オペラの魔王(本物)..
オペラ座で女優の選考会がある日。私たちは受付を目指した。大きな大きな白い宮殿を見上げ、オペラ座の大きさを再確認する。
多くの観光客と女優選考会のお客さんと女優を目指す人だかりに揉まれながらも受付している場所にたどり着き。そこで参加費のお金を支払う。お支払が終わると木の番号札を貰った。
選考会参加費だけの支払いの理由は残念ながら席は埋まっていたのだ。席はオペラのファンが既に買い占め、残っているのは数倍のお金を払ったら売ってあげようと言う商魂逞しい転売商人だけである。
「あーあ。見たかったのに」
「酒場の店主が中々手に入らないから……参加で中を見たらいいと言ってたのはこの事だったな」
「参加なら、呼ばれて行けば護衛も入れるって言うね」
「まぁ貴族様も参加で来るからだろ」
貴族も目指すオペラの頂点。一度も公演を見たことがないがきっとそこは……心が奪われる世界なのだろう。ワクワクする。私の知らない世界に。
「見たいなぁ~」
「ネフィア。時期が悪い」
「まぁ、うん。悪いね~ああ、きっと素晴らしいんだろうな~」
くるくると回る。私服の鎧のスカートをはためかせながら。今日は鎧を着ての参加であり、鎧はスカートと胸当て、ティアラのような兜だけである。手は白い手袋をして姫騎士をイメージした姿にした。見栄えも重要らしい。
ドンッ!!
「あっ!! ごめんなさい!!」
「こら、こんなところで回るから!! すいません」
二人でぶつかった獣耳の女性に頭を下げる。小麦色の髪と金色の尖った耳にもふもふした何本もの尻尾が目立つ。何か扇のような物で口を隠し。目は少し切れ長。やんわりとした雰囲気はお上品さを醸し出していた。大人の女性と言えばわかるだろう。
「ん、ああ。そち、嬉しいのはわかるが大人げないぞ」
「そうですね。もっと叱ってください。ネフィア、大人げないぞ」
「トキヤ!?」
めっちゃ叱られて驚いてしまう。
「もっと落ち着きが必要だ。ネフィア」
「ふむ。まぁ謝った。許そうではないか……」
「あ、ありがとうございます」
「………それより。お前らはわらわが見えるのか?」
「ああ、すいません。幻術ですね。見えます」
「ごめんなさい。私が勝手に解いたかも」
鎧が勝手に解いたかもしれない。白金は魔法を弾きやすいし、呪いを受け付けにくい特性がある。故に指輪の材料ともなるし、神聖な金属として重宝する。
「ほほう………まぁかけ直せばよい。人が多いのは辛くて辛くて。有名なのも辛いの」
「そうですか。じゃぁ俺らが周りを警護しましょうか? 一応は冒険者。警護出来ますよ」
「おおう。それはかたじけない。勿論無料なのだな?」
「まぁ自分の奥さんが迷惑かけましたし。俺らも待ってる間、暇なのであそこの喫茶でもどうですか?」
トキヤが指を差す。お客さんはいるが数席だけ空いている喫茶。
「すまないが。番号を呼ばれたら行かなくてはならん………声が届く場所でおらんといけんのだ」
「あっそれなら私もですけど大丈夫です。音拾い」
「1番の方!! お入りください‼」
私たちの耳に番号を読み上げる声が届く。遠くでの声だしを拾ったのだ。トキヤはこれを針を通すような魔法だと言われたが……よくわからない。凄いことしかわからない。
「ほう? 変わった呪術を使うのう。そち」
「呪術?」
「おっと、すまぬ。ここいらでは魔法じゃったな。まぁ立ち話もなんだ。座ろうではないか」
「ええ、座りましょ座りましょ」
私たちは少し変わった彼女に興味を持ち。喫茶に座る。他にもここに見学に来た旅行者ばっかりだが店員曰く少ないと言う。
多い時期は公演がある春から秋までで……その時期は本当に多いとの事。妖精も来るらしく大変な混雑らしい。妖精も人のように大きいと聞いた。
