蜘蛛姫様アラクネと王子ランスロット..
ランスロットと言う名の僕は過去を思い返していた。帝国を飛び出したのは数年前。戦争が停戦した次の日から、冒険者として身を落とした。元から親友トキヤと冒険者の真似事をし小銭稼ぎは行い。生きる術は彼と一緒に学んだ。そんな僕は小さな宿屋で一人、椅子に座りながら剣を撫でる。この剣は新しく鍛えてもらった逸品。聖剣は台座に戻し、王位継承者では無くなった。
「綺麗な人だなぁ。さすがトキヤ」
羨ましい、彼の生き方が。親友は長い時間を彼女を追い求め手にしている。その真っ直ぐな生き方に自分は憧れた。
父上にはいつも王子であれと言われて来たが彼のように一人だけの王子様と言うのは尊敬できる。そう、父上の生き方にそっくりなのだ。父上は母親を溺愛している。母親も溺愛していた。
「剣のように石から燃やし、鍛える。格好いい生き方ですね……」
だからか、いつしか僕は彼のようになりたいとも思うほど彼の背中を追いかけた。追いかけ、彼に聞いた。冗談だったのかもしれない。
「僕だけの姫様を探す」
旅の昔の目的を口に出す。彼もそれを口にして旅をしていた。何故だろう。今になって思い出すことに疑問を持ちながら、夜の一人の時間が経つのだった。
*
私は男たちが手伝いで何処かへ行っている間。酒場でお留守番をしていた。
親友同士だから息が合い。仕事ぶりも好評で大工屋からオファーが来るほどだ。魔族ではないが人間ほど異種族を嫌悪感を抱いていないこの都市の特徴を色んな種族が交ざっている商業都市の良さを目に焼き付ける。
異種族でも仲良くなれると学んだ。実体験もあり、絶対に無理ではないのだろう。
「あ~暇である。私は暇である。ですが、まぁ~いいでしょう」
彼らについて行こうかとしたが断られてしまい。仕方なく酒場で待っている。だが、苦ではない。
「女は男の職場で威張らず。紅塗って家で男を待つ」
私のために働いていると考えれば幸せな気分になる。ついつい、頬が緩んでしまいニヤケてしまった。
「ネフィア殿ですか?」
「ん? 守衛さん?」
「お願いがあります。実は………」
のんびりしていると声をかけられ、門を護る守衛に直接お願いされる。最近、アラクネが出没して行商者などが不安になり困っているらしい。
「何故、私? 他にいるでしょう?」
「ええっと………それがですね。ネフィア殿のお知り合いの方と思われます」
「私の知り合い。あっ!!」
思い出す。あの綺麗なアラクネの事を。
「そうです。帰ってきたみたいなのですが門を見るだけで危害は無いのですが不安で不安で」
「わかりました。何かあるのでしょう。向かいます」
私は現場へ向かうのだった。
*
雪が深い門を出ると砦に大きな巣が見える。視線を感じ……その巣を見つめる。すると、中から見覚えのあるアラクネが一匹。壁をはって降りてきた。彼女は知性がある。壁を越えてはいけない事を理解している節がある。
私は首にかけているメダルを強く握りしめ深呼吸をした。何故か大きな大きな分岐点に立っている気がしたのだ。
それも世界を変えるほどの選択だ。
「こんにちは、アラクネさん」
「こんにちは、ネフィアさん」
「口調。大人しくなりましたね」
昔は男っぽい、魔物らしい強い口調だった。服は脱いでいるのは汚れるのを気にしての事だろう。後で洗濯とかを教えないといけない。下着はつけているから成長したようだ。それでも目のやり場に困る。
「ええ、大人しくなりました。何故でしょうか? 私にもわかりません」
「そ・れ・は!! ずばり『恋』です!!」
「こい?」
「恋!!」
「?」
「女は好きっと言う感情で恋を知り、愛を知り。しおらしくなるものです。私は……逆に活発になってしまいました」
「………よくわからない」
「ランスロットさんをお探しでしょう?」
「な、なぜわかえうの!?」
「知ってますよ。わかりやすいです」
彼女が驚いた表情のあと、悲しげな顔になる。
「どうしましたか?」
「何でもないわ………何でもない」
「知ってますか? 『何でもない』と言う言葉は何か隠しているんです。さぁ!! さぁ!! 全部聞いてあげますからお話しましょ? 大丈夫。笑わない」
「それなら……」
重々しく口をあげ、魔物らしからぬか弱い囁く声で話始める。
「最近………彼が居なくなって寂しさを感じる。何故かわからなくて。逃がしたのも私で彼は都市に居た方がいいって思ってたのに。ええっと、親友にも会えるし、会わせたいって………ああ。なんだっけ……色々考える」
「まとめ。人間なので生きていくには都市での生活がいい。親友にも会えるので逃がした。しかし、逃がしたら寂しく想い……都市まで顔を出したとそういうことですね!!」
