刺客と刺客のパレード..
勇者トキヤが私に迷惑をかけた日から10日後。都市に激震が走る情報が流れる。理由は何百通の速達。何通も同じ内容が広まった。
「行進パレードのお知らせ。場所は魔王城へ。オペラハウス代表団」
オペラハウスとは劇場のある都市であり。妖精国と仲がいい都市。代表団とは妖精国へ向かう者たちだろう。相手が摂政トレインに変わっただけ。教会の執務室でお茶をしながらお知らせを見る。
「ご主人様。楽しみですね」
「ええ、オペラハウスは素晴らしい都市です。代表団もさぞ華やかなんでしょう。でっ………やはり噂は本当ですね」
「摂政トレインが有力者を募り会見するのだろうな。先ずは会食かな?」
「美味しいもの食べれるんだいいなぁ~」
「ネフィア、真面目にな」
「真面目です。生きる上で大切です」
「食に関して真面目になってもなぁ~」
トキヤに飽きれられながらも大真面目に私は答えている。
「まぁでも。パレードですか? 大変ですよね」
「ええ、この都市初めての出来事ですから。インフェも知らないことでしょう」
「オペラ座の怪人元気かな?」
「わからんな………」
「精神崩壊してたしね…………」
させた本人としてはそこから這い上がってほしい所だ。本当になんとかなってほしい。
「まぁ彼は権力者では無いので代表団には居ないでしょう」
「ですね、楽しみです」
このときはまだ。私はうきうきでパレードを待っていたのだった。
*
パレードのお知らせから数日。普通の都市なら大喜びだろうがこの都市では喜んでるのは教会の者だけであり。他は面倒ごととして受けとる。そんな中、裏では騒ぎが起きていた。
パレードの関係者によって教会の宿が貸しきりになり。急遽、教会の空き部屋まで貸すことになる。
膨大な人数とお金が動く。私たちも宿を教会の空き部屋に移した。
吸血鬼の彼も出払い。忙しくしている。パレードより先に来た長身のゴブリンが言うには「信じれるものが教会に居ると知っているから教会しか頼らない」と話したそうだ。その言葉に引っ掛かりを覚えて、私は部屋に引きこもる。
「ネフィア。お前を知っている者が来る」
「オペラハウスは皆が知ってると思うよ」
「めっちゃ目立ったからなぁ………」
トントン!!
「どうぞ」
「失礼します‼」
一人の長身で鎧を纏ったゴブリンが現れる。彼は最近現れたオペラハウスの衛兵の伝令の一人だ。
「私めはオペラハウス衛兵!! ゴブと申します‼ 姫様に手紙を預っております!!」
「はいはーい。どれ?」
私は低身長のゴブリンから手紙を受けとるために前に出る。
「これでこざいます。そして他言無用とお願いします」
受け取った。何も変わらない手紙。
「わかった。俺が監視をしよう」
「トキヤ!! 私は口固いよ!! あっありがとう。もう行っていいですよ」
誉めることをすればいいような気がするが。「まぁ次にでもすればいい」と思うのだった。
「あっはい!! 姫様!!………いいえ!! オペラ座の女優ネフィア・ネロリリスさま!! 無礼を承知でお願いしとう御座います‼」
「ん? 何でしょうか?」
衛兵が頭を下げる。
「この!! 色紙にサインください!! 数日の講演でしたがあなた様の名演は素晴らしく。警護を忘れ見てしまいました!! 魔王として忙しい事は承知してますが。劇場で演技していただきありがとうございました!!」
「は、はい………ええっと」
ちょっと。引き気味で衛兵から色紙を借り、部屋の羽ペンでささっと書いた。
「名前はゴブですね」
