日没する処の天子③
「日沈む場所に住む天の子と書かれているので、侮蔑なのではないかと中身を確認させていただきました。しかし、謝罪なので違和感があり、また届け人は腹を刃で切り、死にかけたのを治療中です。なのでお届けに直接参った次第です」
ダークエルフ族長バルバトスが手紙をネフィアに寄越した後。ネフィアは俺に差し出して、間髪入れずに奪い取った。
「日沈む所の天子にあててる。私じゃない、トキヤに宛てた謝罪と始末書です。宛先は海の先の国王。手紙の従者はその者を誇る者です」
ネフィアがダークエルフ族長を見たあと彼も頷く。ネフィアは聡明であるが、異常に知識も蓄えも増えており、最近は驚くことも多い。ダークエルフ族長も頷き説明を俺は受ける。
「やはりですね。陽が昇る場所にいる天子、陽が沈んだ場所にいる天子。陽陰と言う言葉がありますが……王配をそう解釈されたのでしょう」
「そう、現に今も信仰として夜の人神と言う酔狂もあるでしょう。内容をお聞かせください。あなた」
「わかった」
内容を知っているだろうに俺は読み上げる。謝罪、そして組織解体を行った旨が書かれていた。謝罪から「戦は望まない」事が明確に書かれており、事の重大さを知る相手だと言うことがわかった。
「あなた、相手は『勘違い』で襲う宣戦布告のような行為を謝罪して責任者は……自害するとしている」
「いや、関係者全員……いや。もしや、腹を切ったのが責任者か? ダークエルフ族長。そいつに会わせてくれ」
顔を歪ませて悩む振りをする族長。口を開けてニヤリとしているのは武人らしからぬ姿に見える。
「そうだなぁ。事情聴取は必須。トキヤ、すぐに行こう。腹を切り、絶命が何か意味を持つかを本人の口から知る必要がある」
「俺の見立てでは、家族全員の不始末を背負うのだろう」
ネフィアはぼそっと「自分の命を対価に許しを乞う」言葉をこぼした。
「謝罪はした。それを許すかを俺達に委ねる。死を見せてな。残念ながら『ここは英魔国』だったわけだが。郷に入っては郷に従え」
「その通り」
二人して迷惑なと思う中でネフィアも立ち上がる。
「私も行こうかな」
「赤子は?」
「一緒に行く」
「いや、ネフィア。寝ているからって……」
「この子、夢を渡ってる。寝て私たちを『見てる』から。気を付けて……夢魔が夢魔を利用する」
「「!?」」
バルバトスと俺は顔を合わせて口に手をやり頭を抱える。
「赤子だぞ」
「赤子でも『亜人』です。その事を心に入れて見られてる事を考えてください。魔族よ」
人間ではない。ネフィアと言う名の悪魔の子供。不思議ではない。特に二人分の魂が絡みついている。抱きかかえたまま、バルバトスが用意した飛空艇に乗り、病院へ向かった。
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「離せ!! これを解け!! 俺は!!」
病院の隔離施設で叫ぶ男の病室にノック後に入り、状況を確認する。腹を割いたと聞いたが縫合され、回復魔法によって完治に近い状態の彼を見つける。ボサボサの髪に四肢を固定された男がネフィアを見て大人しくなった。
「黄金の髪、見目麗しい姫のお姿。日出処の天子様。そして、日沈所の天子様もいらっしゃる」
バルバトスが監視の衛兵を連れて部屋を出る。そのまま、ネフィアは椅子に座り笑顔で答えた。
「いかにも。ネフィア・ネロリリス。そして王配トキヤ・ネロリリスです。申し訳ないのですが、その姿のままで名をお伺いしましょう」
「センゲトキナリ。そうか……生かされたのだな俺は」
ネフィアが赤子撫でながら頷き、そして問いかける。
「千家のお方。質問します。静かに全てを聞いた後にお応えください。舌を噛み切って死のう等とは思わないことです。ここでは不敬ですよ」
不敬といい、彼は冷や汗をかいている。そのままネフィアは続けた。
「王配の父は抜け忍とお伺いしております。そして、王配と似ており、今になって抜け忍の始末を行う事を決定。しかし、王配。それは『宣戦布告』とも取れる行為です。その不始末を貴方が取ろうとした。『死を持って』と言うことでよろしいでしょうか?」
