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第十六話:話の続き

 海には豪華客船の姿は無く、どうやらもっと遠くの寄港地に着いたらしい。波の音が騒めく海が見えて来て、俺は道路からぼーっと青い海を眺めていた。この海での夢が現実になった――とても現実的な話でははく、気疲れからため息を漏らす。


 よそ見をしながら歩いていると、制服姿の神楽がグイグイと服の裾を引っ張る。何かと思って正面を見ると、すぐ10m先には、綾が立っていた。いつも俺達を待つように、スマフォを片手に操って。今日は私服らしく、ピンクのセーターに紅いヒラヒラのミニスカを履いている。左肩から斜めに掛けられたクリーム色のポーチが見事なパイスラを作り……いや、何でもない。


「綾じゃねーか。こんな所で何してんだよ」


 俺が声を掛けると綾はスマフォをポーチの中にしまい、クスリと笑みを漏らしながら――神楽を見てこう言った。


「来ると思っていたわ……思ったよりも短かったわね」


 妖しい笑みを浮かべる綾の言葉は、よく意味がわからなくて――俺は彼女の頭をはたいてみた。ついに壊れてしまったかと思ったけど、無言で蔑視して来るあたり、いつもと変わらない。


「……公平くん、貴方は何の正義があって私を叩いたのかしら?」

「綾が変なこと言い出すから、壊れたのかと思って。叩いたら直ったな、うん」

「私を昭和の遺物か何かと勘違いしてるのかしら……。貴方、今日の事が済んだら覚えときなさい」


 少し怒ったように言う綾は唇を尖らせていた。しかし、見た感じはあまり怒ってなさそうで、俺は謝りもせず綾の顔をヘラヘラしながら見ていた。

 そんな俺をの前に出て、神楽は改めて言う。


「綾ちゃん――私に話す事があるんでしょ? 聞いてあげるよ」

「……。残念だけど、貴女に言うことはないわ。私が話すのは公平くんよ。貴女は聴いてるだけでいい」

「……わかったよ」


 神楽はまた一歩下がり、俺の隣で俯いた。綾は神楽に答える前、少し間があった。本当に話す事がないのかわからない。だけど――。


 綾の目はいつもはない覚悟が宿っている。潮風に乗せられた黒の長髪と真摯な目は非常にマッチしていた。


「……もう少し、海に近付きましょうか。その方が、都合がいいでしょうから……」


 綾がポツポツと語る声を聞き、1人で砂浜に続く道を行く綾。俺たちは2人は、無言でその後ろ姿を追った。


 青い空の下で、大きな海が広がっている。ザァァとさざめく波音がすぐ近くにあって、何故こんなところで話すのかと疑いたくなるほどだ。しかし、綾の行動には必ず理由がある。俺は彼女を信じると言った、だからこの事も俺にとって良い事な筈――。