「は、はい。父上が適当につけた名前なんですよ。もっといい名前が良かったんです」
「あなただけのいい名前ですよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます!!」
私は色紙に「オペラハウスの衛兵コブオ。オペラハウスの衛兵としての仕事ぶりを尊敬し。これからの都市繁栄を頑張ってください。オペラ座の女優。ネフィア・ネロリリス」と書いてここで誉めることにした。彼はここにいると言うことはそれだけの実力者だろう。
「あ、ありがたき幸せ!! し、失礼します」
彼が慌てて部屋を出る。外で奇声が上がるのを聞き苦笑いしてしまう。
「すごいね」
「俺も驚いてる」
「何がそうさせるんだろうね?」
「魔王やめたら女優の方がいいんじゃないか?」
「無理かな。熱意が出ない………トキヤが居るからトキヤに熱意が行ってしまうよね。申し訳ないけど」
「期待してるのになぁ~彼」
少ししか居なかったのに。ファンが出来るとは思わなかった。
「手紙は?」
「そうだった」
手紙をペーパーナイフで切り取り出す。取り出したのだが折り畳まれた魔方陣が書かれ正方形の紙だけ。裏は白紙である。
「なんにもない?」
「これは珍しい手紙だな。魔法使いや秘匿情報を送るときに使うんだ」
「へぇ~」
「すごく、魔方陣を描くのが難しい。だけど知っている奴にしか見えないから中々有用だったりする」
トキヤが手を添えて魔力を流す。
「そして、一番この手紙が良いところは」
紙の魔方陣が輝く。そして、魔方陣の上に薄く人の形を映し出した。
「言葉で手紙がかけるところかな」
テーブルに置かれた紙の上に。仮面を被った男がおじきをして写し出され、喋りだす。
「おはようございます!! こんにちは‼ こんばんは! ! 私、オペラ座の怪人こと!! エリックで御座います‼」
「こんにちは」
元気よく両手で喋りだす幻影におじきする。
「ネフィア。これはその時間を抜き取り記憶する物。相手に伝わらない」
「あうぅ!?」
恥ずかしくて萎縮する。
「ネフィア、トキヤ殿。1ヵ月でしょうがお久しゅう。うち、オペラ座の女優ヨウコじゃ」
友人の狐人。タマモ嬢が写し出される。白いドレスに綺麗なふかふかの金色尻尾の姿だ。
「………エリック。本当にこれでええかの?」
「ええ、大丈夫です。では、姫様一曲」
「わかったのじゃ」
オペラ座の怪人が手を差しのべヨウコが恥ずかしながら掴み。力強く抱き寄せる。音楽が流れ、二人は踊り出す。机の上を劇場………披露宴のように。見つめ合いながら踊る。
1曲が終わるとおじきをした。
「本当に映ってるのかの?」
「安心してください。綺麗に撮れておりますよきっと」
「うむ!! では、先に名前が変わったことを言うのじゃ。我はヨウコ・タマモ・クリストとなり申した。夢をつかんだのじゃ‼」
嬉しそうに尻尾をぐるぐる振り回すヨウコ嬢。非常に愛らしい少女のような喜び方だ。
「では、以上で本題を。私、エリック・クリストは魔王城に向け使節団の派遣に参加します。そして私たちの全財産を使い。衛兵を雇い都市インバスでパレードを行います。私目の凱旋、生まれた都市に帰還で御座います」
少し、キナ臭い。何か仮面の奥に隠している。
「そこで、噂ですがネフィア嬢は『教会』と言う組織にいらしゃる事を聞き。至急用意した所存です」
「エリック。本命」
「あ、ああ。待ってくれ………情況説明でも流さないとその気にならない。解説が欲しい」
「職業病じゃのぉ………」
