オペラの怪人..
私は堂々と舞台に上がった。幾多の視線が私に突き刺さる。圧巻の広さと、視線によるプレッシャー。だが生死に直結はしない
私が知っている死線よりも緊張する物でもなかった。マクシミリアン王よりも。トキヤの重症の怪我の時よりも全く気にならない。
考えてみれば場数は踏んでいる。いつでも刺客と戦わないといけない故に。
「…………ん」
舞台上から仮面をつけている男性を見つける。顔の半分を仮面で隠し腕を組んでいた。彼と目線が合い。私はなにも言わず見つめ続ける。観客席がざわつき始め、司会者に促された。
「緊張してるんでしょうか? さぁどうぞ歌っていただいて大丈夫です。持ち時間もありますから。急いでください」
「………」
私は沈黙を貫く。真っ直ぐ司会者に向き直り、スカートを持ってお辞儀をする。気持ちは晴れやかで息を吸い込んだ。
せっかくこんなに人が見ているのだ。せっかくだし知って貰おう、私と言う女性を。知って貰おう私の愛を。そして、彼に届けよう。この声を。
「ある、所に。鳥籠に囚われた鳥がいました」
私は静かに囁くように言葉を発する。ざわつきが驚きに変わり私の声に耳を澄ませた。か弱い女性の声を皆の耳元に届け。囁くように一人一人の耳に物語を紡ぐ。
「生まれた時から鳥は飛ぶことを知らず。鳥籠の外も知らず。ただただ囚われていました」
自分の物語を声に出して歌い出す。囚われた鳥が悲しく鳴く。弱く、中性的な声で外を見てみたいと鳴く。外の鳥は誰も私の声を聞こうとしない。悲しく鳴く歌。すぐに歌い終わり、持ち時間を気にせず。言葉を続けた。
「あなたは………だれ? 私を連れていってくれるの? 鳥籠から出してくれるの?」
「もちろん、そのために来た。さぁ、出ておいで」
観客席が大きくざわめいた。私の声と模倣した彼の声に驚きを隠せないのだろう。私は模倣した彼の声を風に乗せた。次は旅立ちの歌。
鳥が飛び立つ物語。最初は飛ぶことを忘れ、うまく飛べないが次第にしっかり飛べるようになり、彼と一緒に飛べるようになる歌。
だんだんと明るく。中性的な声から女性の豊かな声に変化させ次第にピアノの伴奏を増やしていく。歌を歌いながら、鳥たちの囁き『相い』が次第に囁き『愛』に変わる。
音を操り、彼の声に私の声にピアノの伴奏。混ざり合い、愛を語り合う。短い時間で私の物語を鳥として模倣する。そして、私は歌い終える。
「鳥は運命の出会いを果たし、末永く自由の空を彼と共に飛び続けるでしょう………長いお時間ありがとうございました」
スカートをつまんで深々とお礼を言う。そして、私は舞台裏へとさっときびすを返し表舞台から消え去った。そして、彼に声をかける。
「飛び続けましょうね?」
「ああ、飛び続けるだろうね。きみはきっと、空に巣を作るほどに。ネフィア」
トキヤの胸に飛び込む。その瞬間に背後から沈黙していた観客席から拍手と声援が飛んでくる。少し驚いた。適当に物語を歌っただけで彼等にはそこまで悪いものでは無かったようだ。
「あなた!? 一体何者!?」
ヨウコが訪ねる。
「えっと、愛の信仰者?」
「ネフィア帰るぞ」
「はーい」
「ちょっと待って!!」
「まだ、何か?」
「………あれは魔法?」
「ええ、愛の魔法です」
「愛の魔法………」
「ヨウコさんと一緒の愛の歌ですよ~」
私はそのまま舞台裏を去る。選考とかはどうでも良かったのだ。他の方々と一緒で観光とか記念で参加だ。
本気で努力している人には申し訳ないと思いながらも大きな広場で歌えたのは気持ちよかった。たまには全力でやるのもいいかもしれないと思いながらその場を後にする。
*
自分は驚いている。目の前の光景に目を奪われていた。この場でいる誰もが耳をさわりながら歌を聞いていたのだ。
劇場は広い。広い部屋を満たせる歌声は決まっている。しかし、彼女は違った。か弱い女性の声、中性的な少年の声。男の声を操り。時に耳元で囁かれたような、時に声量を大きくし満たす歌声。歌声の中で、何処から聞こえるピアノの旋律。
そう、完成されている。
一人でピアノを弾き、歌い、物語を作り、劇場を彼女の世界に変えてしまった。