「……その通りでございます」
ネフィアは大きいため息をして俺を見る。俺はこのボサボサ頭の顔を覗いた。
「父親に似ていますか? 私はあなたの血縁ですか?」
「血縁だ。似ている。血が濃いのだろう。俺の弟子だ」
「……弟子。師と弟子と言うにはお若いお姿で」
「見た目なぞ、忍者は変える力がある。本当に本人ではないな。口調も雰囲気も何もかも違う。やはり、直接見れば良かったか」
「緊急でヤラないといけない人物だったんだろう。なら、迅速で良いことだ。逆になぜ親父は何をしたんだ?」
「秘宝を盗み。忍びを抜け、海を渡った。止める、抜忍殺しの同僚を多く殺め、自由になった」
「わかった。掟破りね。親父も親父だなぁ。そうそう、親父はドラゴンに喰われた。死体も墓もない。ドラゴンも俺が仇を討った。遺品はない」
孤児故にそんな豪華な事はできなかった。悲しむ事もあったが、それ以上に父親からは冒険者として亡くなる事はわかっていた。母も。「死期」を悟っていたのは子供ながら理解していた。「そう教えられた」故に。
「そうか、勘違いして済まなかった」
「……秘宝? それは?」
「名刀の雪隠れ、葉隠れなど『も』あるが。既にドラゴンの胃の中で消えたのだろう。ワシの死など要らないのだ。ワシは何をして許しを乞えばよいか? 同族の首か? 資産か?」
「賠償金で手を打ちましょう。忍びの暗器など、馬車一杯に送らせる。値打ちがある物は全部、俺の目で見る。そして『戦争する旨が無いことを俺自身が確認』する。順序がいけないが、頭を下げに行くよ。『ご挨拶遅れました』とね」
「……帝に会いに来られるのだな」
「伝達をお願いする。生きて伝えないといけない任務ですよ」
「はははは、腹を裂いたが。ここでは死ねぬな。書を頼む。全て失い。信用が無いのでな」
「ネフィア、頼んでいいか?」
「ええ、まったく。遠い国から遥々来てくださったのに……湿気た言葉を書かなければならないのは苦しいです。夢を渡ればと思っても全く知らないので渡る事もできません」
ネフィアが立ち上がり、使いの者に用意させ、この場でサラサラと言葉を書き、契約書を作った。
「私は悪魔の系譜、契約は重く。信用はピカイチの物です。協定も折り込んでおります。我が国の民が悪さしたのなら追い返すか、処刑するかはご自由に」
公務を片手間で終わらせて赤子を撫でる。胆力ある姿にセンゲの家の方も柔らかい表情になる。
「ネフィア、センゲの者に赤子を抱かせてやれ」
「わかった。どうぞ我が子です」
驚いた表情で断りを述べるが俺たちはそれを聞かない。負けるように赤子を抱いた瞬間に目を開いて手をあげて喜んだ子に驚かされる。人並みの雰囲気に、血縁を思い起こさせる。
「おお、かわいい姫ですな。そうか、センゲの……コヤツには罪はないよのう」
「起きたねトキヤ」
「起きたな。センゲさん。一応血の繋がった者だから、何かあれば相談してくれ。父親のやった事は許されないだろう。少しでも俺が肩代わりするよ」
「いや、子は親と違う。何も肩代わりなぞいらぬぞ」
「では、親切心でセンゲ家に里帰りぐらいお願いしたい。そこで他人であることを証明できれば、狙う馬鹿も減るだろう」
「……里ですか」
「ないわけではないだろう?」
「私の任務次第ですな」
「わかった。帝に上申してみよう。ネフィア、後の事は俺達で話を詰める。ネフィアはネフィアであってくれ」
「わかったわ」
赤子を受け取り一礼の後に部屋を出る。その後にため息一つ、ついた後に問いかけた。
「修羅の国と言われていた。状況は?」
「多くの国が跋扈している事は確かです」
だろう、そして俺は問いかけたい。
「父親の本当の罪は『帝への裏切り』だろう。それも、千家の直属のな。賢い賢い衛兵に調べさしたらすぐにわかった。その命令を下したのは……」
「知らぬ方がためですぞ」
「わかった。そういう事だな。ああ、そういう事だな」
父親の残り仕事はないかを俺は調べたい。
「では、体を癒した後。向かおう。ここでは話せない。何かがあるだろうからな」
俺はきっと、陽が堕ちた後の天子である。