「おほん!! では、本命。デーモンの拷問王バルボルグを倒し。我が婬魔族尊厳の復活と………私の恨み復讐を行います」
私たちは息を飲む。手紙越しから伝わる殺意がピリッと皮膚に流れる。
「四天王エリザに虐げられ。バルボリグに虐げられた恨みを消すために。私が、ヨウコ嬢と共に歩むために越えなければ行けません。そこで、お願いがあります。私たちにお力をお貸しください」
「ネフィアさま、トキヤさま。彼のトラウマの元を取り除かさしてください。そのお力をお貸しください。お願いします」
二人が深々と頭を下げる。私は彼と見つめ、頷いた。
「教会と目的一緒だね」
「敵の敵は味方じゃないが。戦力が増えたな」
「…………恐ろしい事になるね」
「ああ、戦争の臭いだ」
予想外の所から火花が上がり、火薬に引火しそうなほどの臭くなる。しかもそれは知り合いからだ。
「………大事」
「まったく。ささっと過ぎる予定だったのにな」
「だね。長く居るねこれ」
手紙を見ると。深々と頭を下げていた二人が顔をあげる。
「終わったのじゃ?」
「ええ、これで大丈夫です。あとは………ヨウコ嬢!?」
ヨウコ嬢が服を脱ぎ出す。下着姿のヨウコ嬢。しかし、その下着は隠すべき本来の場所を隠せてない。
「うわぁ!? うわぁ!? トキヤ見ちゃだめ!!」
「ま、まて!! 俺の顔手を当てるな‼ 手紙何処だ!! お、押すなたおれ!!」
ドンッ!!
トキヤが倒れる。
「ヨウコ嬢!? 待ってください。終わったと言いましたが待ってください‼」
「終わったら………抱くと言った。我慢させるでない。うちだって恥ずかしい。でもな、もしお前の復讐が失敗に終わったら。死んでしまう。その前にお主の子を孕む………異種族では難しいじゃろう。でもうちは頑張るんじゃ‼」
「ヨウコ嬢!? あぐぅ!? 私、インキュバスが押されている!?」
「私も妖狐、篭絡は簡単じゃ」
「ダメです写ってます!!」
「はぁ………愛しておるのじゃ」
「!?」
倒れたトキヤは黙る。
「ネフィア………止めよう。他人の行為を見るのはダメだ」
「…………うわぁ、大胆ですね」
「ネフィア!?」
「ほうほう………参考に出来ます」
「ネフィア!!!!」
「あっ、ごめんなさい。手紙止めます」
こっそりあとで学習しようと思う。女性らしさや後学として有用だ。婬魔としては当たり前当たり前。
「これは俺が預かる」
「えっ!? トキヤも学習するの? それとも…………」
男のあれ? 私も男の時はちょっとマセテたから…………まぁ今の方が回数は数倍多い。
「訂正。燃やす」
ボッ!!
「あああ!?………あ~あ」
「ネフィア。こういうのは本人たち恥ずかしいんだ。残していても可哀想だ」
「ちぇ………他の女性がどのようにするか参考にしようと思ったのに」
「しなくてよろしい」
「はーい」
少し残念だったが。確かに恥ずかしいだろうからこれで良かったのだろう。そう思うことにする。
トントン
「ん? また誰か来たね。はーいどうぞ」
ガチャ
「………始めまして魔王さま」
「………?」
次に入ってきた人は黒い褐色の肌で大きな戦斧を持った人だった。安物鎧を見ると衛兵なのが分かる。
「どなたですか?」
「ダークエルフ族長バルバトス」
私は口を押さえて驚き。知らなかった事に深々と頭を下げるのだった。
*
教会経営の酒場どことも変わらない内装が冒険者にとってこれほど安らぐものはない場所だった。そこで、昼食を取る。もちろんダークエルフ族長と共に、彼は黙々とついて来てくれた。