「そうそう、凄い!! なんで分かるの!?」
「愛の女神の信教者ですから!!」
ただ、彼女の言った事を反芻しただけである。トキヤ曰く、同じことを返せば聞いてくれていることを感じて深い所を探れるらしい。さすが私の夫様。さすが旦那様です。
「愛の女神の?」
「そうです。続きのお悩みをどうぞ」
手を差し出して続きを促す。彼女の言葉を信じる。
「はい、私は魔物であり彼とは餌としか思ってませんでした………」
「それで?」
「ええっと、彼はそう。綺麗だと言ってくれした。それは嬉しかったです」
「私も綺麗だと言われたら嬉しいです。夫に」
「あと、お話が楽しかった。世界が広いことを教えてくれました。それと……同時に………最近………人間を食べていたことに嫌悪感を抱くのです」
「それは……どうして?」
「それは、きっと………食べた人たちは彼のような世界を持っていたのではないか? それを奪ってしまった。そう思うと、悲しくなりました。それと同時に彼は巣にいてはいけないと思ったのです」
「そう」
「私は魔物であり。食べるのが普通。だけど………ああ。魔物であると言い聞かせると自分は悲しくなります」
声が震えだしている。悩みが何なのかを少しづつ理解して行く。
「魔物だから、魔物だから、彼を食べるのが普通。魔物だから、こう………襲うのは普通なんでしょう………でもでも。もう無理なんです。ここで人を見ても皆、美味しそうに見えない。見えないんです。私は変でしょうか? 私は魔物なんでしょうか? 今まで食べてきた事は間違いだったのでしょうか?」
「………私の見解。神でもない私の見解でいいならお答えしましょうか?」
「………お願いします」
私は深呼吸を行い。いい放つ。
「間違いではない。あなたは魔物であり、生きるために行ったことは間違いではありません。私が許します」
「!?」
驚愕した表情で私を見る。
「生きるためには生命は食べ、命の糧とする。万物の法則です。そこに罪はありません。しょうがないことなんです。それが自然なことです」
私は生きるためにこれからも戦うだろう。許すのはまぁ、聖職者の言い分だ。「神は寛大だ」と言うことを利用する。
「そして、あなたは変ではない。あなたは魔物でもある前に女性です。そう…………私と同じ女です」
「女………」
「はい。質問します。ランスロットと一緒に冒険出来れば素晴らしくないですか? 楽しそうではないでしょうか?」
「それは!! 絶対、楽しい……でも……私は魔物で………」
「ええ、魔物。ではもし魔物をやめれば!! 一緒に冒険出来ますよね?」
「ま、魔物をやめる?」
顔が明るくなってくる。希望に満ちた目線を私に向ける。すがるような信者の目に私は悪巧みを考えた。
「ど、どうすればいい!!」
「女になる。魔物ではなく。新しい自分になるのです。具体的には魔物であった自分を捨てる」
「捨てる?」
「人間の真似をする。女の子の真似をする。服を着たりして、気を引く。そう、ランスロットに魔物やめたいと相談すれば解決します。彼から人間の素振りを学ぶのです」
「………そ、そんなの無理」
「愛があれば女神は微笑んでくれるでしょう‼」
「愛………」
「彼と一緒に居たくないですか?」
「い、いたい」
私は畳み掛ける。愛の女神の教えを語るように。
「それが、愛です」
わかんないけど。そうだと思って断言する。彼女は戸惑っていたが、無理もない。魔物にその感情は無いのだろう。想うということを。パンに恋をするようなもんだ。ただの本能で生殖する魔物にはない感情だろう。
「戸惑うのは仕方ないです。最初はそうでしょう。愛はひとえに誰でも持てる感情です。壁が高いほど燃え上がり、胸に熱を持ちます。ときに体が燃え尽きるほど熱く、ときに体が太陽に当てられたかのように暖かく、ときに全てが輝いて見えるほど。偉大なのです‼ しかし、彼がいなくなった瞬間。胸の中は冷たく。寂しいのも愛なのです」
「ランスロット…………」
「では、質問します。会いたいですか? 会いたくないですか? 私は会わせる事が出来ます」
私は笑う。答えなんて聞かなくても分かる。
「会いたい!! 会わせて!!」
人は不器用で口で言わないと伝わらないものなんです。
*
状況を衛兵に説明し、渋々了承の元で壁を上がり。壁の上で待機する。
「どうするの? ネフィア」
「ふっふっふ。耳を閉じて見てて」
魔法を唱える。もちろん音の魔法出力全開で唱える。
「トキヤ!! だーいすきぃ!!!!!!!」
都市に響く愛の言葉。もちろん全域に響かせた。視線そっちのけで都市の中心で愛を囁く。
ビュウウンンン!!!
