女優の憂鬱、小さな悩み..
私は今日も演じる。皆の王子を目の前の姫を愛するが一歩引くその距離を演じる。劇場が静まり、恋の行方を今か今かと悶え焦らされる。この劇場の空間で観客は皆がその世界にのめり込む。私と言う誰かの声を私は聞く。
愛している。
好きだ。
麗しい。
美しい。
綺麗だ。
何度も何度も。演じる。私は、自分を演じ続ける。私は……………私という存在を演じ続けるのだった。
*
「スゴい…………」
私は劇場の一番上の階の席に座りながら初めてオペラ座の怪人の演技を見る。優男を演じたかと思えば。愛に狂った悪役を演じたりする。狂演があまりにも板につく。
主人公ではない。主人公たちを苦しめる役だが……誰よりも心を吸い込まれるほどに主人公なのだ。主人公を苦しめる苦悩、劣等感の演技があまりにハマっており彼を魅せる。
「主役じゃないのに………誰よりも存在感が出てしまうんだよね。いいえ、この物語。公爵の横恋慕の方が本題かもしれない。失恋を美しくさせる。本当に変な話だよね」
隣のヨウコ嬢が優しい目線で彼をみている。愛しい愛しいと言う目線で。
「ヨウコ嬢………そうですね。当事者では嫌ですけど………他人の恋愛は非常に見てて面白いですもんね」
「ええ、本当に当事者は嫌です………はぁ………格好いい」
「好きですね。ヨウコさん」
「大好き。だから、席を予約したの………女優の前に彼のファンです」
彼を見ながら微笑む彼女。その顔は美しいものだった。願わくば歪まないで欲しい。演技をしている彼のように。愛が憎しみに変わる演技のようにならないで欲しい。悲劇が起きてしまう。
「………この公演。本当に後味が悪いね。ヨウコ嬢」
「でも、心に深く深く刺さる。人は苦痛の方がよく覚えているわ。ハッピーエンドを願うけど。心に苦痛を伴うエンドのがずっと後にひくわ」
「ええ、苦痛は覚えているけど癒すことが出来ますものね」
「ネフィア………それは貴女が幸せだからよ」
「知ってます。私はこの世で一番の幸福者と信じてますから」
午前の公演が終わり、私たちは席を立つ。午後の私たちの公演のために緊張しながらも歩き出す。
「これで、彼は食いつくかな?」
「食いつくわ。絶対に………」
秘めたる想いを胸に。楽屋へ行くのだった。
*
午後の公演が始まる。寝室を模した台場。司会が状況を説明し、世界観を観客に滲ませる。午後は何故か観客の男が多めである。理由は………もちろん。
寝室のベットにヨウコ嬢が寝ている演技が艶やかな肢体で魅せる。
そう、男を誘惑するほどの色気を醸し出す。そこに私は音もなくフッと劇場の上から降り立った。音を立てず。漆黒のドレスを身に纏いながら。観客が息を飲む音が響くほど静寂。音を奪い無音となる。
「美味しそう」
劇場に私の声が観客の耳元に届けさせる。寝ているヨウコ嬢に近付き。私は彼女の首筋に口を当てる。そして、啜った。演技であるが。私の飲み込む音も響かせ本当に飲み込んだように見せる。
台場の上を仰ぐ眼差しは。ああ、美味しいと囁く。
「ん………あなたは?」
「…………」
私は一目散に逃げ。姿を消した。司会が解説し、ヨウコ嬢の心境を語る。朝に私は別人として顔を出し領主の娘役のヨウコ嬢と新しく引っ越して来た貴族役の私。それが鉢合わせ。ヨウコ嬢が見とれる演技をした。
貴族役の私は勇ましい口調で話をする。思い出すのは男だった時の会話。素直ではない時の事、それから彼女との交流を演じた。
「ああ、なんと逞しく美しい人なのだろうか!!」
ヨウコ嬢が好意を見せる演技。私も彼女の無垢な演技に好意をもつ演技。数日がたったある日。