注文し、すぐに慌てて紅茶を用意してくれる。何故か店員はちらちら彼女の事を見る事に違和感を持つが気にせずに話をした。
「ふぅ。一息つけるのぉ~」
「一息つけますねぇ~」
「話の続きでもしようかの~仮面をつけておるようじゃが?」
仮面は一応つけている。
「まぁ、私たち賞金首ですから一応つけてるんですよ。私は、ネフィア・ネロリリス。こちらはトキヤ・センゲさんです」
一応、センゲと言う。いつか私もセンゲになるだろうか。そのままか……どっちだろう。
「トキヤです。夫婦なんですが名前は別にしてるんです。もしかしたら変わるかもしれないので」
「千家とな!? また、何故……お主は家を出た!?」
「センゲをご存知で? と言うことは東方の出ですか?」
「あっ……ああ。しまったな。隠そうと思ったが。そうじゃ………東方の出じゃ。して、そなたもか?」
「いいえ、帝国で生まれました。センゲは父がそうです。父が東方の出でした」
東方の海を渡った国、刀が有名。そして、武人が多く戦争ばっかりしている国だ。通称、修羅の国。
「ふむ。まぁそれならいい。東方の出なら少し事を構えないといけないからのぉ~」
「追われてる身ですか?」
「そうじゃ。生まれてこのかた忌み子じゃ」
「そうですか。心中お察しします。私も魔王の忌み子でした」
「そうか、そうか。ワシらは親を選べんからの~」
「でも………」
「ん?」
「彼に会えたから。親には感謝します。生んでくださったことをね」
「…………ほほう。恨まんのか?」
「結果、私は幸せです。恨むより楽しみたいです」
「そうか……羨ましいの。好きな人に認めて貰って」
「あなたは誰かを好きなんですか?」
「………………秘密じゃ」
「そうですか。頑張ってください」
「言われなくても頑張る」
ゆっくり、紅茶を啜りながらも鋭い目付きをする。そう、獣のように。
「ああ、頑張ったんだ。頑張ったのに………私は………」
「?」
「な、なんでもないぞ。まぁあれだ。色々あるのだ。そう、色々な」
「そうですか。悩みなら聞きます」
「大丈夫じゃ………自分でなんとかしなくちゃいけないからのぉ………」
「わかりました。そういえば、名前を聞いて無かったですね」
私は首を傾げて問う。
「そうじゃ、失礼した。秘密じゃが、名をヨウコと言う。ヨウコ・タマモじゃ。種族は九尾………まぁ獣人じゃな」
「種族ですか。でしたら、私は悪魔と婬魔のハーフです。彼は人間」
「はい。人間です」
「ほうほう。悪魔と婬魔は人間と変わらぬのだな?」
「近縁でしょう。あと婬魔だから姿が変わったかも知れませんね。私は」
「ほう、なるほどの~」
「ヨウコさん。番号は?」
「15じゃ」
「あっ!! 私、16ですね!! ちょうどいいですから一緒に行きましょう!!」
参加者少ないのか数は低かった。
「ふむ。まぁこれも何かの運命かの~」
「?」
「こっちの話じゃ………恥ずかしい所を見せるが。許しておくれ」
「は、はい!!」
ヨウコさんが呼ばれるまで。他愛のない話を続ける。彼女が呼ばれるのにそこそこ時間を要し。呼ばれた時に私たちのついでに一緒に行くのだった。
*
ヨウコは知り合いなのか衛兵に挨拶したあとに。私たちに案内をするといい。彼女についていく感じで劇場に足を踏み入れた。そして私は息を飲み込んだ。
外とはうって変わった世界。ここだけ世界が隔離されたかのような静けさの中で唯一、劇場の赤いカーテンの上がった舞台の上で誰かが歌っていた。迫力のある声が端から端までを巡らせる。
周りを見ると階ごとに席があり。中心にもぎっしりお客が座っていた。しかし、誰も声を発しない。ただただ台の上の姫様見習いを見て楽しんでいる。
(すごい!? これがオペラ座!? なにここ………狂気の作りだよこれ!?)
