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姫同士の修羅場..


 次の日、私は泊まっていた宿屋に戻ってくる。そこでは宿主のトロールが頭を抱え膝をついていた。もちろん風穴の空いた部屋での出来事である。


「ああ、俺の宿屋が…………」


 裕福な服装のトロール。ドレスを取りに来たのだが少し申し訳ない気分になる。


「えっと………ごめんなさい」


「んあ?」


「ああ、お客様。大丈夫だったのですね。てっきり………やられてしまったかと」


「えっと。なんとか族は討ち取りました」


「申し訳ない………宿屋として安全を売れねぇのは失格だ」


 巨人が頭を下げ詫びる。風穴あけたのは私なのだが。


「えっと、ごめんなさい。風穴あけたのは私です。刺客との戦いで………ごめんなさい」


「いえいえ。宿屋としてはダメです。お客様の安全が一番でさ」


「…………そうですか」


「ネフィア。これ」


 金貨の入った袋を私に渡してくれる。


「いいの? トキヤ?」


「まぁ今日で最後だ。ランスにでも借りるさ」


「そうですね!!」


ジャラッ


「すいません、手持ちがありませんが………これで修理の足しにしてください。設備もしっかりしてて、いい宿でしたよ」


「あっ!? いや!? 受け取れねぇ!! 大丈夫でさ!! 儲かってないわけじゃない!!」


「ささっと受けとる。魔王命令」


「!?」


「トキヤ。鞄は無事でしたのでリディアの所へ行きましょう。時間になるまで、そこで過ごさせてもらいましょう」


「隣だったか?」


「もう、1階上だよ」


「だっけか?」


「えっと………本当に受けっとってもよろしいのでしょうか? 魔王様」


「いいですよ。私のことを知ってても情報売らず、襲わなかったお駄賃です」


「あっ………いえ、それは。お客様ですから」


 唇に人差し指を差す。そして、笑みを浮かべて感謝を口にする。


「ありがとう、いい商売魂です」


「俺からもありがとう。ネフィア、行くぞ」


「はい」


 私はトキヤの後ろへついていき、部屋を出た。



 1階上の大型種用の部屋の前。大きな扉をノックし、リディアの「どうぞ」と言う声を聞いてから開ける。


 入った瞬間。騎士の鎧を着たランスロットは椅子に座り手を上げて挨拶し、白い私服を着た下半身蜘蛛の女性リディアが湯沸かし室へ向かい紅茶を準備する。


「遅かったですね」


「お前は昨日、すぐに帰ったくせに」


「心配でしたからね」


「うわぁ…………愛されてる」


「ふふ。こんな魔物でも愛してくれるので大好きです」


 紅茶を器用に淹れ、テーブルに4つ用意されたカップから部屋に香りが満ちる。


「ああ、いい香り」


「本当にリディアの淹れる紅茶は美味しい」


「ランス、お前ってけっこう……嫁をすぐに褒めるよな………そこまで変わらないだろ………あっ美味い」


「ふふふ。どうですか僕の奥さんが淹れた紅茶は?」


「美味しいね。トキヤ」


「………畜生、美味いじゃないか。湯加減もいい」


「皆さん……そこまで褒められますと恥ずかしいです」


 温度もちょうどいいし、茶葉もいい。後で教わろう。あと、トキヤはもっと私を褒めるべきである。


「お前、褒めたらすぐに調子乗るだろ」


「なぜわかったの!?」


「顔に出てる」


 そ、それって。


「以心伝心!?………うへへ………」


「めっちゃポジティブ!? いや………この前もこんなことあったぞ?」


 つい、顔がにやけてしまう。こう、知ってくれるだけで嬉しい。知られていない時期が多かったからだろう。承認要求の反動だろう。


「それにしても、彼が………そんなことになっているとは………」


 昨日、少しだけ事の顛末を話はしてある。紅茶を啜りながらため息を吐いた。


「ランス、数回会ったんだろ?」


「いいえ。僕は君と同じ回数しか会っていない」


「そうか。しかし………英雄ねぇ」


「英雄ですか………」


「彼、誰かに唆されて禁術を犯してます」


「魂喰いは精神が崩壊するのにな」


「どうしてですか? トキヤも同じ事をしているでしょう」


「他の魂を混ぜるもんだ。他人の記憶、想いを引き継ぐ。多くなれば多くなるほど、それが積み重なり混ざっていく。気が狂い出すし………体が他人の魂で自分になろうと歪むもんだ。俺はまぁ少ししか喰ってないから大丈夫。副産物として魂を色々出来るのが便利で、幽霊に対して有利を取れるのがいいんだ、この術。デメリットは性格変わる」


