オペラ座..
昼前に私は彼女、ネフィア嬢を見つけた。ヨウコ嬢が贔屓にしている店で二人は仲良く談話をしている姿はまるで演劇の続きのように見えるほど見映えがする。そして周りに彼女の話に耳を傾ける客たち。皆が、彼女の方向へ向いていた。「談話をしているのは違うのか?」と疑問に思う。様子が少し変だ。
「木は選びました。彼を」
店に入った瞬間聞こえてくるのはピアノの音と彼女の声が聞こえる。
「彼にできることはないかを悩みます」
話の内容から、彼女は初めて魅せた日のように物語を聞かせていた。透き通る声での童話を読み上げるように。それを、その店にいた人たちは聞き続けていた。だから、皆が彼女をみていたのだ。
「彼女は………最後はどうなったの? ネフィア」
「彼女は枯れました」
「そ、そう………」
「でも、噂では花が咲いたと聞いています。白い花が。商人、豚屋はこれから大きくなるでしょうね。約束ですから」
「すまない!! くつろいでいる間に失礼!! 君は昨日の吸血鬼カーミラ役だった女優。ネフィアさんですよね‼ 私は駆け出し脚本家のコメダて言うんだ!!」
「あっはい」
唐突に脚本家がネフィア嬢に詰め寄った。話の区切りを狙って話しかけた。
「………ネフィア。注意しなさい煩いって」
「まぁ~私も煩かったですから」
それにいい顔をしないヨウコ嬢。
「そ、その今さっきのお話を脚本してもいいですか‼」
「豚屋に聞いてください。都市ヘルカイトに居ます。続きは彼から」
「都市ヘルカイト?」
「遠い東にある都市です。私の帰るべき家があります」
「わかりました。遠いでしょうが行ってみます」
「はい、あなたの旅に女神の祝福があらんことを」
祈りを捧げる姿に店の中で様子を伺っていた私は心を奪われた。演劇ではない、演技でもない。本心からの言葉。彼女は悪魔と言った。しかし、悪魔とはかけ離れたその聖職者のような仕草と白く明るい表情を見ると彼女は生まれを間違えたのではないかと考えが生まれる。悪魔とは違った行動に。胸に熱が灯る。
「…………相席よろしいですかな?」
店に入りずかずかと進んだ。皆の視線を気にせずに。
「エリックさん? いいですよ、ずっと伺っていましたね」
気付かれていたようだ。
「お恥ずかしい所を見られましたね」
「………エリック」
「ヨウコ嬢。昨日の演技は素晴らしく。無垢な女性の素晴らしさを再度確認できました」
「ありがとう。あなたの演技も良かった。今日は出ないの?」
「お休みをいただきました。素晴らし演技の余韻を楽しみたくて。ネフィアお嬢様も素晴らしかったですよ」
「初めて難しい役でしたのでどうなるかわからなかったのですが。よかったです」
「ははは、劇場の上とは本当に別人だ。ネフィアお嬢様………今度、私と劇場で踊りませんか?」
劇場の上にお誘いをする。
「…………エリック、誘うのじゃな」
ヨウコ嬢が少し寂しそうな瞳で自分を見た。
「いいでしょう。何を踊ればいいのでしょうか?」
「悲哀でどうですか? そう、身分違いの恋愛ものを」
「彼に聞いてみますわ」
「彼?」
「ええ、彼です」
私は胸が泡立つのがわかった。そう、彼女は幸せそうに微笑む。だが、それは自分とは別の男性を想っている表情。綺麗な表情だ。
「ああ、ちょうど来ましたね。トキヤさんこっちです」
「ああ、おはよう………いや。こんにちは、だな」
店に入ってきた男は自分の目線ではみすぼらしい姿だった。服は着飾らない皮の鎧。ボロボロのマント。長く冒険を続けたのか土汚れがこびりついた靴。彼女とは大きく不釣り合いな人物だった。
「お遊びはもういいの? 今日は何人と?」
「10人だったかな? 重役っぽい人もいた。夜通しだったから仮眠して。会いに来たよ。ボロボロになってしまった」
「今日は11人目かもですね」
「自分を数に入れない」
「は~い」
仲良く、会話し。失礼と言って席に座る彼。そんな彼に微笑みを向け、今までとうって変わった口調で彼と接する。その横顔は本当に美しい。
「自己紹介させてくれないか? ネフィア」