「本当にごめんなさいね。族長でしたら、一度はお会いになってますよね」
「……………いいえ。私は謁見を許されませんでした」
「じゃぁ!? 初対面!? ごめんなさい。ネフィア・ネロリリスです」
「トキヤ・センゲ。まぁ名前変わるかもな。ネロリリスに」
「バルバトス・ダークエルフだ。魔王」
彼は私を厳しい目で睨み付ける。印象は良くないのだろうか。
「にしても。刺客や何処から襲われてもおかしくない魔王が呑気にご飯とはな」
皮肉なのか鼻で笑われる。私は首を傾げた。
「ご飯食べないとひもじいですよ?」
「いや。ご飯食べる食べない関係無くてなネフィア。『緊張感ないな』て言ってるんだぞ。ズレてるなネフィア」
「緊張感ないですか………それは違うと思いますよ?」
「なに? 魔王どう言うことだ?」
「刺客でも誰でも襲ってこればいい。覚悟があるなら、それに答えるだけですから」
「自信があるのか……魔王」
「ええ、そうですね。ご飯食べながらあなたの目的も聞きましょう。わざわざお越しになった理由も。最近、私たちにお願いが多いんですよねぇ~」
「冒険者だからな。一応。ネフィアも俺も」
「………………」
私は、彼の目線を逸らさずに見つめ返す。真っ直ぐ強い眼差しは「男らしい」と思う。
*
自分は切れ長の瞳に吸い込まれそうになり、慌てて目線を逸らす。目的、目的はいたって簡単だ。エルフ族長が会えば分かると言った彼女に会いに来たのだ。
「わかりました。では、お聞きしたい。我らは長くエルフ族から迫害を受けてきました。それを水に長し共に歩もうと言う者が居るんです。まだ、少し整理がつきません」
答えは保留している。整理がつかない。今までを忘れることは無理そうだ。故に問う。魔王がどういう答えを出すかを。
「そう、で? それが何か?」
「!?」
全く答えがない。椅子から転げそうになる。
「ごめんなさい。他人行儀なんですけど………私には関係いないかなって」
「ネフィア………あのな。ぶっきらぼう過ぎるだろ」
ぺしっ
トキヤと言う冒険者に叩かれる魔王。緩すぎる。
「あうぅ~だって、こういうのは多分、拗れて拗れて面倒ですもん」
「面倒だから悩んで聞きに来てるんだ。もっと真面目に答えをな………」
「トキヤなら?」
「天秤にかける。益か損かをな、感情は無しだ」
「そっか………私なら。いいえ。決めるのはやはり族長の地位を持つ者が決めるべきですね。私は当事者じゃないから許せるけど………当事者だったら許せないかも知れません。家族殺されてるでしょうし」
「………ありがたき助言ありがとうございます」
「固くなくていいよ。魔王は辞めるから」
「そう、聞いてましたね。アイツから」
結局、決めるのは自分自信か。なら、決めてもらおう。元から考えるのは不得意だ。
「魔王様。族長としてあなたに一騎討ちを申し込む。真剣での」
大人げない、女をいたぶる趣味はない。だが彼は魔王であり。女の姿を取っているだけと感じている。
「ええ……」
驚いた顔をする魔王。しかし、にこやかに笑みを向けた。
「いいでしょう。ですが真剣でいいのでしょうか?」
「寸止めをします。トキヤ殿は優秀な戦士だ仲介者として見てもらえるでしょう」
「わかりました。お願いねトキヤ」
「ネフィア。わかった」
「では、ご飯を食べて支度しましょ。壁の外へお出かけしなくてはなりませんから」
自分は目の前の魔王倒せる自信がある。自信があるのだ。最初から手を取り合うことなんて出来ないと思っている。俺がよくても仲間が許さないだろう。
*
