古き良き思い出、今は悪き現実①
帝国への道は舗装されておらず、移動も空である理由がわかるほどに草木が生えており、見るも無残な状況になっている。過去、マクシミリアンの居た土地はまだ残っており、農場は維持されているのだが、そこから伸びる帝国への道は私が冒険者だった時期から険しい物に変わっていた。竜車ではなく、直接竜に乗って移動に変わるほどだ。
「ねぇ、姉さま。なぜ帝国への道を壊したんですか?」
移動用のドラゴンに乗って私は問いかけた。
「仮想敵国化したから、道は壊した。大きい部隊は展開できない。ドラゴン、グリフォンなど。空騎兵隊が誕生しても私たちを占拠するには騎士団と兵士がいる」
「仮想敵国化……ですか」
「あなたに与すると決めた瞬間、緊張感が出てるの。もちろん、マクシミリアン人は帝国内にも居るし、駐屯もしているけどね」
「恐ろしい話ですね」
「恐ろしいのはあなたの英魔人。いったいどれほどの英魔人が流入したか……あなたの『革命起こせ』との命令で大波乱よ」
「ふふ、英魔人は従いませんよ。逆に『不公平で横暴』で寝返って戦ってくれる英魔人が出てくるでしょうね」
「本当にネフィアは賢くなったねぇ……帝国生かしてるのも、そういう施策でしょ」
「それは族長の考えですけどね。あっ見えて来ましたね」
膨大な平地に膨大な壁。イヴァリースよりも巨大な都市がそこにはあり、帝国の権威と言う水を壁で押さえていた。壁の上には冒険者など、日雇いの警備員が魔物と戦っている。
「懐かしいなぁ……日雇いの監視員」
郊外の着陸用に設けられた広間に降り立ち、荷物を受け取り帝国の城下町に向けて歩きだす。途中、マクシミリアンの騎士だろう方が私服でお出迎えしてもらい。騎士団所有の宿泊施設に案内してもらえる。
騎士団関係者でギルドカード持ちである私はすぐに城下町に入り込め、久しぶりの帝国の空気を味わった。
「空気が重いし、暗いし、不味い」
「はははは、ネフィア。もう少しマシな言い方をしなさい」
「私が居たときはもっと軽くて明るく。いい匂いしたもんです」
過去と今を比べると変化していないのに何故かそう思わされる。斜陽の国の空気感によって、帝国はあらぬ方向へと向かっている気がした。
「お二人方、模擬剣でもよろしいので必ず帯剣し、隙を見せずお願いします。また、夜間の出入りはお止めください。それではごゆっくり。何がこざいましたらお呼びください」
騎士に注意を受ける私は驚いて声を出してしまう。
「え、そんなに治安悪いの?」
「ネフィア……立場を考えなさい」
「ここでは一人の小娘です」
「あなたねぇ、賢いと思ったら何? わがままね。治安が悪いのではなく『抗争に巻き込まれる』て言ったでしょ。それに、小娘じゃなく王。本来はお忍びはご法度。確かに窃盗ギルド復活。人身売買であなたのような娘はすぐに狙われるわ」
「妊婦狙って何するんですかねぇ……」
私は思い出した。そういえば帝国は盗賊とか普通に居るし、ヤバい人も居た。考えてみれば治安最悪でもある。人拐いが居るのだから。
「人拐ってもねぇ……働き者不足だからですかねぇ」
「あなたの魔国とは違うのだけど……価値観が変になってるわよ」
「首都暮らし長かったですからねぇ……良いところですよ『天楽街』。夜も昼もスッゴクうるさいですけど」
安眠妨害が激しくなったが、魔法として音をシャットアウトするので問題ない。ただ、宮への不法侵入者が多くなっており問題化していた。騎士団の用意してくれたお部屋で私は椅子に座り寛ぐ。
「そういう姉さんも価値観変わったんじゃないですか?」
「変わったわ。変わったからこそ今がある。ネフィア、どうするの……ここまで来た。考えは?」
「そんなの帝国が大好きで大好きでたまらない人に会いに行きます」
「誰よ?」
「黒騎士団長さま」
私の答えにマクシミリアン女王閣下は悪い悪い笑みを浮かべるのだった。
*
黒騎士団長に直接、会いに行きたかった私は昔の酒場に顔を出したが店は変わっており移動した旨を伝えられ、仕方なく帝国派旧式冒険者ギルドへ向かう。
昔は冒険者ギルド同士、最低限の交友はあったのだが、戦争後分裂。帝国派の昔ながらの旧式冒険者ギルド。英魔国派の新ギルド、組合と別れた。前者は昔のままだが、冒険者ギルドは国民へのギルドプレート発行。それに伴う族長領内への移動制限解除。寄付金徴収、寄付保険料など、国家運営するために必要な仕事をする場となっている。
ただ、面白いのはギルドプレート技術はそのままに進化させたため。旧式冒険者ギルドの管轄へ入ることが出来る。逆もしかりで昔のカードで新しいサービスを受けることが出来るのだ。
そんな違いのある場所で私は問題なく、潜入して依頼を出すことが出来た。依頼内容は「黒騎士団長に会わせろ」である。面白い事に普通に依頼が出来た。
「頭おかしい依頼だよね」
「ネフィア、あなた本当に傍若無人ね」
