都市インバスから旅立ち..
都市インバスには変わった事無い。いつものように昼は平和であり、夜だけが少し勢力争いが激しくなっただけで結局、一番上を倒してもなにも変わらなかった。
だが、波乱の次に上になる者で都市は変わるだろう。それまで、この都市はどうなるか私にはわからないがいい方向へ向かえばいいなと思い旅に出る。
「ネフィア、準備出来たぞ。馬車に荷物を入れ終えた」
「わかった。今行く。行こ、ワンちゃん」
「ワン!!」
物憂げに考えながらのドレイクに対するブラッシングを終えた私はドレイクに手綱をつけ、黒石作りの馬小屋を出る。
出た場所は待機所。大きい広場のような場所に沢山の馬とドレイクが手入れや取り引きが行われている。その広場に何台も連なっている馬車の一つに見知った顔ぶれが立っており私は手を振った。
立っている顔ぶれは宿屋の店主に教会の主……オペラ座の怪人と狐の姫に狂った勇者だ。狂ったとは、まぁ私に対しての評価である。
「連れてきたよ。ワンちゃんもひさしぶりに外だね」
「ワン!!」
「………わん? ドレイクとはこんな泣き方でしたっけ?」
「へんじゃの?」
オペラ夫妻は首を傾げる。
「ああ、これ買ったときから変わった鳴き声なんだよ」
「面白いですね。ご主人様」
「ええ、面白いですね。それよりも馬車での旅の方が気になりますね。任せましたよ、留守の間」
「はい、主よ。妹共々お守りします。では、仕事がございますので失礼します」
宿屋の店主が馬車に2頭ドレイクを取り付けたあと。嫁と仲良くおじきをしその場を去る。
「準備できましたし魔王城へ行きましょうか。教会の主として呼ばれてなすので」
「どれだけの多くの人が集まるのでしょう?」
「どうでしょうね。行ってみればわかりますよ。一つ言えることは帝国からも来ているようですね。宿屋の帳簿にありました。連合国からもですね」
「宿屋は情報集めに優秀だなぁ」
トキヤが私の感心した言葉に頷く。
「では、私たち夫婦はパレードの先導もありますのでまだこの都市で残っております。一緒に行きたかったのですが………無理でした」
「そうじゃの。この都市で終わる予定じゃったから。物品が足らんのじゃ………」
酷い理由である。まぁそうなのだろが。
「ええ、それに放火砲をもとの場所へ戻してもらわなければいけないのでその指示もしなくてはこの都市が危ないですから」
危ないもんね。あんな遺物。
「オペラハウスってそう考えると物騒だね」
「放火砲4門とか。怖いわなぁ………ネフィアがいなかったら消し炭だもんなぁ」
本当にな。
「では、私たちも用事があります。魔王城への旅に幸あらん事を」
「幸あらん事をなのじゃ」
「うん。エリックさんもヨウコもまた会いましょう」
二人が待機所から去る。残ったのは吸血鬼と幽霊だけだ。すると何やら騒ぎが起きる。
「グルルル!! ガオォ!!」
「がおぉ!!」
「ん?」
馬車の前に繋がれてるドレイクが吠え出す。ドレイクがドラゴンの咆哮のように野太いのは元はドラゴンの末裔だからだろうからだ。ワンちゃんこと私の旅で用意したドレイクと睨み合っていた。
「ワン」
「ググルルル…………」
一吠えと睨みで、2頭のドレイクが萎縮する。ワンちゃんが2頭の手綱を噛み千切り。馬車の金具を器用に外して2頭を逃がした。というか逃げてしまった。
「ワンちゃん!?」
「おいおい!! ちょっとまて!!」
トキヤと私で急いでなだめに入る。ワンちゃんが手綱を咥え鼻を私に押し付けた。
「ど、どうしたの? この手綱………あっ馬車の?」
「ワン」
「おいおい。この馬車は大きい。2頭はいるぞ?」
「でも。ワンちゃんが引くって」
「いけるか? まぁいいや!! 俺はそこにいる逃げたドレイク捕まえるからお前は繋げておいてくれ」
「はーい」
私は長い手綱と馬車の金具をつけ、馬車とドレイクを結ぶ。トキヤは逃げた2頭を馬主に理由を話している所だ。