壁の外へ自分達は赴く。魔物は居らず、萎びた草や木々が生い茂っている。地面にある薄緑の葉などを見ると故郷の不浄地。ダークエルフの里を思い出した。
ある程度の広さのところへ行くと骸骨が転がっている。死体を遺棄し白骨化したのだろう。それを踏みながら身長より長い戦斧を構えた。
槍の先に斧と穂先がついた武器でありリーチと破壊力があり。非常に好んで使っている。叩けば斧。突けば槍であり。魔物を断ち殺すにも楽だ。
「ここでどうでしょうか?」
「いいですね。ちょっとお待ちをバルバトスさん」
魔王が骨を拾い上げ、何かを口すさんでいる。
「………ここの骨は捕らえられてる訳じゃない。成仏してるね」
「ああ、ネフィアの言う通り。見えないからいないな」
「よし、バルバトスさん。いいですよ準備が出来ました」
「何が見えるのだろうか?」と疑問に思う。だが、今は関係ないと首を振った。目の前の魔王を叩き潰す。昔から、ずっと目上から見下してきた。衛兵を馬鹿にしてきた連中のトップ。逆恨みだろうが存分に行かしてもらうつもりだ。
「ネフィア、バルバトス。真剣だから、死んでも文句は言うなよ。制止させるが絶対じゃない」
「最初から!! そのつもりだぁ!!」
俺は勢いよく、振りかぶり。魔王の体を真っ二つにするつもりで横に振った。接近での戦いを重視し魔法を唱えさせる暇を作らせない。速攻魔法で倒される程に俺はやわでもない。
魔王は見るからに魔法職だ。例え騎士の鎧と剣を持ったとしても。匂いがする。
トンッ
「!?」
勢いよく横に振った瞬間。魔王がその場から自分に向かって飛び。頭上を越え背後に立たれる。
しなやかな跳躍力と瞬発力に驚き。慌てて背後を向き直った。余裕のあらわえれか剣を抜かない。手を添えているだけ。
「………何故抜かない」
怪しい、怪しいが。本能が告げる。あれはそういう剣技なのだと。無闇に近付くとやばい物だ。剣先が伸びる幻覚が見えた。
「………変わった剣技ですね」
「わかるんですね!! さすが族長!!」
ビュッ!!
距離を取っていた魔王が駆け込んでくる。予想通りの速さ。一度見ている速さに合わせるよう。戦斧を突き刺す。
しかし、突き刺しが触れる瞬間。魔王が横体を剃らせ、槍の竿の部分を左脇に挟み。固定された。刃のない柄を持たれる。
そして、その状態は目の前に綺麗な顔が見えるほど近くに寄り。慌てて引きはなそうと竿を引っ張る。
「!?」
竿動かない。
「遅い!! 掴まえた!!」
ボゴッ!!
もう一度、引っ張る瞬間。金属が顔面に触れ鈍痛が脳を刺激する。武器じゃない。手甲で殴られた。
「ぐっ!!」
「はぁああ!!」
魔王に腰を落とし、力強く踏み込みながら手甲を叩きつけられる。顔面を防御すれば腹部に。腹部を防御すれば顔面に交互に打ち込まれ、拳を見て防御しても、防御の上から叩きつけられ痛みを伴い。手が痺れる。
「く、くそ!! 反撃しなくては!!」
防御した左手で魔王の顔面を殴り付ける。手応えは感じている。力いっぱい込めた。しかし、魔王は頬を殴られたにも関わらず真っ直ぐ向きなおって、そして目の前から消える。
「!?」
驚いた瞬間に顎から強烈な鈍痛が襲い。白金の手甲が目の前を通っていく。振り抜かれた拳を高く上げ脇に戦斧を掴んでいる魔王が次に見え。地面に仰向けに俺が倒れたのが分かった。俺は戦斧を手放してしまったのだ。あまりの連撃に耐えかねて。
「あがっ!!」
「…………はぁあああ!!」
魔王が戦斧を脇から外し、1回転後、構え直し振り上げる。そして、俺に向かって降り下ろす。
ドシュァ!!!
