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第十九話:ネガイゴト

 ゴポゴポゴポ――。


 息が続かず、体が沈んでいく。鉛のように重い体は水圧による違和感を感じ始め、溺死するにも死ねない状態だった。


 それに、まだ食べられていない。私が死ぬには早過ぎる。


(こんな事に付き合わせて、ごめんね――)


 頭の中に声が響く。私の中に住むもう1人の命、磯女さんのものだった。ごめんねなんて、むしろ私が言いたくて頭の中で言葉を返す。


(ううん。私の方こそ、ごめんね。一週間まるまる私が"外"に出てた。ずっと声も出さずに、見守っててもらって……)

(それが私に出来る唯一のこと。人と一緒に生きれて、私も嬉しかった。ありがとう、神楽――)

(……最後まで優しいね、磯女さん。貴方と一緒だと、死ぬのも怖くないや……)


 ゴポポと息を吐き、苦しさから首を掴む。人間体になったから、息すら続かない。痛いし辛いけれど、私の願いはもう、叶ったから――。


(! 神楽――!)

(…………)


 不意に体を大きなナニカに掴まれる。痛い、肋骨が折れたかもしれない。


 でも、今さら大した問題じゃないよね――?


 だって、私は……


 ――グォオオオオオオ!!!




 ――これから、死ぬのだから。







 体がベキベキと大きなナニカに潰され、少しだけ聞こえた咀嚼する音と共に、私の意識は掻き消えた――。






 ************






 俺は綾に手を引かれ、無理やり岩場に連れてこられた。海から遠ざかり、黒い岩石の山が目の前にある。


「よっ」


 綾は軽々と岩を登っていく。彼女のスカートの中が見えても、今は何も思うことがなかった。突如彼女は足を止め、呆然と立ち尽くす俺に振り返る。


「ねぇ、こんなおまじないを知ってる?」

「……?」


 いつものように彼女は質問した。しかし、それだけでは内容がわからず、綾の言葉を待つ。彼女は再び岩を登りながら説明した。


「海にはね、様々なものが流れている。壊れた船の残骸や手紙の入った瓶などの物が。そのうち、木片が流れ着いて、その木に願いを()って書くと、願いが叶うという、ロマンチックなおまじないよ」


 やがて、彼女は岩の上から大きな板を掴んだ。携帯ぐらいの厚みだろう、しかしその大きさは1mぐらいの縦長で、彼女は両手で持ちながら、ゆっくりと岩から降りて来た。


 その板の何も書かれてない方を俺に向けながら、綾は話を続ける。


「先日、偶然神楽ちゃんがこれに書いてるのを見つけたの。この想いを知って――貴方はこれからの人生を、大切に生きなさい」


 そう言って彼女は、木片を裏返した。


 そこに書かれていた文字は――














 ――私の家族が、幸せでありますように――












「――ツッ……ウ……」


 その言葉を見た瞬間、涙がこぼれた。


 神楽はどれだけ家族が好きだったのだろう。


 こんなどうしようもない兄貴なのに……。


 神楽は、どうして……。


 嬉しいのに、苦しい。


 優しい言葉なのに、寂しい。


 幸せなのに、辛い。


 だって――神楽の書いた家族という言葉。


 私の家族がって、お前自身はどうなんだよ――?


 もっとこの世界で生きて欲しい。


 幸せを知って欲しい。


 こんな寂しい別れを、お前の幸せにしないでくれ――。




「――――――――――ぁ」




 意識が暗転する。多大な感情に脳が耐えきれなくなったのか、目の前には暗闇が広がった。






 ************






 数百年踊り続けた舞。


 人を喜ばせるため、幸せにするための舞。


 永きに渡るこの想いは届くのかな。


 他人に幸せであって欲しいという純粋な願い。


 誰しも心の奥底に持つ感情のエネルギー、その本質を解き放って――


 ――共有する。


 私が、貴方が、アナタと、私と――。


 私が、公平が、アナタと、神楽と――。


 織り混ざった想いの先、そこで漸く、私はアナタを見つけた――。






 ************






 ――海に沈んでいる。最近見ていた夢だ。

 今日は水深がさらに低く、深さは20mもないだろう。水圧で耳が痛いけど、程度が知れていた。


 急に海の世界にやって来た。俺は、意識を失ったんだろうか? いや、そうでないとおかしい。まさか、綾が俺の事を海に放り投げるわけもないだろう。


 夢だからか、いつものように息ができる。泳いで行けば空が観れるだろう。これで夢は終点なのだろうか。泳いでしまえば、この絶望から、もしかしたら解放されるかもしれなくて――俺は、両手を上に出した。


 刹那、俺の足を何かが掴んだ。


「!!?」


 吃驚した俺は、息を勢いよく吐きながら下を見た。俺の足元にいたのは――人間だった。

 深い青色の着物を着た黒髪の少年。おそらく日本人だろう。俺の足を右手で掴み、左手には閉じた扇子を持っている。さらに、その手首には白い玉が連なるブレスレットがあった。


「待てよ。話があるんだ」

「誰だよテメェ。人の夢に勝手に出てきて、偉そうにするな」

「……。いいから、話を聞いてくれ」

「…………」


 仕方なく、俺は話を聞いてやることにした。

 彼が手を離すと、俺は彼の居る下を向く。


「……どうやら、想いが通じたようだ。もともと俺達の伝承が絡んでるおかげで、あとは想いの量次第だったからな」

「……なんの話だよ?」

「僕は舞の少年だ。【神楽の磯女】の登場人物。この街の信仰があるおかげで、僕達は具現化できる」

「…………」


 磯女に続いて、舞の少年まで俺の前に現れたらしい。信仰というのは、街の人が【神楽の磯女】を幸福の印としているからだろう。

 磯女は死んでしまった……それなのに、なんで今になって現れたんだ……?


「いいかい、公平くん。君たちの想いと、磯女の踊り続けた舞の想いが相成って、君達の最も望む未来を作り出した」

「……望む、未来?」

「君の妹、神楽ちゃんを生き返らせた」

「……!」


 今しがた死にに行った神楽が、生き返った……?

 信じがたい話だったが、この夢と磯女の伝承がリンクしてるなら、もしかして、本当に……?


「ただし、神楽ちゃんは今日まで成長した姿でここに沈んでいく。君はどうか、彼女を助けてあげて欲しい」


 ――7年前できなかった事を、今やってくれ。




 力強い視線と声で俺に頼んでくる。7年前――俺は神楽が居なくなったのにすら気付かなかった。何も出来ずに死んで行った事を、兄貴としてずっと悔やんでいた。


 だから――


「任せろ」


 今なら絶対助けてやるって、そう思えるんだ。

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