「――【神楽の磯女】の続き、聞かせてあげるわ」


 その言葉はするりと俺の耳に入り、恐怖させた。ついに真相が知れる、しかしそこに喜びはない。

 物語の全容を知れば、俺は神楽を厭うかもしれないから。どんな話の内容なのかはわからないし、伝承なんて真偽も定かではない。

 だけど、もしそれが嫌な話で、本当の事なら――。


「綾ちゃんの知ってる話は、本当だろうね」


 俺の思考を読み取った言葉を、横に立つ神楽が返した。ここまで来ると、綾は嘘を言わないのだろう。

 聴くにはそれなりに覚悟が必要だが――今更引く事もできない。


「話してくれよ。伝承の続きを――」


 だから、俺はまっすぐ綾のことを見て話を催促した。

 返事はまだ来ない、波の音だけが無情にも響いている。綾は俺から視線を逸らし、広すぎる海を見た。いつものやうに、集中して話すように、彼女は目を閉じて――口を開いた。






 ************






 磯女はその海を離れませんでした。


 かつて舞の少年と過ごした思い出の海であり、人と妖怪が仲良くなれる象徴として、その場所を大切にしてきたのですから。


 春が来て、夏が過ぎ去り、秋が訪れ、冬がやってくる。


 巡る季節を幾星霜と過ごし、彼女は海と海を訪れる人を見て来ました。


 そんなある日の夏、唐突に日常が壊されます。


 磯貝浜には海坊主が現れ、多くの人間達を喰らいました。


 多くの人が逃げ惑い、悲鳴ばかり飛び交う海は血で赤くなっていきました。


「やめて!!!」


 磯女は叫びました。


 その声は人を殺す声、しかしもはや死ぬ人間は残っていませんでした。


 彼女は止めたかった。


 しかし、彼女は声を出すと人が死んでしまう。


 だから、最後まで止められなかったのです。


 海坊主は磯女の声を聞き、その巨大な体を屈めて磯女を見つめ、こう返しました。


「何故人間を殺すのを嫌がる。彼等は我々の敵ではないか」


 磯女はこう返しました。


「人間も妖怪も、共にこの世界に生きる命です。私達は仲良くなれるのです」


「仲良くなれるだと? 我等の同胞は陰陽師に狩られた人と妖怪は対立する存在。共生はあり得ぬ」


「それでも私は、人間を信じています。私は人間と100年の時を過ごした記憶があります。その人間からは舞を教わり、共に楽しんだのです。人と会話をしたら殺してしまう、この私が」


 そこまで言うと、海坊主は頷きを返し、磯女にこう言いました。


「ならばこの海では1年に1人で我慢しよう。それで辛抱してやる」


 磯女は海坊主の妥協を受け入れました。


 海坊主は海の奥深くへ帰って行き、神楽は弔いのために舞を踊りました。


 それから毎年、この海では人が死ぬ事になりました。


 そのたびに磯女は海の上を舞い踊るのです。


 死者の魂を、安らかにするために。






 ************






 話を聞き終えて、俺の感想としては――拍子抜けだった。


【神楽の磯女】は磯女を讃える伝承であり、話の構成は間違ってないのだろう、神楽は俺の妹の死を悲しんでいたし、あの時は助けを求める事もできなかったと言っていた。だからこの話で言う磯女も、最後まで助けを求める叫びを我慢していた。


 海坊主の話も、しっくり来る。神楽は俺の妹が海坊主に引っ張られたと言っていた。【神楽の磯女】が約束をしていなければ、あの時俺たち一家全員死んでただろう。


 でも――その話と今日ここにいる理由は――



 ――九州沿岸沿いを渡航していたタンザナイト号が、船底に"掴まれた跡"があり――


「……え?」


 今朝テレビで見た光景がフラッシュバックして蘇り、一瞬思考が止まった。

 つまり、あの船についた手形は、海坊主のもの――?


「察しがいいわね、公平くん」


 俺の顔を見て思考を読み取る綾が嬉しそうに呟いた。思考を読み取ることは容易だっただろう。今の話で気付くことは、それしかないのだから。


「タンザナイト号のニュースを見て、ここに来たんでしょう? この海に海坊主が来ているわ。そうでしょう、神楽ちゃん?」

「……うん」


 綾の問いかけに、神楽は暗い声で答えた。海坊主がこの海に来ている。それも、人を殺すために――。


「驚くことは無いわ、公平くん。なんたって、今年の磯貝浜での死亡者は――0人、ですもの」


 なんとも綺麗にサッパリとそんな事が言えるのだろうか。今年にまだ死亡者が出てないということは、今年も誰かを殺すために、海坊主が此処に居るということ。


 でも、今の季節なら海に人は寄らない。10月中ば、海で1人を殺すなんて出来やしないだろう。

 だから船を襲ったんだろうか? 海坊主からすれば、何人人間が死のうと構わない筈。


 ――何故この季節に現れた? 7月か8月なら人を1人殺すのも十分な筈。なのに、この季節に現れた理由は――。


 神楽のことを見る。彼女は俯いたまま顔を上げないでいた。もしも彼女が海坊主を止めていたのなら――何が目的なのだろうか。


「ま、今の貴方にはわからないと思うの」


 ポンっと肩に手を置かれ、綾は「この話はおしまい」と付け足した。結局なんなんだよ……そう思ったが刹那、綾はスマフォを手に持って俺達に見せる。


「今日は特別に、協力者を呼んでるわ。私は嫌だったけど、貴方は納得するでしょう……」


 スマフォは通話状態で、今も繋がっている。今までの話はその人物に筒抜けだったらしい。

 画面に示される名前、その人物は俺たちの後ろから、白い砂を蹴りながら現れた。綾とは対照的な水色のワンピースを着て、セミロングの髪には両サイドに紅い髪留めが留まっている。

 現れた人物は、綾が呼ぶとは思えない人物。その名は――


「キミとは初めましてだね、【神楽の磯女】さん。ボクは人橋智衣――綾のお姉ちゃんだよ」

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