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第六話:家

 玄関の戸を開けると、玄関先の電気は点いていて誰かいるのがわかった。それは勿論俺の母親であり、靴も母親のレディースシューズが置いてあるだけなので予想は正しいだろう。

 俺は振り返って神楽に手招きをすると、彼女も上がってきた。


「お、お邪魔……しま、す……?」

「なんで疑問系なんだよ?」

「いや、なんかこう……言い表せないや」

「?」


 よくわからないが、彼女が微笑んでいる事から、悪い気持ちではないのでよかった。俺はまた家の方を向いて、靴を脱いでから玄関を抜けてリビングへ向かう。


 15畳ほどのリビングでは3つの椅子があるダイニングテーブルがポツンとあり、橋の方から棚やテレビなんかがある。絵が飾られてるわけでもなく、味気ない部屋だった。

 台所には1人の女性が立っており、左手でフライパンを、右手に箸を持ち、何かを作っているらしい。後ろに髪を束ねたその女性は俺の視線に気付き、こちらを向いた。頬に彫りがあり、つぶらな目をした赤いエプロンをする女性、俺の母親だった。


「あら、おかえり公平。焼きそば作ってるけど食べる?」

「ただいま。そんなに腹減ってないから、いいや。それより、ちょっと話があってさ……」

「? 何? お小遣いならあげないわよ?」

「そうじゃない。とりあえず、こっち来てくれ」

「?」


 母さんは眉をハの字に曲げながらも、火を切って俺の方に歩いて来てくれた。俺もゆっくり玄関の方へ来て、母さんと2人で神楽の方を見た――。


「…………」


 母さんは言葉を失ったようで、先ほどまで不思議そうだった眉は今や跳ね上がっている。それもそうだろう、未だ玄関に居る少女は、曲がりなりにも美少女で、母さんも知らない、初めて家に連れてくる女子だったから。

 綾なら何度か家に来たことがあるし、友人であるということは知っている。だけど、あんなモジャモジャとは違う、清潔感あるボブカットの少女は、母親の目を奪ったのだ。


 母さんは驚きながらも、なんとか俺の方に顔を向けて尋ねてくる。


「え、何? アンタの彼女?」

「違うから」


 なんとなく予測できた"彼女"という言葉を即座に否定する。すると何故か、母さんは口をあんぐり開けて驚いていた。


「はぁ!? じゃあ何!? 家に上げるって事は、ちょっといかがわしい感じの――!?」

「落ち着いてくれ。いや、コイツの正体知ったら落ち着かないだろうけどさぁ……」


 このみでは埒があきそうになかった。俺は視線を神楽に送ると、彼女はクスリと微笑をこぼし、憂いのある顔で自己紹介した。


「こんにちは。私は【神楽の磯女】……あなた達もよく知る――



 ――妖怪です――」






 ************






 神楽が自己紹介してから俺達はリビングにて神楽の話を聞いた。彼女が陸に上がって来た理由、この家に泊まろうという安易な理由を聞くのは、俺は2度目だった。


「折角だから、私は地上の生活をしてみたい。そのことにどうかご協力をお願いできませんか?」


 どうかお願いしますと目で訴える磯女は、空中に居た。それは彼女が本当に妖怪である事を指し示すために彼女が力を披露したわけだが、お願いするには図が高い。


 しかし、家を支配するでもなく律儀に懇願してくる妖怪というのも可愛いもので、母さんはため息まじりにこう言った。


「はぁ……神楽、ね。娘の事をずっと気に病んでくれるのも、有難いわ。こうして見ると、娘が帰って来たようにも思えるし……」

「俺がこんななのに、妹が美少女なのはあり得ないけどな」

「公平はちょっと黙ってなさい」


 母上から理不尽なお叱りを受ける。俺はイケメンでもない、"まぁ普通"、ぐらいの容姿なんだがな……。

 それはそれとして、母さんは神楽の処遇について答えた。


「もちろん、私は住まわせたいわ。公平も良いと思ったから連れて来たんだろうし、信用しましょう」

「……ありがとうございます、お母さん」


 神楽はスウッと椅子の上におり、俺の母さんに頭を下げた。コイツがお母さんって言うと、本当に死んだ妹がいるみたいで変な感じだが、呼ばれた母さんは嬉しそうに笑っていた。


