第十四話:白
今回は綾先生の独壇場。彼女が物知りすぎて草生える。
少しだけ今話の解説を活動報告に書いたので、よろしければご覧ください。
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図書館を出て公園に行き、ベンチで話をすると、俺は漸く冷静さを取り戻した。話を聞く綾は相槌を打つだけだったり、うんうんと頷いたり、関心はなさそうだったけど、俺の目を見て聞いてくれた。
「……始めに言っとくけどね、公平くん」
「……ああ」
「ドッペルゲンガーは単なる精神疾患で、最近出たものよ。いくら図書館で見たって、見つかる訳ないわ」
「…………」
唐突に知らされた新事実に、俺は心が折れそうだった。しかし、都市伝説で知られるドッペルゲンガーは3日で命を奪うもの。俺の夢がドッペルゲンガーと関係ないのなら、俺が死ぬことは無いのだろう。
安堵して息を吐くのもつかの間、綾はさらに続ける。
「だから、ドッペルゲンガーについての詳細は説明しないわ。今必要なのは、夢に関する知識ね」
綾は俺の前に立ち、右手の人差し指を俺のひたいにつけて問いかけた。
「公平くん……夢ってなんだと思う? 我々は夢を見るわ。この世界とは違う世界に生きる自分、もしくは過去の出来事、あり得そうであり得ない未来――もしくは、あり得てしまう未来……。自分が全く関係ない夢だってあるでしょう。でも、夢を見るのは――脳なのよ」
人差し指で俺のひたいを押し、ゆっくりと彼女の綺麗な顔が近付いてくる。キスでもされるんじゃないかと思うぐらいに近い。だけれど、彼女が見ているのは俺の頭だった。
「古代ではね、"夢とは、魂が経験した出来事"だとされるわ。もしかしたら貴方は、前世で溺れ死んだのかもしれない……」
「……前世ってなんだよ。幽霊が関係してるって言うのか?」
「…………」
そこで綾は口を閉じ、指と顔を俺から話して凛と立ち上がる。瞳を閉じ、考えながら話す癖を出して、彼女はため息まじりにこう言った。
「――そうだとしたら、私はお手上げね。貴方の黒い影を無くすことはできない……」
「でも、死にはしないんだろ?」
「さぁ、わからないわ。私には貴方が影に見えないし、そもそもその話は信用してない」
「…………」
俺は今、苦いものでも食べたような顔をしているだろう。この女は俺の話をずっと聞いて、夢の話までして、結局信じてないのかよ――!
「……フフッ。貴方のその間抜けな顔、お似合いだわ」
「はっ倒すぞクソ女」
「まぁ、なんて汚い言葉遣い。育ちの悪さと頭の悪さが滲み出てて私まで恥ずかしいわ」
「おい!」
声を荒げると、すぐに綾が俺に手のひらを向けて制止する。
「冗談よ、気にしなくていいわ」
言いながら、彼女は伸ばした手を俺の肩に置く。落ち着かせるような優しい仕草で、そんな彼女も美しいと思えた。
髪を切ってその顔がよく見えるから、余計に――
「――フロイトやユングが言う近代ではね、夢は無意識や潜在意識と考えられた。貴方は無意識的に、海で何かをしたいのかもしれない」
「……俺が、海で?」
「そう。だけど、本当かどうかはわからない。なにせ貴方は初めの夢で、鏡写しの自分に"代われ"と言われた……。何と代わったのかは"わからない"。貴方は黒い影と代わりつつあるのかもね。そしたら、貴方は海の中が現実になる――胡蝶の夢とはまさにこのことね」
滔々と語る綾だが、目は伏せられ、口元が無表情であることから真面目に話しているとわかる。
今までの話だと俺の夢については、3つの見解があるようだ。
1つ目は前世の関わり。
2つ目は潜在意識。
3つ目は――黒い影と、現実の俺の入れ替わり。
何が正しいかはわからない。しかし、どれもこれも現実味のない、空想の話だった。
でも俺たちは知っている。空想が現実に在る事を。なんせ――俺の家には、妖怪が住んでるのだから。
「でも、良かったわね。貴方は守られている」
「……え?」
あやの言った言葉の意味が、わからなかった。俺は誰かに守られた記憶などない。
訝しむ俺を見て綾は笑い、艶かしい手で俺の左手を取り、手首に当てた。
「今日も、ちゃんと付けてるのね」
偉い偉いと言わんばかりに俺の手首にあるモノを撫でる綾。それは神楽から貰った、マザーオブパールのブレスレットだった。
「真珠はね、その白さから"魔除け"の意味があるの。それはマザーオブパールも同じ。あの子から貰ったならきっと、強く守ってくれるはず……」
「この腕輪が……?」
白い珠の集まりに目を向ける。傷もなく、何者にも染まらぬ白は美しく、俺の腕に輪をなしている。
綾の挙げた脅威は3つ、そのどれもが現実味のない怪しいもの。いや――怪しいものだからこそ、この真珠も効果がある、のか……。
「……それが、このマザーオブパールの意味か?」
「違うわ」
「…………」
さりげなく今までの疑問をぶつけてみたが、どうやら違うらしい。俺にこの石を贈った本当の意味はなんなんだ?
