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第十七話:神楽と磯女

「綾ちゃんの、お姉さん……」


 神楽は智衣さんのことを見て、複雑な顔をしていた。しかし、ここで智衣さんを呼ぶ事に、一体なんの意味がある?


「……全身真っ黒だね。本当にキミ、公平くん?」

「…………」


 彼女は俺を見て、いつもの態度で平然とそう言った。全身真っ黒――今日もブレスレットは付けてるし、寝る時も外さなかった。それなのに、進行は進んでいたのか……。


 でも、全身が黒くなったというのに変化は何もない。俺はピンピンしてるし、体に異常もなかった。


「俺は俺、砂賀浦公平だよ。貴女の目は節穴だったようだ」

「……確かに、そうかもね。そこの神楽ちゃんは、殆ど人間に見える。うっすらと下半身が魚のようにも見えるけど、妖怪だと思えない。私の目が悪いのかな……?」


 小首を傾げる智衣さんに対し、神楽が答えた。


「それで正解なんだよ……。私は限りなく妖力を落としてる。人間に見えて不思議じゃないぐらいに、ね」


 妖力を落としてるとは、前にも言ってた事。それが外見にも反映されるようだった。

 しかし――それなら、俺はどうなのだろう? 智衣さんが見る俺は真っ黒な影。一言で言うなら化け物だろう。

 人間の俺が化け物に見える――なんて事は、おかしな事で――。


「ありがと、姉さん。それだけ聞ければ満足よ」

「……?」


 綾が急遽会話に加わり、智衣さんの前に出る。そういえば助っ人として呼んだらしいけど、一体なんの助っ人だったのだろう。

 俺が思考する間にも、綾は話を続ける。


「私はね、面倒ごとは早く済ませるタチなの。宿題は帰ったらすぐにやるし、学校に行く準備も前日の夜前に済ませるわ。だから、今回の出来事も、早々に終わらせる」


 宣言を済ませると、続けて言った。


「公平くんに問題です。神楽ちゃんの正体はなんでしょう?」


 不意な問いだったが、急にそんな事を言われたって、わかるはずがなかった。神楽は磯女で、その声は人間を殺してしまう。だから声を変えて陸にやってきた。

 それぐらいしかわからない。なのに、なんでそんな質問をするのか――。


 俺の嫌そうな顔を見て、綾はクスクスと笑う。人が悩んでるのを見て笑うなんて、とても嫌な奴だが――彼女は今の状態の俺が答えられないのをわかっているはずだ。ヒントも何もなしじゃわからない。だから彼女は――


「ヒントを出してあげるわ。私はね、まだ今日、神楽ちゃんの事を"海原さん"って呼んでないの」

「――――」


 言われてみれば、確かにそうだった。いつも綾は神楽の事を海原さんと呼ぶ。なのに今日は急に名前呼びになっていた。


「一応ね、貴方達に配慮してこう呼んでたのよ。私まで神楽ちゃんって呼んだら、公平くんが神楽ちゃんの事を、他人だと認識しなくなってしまうから」


 彼女は嗤いながら言った。つまりは、俺に神楽の事を、他人だと思わせるためだったと。

 ――神楽は、他人じゃない?


「――2つ目のヒントよ、公平くん」


 彼女はさらに言葉を並べる。口を開く前に彼女は左手に付ける白いブレスレットを掲げた。


「今度こそ、マザーオブパールの意味を教えてあげるわ」


 その白い玉が連なったブレスレットの意味をついに話すと言う。神楽の正体に関わる事だから、話さなかったのか――。


「白い海の宝石をあげるだけなら、真珠でいい。ならば何故、マザーオブパールなのか。それは、マザーオブパールに有って、真珠には意味が無い、特有のメッセージがあるからよ」


 綾は掲げた手を下げて、俺の目をまっすぐ見ながら、その意味を告げる。





「そのメッセージはね――"家族の絆を深める"、なのよ」





「――――」


 声が出なかった。神楽が持ってきたブレスレットは4つ。持っているのは母さんと俺、綾と、持ってきた本人である神楽だ。

 本来は佐賀浦家に配られる筈だった。親父がいないから1つは綾が持っているものの、元から神楽も持っているつもりのようだった。


 家族の絆を深める石、俺達家族3人と、神楽で……。


「つまり、それって……」


 俺が言いかけると、綾はクスリと笑う。この女は最初からそこまでわかって……。


 そして、肝心の神楽を見た。彼女はどこか憂いのある目をして、日差しを背にして自分に影を作り、哀愁の漂う姿だった。


「――もういいよ、綾ちゃん」


 神楽はポツリとそう呟いて、俺の方を見た。その目には涙が浮かび、1粒の雫が顔の輪郭に沿って流れ落ちていく。砂にその涙が染み渡ると、ボロボロと涙を流しながら、こう言った。








「――ごめんね、お兄ちゃん……」






 ************






 私の想いが届いたのか、砂賀浦神楽の魂が私の体に憑依した。


 私と彼女は1つの体の中に住む仲間だった。


 人間の子供と話すのは初めての事で、すぐ泣いたり喚いたりして、初めは大変だった。


 だけど、だんだん打ち解けて、彼女の事をたくさん聞いた。


 名前を聞き、家族を聞き、彼女の知ってるお話を聞いて、久し振りに私は寂しさから解放された。


 いつもは人間を見ることしかできない私が、幼くても人間と話し、絆を深められたから。


 けど、それは彼女の救済とは違う。


 彼女にはもう一度、家族と暮らして欲しい。


 だから私は海の魔女に、神楽がもう一度彼女の家族と暮らせるようお願いした。


 海の魔女は私の声と引き換えに、私の体を神楽ちゃんの体に変えてくれた。


 しかし、それは条件付きで。


 神楽ちゃんは、親族に正体がバレてはいけない。


 正体がバレると、体が泡になる、と――。


 それは神楽ちゃんか教えてくれた御伽噺のようで、彼女の物語も悲しいものになる可能性が高かった。


 私はなんとか説得して、正体がバレても10分は泡にならないようにしてもらった。


 だけれど、10分なんて儚い命。


 そして、私自身も死んでしまう話だ。


 だって私達は、1つの体に生きてるのだから。


 私は十分生きたし、死んでも構わない。


 最後に1人の少女が救われれば、それで――。




 神楽の正体がバレないためには、彼女の成長が必要だった。


 少なくとも5年は経たないと、姿見で見破られてしまうだろう。


 問題はそれだけではない、あの海には海坊主が来る。


 1年に一度人を殺すあの存在をどうにかできないだろうか。


 そんな手段は無いだろう。


 私達は……相談しあった。


 何度も何度も、海を出て砂賀浦のみんなと会う事、私が陸で人々と触れ合う事、そして、死ぬ事――。


 その結果として――


「磯女さん。私は多分、正体がバレると思います」


「…………」


「だけど、もしバレるようなら……もしくは、海坊主が来たら、その時は……」


 ――私達が食べられましょう。


 どうせ死ぬのなら、という事だった。


 いや、実際彼女は1度死んでいるのだ。


 死を恐れるわけでは無い。


 私も死は怖くない。


 最後に10分もあれば、消えゆく前に別れも言えるから。


 私と神楽は多くの話をして、陸に住む妖怪にも協力してもらって、高校に転入することになった。


 私達は死に向かって歩き出す。


 それでも幸せなんだろう。


 私は彼女を救える。


 そして神楽は――唯一の家族と、もう一度会えるのだから。

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