初めての現象。これが魔法なのだろう。魔法とは便利で楽をするもの。戦うための方法だった筈だ。それを彼女は芸術にしてしまった。
彼女の魔法は恐ろしくそして新しい世界の物であり。彼女だけの物だ。莫大な魔力消費だろう。彼女のインパクトはその後も続き。他の選考者たちの歌がまったく耳に入ってこなかった。
そして全員の劇場での歌が終わった夜。選考会は荒れに荒れる。夜、発表を行おうとしたのだが決まらないのだ。時間を無視したルール違反は選考除外な筈だが票は集まってしまったのだ。観客席にいる客は全員が彼女に入れたと言っても過言ではない。私も彼女に入れたのだ。
「彼女は何処だ?」
「辞退したらしい………」
「辞退!? ヨウコさん!! 一緒にいましたよね‼」
「え、ええ。ルール違反したので帰ると言って別れました」
「それでは再選考を」
「いいや!! 彼女を選ぶべきだ」
「しかし、ルール違反は………」
「ルール違反? あれを見て未だにそういうのか?」
「そうだ、俺はルール違反は目を瞑るべきだ」
「おれは規則優先だ」
「いや」
「だめ」
「そう」
選考会は荒れ、決められずにいた。発表は明日になるだろう。
「私は帰ります」
自分は帰ろうと思う。
「まて!!」
「選考はあなた方でお決めになってください」
「お前はどこへ?」
「さぁ~風の向くままです。失礼」
私はその場を後にした。後ろから誰かがついてくるのを気付きながら、オペラ座を後にする。オペラ座から出た後。声をかけられる雰囲気を察して後ろを振り向いた。
「怪人、待つのじゃ」
「ん? ヨウコ嬢どうかされましたか?」
ヨウコ嬢は劇場と外では口調を変えている。外では特徴的な訛りを見せる。
「何処へ行こうとしてるのじゃ?」
「風の向くままです。怪しい人ですから」
「…………彼女を探しにいくのじゃな?」
「………ほう。何故そう思われたんでしょうか?」
「正直、悔しいが。私はお前の心を奪うほどの実力はなかったようじゃ。あれを見せられたら……ちと自信無くなるのぉ。あんな方法、思い付かんかった」
「……………」
珍しい。強気な態度とはうって変わった大人しい声色と表情。
「だが、お前と同じ。オペラ座の演劇者の一人じゃ。見てみたいと思うのじゃ………あの、女性の演技を歌を………同じじゃろ? 同じ劇場に上がってほしいじゃろ?」
「………ええ、もちろんです」
「探すのも大変じゃ。そこでじゃ。何処にいるか教えてやろうと思うのじゃ」
「ご存知で?」
「そうじゃ、知っておる。彼女は冒険者。冒険者と言えば冒険者ギルドの酒場じゃ。故にあれだけの観客席に怖じ気ず。真っ直ぐに上を向けたのじゃろう。多くの修羅場を潜っている」
「冒険者………素晴らしい!! 世界を駆ける冒険者の姫!! 何処にもいない逸材だ‼」
私は叫んだ。これほどに熱がある。
「…………ふん。まぁよかろう。しかし、冒険者。説得できるかの?」
「して見せましょう。オペラ座の怪人ですから!!」
「………では、教えようぞ」
私は胸高らかに彼女についていった。
*
嬉々として私についてくる仮面の男。他の都市ではきっと怪しい人で嫌われるだろう。だが、道行く人は彼を指差し。女性は手を振り。彼もそれに振り返す。
まるで、演劇の延長戦であり。一挙手一投足で未だに演じている。何処でもいつ見ても彼は仮面の男を演じていた。
「はぁ………」
「おや? ヨウコ嬢さま。溜め息をひとつつかれていますが?」
「お前の事で溜め息を吐いているのじゃ」
「それは、それは。あなたのような綺麗な方が私めに吐いてくださるとは。痛く申し訳ないと思います。お美しい顔が台無しです」
「………ふん。いつも通りだな‼」
「あらあら、お怒りの顔をお美しいです」
いつだって彼は。人を褒め称える。誰にだって、他の女性はそれでも喜ぶだろうが私は……もっと奥を知りたい。好きになったために強く反発した。「本当にめんどくさい男を好きになってしまった………まぁ好きになってしまう理由なぞ沢山あるがの」とそんなことを思いながら深く溜め息を吐いた。