「いい加減、本当の事を教えてくれよ」
「今の貴方に言ったって、何にもならないわ。そう急かないの。時が来れば教える」
「……本当に?」
「本当よ。私を信じなさい」
「…………」
信じなさい――その言葉は、最初にも言われたものだ。そして俺は言った、綾を信じると。
今はどうだ? 綾が信じられない人間か?
そんなの、断じて否だ。
「……わかった、信じる」
俺の返答を聞くと綾はまた微笑んだ。いつも暗鬱とした雰囲気だった彼女が、温かみの笑顔を浮かべている。そんな新鮮で可愛い笑顔を見ると、こそばゆくなってしまう。
「――エンジェルナンバー」
「……え?」
また綾が訳のわからない事を言った。しかし、きっと意味はあるはず。
「なんだよそれ?」
「天使の番号よ。知らないの?」
「…………」
綾が引きつった笑みを浮かべている。コイツ、嘘つくの下手くそだ。
「本当の意味はなんだ?」
「……。……数字の7、よ」
「……7?」
「最近聞いた数字よ。覚えがないかしら?」
嘘がバレた仕返しと言わんばかりに挑戦的な綾に、答えを催促される。7というと――
――7年前、貴方の妹がこの海で――
「――何故、海原さんは貴方に会うのを7年も待ったのかしら?」
俺が数字を聞いたときを思い出すと、綾は表情を読み取ったのか、すぐさま問い掛けてくる。
思えば確かに、もっと早く俺に会って謝ることができたはずだ。でも綾は、7がエンジェルナンバーだと言った。7には、理由があるはず。
俺はそれを知らないから答えられない。だから、綾が再び口を開くのを待った。俺がまっすぐ綾の目を見つめると、彼女は目を伏して正解を言う。
「――エンジェルナンバーの意味はね、"正しい道を進んでいる"、なのよ。だから大丈夫、貴方が戸惑う必要はない。このまま進みなさい」
優しくも力のある言葉だった。神楽のやつそこまで念入りに考えて、地上に上がったなんて――。
俺は感銘を受けて、殆ど放心状態だった。このまま進めばいい、その言葉は背中を後押しするようなもので、どこか励まされたようで――。
「ありがとな、綾」
「礼には及ばないわ。唯一無二の親友ですもの」
「今日の綾先輩、輝いて見えるッス」
「……それはどうも」
ぽつりと言葉を漏らし、綾は俺の隣に腰掛けた。今は昼過ぎ、まだまだ今日の時間はある。
「折角会ったんだし、お話でもしていかない?」
「いいけど、どっか店入ろうぜ。腹減ったよ」
「同感だわ」
肯定するあたり、綾も昼は食ってないらしい。長話に付き合わせてしまったし、俺のせいだろう。
「悪かったな。飯奢るよ」
「あら。なら、お言葉に甘えましょうかね」
2人して立ち上がり、歩きだす。前を歩く綾が綺麗に見えたのは、髪を切ったからだけじゃないだろう。
大人びていて物知りで、その声は人を魅了する。感謝の念もあるけれど尊敬する気持ちが、心から湧いて来たんだ。
謎が1つ解けましたね!
わざわざ神楽が7年にした理由はこれです! 勿論、1〜2年じゃダメな理由がありますから、7年にしたわけですが。
何故1〜2年じゃダメか、だってその時の姿のままだったら、誰だかわかっちゃいますからね。成長したから会えるんです。
本当のマザーオブパールの本当の意味、その答えは綾の言葉の中にヒントがあります。何故真珠じゃダメなのか? つまり、真珠にはない意味があります。
今は物語で土曜日、日曜日に全ての真相が……!
期待して待っていてください。神楽ちゃんの想いは、海よりも深いですよ……。