またその夜に私は彼女を啜りに現れる。天蓋つきのベットを捲って驚く。彼女がいない。いたのはカーテンの裏。
「…………やはり、あなた様でしたか」
「見られたからには死んでもらおう」
「待ってください‼ 言いふらしません!! お好きに血を………お啜りください」
「!?」
「何度か、夢だと思っていました。あなた様が私の寝室へ入ってくる夢を。あなた様は吸血鬼なんですね」
「如何にも………怖くないの?」
「吸血鬼は怖い、ですが。あなたと秘密を知ることができて嬉しいです。それにあなた様はお優しい。怖いことはないです」
「…………はぁ、今日は帰るとしよう。慈悲をくれてやる」
「また、明日。いただきに参られてください。明日、私が嘘を言っていない事をご確認ください」
ヨウコ嬢が演じる姫様は本当に恋心を抱いてるような錯覚を起こさせる。私も彼女の演技に引っ張られ吸血鬼の姫を演じきる。
それから、夜の濃厚な絡みを劇場に響かせ、吐息などの音も観客に届けさせた。濃密な百合。男の皆無な世界はなんとも毒のように観客を魅了し犯すのだった。
*
私たちは公演が終わり、劇場を後にする。濃厚な時間を過ごした気分だ。どっと疲れが込み上げ、女優男優の大変さを身に染みる。トキヤに魔法で隠れながら屋根を伝って宿屋に戻ってくる。観客に囲まれたら先ず、時間を拘束されてしまう。
宿に戻るとトキヤが買ってきてくれた葡萄酒の栓を抜き、グラスに注ぐ。トキヤ曰く。演劇は胃がむせかえるような劇物だったらしい。甘すぎるのだとか。
「おつかれ~色っぽかったね~」
「おつかれじゃ。初めてにしては男らしくも女らしい演技じゃった」
「元男だからね~しっくりくる…………悲しいけど元男なんだよねぇ…………」
「演技じゃろ?」
「あれ? 言ってなかった? 本当に男だったんだよ?」
「いや、演技じゃろ?」
「違うぞ。こいつは正真正銘の男だった」
「ほ、本当なのか!?」
私の顔をつねったりひっぱたり、胸を揉んだりする。
「あびゃああああああ!? いたぁい!!」
「なんちゅう弾力じゃ……いや……違った。ここはどうじゃ!!」
最後には下半身を手で確認される。腰が引け、恥ずかしい気持ちになる。夫が見てる。
「ああ!? やめ!! 今は女性!! もう、ついてない!!」
「そ、そうか………本当なのか?」
「まぁ薬で体を女体化させたんだ」
「トキヤ違う!! 変化を促したのはあなたという雄に、婬魔の血が反応しただけだよ‼ 愛だよ!! トキヤの愛だよ!! 薬は促進剤!! 今ならわかる!!」
想いが重いために反応したのだ。体が、そう思うが実際はわからない。
「初耳だわ!? ネフィアそうなのか!?」
「婬魔ですから~そうだったらいいなぁ~ぐらい」
「信じた俺がバカだった」
トキヤがやれやれと肩をすくめる。
「ネフィア、おぬし本当に婬魔なのか!? 悪魔と聞いておったが!!」
「正確には婬魔と悪魔のハーフだよ~」
ヨウコ嬢が驚いた顔をする。皆、私の正体に驚くのだが。そこまで変なのだろうか。
「怪人が間違っても仕方がないの………悪魔や婬魔に見えぬ」
「見えない訳じゃないと思うけどね」
「そうかの~? 見えんがの~?」
「ネフィア、ちょっと見回り行ってくる」
「はーい」
「見回りの~なんもないと思うのじゃが?」
「何もないのが一番さ。ああ四天王以外は別にいいんだろ?」
要は他は殺してもいいだろうと彼は聞く。
「はい。いってらしゃい」
肯定。
「いってきまーす」
トキヤが剣を持って出歩く。剣を持つことはもちろんそういうことなのだろう。
