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第四話:理由

 身震いがした。この女は何を言っているのか理解できない。


 俺たちが伝承に聞く磯女は、髪が長くて、ぞの声で人を殺す恐怖のもの。目の前にいる女は短髪で、今俺と普通に会話をしている。嘘だ、こいつは磯女じゃない――。


「……疑ってる目だね、こーへい」


 俺の名前を言う彼女は口が裂けるのではないかと思うほど広く歪んだ笑みを浮かべていた。恐怖が俺の全身を駆け巡り、毛が逆立つのを感じる。

 そもそもこの女は何故俺の名前を知っている? 何故俺に会えて嬉しいと言った? ――わからない。なんなんだ、この女は――。


「……帰るんでしょ? 歩きながら話そうよ」


 そうやって俺に催促する海原の顔は、普通の少女のものに戻っていた。くるりと身を翻し1人で先に行ってしまう。俺は一歩も動くことができず、頬を伝う汗だけが落ちようと動いていた。


「――公平くん」

「……。あ、や……?」

「気をしっかり持ちなさい。彼女、一緒に帰ってくれるみたいね。何か話がありそうよ、聞かなきゃいけないんじゃなくて?」

「…………」


 凛とした綾の言葉に、俺はかろうじて冷静さを取り戻すことができた。あと少し遅ければ気絶していたことだろう、俺の顔は真っ青なはずで、背中は冷や汗でびしょびしょだ。


「サンキュ、綾。マジでお前が友達でよかったぜ」

「いいから、海原さんを追うわよ」

「ああ」


 綾とアイコンタクトを取り、俺は彼女とともに海原神楽を追いかけた――。







 ************






 昇降口で海原と合流し、俺たちは外に出た。10月の空は夏より乾いていて、徐々に寒気が増してきていた。


「……しゃむい」


 鼻水を垂らした海原が、助けを求めるように俺の方を見ていた。今は衣替えも終わって、男子は学ラン、女子は長袖のセーラー服を着ているが、寒いものは寒いのだろう。


 先ほどまでの覇気はどこへやら。彼女はまるで子供の様だった。


「……学ランでよければ貸すぞ?」

「ちょうだいぃ……」

「…………」


 もはや高校生には見えないその姿に、俺は絶句せざるを得なかった。素直に学ランを渡してやると、海原はニコニコ笑いながら受け取り、羽織ってくるりと1回転。


 これが妖怪磯女の姿だと、そんなこと誰が思うだろう。ちょっとぼけた高校生、それが俺、砂賀浦公平の海原神楽に対する評価だった。


「――さて」


 パンっと手を叩き、海原は仕切り直しとでも言わんばかりの物言いで口を開く。


「教えてあげるね。私のことを――」


 彼女は俺たちの先を歩きながら儚い声を一つ一つ呟き、一歩、また一歩と踏み出していく。俺と綾は顔を見合わせ、一つ頷くとまた海原を追うのだった。






 ************






 目の前には海がある。俺たち3人は海岸の岸に座り、ざわめく海を眺めていた。

 左から俺、海原、綾の順に座っている。

 海原は磯女だからか、この場所を指定してきたのだ。


「……今から7年前、君の妹はこの海に沈んでいった」

「…………」


 俺の方を見て、海原は言う。そして実際その通りだった。

 俺の妹、"砂賀浦神楽"はこの海に溺れ、帰らぬ人となった。


「その光景を、私は見ていた。彼女の足が、海坊主に引きずられる(・・・・・・・・・・)姿をね……」

「…………」


 妖怪磯女から直々に、妹の死因を告げられた。どうやら俺の妹の死はただの溺死ではなかったらしい。


「……私は、海坊主に逆らえない。海坊主の方が、私よりずっと強いから。だから、見ていることしかできなかった。助けを呼ぼうにも、私の声は人を殺してしまう……だから、貴方を呼ぶこともできなかった」


 彼女の声は徐々にしぼんでいき、やがて俯いてしまう。きっと悔いているのだろう。人ひとり救えなかったことを悔いて、そのことを今日まで覚えててくれて、俺に真相を話して、そして――