「ああ、ええっと。ごめんなさい。寂しかったから…………ええと彼はトキヤ。私の彼氏です」
「ネフィアの彼氏です」
私たちも自己紹介を行い、彼を観察する。色々な話を聞くと冒険者として一緒に旅をしているそうだ。
「そうだ!! トキヤ!! 彼、エリックと悲哀の演劇を踊っても大丈夫?」
「勿論、ネフィアがいいなら」
「わかった!! エリックさん、よろしくおねがします」
「はい、よろしくおねがします」
彼は何処からかわからないが絶対の自信を見せつけられた気がした。そして、同時に私は劇場の上に立つ自分を演じる気持ちになった。
悪役は得意だ。能力もある。
「それでは許可もいただけたようですので私は邪魔をしないように帰ることにします」
席を立ち、挨拶を済ませる。お会計を全員分をこっそり終わらせ店を出た。
「………彼には不釣り合いだ」
観察し、感じたことは彼女の才能を潰してしまうこのまま冒険者をやめさせなければいけない。それほどに惜しい。彼女は彼に引っ張られ冒険者となっている。
「他の女性にない、魅力がある。冒険者ではダメだ」
今まで見てきた女性の誰よりも綺麗で、美しく。時に凛々しく、時に愛らしく。動作ひとつひとつが女性らしさを感じさせる。そう、理想の女性像と言っても間違いはない。だからこそ。
「欲しい」
焦がれるのだ。
*
「釣れましたね」
「……釣れましたね」
「ふぁ~ねむ。釣れたか~」
私は数杯目の紅茶を啜る。ぬるいのを魔法で温めて。
「ちょっと悔しいけど。仕方がないのじゃ………この都市で一番はお主じゃ。認める」
「そこまで褒めなくていいですよ‼ 照れちゃいます‼ 嬉しいですけどね」
「…………あやつは自分から誘うことはまれじゃ………誇っていい」
「あっ……まぁ、その落ち込まないでください。大丈夫です」
「………そうじゃの。耐えるときじゃ。にしてもあそこまであっさり行くのかの?」
「私を誰だと思ってるんです? 勇者を手込めにした婬魔ネフィアです!!」
「そうか、じゃぁオレ帰るわ」
「ああん!! ごめんなしゃい!! まだ、いてよ!!」
「いや、眠たいから寝させてくれ………」
「だーめ!!」
「そんなことよりも、やはり婬魔の力かの?」
「そんなことよりって……死活問題です」とそんなことを思いながらトキヤから話を変える。
「そうそう婬魔の力。幻覚さえ見せるほどらしい。彼が何を見たかを私は知らないけど、きっと彼にとって最上級の美味しそうな餌に見えた筈です。ここまで効果があるなんて………これから、気を付けよ」
無駄に魅了しても迷惑だろう。その気がないのだから。
「なるほど、釣るのは得意なのじゃな。それより寝ているぞ? 彼」
「Zzzz」
「ふふふ、愛おしい寝顔。そうですね………どうなるかわかりませんが。ゆっくり見ていきましょう」
「頼んだのじゃ」
私は頷く。そして、テーブルに肘をついて腕を組み寝ている彼を観察した。私も目を閉じて何の夢を見ているかを覗く。勿論、私の夢を見て私のわがままに放り回される夢だった。
「私、ここまでわがままじゃない。夢の私、嫌い」
泣きじゃくっていた。トキヤのイメージひどし。
「…………そち。彼に帰って寝ることを許さんかった事はわがままじゃないのかぞ?」
「………大丈夫。今はトキヤが寝てるから」
「なんちゅうわがままな姫じゃのぉ」
私は舌を出した。自覚はある。
*
約束した夜。私は夢見を行った。しかし、覗くことは出来なかった。
*
次の日、私は疑問を持ちながら稽古場を訪れる。オペラ座は公演があり、使用することは出来ない。
「おはよう、エリック」
「おはようございます。お嬢様」
「今日はよろしくね」
二人っきり。トキヤは日課の暗殺と情報収集。ヨウコ嬢は公演がある。姫役でだ。
「それではお嬢様。これをどうぞ」
「ありがとう」
台本を受け取り、流し読む。速読術を活用し、椅子に座りながら物語を頭に入れた。内容は高貴な姫と領民の恋物語。領民の身勝手な連れ去りだが。姫はそれを許し最後は二人で逃避行を行う物。
「正直、姫様大丈夫なのかな? ちょっとこの姫様は頭が緩いような………領民も刺客とか魔物とか戦う力があるのかな? まぁ物語だからってそこまでだけど……………結果は生き別れね」