「僕もそこには驚いてる。魂を掴んで潰すのはビックリしたよ」


 ランスロットが頷きながら過去の何かを思い出して懐かしそうに語る。


「幽霊屋敷は本当に怖かったよ」


「幽霊屋敷?」


「ええ、帝国にある空き家だったんですが、地下が少し幽霊ばっかりのダンジョンでして」


「…………うわぁ」


 それは行きたくない。


「調査で入ってビックリしたなぁ」


「僕は、君が幽霊を潰していくのに驚いたけどね。可哀想に皆、断末魔をあげて逃げ惑っていたよ」


「先にやったのはあいつらだ」


「そうですね……ポルターガイストでした」


「まて、刃を向けてきたじゃないか」


「ネフィアお姉さま。クッキーの作り方教えてください」


「わかった。今行く」


 私は席を立ち。トキヤとランスが言い争いを始めたのを横目で見ながら、リディアのいる湯沸かし室へ向かうのだった。幽霊話から逃げるように。





 夕刻、ドレスを着こみ、椅子に座ってお迎えを待つ。エルフの従者が私を迎えに来てくれる。宴会場舞踏宴へと迎えに来てくれる。


「トキヤ………この服恥ずかしいね」


「よく似合ってる」


「ありがとう………本当にこんな服を着て昔の私が見たら卒倒しちゃうね? 『何してるんだ』て言われると思う」


「『余はこんな破廉恥なの着ないぞ!!』とか?」


「余とか。恥ずかしいね」


「昔のお前だぞ」


「恥ずかしい…………」


 アホでしょ私。


「でも、昔のお前は背伸びして言ってたが。今のお前なら………『似合う』と思う。高貴になれるから」


「………トキヤがいるうちは無理かな」


 どうしても甘えた声で喋ってしまう。


「知ってる。俺が居ない方がしっかりしてる」


トントン!! ガチャ!!


 扉を開け、一人のエルフの青年が現れる。正装で身を包み。ゆっくりと頭を下げた。執事と言えばわかりやすい。


「お迎えにあがりました。お嬢様」


「え、お嬢様!?」


「驚くなよ………じゃぁ行ってこい」


 執事が近付き、手を差し出す。それに掴みゆっくり立ち上がった。


「お手を拝借。こちらへどうぞ」


「行ってくるね」


「ああ、終わらせてこい。待機しておく………ランスもリディアも準備はいいだろう」


 彼らは先に準備を終わらせあるところで待機してもらう。だから後は………私が決めるだけ。


「うん。決めてくるね」


 トキヤと別れ、執事に連れられて宿屋の入り口へ移動する。入り口には金色と黒で装飾された馬車が止まっていた。馬車の窓に知った顔。エルミアお嬢様が手を振る。


 前を見るとローブを被った騎手とドレイクが私たちを乗るのを待っていた。


「どうぞ、足元におきおつけてください」


 ドアを開けてもらい馬車に乗り込んだ。エルミアお嬢様はドレスと言うより青い騎士の正装に黒いマントだ。騎士の正装と言っても、胸の膨らみはしっかりしているし、スカートは短いし、ニーソックを履き。大人の艶やかな女性を演じている。


「こんにちは、ドレスじゃないのですね?」


「ドレスは姫が着る物。私はもう、姫は止めたのです。それにドレスを着て付き従う人はもう居ませんから」


「………気が利かなくて、すいません」


「ええ!? 気にしなくていいのに………大丈夫、ふっ切れてるから。だけど、ドレスを着るのは死ぬ瞬間だけかしら。それか喪服のような黒いドレスを着るかしらね。それまで私は前線の騎士を張る」