降り下ろしたさきは倒れている自分の横。地面に深々と刺さり固定され。魔王はそれを放し、手甲をガンガンッと叩く。
「…………ふぅ」
魔王が殴られた頬を赤かく染め笑顔で手を差し伸べる。自分の手を掴み、体を上げるつもりだ。しかし……体は動かない。痺れて動けない。
「つ、つよい」
気付けば自分は倒れ、武器を奪われている。軽装だったためとはいえ、拳の一撃一撃が重く鋭かった。そう、女性の力強さではない。男らしい強さで驚く。結局、女扱いし油断して負けていた。
「………大丈夫?」
「…………」
あまりの呆気なさに呆けている自分に魔王は声をかけてくださる。
「自分で立てます…………情けをかけないでください……んぐ」
「私が勝ったのですから文句は言わない。強がらずにお願いします。はい、手を拝借」
「…………」
差し伸べる手に痺れが取れた手で渋々触れる。引っ張ってもらい立ち上がる。すると、何故か痛みが引いている事に気が付いた。体の中を魔力が走り抜け完全に鈍痛と痺れがなくなった。
「少し楽になりましたか?」
「これは一体!?」
「治癒魔法です。具体的に奇跡と言いますがどっちでもいいですね。人間の模倣です」
「魔王が回復魔法を!?」
それは神聖な者にしか出来ないはず。
「よく怪我をしそうな人が近くにいるから覚えたんですけど板についてきちゃって………あんまり驚かれるとショックです」
「す、すいません」
つい、頭を下げてしまった。独特な雰囲気を持つ彼女になんとも言えなくなる。
「では、私が勝ったのですし。一応まだ魔王ですので一つお願いと感謝を」
「感謝?」
「ええ。魔王城の住人を護る衛兵として感謝とこれからも魔王城の衛兵長としてお守りください。ダークエルフの騎士よ。お願いしますね」
それは、強がらず。彼女なりの頼みなのだろう。
「魔王をお辞めになると言ってましたね」
「はい。だからお願いですね」
自分が殺すつもりでも生かされた。理由はもちろん。
「最初から、殺す気はなかったのですね」
「あなたには魔王城の民を護る義務がある。長く衛兵としていたのですから。あなたにしか出来ないでしょう。真剣なんて言うからちょっとね。アホかと思いました」
「…………完敗です」
武芸、剣術、魔術、そして器。全てにおいて敵わない。これが上位者だ。
「あなたが上ならさぞよかったでしょうね」
自然と跪き。頭を垂れ命を聞く。
「ダークエルフ族長。魔王の………」
エルフ族長は姫様と言っていたな。気持ちがわかったよ。
「姫様の命を受け取りました。衛兵として任務を全うします」
「よろしくお願いしますね~」
会えば分かると言ったが、会えば分かった。彼女は魔王だと。実力者だ。
*
「…………疲れた」
私は、テーブルに屈伏してだらける。緊張感から解放された。
「お疲れ。肩揉んでやろう。いい殴りだった」
「わーい、至福ぅ~」
肩に彼の逞しい手を感じながら溜め息を吐く。まぁ殴るのは最終手段で。実際は魔法が打ち出せない、剣では勝てない気がしたためだ。
「みーんな。会いに来るのは嬉しいけど。疲れる。演じてる気がして緊張する」
「まぁ上に立つ者はそういう物だ」
「魔王辞めるまで我慢だね」
めっちゃ皆が魔王だ魔王だ言うから魔王だったのを思い出せている。まぁ~適当だが。
「しっかりそれまで演じればいいさ」
「ダークエルフ族長はどうするのだろう?」
「急いで帰ったからな………どうするんだろうな」
「いい方に向けばいいね」
「そうだな。でも、本当に強くなったなネフィア」
「へへ、ありがとう‼ 強くなくちゃあなたの隣にいれないもんね」
「そうかぁ?」
「だから、ここに真面目になって勝ったご褒美頂戴」
口に指を差す。
「短くていいか?」
「長くお願いします」
私は立ち上がり背伸びをして首に両手を絡めて深く味わうのだった。ご褒美を。