「今日は月が赤いですね」
「赤くはないがの?」
「………察して」
フッと空を見ていたが顔に手を押さえて丸くなる。ゆっくりと気取った私が恥ずかしい思いをしたのだった。
*
彼女が観客の前から消えた。仮面をつけづ、晒しての公演は非常に好評だった。あの甘ったるい空間は中々……すぐに出せるものじゃない。
「彼女はいったい、誰でしょうか?」
私を含めて彼女は誰かを詮索しだす。私も同じように詮索をされるのだが、隠し通している事を考えると。彼女もまた詮索されるのを嫌ったのだろう。劇場から姿を眩ませた。まるで血を吸い終わった吸血鬼のように。
「気になりますね。きっと皆と同じ心なのでしょう」
彼女を知りたいと思うのは我々の知識欲を満たすために必要な事と彼女に近付きたい心理からだと思われる。そして、何故だろうか。
「興味がある。私と何か近い物を感じる」
そう、同じ何かが気になり。私は冒険者が集う酒場を訪れたりした。だが、彼女はいなかった。
探す合間に思い出す。初めて会話をした日を………彼女は自分を見ても態度を変えず一般人として扱った。本当に本物のお嬢様なのだろう。私のような男には慣れていらっしゃる。だからか非常に印象深い。
「ああ、ほしい」
貴族様など。私にはないものを沢山持っておられる。目に焼き付く公演。あの演技も何もかも私にはないものをだ。女性であることを有効利用している。
「ああ、これが焦がれるですね」
誰とも違う世界のお嬢様に自分は身分を隠して近付きになりたいと思う。彼女の愛を囁く姿が眩しく、その光を掴むため明日も探す事を決意したのだった。
*
次の日の早朝。朝はまだまだ冷え込みが激しい日々。鉄製のストーブが焚かれている喫茶に私たちは朝食から椅子に座る。
「トキヤ殿はどうしたのじゃ?」
「帰ってこなかった」
朝食にトーストと紅茶を頼む。トーストの香ばしい香りがバターの匂いと交じり喫茶の人々を目覚めを促す。今日は公演はないが、ヨウコ嬢に甘いものを誘われたため起きてきたのだ。
「帰ってこなかった………よいのか? きっと遊んでいるぞ?」
「ええ、遊んでいるでしょう。相手にその気が無くても遊びに付き合わされ。最後には疲れて眠る」
「ちょっと、恐ろしいこと聞くがの………元勇者じゃろ?」
「元勇者。だけど、暗殺が得意なんだって」
「人は見かけによらないのじゃの………あーおっそろしい」
「でも、お陰で私は自由なんです。私を殺そうとする人。捕まえようとする人。私を嫌う者たちを全員退け。護られてきました。彼を好きにならないわけがないでしょう?」
現にこうやって平穏を手に入れている。衛兵も怖くて手が出せないと言う事だ。悪さをするわけではないからこそとも言う。
「そうじゃの………壮絶じゃ。こんなところで油なぞ売って大丈夫かの?」
「大丈夫、きっと今日は色んな所で眠る人が多い日ですよ。二度と目が覚めないでしょうけどね」
「目覚めはないのじゃろうな………はは」
ヨウコが乾いた笑いを向ける。察しているのだろう。そういうことを。
「お客様。どうぞ小豆餡とトースト。紅茶でございます」
「わぁ!! 何これ~」
黒赤い。練られたものがトーストの横に置かれる。小皿に乗ったそれをスプーンで何かするのだろう。
「東方の小豆という豆をすりつぶして味付けを行った餡っという菓子じゃ。これを、こうやって塗るとうまいのじゃ」
ヨウコ嬢がスプーンで掬いとりトーストに塗る。私も真似てスプーンでトーストに塗る。東方のジャムみたいなものだろう。
「いただきます」
「おっ!? お主、手を合わせるの知っておるのか?」