「なかなか気が難しいドレイクですね」
「売れ残ってたの」
「ああ、そうですか。理由があるドレイクなのですね」
すぐに何かを察したのか吸血鬼は納得する。しかし、現状はそこまで悪い買い物では無かったと思っている。非常にかわいいので。
「ワンちゃん大丈夫?」
「大丈夫だ」ボソッ
「そっか、ワンちゃんはすごいなぁ………えっ!?」
「ワン」
「…………今、しゃべった?」
少し、渋い声を聞いた気がする。ドレイクを返し終えたトキヤが戻ってくる。
「ト、トキヤ!! ワンちゃんが喋った!!」
「ネフィア、また妄言かぁ?」
「ひ、ひどい!! いつも妄言を言ってるような言い方!!」
「今さら、喋ったって気にするなよ。ヘルカイトは喋るぞ」
「そ、それは……そうだけど」
エルダードラゴンとドレイクは違うと思う。ワンちゃんは何故かそっぽ向いている。
「まぁあれだ。喋るんだよきっとな?」
「………トキヤ、信じてない」
「………おい。ワン。喋れるか?」
「ワン」
「だっそうだ」
「……………うーむ。二人は聞いてません?」
「いえ、姫様と仲良くされている所しか」
「ご主人様と同じです」
私は首を傾げる。気のせいだったのだろうか。
「では、出発しましょう。私が手綱を………」
「ごめんなさい。馬車は私とトキヤで交代しながら手綱を持ちます」
「姫様が?」
「この子。私たち以外だと嫌がってダメなんです」
「そ、そうですか。しかし、姫様が馬車を引くなんて………」
「多芸ですね………姫様」
「へへ、そうでもないですよ。では、乗ってください」
「わかりました。お言葉に甘えて」
吸血鬼と幽霊が荷台の扉を開けて中に入る。私たちはローブを着込み顔を隠した。
荷台の運転席に乗り手綱を持つ。ドレイクがしっかりした力強い足取りで歩き出し馬車を引く。
1頭だが、力強く引き。待機所から表通りを出る。久しぶりの壁の外。魔物に気を付けながら魔王の土地へ旅立つ。
「長く居たね」
「本当になぁ~長い」
「ねぇ、トキヤ」
「ん?」
「呆気ないね。旅立つのあんだけの事があったのに」
「それが冒険者ってもんだよ」
「冒険って………楽しいんだね」
「あと少しだな」
「うん」
馬車に揺られながら、私の故郷を目指すのだった。
*
魔国の下町の酒場。広い店だが、昼間なためガラガラである。夜になれば衛兵ばかりがここへ来る。私は仕事を休み飲みに来ている。エルフ族長としての仕事が減り暇になったのだ。
「はぁ………姫様ぁ………はぁ………」
「あのなぁ。昼間っから暗い顔して族長という立場で酒を飲むのはいいのか?」
「今日は休んだ。気が乗らない………」
「そうかぁ。まぁ………休みなら何も言わねぇよ」
マスターが離れる。
「マスター。話し相手してほしいのだが?」
「…………すまねぇ。下準備があるんだ」
「逃げてないか?」
「お前の絡み酒は面倒なんだ。姫様、姫様って………うるさい」
「仕方がない。惚れた弱みだ」
しかし、女性として惚れたと言うより全てに惚れたと言うべき事だ。そういえば、城に似た女性が居るが姫様ではないが似ていた。首輪をつけていたし、鎖で引っ張られていたので奴隷だろう。
「………あれは一体何だろうな。調べるか」
「おい、朝からなに飲んでるんだ」
「ん?………おお。帰ってきたのか!!」
声の主に向く。声の主はダークエルフ族長であり衛兵を纏める衛兵長だ。今は要人が多く集まり出して大変忙しいと聞く。
「1週間前にな………思いの外、忙しくて忙しくて」
「そうか。私は干されているから暇だ」
「絶交したらしいな」
「いいや、絶交はしていない。他の族長を重用しているだけだ。まぁ暇でいい。マスターに会えるしな」
「…………帰ってくれ。絡まないでくれ」
「おい、エルフ族長。嫌われているじゃないか!!」
「嫌われものだからな」
「いや、本当に絡み酒が………」
「客の相手をするのが店主の努めだ」
「…………はぁ」
ドンッ!!