 未亡人。私はそんな言葉が思い浮かぶ。これからもきっと彼女は再婚せず、その愛を貫くのだろうと思った。その意思が彼女の衣装に現れる。騎士の正装として。


「でも、かわいいでしょ? この服」


「格好いいですね。スカートは少し男受けが良さそうです」


「受けはいいでしょうね。女性でこれを着て………まぁ色々。騎士は結局、男の子よ。マキシミリアンの小数の女騎士は男を楽しませてるわ。士気があがるの」


 私は「ちょっと卑猥な表現だな」と思った。


「ええっと卑猥?」


「そんな目で見る男がダメなの。まぁ、いい姿を見せたがりなのよ」


 ゆっくり、馬車が人混みを掻き分けて城の前で止まり執事がドアを開ける。降りた先で色んな所から来ているのだろう人たちが城に入っていくのがわかった。衛兵が一人の一人に出身地を聞いてメモをしている。


 懐かしい城は装飾されている訳じゃない。石壁を積み重ね作った城。それを見上げある一室の窓を見つめる。懐かしく思う。まだ、あそこで私はここを眺めていたかもしれないと思うとどれだけ今が恵まれているのかが身に染みる。


「懐かしいかしら?」


「懐かしいです。でも、今がいいですね」


「すいません。出身地とお名前を…………!? おい!! 誰か!!」


 エルフの衛兵と獣人の衛兵に囲まれる。気付かれたようだ。執事はここまでの案内を頼まれたようで馬車で待機している。


「えっと………あなたは………」


「出身地と名前は答えなくていいですね」


「ついてきてください」


「やめなさい。私はエルミア・マクシミリアン。マキシミリアン元領主よ。彼女は私の従者………今の不届き目に余るわ」


「!?」


 エルミアが衛兵の胸ぐらを掴む。あまりの剣幕に怯んでいる衛兵たち。


「やるってんなら、我が国がお相手いたそうか?」


「あっ!? いえ!!…………ど、どうぞ………」


「行きましょう。ネフィアちゃん」 


「あっはい。お嬢様」


 何とも勇ましいお婆様である。衛兵がたじろき、一人、私の後ろに尾行する。城へ入ると赤い絨毯が道を示して宴会用の玉座まで案内してくれている。シャンデリヤや木の装飾された手摺。磨かれた大理石の床。全て懐かしい。


