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商人の木、命の木..


 私の耳に色んな声が聞こえた時間のように耳を過ぎていく記憶たち。


 その記憶はしっかりしたものではなくただ。ただ。聞いただけの記憶。


 しかし、そこに一際大きい声が聞こえる。


「ああ、ボロ屋だな。まぁでも始まりならここでいい!! 絶対豪邸に住んでやる!! まぁ木があるしいいだろう」


 声の主は若いオーク。そう、記憶が理解している。トンヤだと。オークの青年だ。


「はははは!! 絶対、こっから大きくなって有名商人になってやる!! 必ず、なってやる!!」


 若く希望に満ちた声が響いた。そこから、声が響き続ける。


「なんだろうな。見られてる気がする。お前が見てるのか? 木に話しかけても帰ってこないよなぁ。だけどこれからは同居人仲良くしよう」


「そうそう、俺は豚屋。名前も変えた。絶対『豚屋』て名前を広めてオークでも商売が出来る事を証明してやる。あの族長に戦い以外で強くなれる事を見せつける」


「まぁ、金持ちになったらもっと大きい家を買うからそれまでだな!! がはははは!!」


 オークに笑い声がずっと響く。そして、彼が話し声がずっと満たされる。


「おはよう」


「ただいま」


「おはよう。ああ、今日は面倒」


「ただいま。めっちゃ疲れた」


「おはよう。行ってくる」


「ただいま。ああ、聞いてくれよ………あいつがな足元見やがるんだ。まぁ!! 一文も負けてやらなかったがな!! 一文って言うのは東方での硬貨らしいが!! 商売は向こうの方が上手いんだろう。海の向こう側だな」


「おはよう。今日は、休む。ちょっと枝を切るぞ」


「おはよう」


「ただいま………」


「おは………」


「ただ…………」


「お…」


「た………」


 毎日、春の風が枝を揺らす日も。夏の美味しい日差しの日も。秋のゆっくり寒さが来る日も。冬の雪が枝に乗る日も。オークは夢に向かって努力する。


 そして、私に何度も何度も話し掛け。愚痴とか嬉しかったこと悲しかったこと楽しかったこと辛かったことを何度も話し掛けてくれた。

 

「くっそ!! 聞いてくれよ‼ 好きだった人間の女性に告白したらさぁ~オークは無理だってさ‼ はは…………畜生。わかってるよ。鏡で見る俺は不細工だって。オークの男は不細工なのに、オークの女はなんで普通なんだろうなぁ………くっそ。体は鍛えてるからまだ自信があったんだがなぁ。まだまだ、異種が結ばれるのは珍しいんだろうなぁ~オークの女はいいけど………いや。おれが劣等感抱いてるだけだな……族長に見せられねぇ」


 彼が悲しそう声で語る。


「ああ、そう。劣等感。劣等感を越えたいから豚屋を広めて胸を張りたい。自信がほしい。よし!! 勇気が出た!! ありがとうな‼ いっつも!! 聞いてるか知らないけどさ!! 聞いてくれて」


(聞いてるよ)


「まぁ、俺もお前が何かを考えてるかわかんねぇし気楽だよ」


(いつも、楽しく聞いてるよ?)


「よし!! いっちょ明日も頑張って行くわ‼」


(頑張って。応援してる)


 私は驚く。木の声が聞こえだしたのだ。記憶の中で確かに声がした。


「今日は腐葉土とってきたぞ!! 土とこれを交ぜてって!!」


(ありがとう)


「本当にこんなとこで根を張って大変だよなぁ~ここ、庭しか生える場所がない。だから、栄養とか大変だよなぁ」


(ありがとう)


「さぁ、ささっと土に混ぜよう」


(ありがとう‼)


「ドリアードに聞いたから大丈夫なはずだ」


(……………………)


 木は悲しむ。声が届かない。木は自分を呪う。木に生まれた劣等感で。悲しむ。


 動ける体がほしい。喋られる体がほしい。木は願う。願う日々が続くのだった。そんなある日、彼の事業が波に乗り。声をかけてくれる事がなくなる。帰ってくることはなく。帰って来ても女性と一緒だった。


「へへへ!! 良い体だな」


「そう?」


「じゃぁ、やろうぜ」


「ふふ、愛してるちょうだいね」


(……………)


 そして、数ヵ月後。


「畜生、冒険者め。くそ、くそ………」


「あら、豚屋。別れましょ」


「な、なに?」


「お金なくなちゃってもう用済み。婬魔だからさ。次いくねぇ~」


「死ね!! 出ていけ!! お金目当てで付き合ってたのか騙された!!」


「いいじゃない気持ちよかったでしょ?」


(……………)


 数日後。


「畜生。なんで失敗したんだ畜生」


(……………)


「ああ、木か。久しぶりな気がするな。ボサボサになっちまって…………俺、疲れたよ」


 一番太い枝に縄を括る。括った輪にオークは首を入れる。用意した椅子を蹴飛ばし首を吊った。


(ダメ!!ダメぇ!!)


バキッバキッ!!!!バギイイイイ!!!


「ゲホゲホ、えっ?」


 木は自分の体を折った。一番太い枝が折れ。半身を失ったような気がした。


「ダメって言ったか?」


(……………言った)


「今、声が聞こえた気がした………ああ。枝が折れちまった。いや? これ? 折った?」


(………………)


「はははは。何だ、何だははは………意思あるじゃないか………ははははぐす……はははは」


 オークは、その場でうずくまり。泣き出した。そして、立ち上がり。


「まだだ、俺には借金がある。まだ行ける。ありがとうな………」


(……………はい)


 木は初めて恩を返せた気がしていた。そして、木は自分の枝を折るという行為が出来たことで自信をもった。


 動ける。動けるんだと信じた。





「おはよう。昨日の面白い話で魔王が居なくなった話の真否を聞いてくるよ。勇者が出たってな。行ってくる」


 ある日、私は彼を見送ったあと。数分後、自分を見上げていることに気が付く。周りを見渡す。春らしい、風が髪を撫でる。髪。


「これは?」


 小さな体。足がある。手がある。そして、彼が好きな胸もある。全裸で、立っている。


「服、着なくちゃ。鍵はここ」


 自分の木の根本に落ちている鍵を拾った。豚屋はいつもここに置いている。忘れないために。無くさないために。不用心だが誰もまだ盗みに入ったことはない。家に入ると先ずは鏡を探した。


「あった…………ん………」


 鏡を見つけた次は彼の大好きな肖像画をベットの下から拾う。部屋の中はなんとなしにわかる。


「ん、ん」


 肖像画は彼の初恋の相手。女々しいだろうが捨てられない理由がある。これを見て劣等感を抱き。努力の活力に繋げているのだ。


「ん~」


 鏡と見合わせる。緑の髪以外は似ていると思う。名前はベルらしい。しかし、私とは違う。だぼだぼなオークの服を着ながら。名前を決める。何故か浮かんだ名前はエウリュだった。


「私はエウリュ。私はエウリュ」


 言い聞かせ、彼の帰りを待つ。長い時間を過ごしていたが。これほど待ち遠しく。時間の流れを遅く感じるのは初めてだった。





「ただいま。やっぱ本当に魔王は倒されたらしいな。でも『トレイン』て言う大悪魔がいてなんとかなるらしい」


「………おかえり。そして、ありがとう」


「えっ!?」


 木の裏から、私は顔を出して。念願の一言を伝えたのだった。














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