隣に屈強な黒いエルフが変な武器を置き座る。
「マスター同じもん」
「ありがてぇ。任せた………絡まれたら仕事が出来ん」
「タダで飲ませろよ」
「1杯なら」
「よし。もうけもうけ」
ダークエルフが笑う。昔に比べ、俺の前で笑うようになったのに驚く。
「エルフ族長、グレデンテ。姫様に会ってきた」
「ん? 元気でしたか?」
「ああ元気。そして。戦ってきた」
「ふむ、結果は?」
「殴り倒され、斧は奪われ、一切手出しできず負けた」
「あの、戦斧を奪われた? もしや、それでこの奇っ怪な武器を使ってるのか? 返して貰えなかったのか?」
「戦斧は返してもらったさ。だが、柄が長い武器はダメだ。掴まれたら終わり。故に作ってもらった。柄が少し短く。刃先を長く。ブレードランスと言う。片刃の大剣のようだが、柄が長く槍の使い方だ」
確かに武器は柄が槍より短い。代わりに刃先を長く。槍程に延びている。片刃の大剣と言われれば分かりやすい。詳しく聞くと柄を掴まれて負けたらしい。
「一撃一撃が女のそれとは思えんほど重かった。芯に響く打撃だったよ………」
「それはそれは。私なら喜んでましたね」
「嘘だろ!? おい!?」
「嘘です」
「くっそ。真面目な顔で言うな!!」
「騙されたのが悪い」
「「ははは」」
コップで乾杯し一気に飲む。
「ぷはぁ~お前の言った通りだった。あれは………確かに変わった。大きくなった………おしいなぁ」
「でしょう。姫様なら『今の魔国を変えれる』と思うんですがやる気を全く持っていない」
「勇者トキヤと言う手練れにゾッコンだったな」
「ええ、ですが。彼と約束はしました。いつか叶えばいいですが。ゆっくり地道に頑張ってみます」
「………それについてなんだが。詳しく聞かせてくれ」
「いいですよ。ありがとうダークエルフ族長、バルバトス」
「ああ、いいさ。同じ志だ…………『魔国内で俺らの地位向上するんだろう』」
「ええ。では、マスター。会計と鍵を借りる」
「おう」
金貨を数枚置き、私達は立ち上がった。
「姫様の行ってきた事を調べよう」
「何かいい案があるのか?」
「ええ、ありますよ…………素晴らしい手が」
勇者の約束を満たす方法を見出だしていた。天啓があった。だからこそ。
「まぁ一枚噛ませろ」
「ええ、君が居ないと始まらない」
何年かかっても、目的は遂行する。
*
魔王城の玉座、大広間。目の前で膝をつき、報告を聞く。
「トレイン様、都市インバスでの反乱は収まったようです。父上様も崩御されたかと」
「そうか………母上は死んだか」
「ええ」
「ふむ。目上の邪魔者は消えた。母上も自由になっただろう………ネファリウスも使いによっては素晴らしい働きだったな」
毒をもって毒を制するとはこの事だろう。アラクネの問題児も死んだ。ネクロマンサーも亡くなりエルフ族長も大人しくなる。これほど動きやすくなるとは。
「素晴らしいな。悲しいことに側近が死んだが…………まぁいい。他にも優秀な者はいる」
「私めとかいかがでしょう?」
「やる気があるなら良かろう」
「はっ!! 誠意を持って職務を全うします」
自分は席から立ち上がる。
「そろそろ、役者は揃ったか?」
「ほぼ揃っております。オペラハウスのパレードが行われた後、開演と致しましょう」
「ああ、新しい魔国の誕生だ。そのために…………用意した」
「ええ、大人しくしておりますよ」
笑う。ただただ笑う。懸案事項は魔王だが………別に本物を用意する必要はない。
「魔剣の持ち主が魔王ではない。魔王は作れるのだ」
長かった。しかし、これからだ。自分は拳を握りしめ、胸の奥の熱さを抑え込んだ。




