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第九話:綾との距離

 2人で歩く帰り道は暇なもので、暇過ぎるあまり、どうでもいい会話が横行していた。


「もしも綾が妖怪だったら、なんの妖怪になりたい?」


 何気なく話を振ってみると、綾は立ち止まり、膝まで伸びた黒髪を前に持ってきて、その黒い塊を見ながら答えた。


「……前までは、磯女が良いと思ってたわ。この街にとって、磯女は守り神のようなもので、幸福の象徴でもある。だけど、本物があんなに髪が短いんですもの。私も髪、切ろうかしら?」


 悲しげに髪を見る綾。誰がどう見ても長過ぎと言うだろう。前髪だって目にかかってるし、俺だって切った方がいいと思う。髪さえ切れば、今の暗鬱な雰囲気も凛々しい姿に変わる事だろう。


 人は大体、第一印象で判断する。綾も印象が変われば、男が寄ってきそうだな――。


「……公平くん? どうかしたの?」

「……ん?」


 不意に声をかけられ、思考が中断される。そんなに長い時間考え事をしていたわけではないが、俺の顔色が変だったのだろうか?


「いや、どうもしないけど……なんだよ?」

「公平くんが何か考えてる顔をしてたから、止めたまでよ。悪知恵を働かせる前にね」

「俺がいつ悪知恵を使ったよ……?」


 余計な一言を当たり前のように混ぜてくる。それでこそいつもの人橋綾で、俺はどこか安心するのだった。


「……ま、長くても重いだけだし、明日には切りましょうかね。明日は早く帰るから、貴方も海原さんと仲良くするのよ?」

「やだよ、それなら明日は1人で帰る。アイツ友達多いし、一緒に帰るとめんどくさそうだ」

「……そ。別に強要するわけじゃないし、好きにしたらいいわ」


 綾はどうでも良さそうに言い捨てて歩き出した。提案したのは自分なのに、とても無責任な奴だ。


「……そうそう、貴方は妖怪になるとしたら何になるのかしら? 役に立たないから塗り壁あたり?」

「馬鹿やろう、俺が妖怪になるとしたら"屏風のぞき"一択だぜ。女湯から女子更衣室まですべからく覗いてやる!」

「…………」


 綾は無言で早足になり、俺から距離を取ろうとしていた。これはさすがに怒ったようで、俺は平謝りしながら後を追うのだった。






 ************






 家に帰って1時間が経ち、神楽も帰ってきた。夕食を食べてから、今日は平和な風呂を堪能し、部屋でPCを弄っていた。すると、髪の濡れた神楽がひょっこり部屋に現れる。顔も少し赤いし、風呂上がりのようだった。今日は既に服を着ており、学習能力があるのは俺の精神的に助かる。


「こーへい、君は罪づくりな奴だよ……」

「なんだよ、藪から棒に」


 突如悪人扱いされたので、俺はネトゲをする手を止めて神楽の方へ振り返る。彼女は畳の上であぐらをかき、腕を組んで偉そうに座っていた。


「綾ちゃんと2人で帰ったそうじゃないか」

「いつもの事だけど……何?」

「ほほう……いつもの事……それはそれは……」

「なんだよマジで」


 1人で何度も頷く彼女の態度が腹立たしかった。いきなりやってきて、話題も言わずに1人で納得されても気持ち悪い。


「……いつもさ、2人一緒だよね?」

「アイツ友達いねーから、仕方なくな」

「え〜? それだけじゃないでしょ〜?」

「それだけだから。他に何があるんだよ」

「……それ聞いちゃいますかぁ? いやはや、こーへいには困ったものですなぁ……」


 やれやれと肩を竦める神楽。そこまで言われると、さすがの俺も言いたいことはわかるが……綾に対する自分の気持ちは、よくわからない。友達、親友、そう言えばしっくりくる。いつも頼りになるし、恋愛対象というよりはお姉さんといったところだ。


 それに、綾の性格で恋愛なんてできるのかも不安でしかない。不真面目な話はできないし、遊ぶこともない。話すのは自分の信念とか、真理とか、哲学的な事とかで、それで恋愛をするというのは片腹痛いどころか脇腹まで痛くなる。


 しかし、髪さえ切れば美人ではある。中身はアレだが、綺麗な女性ではあるだろう。

 そんな彼女と一番近くに居る俺。そこに恋愛感情があるかと言われれば……


 よくわからない。


 自分でもわからない、それが答えなんだろう。


「……お前は、俺と綾の間に何かあると思ってるようだが、別に何もないから。腐れ縁というか、髪の毛みたいなほっそい糸で繋がってる感じ。いつ切れてもおかしくない縁だ」

「うっわ、こーへいそんなこと言っちゃう? 綾ちゃん可愛いのになー?」

「可愛いから付き合う、とはいかないだろ」

「私、付き合うだなんて一言も言ってないのに、そういう話だったっけ〜?」


 ニヤニヤと笑いながら挑発的な態度で訊いてくる。今すぐ殴りかかりたい所だが、後が恐ろしいので黙ることにする。

 俺が無言で睨んでいると、神楽はいつもの優しい笑顔になって、ズボンのポケットから何かを取り出した。

 傷1つない白い玉がいくつも並び、輪を作ったもの。それは見たところ――真珠のブレスレットだった。


「これ、こーへいにあげる」

「……いや、待て。それ本物か?」

「本物だよ。私が海で作ったんだよ? 凄いでしょ〜」

「…………」


 何かに勝ち誇った笑みをする神楽だが、その手に握られた真珠たちは綺麗な光を放っていた。本真珠、しかも1.5cmはあるものが10個付いていて全て天然物。この地上では数万円するだろうが、急にあげると言われても正直困る。それに、真珠なんて女性が身につけるもので、男の俺がつけるのは気がひける。


「いいよ、自分で持ってろ」

「やだ、これはこーへいにあげるの。自分の分も、作ってあるからさ……」


 そう言って、彼女は同じものをポケットから取り出した。お前とお揃いになるのか、それはそれで嫌な気もするが……。


「あとこれ、お母さんの分!」


 さらにもう1つブレスレットを取り出す神楽。同じ家に住んでるからか、俺の母さんのことをお母さんと呼。それはともかく、我が家の家族分あるようだ。


「じゃあ親父の分もあんのか?」

「あるけど、居ないから綾ちゃんに渡しちゃう」

「……ふーん」


 そうなると、学校行って俺と綾だけがこの真珠のブレスレットをつけてる事になる。同じものを付けるとか、こそばゆい気もするが……。


「もともと家族用に作ってくれてたんなら、貰っとくか……」

「わーい! ありがとうっ!」

「いや、こっちこそありがとうな」


 俺は彼女から真珠のブレスレットを貰う。思ったより重量感のある白い玉の集まりは俺の手のひらに収まる。間近で見ると、本当に綺麗な純白で、俺みたいな男が持って居ていいのかと不安になる。


「お母さんお母さーん!」

「…………」


 それで、神楽の奴は母さんにも同じのをあげるため、下の階に降りて行った。呼び方といい、言い方といい、実の母かよ……。


 まぁ、それは置いといて――


 ジャラリとする白いブレスレットを、俺は左手にはめる。サイズに関しては少し隙間があるが、付け心地は悪くない。


 妖怪が何故プレゼントを渡してくるのか、それはわからないけれど、神楽は純真で優しい奴だから、これはこれでいいだろう。

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