商人に恋をした木..
「ん……んん?」
「目が覚めたか?」
私は見たことのある天井を眺めていた。夢の続きかと思ったのだがトキヤの顔を見た瞬間にこれが現実であり、オークの家にいることを思い出させる。夢見は終わっていた。
「ええっと………」
ポロポロと目から雫が落ちる。最後の彼女の姿は何よりも気高く。美しく………そして悲しかった。
「何を見たかわからないが。勝手に寝ながら泣き出してたぞ」
「う、うん………そうだね。時間は?」
「2時間ちょいかな?」
彼女は今生の別れを惜しみながらも。何度も何度も彼との想い出を最後まで反芻していた。だからだろうか、長い時間がかかってしまった。
「ねぇ、オークの豚屋は?」
「木の手入れ。腐葉土を混ぜるんだそうだ」
「………そっか。彼は知ってるのかな?」
「何を?」
「あの木はドリアード。そして、彼の愛した女性。亜人です」
「なるほどな。それであそこまで甲斐甲斐しく手入れをするんだな」
「うん、そうだね」
姫様抱っこをほどいてもらい。私は立ち上がる。そのまま寝室に向かい目的の物を持って木の根本で見上げているオークの屈強な商人の場所へ向かった。
そして、声をかけた。まだ、終わってない。私が出来ることをしなくちゃいけない。そう信じて。
「豚屋さん」
「ああ、起きたのか? で何を見た?」
「エウリュ」
「何故その名前を!? どこでそれを!?」
「起きたのは最近ですね。豚屋さん。それも毒が一切ない」
「あ、ああ。最近だ。しかし、彼女はいなかった」
「気付いてませんか? その木が、エウリュ・ドリアードだと」
「…………やはり、そうか」
「確信は無かったのですね。いいえ、聞かなかった。木であってもどうでも良かったから」
「ああ、そうだよ。聞かなかった。エウリュはエウリュだ」
「残酷ですが。エウリュはあなたに生命力を注ぎ、治癒しました。自分の命を燃やして体を維持できなくなるまで。木の寿命を対価に」
「……………くぅ……どうして」
オークが膝をつき、四つん這いになる。頭は垂れ、悲しみに体を震わせる。啜り泣く声を聞きながら私は持ってきたものを渡そうと思う。
「これを。彼女は渡す気が無かったみたいですが。あなたには必要です」
彼が顔をあげて立ち上がりそれを掴む。一冊の分厚い本。
「これは………エウリュの字?」
「木は長い時間をかけ、文字を覚えていた。そして、熟考して勉強し。書として残した物」
「これは、商人の考察だ。的を得ている!?」
「彼女はあなたの話から導いた答えらしいです。失敗と成功の話をまとめた物。多く知っている知識のまとめです」
「何故、こんなものを………何故。渡さなかったんですか?」
「それは、応援したかった。夢を追いかける人に少しでも役に立つなら。しかし、彼女は信じた。この書かれている事よりもきっと。豚屋は理解し大商人になることを…………誰よりも願い、応援してるんですよ。今も」
「………それじゃぁ!?」
「そう、自分を犠牲にしてでも夢に向かって欲しい。彼女の声はそうなのです」
「あ、ああ………ああ…………」
オークが木に向かい合う。木は答えない。木は何も語らない。
「豚屋さん。奇跡を信じますか? もう一度だけ彼女に会いたくありませんか? いいえ、彼女と会話したくないですか?」
「したい………お願いだ!! 何でもする!!」
「わかりました。私の主人から依頼をお願いします。ちょうど商人を探してたところですから。では、最後の時を大切に………トキヤさん」
私はトキヤを呼ぶ。黙って成り行きを見ていた彼が近付いて抱き寄せる。
「お願いがあります。気を失うと思うので連れて帰って下さい。依頼説明もお願いします」
「ああ、わかった」
私は聖職者として奇跡の祝詞を唱える。そして、唱え終わった瞬間。体の奥から力が抜ける気がした。気を失うそう思った……しかし、気を失う最後に聞こえたのだ。
「ありがとう。女神様」
エウリュさんの優しい声がハッキリと聞こえたのだった。
*
自分は彼に依頼を承った。お金を預かった。彼女は眠るように彼に抱き抱えられて二人は去る。
その日の夜。エウリュが現れた、一糸纏わぬ体で。自分達は貪るように愛し合い。言葉も交わし。約束もした。
次の日には彼女はいなかったが、自分は立ち上がり、木の根本で彼女を見上げた。
彼女に少しだけ葉がついている。
自分は彼女に話しかけ続ける。
数日後、彼女は綺麗な花を咲かせた。
それが実るその時まで自分は彼女の近くにいたのだった。