「ごめんなさい……」


 俺に、謝ってくれた。


「私がね、もっと強ければ、頑張れればよかったのに……なのに、私は……」

「いいさ。もうずっと昔のことだ。海は嫌いになったけれど、神楽が死んだことは、ちゃんと受け止めてるよ」

「………!」


 俺の言葉を聞いて、海原は涙の着いた悔しそうな顔を俺に向けた。精一杯歯噛みをして、何か苦しみに耐えるような表情を。それが何を意味しているのか、俺にはわからなかった。


 ザザーンと波がさざめき、波の音と共に海原は再び俯いた。肩の力が抜けたのか、ふうっと息を吐いて正面の海を見据える。


「……人魚姫のお話、知ってるよね? 私も小さいころに聞いたきりなんだけど、よく覚えてる。人魚姫は王子様に会うために、海の魔女に足を生やしてもらったの。でも、人魚姫は王子様と結婚できず、海の泡になってしまう。……私はもともと人型だったから姿を変える必要はなかったけど、声を変える必要があった。だから私は――」

「声を交換したのね。人間と対話してもいい声と」


 海原の独白を切り、代わりに説明を入れる綾。綾はゆっくりと立ち上がり、俺たちに向き直った。潮風が彼女の長い黒髪を引き連れ、俺たちにその柔らかな毛先が届きそうだった。


「少し、聞きたいことがあるわ。まず、貴女は【神楽の磯女】で間違いないわね?」

「……うん。私が、【神楽の磯女】だよ」

「……。まだ証拠は何一つないけれど、ひとまずその話を鵜呑みしてあげるわ。それで、海の魔女と契約してこの街にやってきたのよね? 人魚姫は目的を果たせなくて泡になった。貴女は今ここで目的を果たしたし、泡になる心配はないのよね?」

「――――」


 綾の質問内容を聞いて、海原は黙ってしまった。俺にとっても綾の言うことは以外で、ポカンと口を開いてしまう。

 綾はいつだってクールで落ち着いている、だからこそあらゆるものを冷静に分析する。その彼女が、会って間もない海原を心配したのだ。

 海原が悪い奴じゃないということは、俺にもわかる。綾が彼女を信用してくれたというのは、嬉しいことだった。


「……うん、私は泡にならないよ」

「そう……昨日の帰り道、この海で踊る人影を見たけど、あれは貴女?」

「多分、そうかも。逢魔時に舞を踊り、妖力を落とした。貴女たちに見られたかは知らないけどね……」

「わかったわ、ありがとう。あと2つ、質問させて貰うわ」

「なんでも聞いて」


 ニコリと綾に微笑みを返す海原。それを見ると綾は1つ頷き、また質問する。


「まず1つ。貴女は教室に入って自己紹介するとき、うまく喋れない風だった。でも、今は普通に話してる。それは、交換した喉に慣れてなかったから?」

「うん、その通り。あと……この喉で、人を殺さないか、怖くて……」

「そうなの。大丈夫よ、貴女が人を殺すとは思わないわ」

「ふふ、ありがとう」


 また海原は微笑んだ。思えば、ちょっと喋るのが遅かったり、喋るのを戸惑う風だった気がする。綾は一体、どこまで海原を観察してるのだろう。今日会った海原相手にコレなら、俺の事はなんでも知ってそうで怖い。


「それで、最後なんだけど――貴女、どこで暮らすの? それとも、もう海に帰るのかしら?」

「ああ、それなら……」


 海原はなぜか俺の方を見た。その目は純真な子供のようにキラキラ輝き、期待に満ちていた。


「……え?」


 当の俺はというと、この少女の笑みの理由がわからなくて困惑する。

 今の話の流れからすると、まだ海原が地上にいるのかどうかという事で、それで何故俺が見られるのか。


 まさかとは思うが――。


 嫌な考えが脳裏によぎる前に、海原は俺の肩に手を置いた。

 そして


「これからよろしくね、こーへい」


 俺の考えた通り、コイツは俺の家に泊まるらしい。

……おわかり頂けただろうか?

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