「ヨウコ嬢。そろそろお怒りをお沈めください。今日の事でお怒りであれば。あれは素晴らしい歌でした。日々努力されているのでしょう。努力も才能であります」
「ありがとう。努力しているのは………お前もじゃ」
「ははは? 努力ですか? まっさか………わたしめは才能です。日々才能で過ごしてますよ!! はははは」
オペラ座の怪人は才能っと言い張る。私は知っている。人一倍努力していることを。全力なのを。
彼はまったく。表に苦労や俗世感を出さない。物語の登場人物のようの幻想的な雰囲気を醸し出している。人とは違う。彼は誰とも違う。だからこそ怪人なのだ。怪人を演じているのだ。
「…………感謝はしてるのじゃ」
「何か言いましたでしょうか?」
「…………感謝の言葉」
「ああ、勿体ないお言葉をありがとう!!」
まったく。感謝の言葉が彼には伝わった気がしない。届いてる気がしない。数年前から、そうだった。拾われた時も。
「ここです。冒険者の酒場じゃ」
「ほほう!! ここですか!! 勇敢なる英雄たちの集う場所とは‼」
だからだろう。彼女を利用しようと思っている。彼女は彼の仮面の奥まで届かせた。彼が自分の意思で彼女に会いに来ている。
「何処にいるのでしょう? おっいましたね!! 我らの新しい姫様が」
彼は喜ぶ。目に入ってないだろう。彼の隣の人物が。私は運命に感謝をする。機会をくれたことを。あの、ぶつかった一瞬が神の奇跡なら今なら信じる。稲荷の糞神とは別にいる神に。願わくば、彼の素顔が見れることを。
彼を貶めるのに彼女を利用しよう。彼女は言った。諦めてはいけない事を。彼女は大丈夫。例え、怪人が惚れても。彼女にはすでに運命のお相手がいるのだから。
怪人は、ちっとやそっとでは動かないなら………例え、私が悪女となろうと怪人の仮面を剥いでやると心に決めたのだった。
*
私はカウンターでトキヤと会話しながら。申し訳ない気持ちを吐露する。
「あーあ、時間制限無視で遊びすぎたなぁ~迷惑だったろうなぁ~」
「まぁ、時間内で収めるのは人数とかの関係だろうし、劇場見てみたいから参加して、時間無視で暴れまわったら怒られるのが普通だな」
「でしょぉ~迷惑迷惑」
ちょっと反省する。調子に乗ったのだ。
「さすが俺の嫁。嫌がらせは得意」
「やめてよ~いま、反省してるんだから。まぁ謝るのもどうかと思うけど」
「最低な屑だった。俺が言おう。クズ」
「だって!!………まぁその~劇場は綺麗だったね」
「ははは、お客さん。大丈夫大丈夫。そんな輩は多いから大丈夫だって!! 気にしない気にしない!! 遊びの奴もいるしな‼」
「みんなでやれば怖くないだけど迷惑だよねやっぱ」
「「キャアアアアア!!」」
「ん?」
後ろから女性の歓喜に満ちた叫び声が聞こえる。酒場の人が騒ぎだす。自分達は振り返ると仮面をつけた男が女性の対応に応じていた。
仮面の男を理解しているが。ここまでの人気だとは思わなかった。
「あれは!? 怪人!! 何故こんな所に!?」
「酒でも飲みに来たんでしょう?」
「まぁ店を変える気分の日もあるさ。風を浴びてくる」
興味を示さずにトキヤが席を立つ。私には関係ないことなので気のすることはない。振り向くのをやめて店長に声をかける。
「店長~怪人ってそんなにすごい?」
「嫁が大ファン。ああ嫁が喜んでる。あれ? こっち来るぞ?」
「ああ、これは運命でしょうか‼ お嬢さん!! 劇場では目が合いましたね?」
「店長~なにそれ~口開けっぱなしでどうしたの~変だよ~」
私はあんぐりと口を開けた店長を指を差す。
「………………」
「店長変なの~くすくす」
「お嬢さん」
「ん?」
私は声をする方に振り向く。仮面の男がゆっくり手を前に腰を折ってお辞儀をする。
「お嬢さん。劇場でお会いしましたオペラ座の怪人でございます」
「名前を言え。名前を…………」
「お、おい。お客さん!! 彼は名前は無いんだよ」
「あら。失礼」
「申し訳ございません。偽名ですがエリックとお呼びください」
「それでは。私も偽名でネフィア・ネロリリスと申し上げます」