今まで辿ってきた足跡を思い出しながら話を読む。あまりの姫様の無能ぶりにちょっと脚本家をしばきたくなる。書いたのは男だろう。女性のイメージがまんま、物語の姫様だ。箱入り娘と言えばそうだが…………そういえば………私はこう言う姫様が嫌いだった事を思い出す。
「却下。この脚本家………ちょっと私は無理」
「どうしてでしょうか?」
「私の好みでごめんなさい。本来は我慢して演じるのが正解でしょうけど。こう、男に何でもしてもらう姫様はちょっと嫌いかな。ドラゴンと騎士って言う童話が好きだけどね」
あまりにも演技がしずらい。
「…………ほう。では、どういった姫様がよろしいでしょうか? これはいい話を聞けそうです。お嬢様扱いが好ましくない。珍しい方と思ってましたが芯が通っているなら分かりやすいですね」
私は唸る。どういった姫様がいいか悩む。
「少し時間をください」
「はい」
イメージは大事。固まったイメージを持てばそこへ向かって努力できる。
私にはイメージがある。立派な女性とは何かを。童話のドラゴンと騎士が好きだった。男の子ときは騎士に憧れ、なにもしないのに恵まれる姫様を憧れから妬みに変わった。
今はトキヤの姫様になれたのだから夢は叶った。そう、理想の女性。トキヤの理想の女性こそ私が目指すべき姫様。そして、自分自身も好きでいられる私。あのとき考えた筈だ。
「姫騎士が憧れます」
男の時の夢は騎士。女のときの夢は姫。求めるイメージは彼の幻想の彼女。
「姫騎士ですか?」
「はい、帝国の姫様は剣を握り戦っています」
「そうですか。それは勇ましい。ネフィア嬢はもしや帝国のご令嬢?」
「いいえ違います。あと、この姫様を改変してもよろしいでしょうか?」
「ええ、私から脚本家に話をしておきましょう」
「ありがとう。ですが時間をください。私が台本を書きなおします。それから稽古をしましょう」
「わかりました………それではお茶でもご一緒如何ですか?」
「ごめんなさい。すぐに書きなおしたいので………」
「それは残念です。楽しみに待っているとしましょう」
私は台本を持って帰宅した。台本の内容は騎士であると言うキャラのお飾りと言う事の葛藤を描いた物。馬車の事故をやめ。気紛れの城下町に降りての出逢いとする。相手をトキヤさんと見立てて。
*
彼女がどういった台本に書き直しを持ってくるのかを気になりながら夜の事を思い出す。夢見が出来なかった事が引っ掛かる。悪魔の種族は夢を見ないのだろうか。
「変ですね」
私は彼女の夢を覗き。その夢を変えて操ってもいいと思っていたのだが。予想外だった。会話から感じれる事もなかった。
ドアの叩く音が聞こえる。ヨウコ嬢だろう。昔は死んだ目をした少女だったが今は生き生きとして眩しい女性になった。彼女は、そういえば私に好意を持っていると言っていた。
そして……少しその気持ちが少しわかった気がした。ああ、そうか、これが恋か。
*
数日後、昼にヨウコ嬢に呼び出された。私は仮面を着けたままのいつもの怪しい人の姿で現れる。
「どうされました?」
「エリック、あなたにこれを」
台本を受けとる。
「これですか、読ませていただきます。稽古のお時間は明日にしましょうか?」
「彼女は『稽古の必要はない』と言ってる。本番でいいってね。書いた本人が『頭に入っている』てさ。本当に化け物だよね………頭が良く。持っている」
「ええ、彼女はそれだけの才能がありますから」
「………彼女はあなたの正体に気付きつつあるらしい。終わったあとの最後。『誰もいない劇場に待つ』て」
自分は心臓が跳ねる。気付かれたのか。
「ハッタリでした!! ばーか!! 何でもない。頑張ってね本番」
「そうですか。少し驚いてしまいました」
自分はほくそ笑む。悪役は演じるためにある。どんな女性でも落とせる。
「………やっぱり私を見ないのじゃな。でも」
「なんでしょうか? ヨウコ嬢?」
「なんでもない…………」
彼女が悲しんでいる。しかし自分は気にしはしないのだった。