「ん………これは姫様。お待たせしました」


 絨毯を進む廊下でエルフ族長が立ち。私たちをお迎えする。エルミヤが文句を言う。


「エルフ族長。お前の部下か?」


「いえ、ここの兵士です。何か?」


「こいつは一回止められたし、尾行してくる。なんとかならない?」


「そうですね。なんとかしましょう。姫様、申し訳ありません。不届きを」


「気にしてないよ」


「では、少しお待ちを」


 エルフ族長が尾行する兵士に話しかける。エルフの衛兵が頭を下げ。そして下がっていく。


「お待たせしました。話はつけましたよ」


「ありがとう」


「まったく。脅して入ったのよ?」


「すいませんでした。ここからは私がご案内をさせていただきます。それとその剣をお渡しください。武器の持ち込みは禁じられています」


 エルフ族長が手を差し出す。


「………」


「どうされました?」


「どうぞ………いいでしょう。素手には自信がある」


 少し、逡巡したあと私とエルミアは剣を渡した。


「私も自信あるよ。いつか姉さん。手合わせしましょ」


「ええ、でも。武器は………いいえ。なんでもないわ」


「何故そこまで?」


「約束したのよ、昔にね。お馬鹿さんがいないから教えてあげる。私の報酬の代わりに『自分に何かあればあなたをヨロシク』てね。約束と言うより契約ね」


「それって…………トキヤが?」


「1年前、まだあなたが魔王復権を目指していたときにね。だからドレスは邪魔でしょ?」


「エルミアお姉さま………」


 私はすごく胸が暖かい。トキヤのそのときからの愛も、エルミアお姉の愛も。すごく嬉しかった。


「早く行くわよ。ネフィアちゃん」


「はい!!」


 元気よく返事をし、エルミアお姉さまの腕に飛び付くのだった。




 豪華な扉を兵士が開け初めて見る部屋に案内された。そう、王宮も兼ねる城のため会食場も城の中にある。


 広い部屋に何個も丸テーブルが置かれ、エルフ族がピアノを引き。幾多の種族の長と人間が集まっている。


 穏やかの空気な筈なのにピリピリした空気。そう、敵同士が集まっているのだ。亞人同士も仲が悪い故に沢山の兵士が監視に当たっている。料理もあまり手をだされていない。オークとトロールだけがよく食べていた。オークはどこか鋭い視線を私に寄越す。あれは族長だろうか。