「トキヤに教えてもらったんだ。命を『いただきます』」
「………お、おう。こんなところで東方の文化に触れるとは。いただきます」
「素晴らしい心持ちだと思いますね」
そう言いながらパンを口に入れる。
サクッ
「んんんんんんん!? しっとりした甘さ!? 何これ!? 美味しい!!」
「ふふ、そうじゃ。故郷の味じゃぞ」
「お、美味しい」
「まぁ~ちと高いが。美味しい故、仕方なしじゃ」
小豆トーストに舌鼓をうちながら。二人で仲良く会話をする。聞くとヨウコ嬢は一部の女性の敵として嫌われているらしい。
なんとなく、わかる。エリックという怪人のファン同士仲が悪いのだろう。逆にお姉さまっと慕われもするらしく。有名になれば自ずと出てくるものだとか。ガチで百合やんけ。
「有名税という奴じゃ………まぁ悪いものじゃないの。ここに住んでいれば自ずとそうなったの」
「有名税。私みたいに刺客ばっかりなのも有名税?」
「そうじゃの~そりぁ~有名税じゃ」
「大変、サインの練習しなきゃ」
「体に刻むのかの~ふふふ」
「頭にに刻もうかな?」
物騒な会話をし、微笑む。ヨウコも慣れたらしく会話が続く。
「ネフィア……ちょっと話が……いいかの?」
「何でしょうか?」
「悩んでいる事があるのじゃ。私だけの人生ってなんじゃろなって」
唐突に投げられた質問。
「…………何故、そのようなことを?」
「お主ら二人を見ていたらの………ただただ私は逃げて逃げて助けられただけの人生で……つまらない人生じゃないかって思っての」
要は「助けられて何も恩を返してない」と言いたいのだろうか。
「自分だけの物語がほしい?」
自分だけとは皆とは違う人生を歩んでいると胸張って言える事の話だろう。普通の人生なのではとヨウコは思っているらしい。
「そうじゃの………自分だけの演技ではない物語。ネフィアのように何も持ってないから。ないのじゃないかの………」
「ヨウコさん。何を贅沢な悩みなのでしょうね」
「贅沢とな?」
私は笑う。自分では気付けないのだろう。彼女は演劇を褒められて喜んでいた。自分を卑下して見る癖はきっと、逃亡生活で培われた物だろうと想像する。
「ヨウコ、あなたはもう立派な物語を持っている。オペラ座の女優であり、好きな人がいて、あなたを嫌う人、応援する人がいます。もうあなたの物語は出来ているでしょう」
「そうなのじゃ? そうなのかの?」
首を傾げていた。
「そうです。少し嫌な過去があっただけで過去を終わらせ、怪人に出会い。歌を知り、努力でオペラ座の女優へと登ったあなたは色々な女性の憧れ妬みの対象となり。その艶やかな雰囲気は男性を魅了する。今、あなたの物語を紡いでいる途中ですね」
「…………ごめんなさい変なことを聞いて。そう、よね。私は、私なんだ」
素直に聞いてくれた。少し自信を無くしていたようだった。そういう弱さを私に見せるのは……私を信用しての事だろう。
「ええ、そうです。ヨウコさん」
私は紅茶を啜る。
「長くなりますが………自分だけと言える人生を手にいれた人達のお話を聞きませんか?」
「それは?」
「膝をついていたが立ち上がった白騎士。夢を見続けた木。魔物に生まれた姫様。亡国興国の姫騎士。拾った古竜と拾われた飛竜。戦場で咲き、戦場で散った紫花。夢に捕らわれた勇者。そして、男に生まれ、女になり。今も続いている物語」
目を閉じ出会った人々を思い出す。
「物語はあなたが紡ぐ。聞きたいお話をどうぞ」
「…………すごいのじゃ。どれも本当の事かの?」
「本当の事」
私は見てきた物語を紡ぐのだった。彼女の自信を取り戻すために。




