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第十二話:電話

 喫茶店から出てぼんやりしながら帰り、家でネトゲをしていると神楽も帰ってきた。時刻は20時を回っており、段々帰る時間が遅くなってきている。それが俺にとって良いのか悪いのか、わからなかった。


 夕食を食べ、部屋でネットを見て無駄に時間を潰す。画面をスクロールしては次の検索結果を見たりするも、その目は寝ぼけ眼で、情報は頭に入ってこなかった。


「何してるの?」


 不意に聞こえた神楽の声。声は真後ろからしたもので、俺が振り向く暇もなく神楽は後ろから抱きついてきた。

 ――冷たい体だった。今までは女の子だからと意識できなかったが、今日はそれよりも"彼女自身"を意識してしまう。


 背後から首を伸ばす神楽は俺の右手を掴んでマウスを固定し、検索ワードを読み上げる。


「"海中 夢"――これ、ナンノコト?」


 神楽の声が、乾いて聞こえた。背筋が凍り、金縛りにあったかのように動けなくなる。冷たい手が俺を握って離さない。

 ああ、これが本来の妖怪だろう。人間を恐怖に陥れ、殺す存在。磯女はその声で人を殺す、彼女は俺を殺さないと言ったけれど、信用できない――。


「……こーへい、変な夢みるんだね? 海中に居る夢かぁ。暗くて冷たい海中を漂ってるのかな? きっと寂しいんだねぇ」


 ぎゅうっと体を締め付けられる。骨が軋むほど強い抱擁だった。このまま絞め殺されるんじゃないほど強烈で、冷たい体を押し付けられる。

 このみでは死んでしまう――だから、俺はかろうじて言葉を発した。


「お前、は……俺を、どうするつもりだ!?」


 今までの悩みを一言にした。問いかけた直後、体にかかる重みはフッと消え、俺は体を机に倒した。

 呼吸が荒い、脳が沸騰するように熱い。だけど怒りがあるわけでもなく、ただ恐怖が充満している。

 その恐怖はまだ後ろにいて――ゆっくりと、俺の問いに答えた。


「私が何かするつもりはないよ」


 彼女の声調は、普段の怠けた少女のものに戻っていた。振り返って見ても、いつものようにだらしない少女が居るだけで、その顔は少し怒り気味だけど、恐怖は感じなかった。


「私はこーへいに危害を加える気はないって、何度も言ってるでしょ?」

「今まさに殺しかけたじゃねーか」

「いやいや、それ幻覚じゃない? 普通に抱きしめただけでしょ?」


 またまた〜と肘を当ててくる神楽。この様子だと、悪気があったとは思えない。加減を間違えた――あるいは、本当に幻覚だったのか――?


「…………」


 考える俺の姿を、冷えた目で神楽が見ていた。凍てつく視線は俺を見ているようで、俺ではない何かを見ている。


 ――彼女は分かっているのだろうか? 智衣さんは俺の右半身が黒くなっていると言っていた。つまり、"見える人が見れば、俺の半身は人ではない"。

 神楽には、どう映っている――?


「……神楽、お前さ――」


 尋ねようとしたその刹那


《Prrrrrrrr――》


 俺の携帯の着信音が、けたたましく鳴り響いた。

 瞬時に集中が途切れ、神楽を見ると、彼女は部屋の真ん中で座っていた。話は終わり、電話どーぞと言いたいのだろう。

 今すぐ聞きたいわけでもないし、俺も質問は後にしよう。俺は携帯を手に取り、電話に応じた。


「もしもし?」

《もしもし公平くん? 貴方、姉に話したみたいね》

「…………」


 誰かと思えば、電話の向こうには綾が居るらしかった。いつもより語気が少し強めなのは、姉の事を話してるからだろう。


「ああ、話したよ。智衣さんに神楽の事。あと、お前には話してなかったけど、夢の事」

《姉の妄言を鵜呑みにして、ベラベラと余計な事を喋るのはやめなさい。貴方の半身が影に見えるのは、世界で姉だけよ。貴方はちゃんとした人間だし、夢については海原さんと繋がってる可能性はあるけれど……それでも、貴方はれっきとした人間なんだから、心配しないで》

「…………」

 

 いつも以上にお喋りで、命令口調にまでなっている。綾は姉の話になると、こうなってしまう。だって――


 ――彼女は姉の事が、嫌いなのだから。



「お前が言うなら、金輪際神楽の存在は他言しねぇよ。ただ、智衣さんは特別だと思ったから話しただけだ」

《貴方はあの妄想女の言葉を信じるの!? やめなさい公平くん。貴方は私の言葉だけ聞いてればいいの。私を信じなさい》


 横暴な言葉だった。自分勝手でわがままな意見。人のことより私を優先しろ、それを言う権利は彼女にあるだろう。なんたって、中学からの親友なんだから。でも――それで他人を蔑ろにすることはできない。


「別に、智衣さんは変な事を言ってなかった。神楽の存在を認め、俺の事も案じてくれた。お前のことだって――」

《――それ以上言わないで。貴方は、姉が私を心配した結果を知ってるでしょう?》

「…………」


 俺は言葉を飲み込み、綾の気持ちを汲み取った。彼女は過去に霊に取り憑かれたとかで、姉が「幽霊が憑いてる!」と騒ぎ散らしたせいで友達ができなかった過去があるのだ。だから彼女は今、1人で生きていく術と知恵を持っている。

 それが俺と友達になったのは、また話は別だけど――


「それでも、人の意見をどう考えるかは俺が決める。俺の意志までお前に判断される義務はない」

《……。……あっそう。好きにすればいいわ》


 プツリと電話は切られ、後には機械音だけが流れてくる。この寂しい機械音はホント嫌になるな――。


 嫌われたかもしれない。だけど俺は人を差別したりしない。それは名前が"公平"だからというわけではなく、あくまで人間として、他人の尊厳を傷つけないために。


 なのに、なんで人は公平に優しさを振りまけないんだろう。


 綾は姉が嫌いだ。だからあんなに強くあたってしまう。だけど、本当はただの優しい女の子だって、俺はわかってる。たまに俺の前で見せる乙女みたいな仕草や、恥じらう姿は可愛くて、俺はなんでもないようなフリをしてるけど……。

 …………。


「……私のせい?」


 意識の外から聞こえたのは神楽の声。少し寂しそうに聞こえた少女の声に、自然と俺の体は反応した。


 床の上で体育座りをしている少女は顔を見せず、そっと俯いている。哀愁の漂うその姿から、ポツポツと言葉が発せられた。


「私が来なかったら、こーへいは綾ちゃんといつもの日常を過ごせた。なのに、私のせいで喧嘩を――」

「そんな事はない」


 俺は椅子から立ち上がり、彼女の側に片膝ついて、悲しい背を向ける神楽の肩にそっと手を置いた。この少女のせいではない。俺が死にそうとか殺されるとか、それと綾の関係はまた別。だから、コイツのせいじゃない。


「お前が来て、綾はむしろ笑うようになった。アイツ、あんまり他人に心開かないのにさ。不思議だよな」

「……本当?」

「本当だ。お前は気に病まなくていい。そもそも、こんな事で俺と綾の関係は切れないしな。神楽は普段通りにしてりゃあいいんだよ」

「……。……そっか」


 俺の声を聞いて、神楽は漸く顔を上げてくれた。その顔には儚くも優しい笑顔があって、本気で心配してくれたらしかった。

 だからこそ思う。


 コイツと俺の見る"夢"は、関係無いのだと。


作者「まぁ、夢と"神楽ちゃん"は関係ないです」

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