遠くから、風の魔法矢が私の横をすり抜ける。撃ち込んできた場所から声も聞こえてくる。
「くそったれ!! お前、くっそ恥ずかしいことを!!」
「ごめんね~」
「畜生!! ランスや他の大勢が大笑いで俺を指差してるじゃないか!! あああ、焦ってるよ。うるさいランス!! 笑い転げるな‼」
「ええっと。そのランスロット殿にお客さんです」
「お客さん? はぁ………それでわざわざあんなことを?」
「いいえ、1回やってみたかったんです。壁の上で愛を全力で叫ぶことを!!」
「………そこ動くな、覚えておけよ」
「えっ?」
「お・ぼ・え・て・お・け・よ!!」
「………わかる。わかってしまう。怒っている怒っている!?」
「ネフィア、大丈夫? 汗が……」
「う、うん。大丈夫、大丈夫。嘘、怒られる!! 怖い!! 怖い!!」
私は恐怖心を持ったまま大人しく待った。もちろん、こっぴどく怒られ、土下座する。
*
犬と言う、かわいい家畜魔物が居る。狼とは違った生き物がいる。人や亜人の愛玩動物だったり、冒険者、狩猟者の友だったりする珍しい生き物。
彼らは最初は狼だったと言う。しかし、中には人等に恐怖を抱かず。大胆に近付いて与えられた餌を食べ。愛嬌を持った狼。それが、次第に大切に育てられ、教育された結果。珍しい生き物、犬になったと言う。
犬はそう、元は狼と言う魔物だったのだ。そんなのを何故か思いつき、思い出しながら怒り狂ったトキヤについていき。壁の上で、久しぶりにアラクネの彼女に出会った。トキヤは嫁さんの相手をし、土下座をさせて怒声を浴びせている。
嫁さんは大泣きで謝っている姿を横目に彼女に挨拶した。やはり、なんとも言えない妖艶で綺麗な人だ。
「アラクネさん。こんにちは」
「ラ、ランスロット………」
「寒くないのですか?」
「ま、魔物だから…………」
「?」
何故か彼女は照れていた。クモの後ろ足をクルクルしたり。手をモジモジしたり。見た目に比べ、愛らしい仕草だった。それが少し不思議だった。
「まぁなにはともあれ。僕は元気になりました。これも介抱のお陰です。ありがとうございました」
「あっ、うん………捕まえたの私だけど……」
「でっ、用件とは?」
親友から会いたい人がいると聞かされ。考えたのは彼女だった。来て、やはり彼女だった。
「ええっと。また、話がしたい」
「話をですか? 僕と?」
彼女は頷く。
「いいですよ。僕で良ければ話し相手になりましょう」
「あ、ありがとう。今日は、そのあれなので………夜の湖のほとりで」
「はい、招待を承りました。お嬢様」
「あぐぅ」
トキヤの怒声が静まるまで。自分は彼女を見続ける。恐ろしい魔物である彼女だが、自分にとっては一人の女性に思えるのだった。
*
俺は困った。嫁の手を引きながら宿屋へ連れていく。
「ぐすん……ぐすん………」
「ネフィア、もう怒ってないから泣くなよ……怒りすぎたか……」
「うん………ぐすん」
凄く怒られたのが尾を引き続け、涙が止まら
いらしい。
「ネフィアぁ……まぁごめん。怒りすぎた。ごめんって」
「ぐしゅん……うん」
「あ、ああ。もう泣くなって!!」
「またぁ怒ったぁああああ」
周りの目線が痛い。泣く姿は可愛いが昔のこいつにこの姿より遥かにかわいい。
「ああち、ちが!!」
「うわああああん!!」
「イチゴジャム買ってやるから!! な? な?」
「うぅ……うっ……トキヤ……嫌いになってない?」
ネフィアの頭を撫でる。昔とは大違いだ。
「嫌いになんかならない。安心しろ、だから泣くなって………男の子だろ?」
「男扱いしないでぇ……えぐ……」
「ああ、ええっと。ごめん」
昔のこいつに今のこいつを見せたらさぞ吃驚するだろう。殺されそうだ。
「………うぅ………トキヤ。やさしい………えぐ……えぐ」
「まぁ泣くのやめて笑ってくれよ。そっちの方が好きだし。な、な?」
「う、うん………へへへ。ありがとうトキヤ」
「お、おう」
涙浮かべて笑うのは非常に可愛くておかしくなりそうだ。
「………ひっく…………トキヤぁ~ごめんなさい」
「もう、いいからいいから。今度はもうちょっと変えた言葉で頼む」
「うん………」
手を繋ぎ。嫁を宿屋に送った。




