師ハクレイからだった。


『始まりの町』の店舗の方で預かっていたらしい。 


「また何か問題でも起きたのかな」


あまりいい予感はしない。


緊急の用事であれば、ハクレイは移転魔法陣を使って勝手にやって来る。


わざわざ手紙で知らせてくるということは、おそらく厄介事だ。


ギードは仕方なくその封を切る。





『一度こちらに来て欲しい。もし都合が悪いなら、こっちから商国へ向かう』


……全く内容がない文面である。


ギードは溜め息を吐くと、「忙しいから無理」と書いた返事をリンに託す。


「これをすぐに届けてくれ」


何とも手紙らしくない文面の応酬に、リンが不思議そうに首を傾げている。


「たぶんハクレイはこちらの予定を聞いてくるだろうから、返事をもらってくるように」


『いつならいいんだ!』と怒り狂う白い魔術師が見える。


来るつもりなら、こちらと話が出来るのは夜になると伝えてもらう。




 ハクレイは始まりの町で闘技場建設にたずさわっている。魔術の私塾もあるし、忙しい身のはずだ。


無駄な時間は双方ともにない。


「闘技場の件かな。確かまた壊れたって言ってたなあ」


ハクレイが王国の魔術師や土属性のエルフ族を大量に使って作った闘技場。


しかし早春に行われた祭りでドラゴンの分身体が一度暴れただけで崩壊している。


本来なら毎年行われる予定だった祭りは、そのせいで延期になってしまった。闘技場の修繕が間に合わないらしい。


ふむ、とギードも考え込み始める。


タミリアの方は、白い紙を目の前にしてまだ唸り続けていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