「『人まえをはばからず勝手気ままにふるまうこと』は女王の特権ではなくて? 求められてるのですよ、私は国民に冒険譚のネフィアとしてね。まるで普通ではないことをね。ですが、裁判所ではただの一人です。はい、おとなしくしましょうね」
「本当、楽しそうね」
「子供がお腹に居るのだけど、逆に今、帝国に居るのも経験になるかなって」
「まだ、胎児よ?」
「胎児でも、外の世界を見ているそうですよ。なお、忘れるらしいですが性格形成に少しだけでも影響あるんじゃないでしょうか?」
「……それで私の子は変に強かったのかしらね。それにしても依頼で来るかしら?」
「来るでしょうね」
私は腕を組んで笑みを溢す。そういう人だ。だからこそすぐに反応があった。
「クエスト発注者様の『ネフィア』様ですね」
受付の女性が私を呼びに来た。すると彼女はクエスト完了の書類を出し、私はサインする。
「こちらへどうぞ、ギルド内の会議室です」
「ありがとう、わざわざ席を用意してくれて」
「はい、そして……申し訳ないのですがお名前は偽名、他人の空似として処理させていただきます」
「都合悪い?」
「………悪いです」
頷き、偽名を名乗る事にする。ささっと逃げるようの受付人は去り椅子に座るとヌッと影が人を作る。魔力による使い魔のような存在に私は笑顔で名前を言う。
「ネファリウスと言います。黒騎士団長さま」
「今さっき、偽名を名乗れと言われただろう。ネファリウス」
「ネフィア・ネロリリスが本名。ご存知でしょう?」
「ネファリウスと言う名前こそ、本名だろうが」
唐突な問答にマクシミリアン女王はポカーンとした顔で黒騎士団長を見た。
「あなた、ネフィアと仲良かったのかしら? 聞けば怨恨の仲と」
「仲良くないが、だからと言って無下に扱う事もしない。で、要件はもちろん『人狼』についてだろう」
流石、黒騎士団長。話が早い。
「ええ、『人狼の始末』に来たんです。元は私の過ち、帝国に対し多大な迷惑をかけて申し訳ないわ」
「……スパイの癖にか?」
「スパイだと思う?」
「いや、俺の見解は『人狼側』の反抗に見える。現に人狼と言っても違う組織同士。帝国内で戦争している」
「戦争? 紛争ではなくて? 聞いたわよ……エクスカリパーって本物だったんでしょ。あれで選んでいたのを偽物で選び『後継者』を多く擁した結果。無能同士で争う。権力抗争激化。『私たちにとって都合のいい同士討ち』をしてくれている。あなたは誰の傘下へ?」
「勝者の傘下だ」
「ズルい人……じゃぁ……『決着の付け方は圧倒的強者登場まで待つ』と言うことですね」
「騎士団同士で戦う必要はない」
「確かに、そんな事をしてる騎士団は『邪魔』ですね。けっこう多くの方々から参戦希望あるんじゃないですか?」
「断っている」
「愚策では? 治める力があるはず」
「関わる方が愚策、関わった瞬間、悪縁ができる」
「それも一つありますね。わかりました。じゃぁ……私たちが勝手に動いてもよろしいですね」
「マクシミリアンだけは監視させてもらう。ネファリウスとして活動する場合。全く何もない冒険者になるが?」
「なっていい。私は始末しに来たから」
黒騎士団長の雰囲気が固くなり、空気が重くなる。それに笑顔で答えた。
「手打ちの仲介者として私はここにいる」
それに納得したのか団長は一個の紙束を出す。そこには組織名と場所がかかれており、細かい情報が入っていた。
「時間がこれば燃える。『話しただけ』だから、何もない」
「悪縁は絶ちきるのでは?」
「……皇帝陛下の願望成就の恩だ」
「願望? あのおじ様の願望って……統一では?」
私は首を傾げて思い出そうとする。
「『全ての国に帝国旗』だよ。言ってないのか? お前の影響下で『同盟、敵対しません』との意思表示に英魔女王旗が使われている。あの旗は帝国旗だ。変な話だが『偽旗』の作戦としては最高に便利だ」
「……そういえばそうですね」
譲り受けた旗をモデルに複製は滅茶苦茶多い。族長へも渡したりと非常に広まったデザインだ。マント柄にもある。
「あの若造、狙ってたのね……本当に老獪。年老い経験を積んでいて、悪賢いこと……本当に。ネフィア……ネファリウスにとっては恩人でしょうが、私は大嫌いよ」
苦々しい表情の彼女に私は苦笑する。
「いいですよ、気にせずに。私にはそうだっただけです。区別ですよ、区別」
受け取った書類に目を通し、黒騎士団の調査能力の高さに舌を巻く。非常にわかりやすいように解説もあって驚くほどに誰でも読めてしまう。そして、私は一つ確実にする。
「……銀髪鬼の子を倒さないといけないんですね」
内容を見るに「黒騎士団は人狼掃討検討中」とあり、騎士団に説得は無理そうだった。被害も大きいようである。
「時間、ないようですね」
時間がない。本当に時間がない。
「これが原因で開戦しちゃったらどうしよう?」
「え、先方。私たち。取り分10:0なら……いいわよ」
「冗談ですよね?」
「冗談よ、ネファリウスちゃん」
老いたる女傑の血は怖い。一言で戦争開始出来るのだから。