「ああ、リリスとは天使の名前。名前の通り天使のようにお美しい人だ。劇場に舞い降りた天使でしょうか?」
ちょっとキザっぽく。私につっかかって来る。天使は間違ってる。
「悪魔ですが?」
「………おっと、これは失礼しました。悪魔とは思えぬ純粋で無垢なお美しいお嬢様でしたので勘違いをいたしました。申し訳ありません」
あっ……ナンパだこれ。私は察した。
「それって悪魔をバカにしてません? 悪魔は純粋で無垢ではなく醜いと仰るのですか? ちょと視野が狭いですよ?」
「……………」
本当になんだろうかこの人。そう、中身が見えない怪しい人だった。
*
彼を案内し、騒ぎの間に酒場の端へ身を隠すように椅子に座る。彼が他の女性を褒めて中々彼女に近付けない中。ネフィアさんの想い人である千家の血族の男。時也と言う男が私の隣に椅子を持ってきて置いて座った。
「彼はネフィアに用事があるように見えるが……なんのようだ?」
「ほう、そちはわかるのか?」
「だいたい、ネフィア目的で逢いに来るやつは多い。それが敵か味方かは別としてな」
「そうじゃ。案内した………用件は口説きにでも来たんじゃろ」
「へぇ~」
「…………焦らないのか? あいつは素晴らしいほどいい男じゃぞ」
「敵か味方は別としてな。モテるのは知っているし。今回が初めてじゃない。売春婦に間違われた事さえある。まぁ焦らないのは俺の気持ちは変わらないし。あそこまで好意が高いと疑う余地がない」
「それは、それは………ええ女じゃな」
「まぁ元男なんだけどな」
「!?」
「驚いてる暇はないぞ……仮面の男が接触する。天然の所があるから振るにしても面白いんだよなぁ。見てて」
「お前、ええ趣味しとるの」
「人の奥さん口説こうとするバカを見て楽しんで何が悪い?」
「まぁ、まぁ本来は怒る立場じゃな」
私は接触する二人を見る。悲しい事に気づいてもらっていない。声をかけたがまったく呼ばれている自覚がいようだ。
「ぷふぅ……」
「くくっ……くく」
珍しい。彼が少し困った仕草をしたのは演技なのだろうが。本当に困ってそうで笑いを隣の夫と堪える。
「名前を言え。名前を…………」
腹が捻れそうだ。オペラ座の怪人は確かに名前じゃない。
「彼女をすごい面白いのじゃ」
「俺もここまで面白いとは思わなかった。片方くっそ真面目に紳士を演じてるようで紳士じゃないもんな~名前は必要だろ~」
他の女性なら叫んで喜ぶが。外から冒険者として来たばっかりの人からすれば怪しい人なのだ。笑ってしまう。方や人気男優だが知らないのでは仕方がない。
「天使のように美しい方だ」
「悪魔ですが?」
「…………」
「はははは!! やらかしておるわ!! はははははは!!」
「くくくく。天使って褒め称えてもそりゃ~悪魔じゃなぁ!! ははは」
「ダメじゃ!! 予想外の事で予定が狂うが!! 腹が痛い」
「めっちゃ真面目に口説いてるのに!!」
彼は落ち着いた雰囲気で謝るのだった。丁寧な礼をする。
「それって悪魔をバカにしてませんか?」
なのに怒られている。言い方を間違えたようだ。
「なんじゃ!! ははは。褒め方間違っておるの!!」
「いや!? ネフィアが敵意剥き出しだから褒められてもあんな態度を取るんじゃないか?」
「ん? そうなのか?」
「………そう、思うだけだけど。あそこまでキツくは言わない」
「ほうほう………では何か考えがあるのか?」
「それもわからないが。先にヨウコさんの考えを聞かせてもらっていいんじゃないか?」
「……………ないぞ」
「俺らは冒険者。お金を積めば仕事はするぞ? たんまりあるだろ? そっちの方が楽でいい」
「確かに……………じゃぁ………頼もうかの?」
「ご契約ありがとうございます。依頼内容は?」
「彼の素顔をみたい。あとは………彼を手に入れたい」
「………了解。だっ……そうだネフィア」
「はーい」
「!?」
耳元で彼女の声が聞こえビックリし、カウンターを見ると不敵に笑う彼女と目線が会う。
「彼の話を聞いてみるね。報告は宿屋で」
「だっそうだ。案内しよう。ヨウコ嬢」
「…………そちら、とんだ悪党だな」
私は彼についていく。裏の顔を見に。