「席はこちらです」


 エルフ族長についていき。表の舞台から一番遠い場所で端のテーブルに座る。


「姫様なら本来最前列でしょう。しかしお忍びと言うことでこちらを用意させていただきました」


「ありがとう」


 エルフ族長が私たち二人が座れるように椅子を後ろに下げる。


「どうぞ、お座りください」


 白い刺繍されたテーブルクロスの上に燭台が煌めく。玉座のように煌めく内装。魔国にこんなきれいな場所があるとは驚きだ。


「ちょっと落ち着かないかも」


「ネフィアちゃん。実家でしょ?」


「あーあんまり住まずにこっち来たから」


「姫様方。飲み物とお料理をお持ちします。ダークエルフ族長もお呼びし、色々おもてなしをさせていただきます」


「気にしなくていい!! 自分で取りに行く!!」


「しかし…………」


「ネフィアちゃん行きましょう」


 二人で席を立ち。用意されてる皿に一品づつ移す。皿持ちは私で移す係はエルミアお嬢が行う。


 美味しそうな宮料理。実は初めて口にするものばかり。高級食材。海から山までの物が沢山。そして………非常に希少価値が高い物。


「け、ケーキがある」


「エルミアお姉さま!! 絶対いります」


「エルフ族長!! 皿!!」


「エルフ族長!!」


「え、ええ…………」


 人の視線を気にせずに盛る。上品とかそんなの関係がない。一生に食べられる回数は絶対に少ない。エルミアお嬢様も気が付いていた。彼女も貧困層の時代があったのだ。


「あれって………」


「………!?」


 他の人が私を見てこそこそと話をするが気にせず。自分の席に戻る。戻るところ。座っている人が増えていた。ヨウコとエリックだ。


「やぁ姫様…………沢山とってきましたね」


「ネフィア。こんばんわなのじゃ。ああ………がめついのぉ」


「いいでしょ? 皆さん食べないのですから」


「お主、目的がこれとかじゃ~ないよのぉ?」


「…………」


「否定せぬのか………」


「お昼、抜いてきました」


「私もよ、ネフィアちゃん」


「そちらも!?」


「いただきます!!」


 私は座り、手をあわせた。一番賑やかなテーブルになるのだった。 





 私はワイングラス片手に驚きを隠せない。何故なら目の前に憎い女が満面の笑みでご飯を頬張っているからだ。


 一口含み。頬を撫でながら幸せそう誰かと食べている。色んな種族が入り乱れているテーブル。話も盛り上がっているようだ。


「姫様なにを見ているのですかな」


「あれ、見てみなさい」


「ん…………ほう。これはこれは。今日は荒れそうですね」


 私は黒騎士団長に彼女がいることを告げると仮面の奥でほくそ笑む。そして、私が失敗したことがわかったのかゆっくりとそのテーブルへ向かう。


「何を?」


「少し会話を。情報を引き出し………」


「おおっと!? これはこれは!! 変わった仮面をつけていますね」


「…………」


 向かう途中で一人の男性に捕まっていた。装飾された仮面を被り笑みを浮かべていた。


「何処で買いました? けっこう、シンプルですね?」


「ええ、買ったところはまぁ忘れました」


「ほほう。帝国ではないのですか?」


「帝国でも。今は店はございません」


「そうですか………まぁ。趣味で被るのが好きでしたので。そう、趣味です」


「………」


 しつこい男性。いったい何者だろうか。


「その仮面は表情を隠し。自分を表へ出さないための物ですね。自分とは違うようですね」


「何が言いたいのでしょうか?」


 男が仮面を外す。額に鎖の焼き印が押されている。それは奴隷の証だろう。


「あなたとは違い。自分を見せることもできるし、自信もあります。隠す必要は一切ないです。そして………あのテーブルへは行かせませんよ?」


「!?」


 彼女の協力者だ。私は唇を噛む。


「わかりました。いえ、あまりに綺麗な方だったので」


「そうですか、仮面をつけている男の事を信じれと言うのですか? 無理ですね。外して会話できないのであれば姫様に会う資格はない」


 彼は引き下がらなかった。諦めるまで、騒ぎを起こすまでやるだろう。


「おい、どうしました?」


「ああ、教会主………少し昔の姫様のご友人ですよ」


「………ほう」


 黒騎士団長も騒ぐのはいけないと思い。一言謝り、離れる。私は口を固く結ぶ。あの女に無駄に協力者が多い。


「黒騎士団長………協力者多いわ」


「ええ、復権ですかね。あの二人は権力者の匂いがします。まだ小さい火種ですが」


「…………今のうちに?」


「愚かな考えはやめてください」


 私の考えを見透かされているようでムカつく。


「ただ、話すだけよ」


 今度は私が話をしに向かう。この目で彼女を見てやる。どういった女性かと。帝国の時から知っている。どうせ…………権力者に持ち上げられた姫。醜い性格の筈だ。


 仮面の男の脇を通る。止められることはなく。「にやっ」と笑われた。気にくわない。


「…………」


スッ


 私がテーブルに近付くと談笑が止む。エルフ族と獣族が同席している。彼女らが私を見たあと、あの女を見た。


「知り合いかしら? ネフィアちゃん」


「…………ええ、知り合いですね」


 彼女はフォークを置き立ち上がる。


「ここではなんですか………目立ちすぎます。少しテラスへ行きましょう」


「ええ、望むところよ」


 私は睨み付け続ける。





 テラスへ、二人黙って歩く。気付けばネフィアと言う女。ムカつくほど女らしい。仕草一つとっても、その自信に満ちた顔も全てムカついた。


 テラスへ出ると夜風が髪を撫でる。ネフィアの髪は金色に月夜の中でも輝いていた。


 帝国の誰よりも完成され。物語から現れた姫と言われても信じてしまいそうなほどに世離れしている容姿だ。


「では、帝国の姫様。ここでなら大丈夫です」


「ええ、そうね。トキヤは何処?」


「トキヤは城の下でお茶でも飲んでます。きっと」


「ここにいるのね。では、私は彼の元に行くわ。返して貰いに……これ、何か分かる?」


 小さな宝石。私は首を傾げた。


「破邪の石。これで洗脳を解く」


「…………ふふふ。黒騎士団長から何も聞かされてないのですか?」


「な、なによ!?」


 余裕の顔で深い笑みを溢す。さも、バカにした笑い方。その表情も醜い女性らしい。明確な敵意だ。


「これ、何かわかりますか?」


 女が赤い宝石を見せつける。綺麗な宝石だ。そして、はめている指に狼狽えてしまう。


「トキヤから頂きました。綺麗ですね本当に。そして、覚悟も見える」


「………そ、そんな」


「残念ですが、私が正妻。どこぞの姫より私を選びました。それが真実です」


「認めない!! 認めない!!」


「トキヤに聞きに行けばいいのです。直接」


 私は胸ぐらを掴む。


「あなたがそうさせたんでしょう‼ 絶対!!」


「そう、思っとけば? 私は彼を譲る気はないわ!! 例え刺し違えようとも」


「くぅ!! この!!」


バッチーン!!