人間が残した遺産は。大きなアーティファクトのように魔力も循環していた。この建物が異様な世界を作り上げる聖域に近く。汚れを知らない。
そう私たちにとって異世界だった。
(そっか……生前の人間がこれを作りたかった理由はわかった。確かに素晴らしい物かも)
私はオペラ座に魅せられる。天井に吊り下がったシャンデリアから照らされた席。一つ一つの魔力のカンテラが劇場を彩る。
大きな垂れ幕に劇台を囲む観客席。天井には綺麗な刺繍のような薔薇の紋様。何処を見ても彩られてあり。素晴らしいとしか感想が出ない劇場だった。
何処にもない、ここしかない。だからだ。だからここに魅せられた人はやって来るんだとわかる。
(感化され。芸術家たちはここで作品を作る。そう………これは)
芸術家を呼ぶアーティファクトだ。
「ネフィアさん、舞台裏へ案内しますわ」
「は、はい。す、すごいです」
「ああ、驚いた。縁がない俺でも魅せられる」
「ふふ、最初はそう。でももっと凄いのは舞台上………数千の人が舞台に目線を送るその圧迫感とプレッシャーは凄いよ。そして、その喚起、歓迎、罵詈雑言。人の感情は短絡化され。喜怒哀楽でしか表現出来なくなるの」
歌うように詳しく語る彼女に私は首を傾げる。
「………詳しいですね?」
「ええ、詳しいです」
彼女についていき、舞台裏を見せてくれた。ここで待てばいいのだろうが。私は台の側まで行きたいといい。ついていくことにした。そして、事件は起きる。劇台へ上がった彼女の姿を見た観客が騒ぎだすのだ。
「ど、どういことだ?」
「彼女は、ヨウコさんだろ?」
「番号を持ってるけど………」
私たちはその声を聞き二人で首を傾げた。
「トキヤ、音拾いで拾うね」
「おう………でっ? なんで?」
トキヤが疑問符を投げ掛ける。
「………ヨウコさん。ここのオペラ座にいる女優の一人だって」
拾った声で判断した。彼女はすでに女優だ。詳しい訳だ。
「じゃぁ!?」
「そう、なんで選考に?」
不思議がっていた瞬間。彼女が歌い出す。それは非常に熱い歌だった。見た目から予想出来ないぐらいの深い大きい声量。さっきの歌っていた方とは一戦を越える声量に驚きを隠せなかった。芯が揺さぶられる音量だ。誰に向けた歌かを私たちはわからないが。彼女は告白をしている。何度目かの告白を歌としてぶつけるのだ。
「これが………オペラ!!」
彼女は精一杯歌いきった。歓声とともに拍手が鳴り響く。そして、彼女は叫んだ。
「オペラの怪人!! どう!! これでもまだ、足りないって言うの!!」
劇台の上で、指を差し。一人の人物を呼んだ。観客席は静まり。好奇の目で彼女を見る。指を差された人物がどれかわからない。
「何かを答えなさい‼ オペラの怪人!!」
パチパチパチ
一人の乾いた拍手の音が響く。
「ああ、素晴らしい。さすがはタマモさん。名女優の一人」
「……ええ!! あなたが教えてくださったからね!! あれから…………何ヵ月!! 私の答えを保留にするつもり‼」
「保留とは?」
「とぼけないで‼」
「とぼける? なんの事だい?」
「くぅ!! 私はあなたの事が好きって言葉よ!!」
「ふむ。なるほど~劇場のこの場で演じた私に恋を………それはそれは。悲しい事を」
「悲しいですって!?」
「ええ、悲しい。私は怪人。人を愛することを忘れた人物。申し訳ないが、選考がまだでしてお帰りください。タマモ姫」
「また、なぁなぁにするつもりか!!」
「演劇でまたお会い出来ます。そこで愛を語り合いましょう」
「く、くぅ」
音だけを拾った私は明確にわかった。振られている。あまりの突っ張ねた振り方に何故かムカッとした。あそこまで熱唱し、劇場で全力の告白。そう、これは何度も何度も行ってきた事なのだろう。その都度、はぐらかされている。
「ふん!!」
彼女は怒りを露に劇台をおりた。しかし、彼女の激情は暖かくこの観客席に受け入れられている事がわかる。楽しんでいるのだ。この状況を。観客たちは。
「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせの。次は貴女の番」
彼女は、悲しそうな顔で私の肩を叩く。
「彼はいつもあんなのなんですか?」
「ええ、昔から。彼は彼を見せてくれない。そう誰にも。仮面で隠し続けてる」
黒い服の仮面男に私は何かを感じた。
「…………ちょっと遊んできますね。タマモさん。頑張ってください。顔を上げて。いつか!! 届きます!!」
「ええ、ありがとう。あなたは凄いね。こんなに囲まれて固くならないの? 私の歌を聞いても大丈夫だったの?」
彼女は私が自信を無くしたのではないかと気を使う。こんなに観客がいるなか緊張しないかとも言う。多くの人はそれで終わるだろう。
「大丈夫です。私の観客はトキヤだけ。緊張することも自信を無くすこともないですよ」
「そう、強い。あなた本当は誰かが気になるわ。その胆力と勇気を見ているとね……名のある人物でしょうね」
「ネフィア。いってら~楽しんでこい」
「はい、行ってきます」
私は胸を張り劇台に姿を晒すのだった。