「――父さんは単身赴任で居ないから、これからは3人で暮らす事になるわ。よろしくね、神楽ちゃん」

「あ……はい……?」


 神楽は歯切れが悪く返事をして、俺の方を見ていた。なんとなく、彼女の言いたい事がわかる。海で生きてきた少女は、単身赴任なんて言葉を知らないのだろう。


「単身赴任っていうのは、他の地域に1人で仕事していく事だな。その仕事が終わるまで、父さんは帰ってこないんだよ」

「あ、そうなんだ。残念だな〜……」

「……?」


 彼女の言葉には、違和感を感じた。


 残念だろうか?

 もしこの場に父さんが居て、神楽の居候を拒否されるかもしれないのに?


 真相を離してあげたい気持ちはわかるが、それで彼女自身が不利益を被っては訳ないはずだ。彼女には、俺の家族全員に会う必要がある――?


 ドクン――


 胸が嫌に脈を打つ。俺は【神楽の磯女】の全容を知らない。綾が笑顔で居候を促したんだから大丈夫だと思いたいが、未知がすぐ側にあるのはとても怖い事。


 もしも彼女が――俺達家族を殺すような事が――。


「ちょっと、こーへい」

「……?」


 他でもない磯女から名を呼ばれ、俺は思考の海から浮かぶ事ができた。隣に居る少女はずいっと身を寄せ、俺の視界は彼女の顔に覆われる。


「なんか不穏な事考えてたでしょ?」

「考えてねーし、顔ちけーよ。チューするぞこの野郎」

「セクハラ言わないのっ。何も考えてなきゃ、それで良いんだよ」

「…………」


 すぐに思考を読み取ってきたあたり、彼女の前でものを考えるのはやめた方が良さそうだ。大人しくゴリラのことでも考えていよう。


 話も終わって自由となり、俺は自室へと向かうのだった。






 ************






 問題が起きたのは、夕飯後の風呂の時間だった。


「こーへい! お風呂一緒に入ろー!」

「うわぁぁぁぁあああああああああああ!!!!?」


 俺の大絶叫で、家が揺れたように感じた。

 驚くのも仕方ないことだろう。俺はのんびり湯煎に浸かっているというのに、磯女はいきなり風呂の戸を開けて侵入してきたのだ。


 全裸で。


「オマエェエエ!!!? 何してんのか分かってんのかぁあああ!!?」

「え……? なんか変?」

「オレ、男、オマエ、女!!! 普通は一緒に入んねーの!!!」

「うわー、水臭いよそれ。私ずっと海に居たし、ずっと混浴だったのに」

「知らん! 出てけ!」

「きゃーっ」


 悲鳴にも聞こえない黄色い声を上げ、神楽は出て行った。確かに海は、魚から見ると混浴の大浴場かもしれない。しかし、俺達人間は基本的に混浴なんてしないのだ。

 道の外に平気で露天風呂があった明治時代までならいざ知らず、現代人――特に年頃の健全な男子が混浴など、ダメであろう。


「ぶーぶー、こーへいのけちんぼ。別に一緒に入るぐらい良いじゃん」


 扉の開かれたままの浴室の向こうから、拗ねた神楽の声が聞こえてくる。昔から伝承があり、数百年は生きてるだろう女にしては、実に子供的な言い草だった。


「良くない、まったく良くないから」

「ふーん。じゃあもういいや。後で遊んでね」


 タタタと小走りに駆けていく音がする。どうやら彼女は去ったみたいだ。着替えた様子はなかったし、きっと全裸のままだろう。


 元は海暮らしの女の子だ。これから先一緒に暮らす上で、まだまだ困難がありそうだなと思うのだった。

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