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第五話:舞

「ダメだから」


 俺は海原の手を払いのけ、そう言って拒絶した。俺の言葉が意外だったのか、海原は唖然として口をポカンと開けていた。5秒ほど固まって、やっと彼女は動作を再開する。


「なんで!? 私、そんなに可愛くない!?」

「いや可愛いけどさ……でも、なぁ」


 俺は助けを求めるように綾の顔を見た。アイツの事だ、きっと猛反対する筈だ、けど――。


 しかし、何故か綾は笑顔だった。怖い笑みではない、優しい微笑みを俺に見せていた。


「……綾?」

「良いんじゃないかしら。私は賛成よ。海原さんは是非とも砂賀浦家で厄介になるべきだわ」


 ニコニコ笑って言う綾の顔には曇りもないし、闇も感じない。つまり、本当にそう思って言ってるようだった。


「綾、お前――」

「フフフ、貴方にはわからないでしょうね。でも、そうでなくちゃいけないのよ。そうでないと、彼女はきっと消えてしまうから」


 艶やかな声で淡々と口を動かす綾は、どこか嬉しそうに語っていた。何を言ってるのかわからない。海原が消える、それは泡になると言う事? それは彼女自身の言葉で否定された筈だが、それは嘘だったのだろうか。でも、綾がそれを判断するだけの材料は――


 ――でもね、【神楽の磯女】には続きがあるの。聞きたい?――


「ッ――」


 フラッシュバックのように思い出したのは、昨日綾が話していた言葉。俺は【神楽の磯女】の物語を少ししか知らないんだ。磯女と呼ばれる妖怪が、自分の家にホームステイする。普通に考えれば、それはとても怖い事で、伝承の全容を知ってる綾はそれを避けたのか――?


「お前、俺を犠牲にするつもりか!?」

「あら、人生には犠牲がつきものよ? 社会というのは生存競争。生き残るためなら、人はなんだってするわ」

「そうやってあっさり友人を差し出す女だとは思わなかったよ!」

「はいはい、わかったから声を荒げるんじゃないの。海原さんも困ってるでしょう?」


 当の海原は呆気にとられてボーッとしていた。俺と綾の視線が集まってハッとなり、彼女は言う。


「私、こーへいの家族を殺したりしないから!」

「お、おう……」


 そんな事されれば困るどころの話じゃないし、危険がないというなら少しは安心できた。しかし、綾の含みのある笑みは気になるし、泊めるのは遠慮したくなる。だからと言って女の子を1人で野宿させるなど……いや、妖怪ならいいんじゃないか?


「野宿じゃダメなの?」

「絶対ヤダ。ベッドで寝たい」

「うち、布団だけどな」

「……妥協する!」


 という事で、寝床は欲しいらしい。妖怪って普段ベッドで寝るんだなと、無駄な考えが頭の中を巡る間に海原は立ち上がった。


「折角海に来てるんだからさ、私が妖怪である証、見せてあげるよ」


 彼女は1人で海の方へと歩き出し、だが途中で振り返って、俺たちに言った。


「もっと近くまで来て。大丈夫、海に引きずり込んだりしないよ」

『…………』


 俺と綾は無言で、慎重に彼女の後を追った。砂浜に着くと、靴に砂が入るからと靴下まで脱いで手に持ち、海辺へと向かって行った。

 海原は靴を脱ぐこともなく、足をすくわれることも多い砂浜を悠然と歩いていた。


 彼女の後を追って気付く。


 彼女の足跡が、存在しない事に――。


「――――」


 そのまま彼女は、海の上へと歩いて行った。【神楽の磯女】は海上で舞を踊るという。つまり、海に沈むということは、ないのだ。


 波が押し寄せ、飛沫が飛ぶ。それでも海原は足がぐらつくこともなく、砂浜から5mは歩いた所で止まり、俺たちの方へ向き直った。


「……舞はね、遥かな昔に人間が教えてくれたもの。だから、この踊り自体に効力はない」


 言いながら、海原は右手を伸ばす。そこには光が集まり、やがて扇の形となって具現化した。右に続き、左手にも奥義を生み出した。


「でも、この踊りは誰かを楽しませることもできる。私はずっと、そう信じてる」


 右手を左斜め下に、左手を右上に。


 美しい仕草で、ポーズで、そして彼女は踊り始める。

 波の押し寄せる音にリズムを乗せ、彼女は羽ばたくように手をゆらりゆらりと上下させ、海上を舞う。流麗で、物静かな動作だった。踊る彼女の表情も艶やかな女のもので、それは宛ら舞姫とでもいうべき存在で――。


 時間を忘れて少女を見ていた。隣に立つ綾も同じことだろう。


 逢魔時、美しき夕陽に彼女の舞は照らされ、波の飛沫が舞少女を彩っていた――。






 ◇






 彼女の舞を見終わってから、俺らは綾と別れ、海原と2人で砂賀浦家に向かっていた。日はまだ暮れる事なく海に半分沈み、オレンジ色の空が世界を包み込んでいる。


「ねぇねぇ、私の事は神楽って呼んでよ。私だけ名前呼びなの、不公平じゃん」

「はぁ……それさ、死んだ妹と同じ名前じゃん。狙ってやってんのかよ?」

「その方がこーへいの家に泊めてもらえそうかなって。それに、この地区だと神楽って名前は珍しくないでしょ?」

「まぁな」


 歩きながら、そんな会話をする。【神楽の磯女】の伝承があるからか、この辺りに神楽の名を持つ女の子は多い。うちのクラスには確か2人は居たはずだ。

 ――その【神楽の磯女】様も、名前を神楽にしたらしいけども。


「本名は?」

「いやぁ……わかんない。磯女かなぁ?」

「人間じゃまず付かねぇ名前だな」

「そう思うでしょ? 別に私は良いんだけどさ、そんな風にクラスで呼ばれるの不服だし、あまり正体もバレたくない。海原じゃ距離感じるし、神楽って呼んでよ」

「まぁ、いいけどさ……」


 しつこく言われるので、ここらで観念する事にした。改めて隣を見ると、ボブカットの美少女がいる。そいつは当たり前と言わんばかりに俺の隣に歩いているが、こんな可愛い奴――しかも今が人気の転校生と仲良くしていたら、いろいろ怖いんだが……。


「着いたぞ……」


 程なくして家に着いた。こんな田舎では珍しくもない二階建ての一軒家だった。この辺にはまだ建物が連なっているけれど、横を向けば視界の端に畑があったりする。


 辺りを見渡す事もなく、ただ俺の後を付いてきた神楽は俺の家をまっすぐ見ていた。その表情は無表情なのにどこか悲しげで、寂しそうに見えた。俺の妹の死を悼んでいたから、だろうか……?


「……おい、どうしたよ?」

「……ううん、なんでもない。ほら、早く入って」

「そうかよ……」


 催促されるので、俺は気にせず家に入る事にした。父親は単身赴任で母しかいないけれど、しっかり説得して、この女を居候させる事は出来るんだろうか?

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