 右手で勢いよく頬を叩く。


「………ふふ、痛い。良かった。あなたの立場じゃなくて。選ばれたのが私で。勝ち誇るのはいけないでしょうが。あなたにはそうしないと『理解』しない」


「つぅ!!」


「本当に、痛いですね」


 私は唇を噛み締め。拳を握り締めた。悔しくて悔しく。


 ポロポロ………


「何で!! あなたが!! パッと出のあなたが!!」


 固く握り締めた拳を打ち出す。顔面に向けて付き出した。


パシッ!!


「「!?」」


 だが拳が止められる。一人の皇子によって。


「…………ネリス。だから何度も言ったじゃないか。入り込む余地は最初っから無かったんだよ。何度も何度も僕は君に伝えた」


「ランスロットお兄様?」


 騎士の鎧を着た皇子が私の手を捻る。


「離して‼」


「離さない。彼女は優しいです。満足するまで殴らせるでしょう。何も変わらないので、全く引かないので。そんな無駄な事はない」


「くぅ……うぅうぅ………ううう」


 私は膝を折る。そして、お兄様が手を離してくれた手で顔を覆う。


 一瞬、会っただけでわかった。彼女の余裕以上に。私が劣っていることを。ずるい………こんなの………勝てない。


「ひっく………なんで………………いつも………私は運がないの………」


「えっと………」


「ネフィアさん。情けはダメです。あとですね、僕たちは用意できました。いつでも大丈夫です。後で会いましょう」


「………はい。わかりました。後で彼と向かいます」


 ネフィアは何も言わず去る。一瞥もせずに。


「最初からずっと言ってたのですが…………聞かない気持ちもわかります。本当に好きだったのですね」


「うぐぅ………」


「残念です。彼はあなたに会う前から。彼女に出逢ってる」


「終わりましたか? 仲間殺しの白騎士さま」


 黒騎士団長の声が聞こえる。


「はい、彼女は後は任せました。あと、仲間殺しは後悔はしておりません。私は自分の正義を信じます」


「…………今ここで倒されないだけ感謝して下さい」


「ええ、私も望むところでしたよ『断罪をしなかった黒騎士団長』。僕は帰ります」


 お兄様が去る。優しさを見せずに冷徹な姿で。





「つっかれたぁ~」


「ネフィアちゃんお疲れ。修羅場は大変よね。私もあったから。古くにね」


「本当にびびったのじゃ」


「セレファご主人さまと楽しく見させてもらいました」


「インフェ、セレファも吸血鬼の癖にいい趣味なのじゃ」


「いいじゃないですか? ね、エリック殿」


「ええ、ええ。劇場より生がいいのです。セレファさん」


「私めはネフィア姉がお姫様を殴り続けるのかとヒヤヒヤしました」


「俺は殴られても倒れないと思ったな。現に俺が殴り合いで負けてる。ダークエルフ族長として初めての汚点だ」


「ネフィアちゃん。彼女は一体誰? 私でも知ってる帝国の姫様?」


「帝国の皇女。ランスロットと同じ皇帝養子の妹君。そして………トキヤを一番始めに良さに気付いた子ですよ。エルミアお嬢様」


 私は少しだけ、彼女と同じ片思いの立場だった時があり、痛いほど気持ちがわかった。好きな人が全く気にしてない。違う人を見ているのは辛いものだ。


 だからこそ、私は恵まれているのだろう。ある意味で今は一騎打ちの申し出も辞さなかった。昔はそこまでの場所におらず、トキヤへの想い人と、戦いそびれた事がある。しかし、その紫の花は今ではトキヤと私の戦い方に大きな影響を与えた。今なら私が戦うだろう。彼を賭けて。


 思い出す。紫の花のように気高く。強く。逞しく。トキヤの好敵手だった女性を。


「………今なら、戦ってくれるのでしょうか? あの人は私と。いいえ、私が戦えるから私からですね」


「どうしたのじゃ?」


「なんでもないです。独り言です」


 戦ってくれるのでしょうね。今なら、負ける気はしない。話をしたくなった。でも、もう彼女はいない。今の私とならどんな会話をしただろうか。


 私は『少しだけ、早く亡くなりすぎだよ』と寂しい思いをするのだった。トキヤの心にも残したが、私の心にも深く深く彼女の花は咲いている。



 



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