英雄の駒⑤
私は勝った。契約をし、勝った。そして……カードを手にした。用意したカードは魔王の額に当たり机に堕ちる。魂は封印され、カード名が浮き上がった。そして……魔王の体が机に倒れる。
『名無し』
「名無し?」
カードに名前がない。私は何が起こったのかを確かめるために手を伸ばす。その瞬間に魔王に掴まれる。
「なに? 抗ったと言うのか?」
「……」
「だが、カードの契約は……破壊されていない。どういう事だ?」
「………カード、返してもらうわ」
グシャ!!
私の腕は魔王の力によって潰された。そのまま手を放しカードを拾った魔王の姿に違和感を覚える。凍り付くような青い瞳に首を傾げる。
「……誰でしょうか?」
「ネフィア・ネロリリス……だった者」
カードを奪われてしまった。そして……『名無し』だったカードがそのまま魔王の姿を写す。子供のような、幼子のような姿を。
「……第2の魔王と言う事ですね」
「そう思っていただいて構わない。残念ながら……『特異点』は私に移った。そして……悪魔の契約の不履行を言い渡しに来た。世界を賭けるには不平等すぎるのでね。あなたの存在も賭けないと釣り合わないわ」
「ほう。なるほど」
納得する。魔王の殻を破った存在が彼女なのだろう。煽りがここで初めて意味を成してしまった。つくづく非合理的な煽りだった。敵を強くしてしまったのだから。
「もう一戦と行きましょうか? どうします? やり合いますか?」
「……せっかくチェス盤とカードがあるのです。効果付きでやりましょう」
「…………よろしいでしょう」
私はどうも、自信満々な彼女が気になって仕方がない。一体、何者かと。好奇心が生まれる。
「その前に……本当のお名前をお聞きしたい」
「……ヴァルキュリア」
「戦女ですね。なるほど、憑依したわけですか」
二重人格など考えていたが、答えは得た。誰かに助けを求めていたのできっと彼女を呼んだのだろう。恐ろしくしぶとい……だからこそ今まで助かり、生きていたのだ。
「では、戦神のお手並み拝見と致しましょうか」
「ええ、よろしいでしょう」
私は指を鳴らし、駒を揃える。そして……一つ二つと最強と思う駒を配置する。向こうは少し不思議な駒な配置となる。
「ルークは配置しないのですか?」
「ルークは配置しました……ええ、よろしいでしょう」
「……?」
ルークが見えない。それに……クイーンに見覚えがある。白い翼を持ち……英魔族を従える者。
「なるほど……クイーンは……」
ヴァルキュリアはクイーンに彼女を選んだ。そして……王には裏切り者を選んだ。
「では、本当の英雄の駒を使うチェスを見せてあげる」
「ええ、見せてください。この私に!!」
駒を揃える。破壊を防ごうとした神々を私は用意した。そして……勝ち、時を止め、違う世界へ行かなければならない。それが役目だ。
*
予想外だった……私は彼女の影で見ていた。負ける所を。しかし、負ける理由もわかっていた。まだ、赤子なのだ英魔族たちは……これからっと言うことなのだ。それを私は知っている。
故にその赤子たちを私は護るのが使命となる。ネフィアはそれを族長たちに知らせた。それしか出来ないのも私はわかる。
万に一つも勝利できない故にそうするしかないほどに……もしも、英魔の地で戦えば傷は恐ろしいほど抉ったであろう。誰かの願いか、誰かに託したのか奴はゲームをするようになった。
多くの負けた、滅んだ世界の執念が奴にゲームをさせている。勝てる場所を残したように。
「配置しました……」
私は罠を用意する。何処までも何処までも恐ろしい世界を創造する。
「よろしい、では……始めましょう」
私の配置は防衛を主としていた。奴はゆっくりゆっくり絶望を生み出すために戦力を小分けに出す。絶望を糧にしている故だろう。壊れた神だ。
「おや、防衛ですか? 偉そうに言った割には普通ですね」
「……」
「何を狙ってるんですか?」
「……クイーン前へ」
私はクイーンを前に出す。白い翼で空を飛び、笑みを浮かべて前線に立った。そして……演説を行い。士気を上げる。
「なるほど、これは厄介。クイーンを魔王にすることは確かに私は嫌がった。だから直接ゲームとしたのに」
「……ネフィアさんを評価してるんですね」
「あなたもでしょう。クイーンは何故かキングよりも最強の駒です。キングを護る盾のように」
「チェスの原点はきっと女王陛下のお国柄だったのでしょう……そういえば異世界でも……ある」
「同じように文明は栄えます」
違和感はあったが……そういえばアンジュは言葉も同じだった。ああ、逆にここで奴を倒さないと……アンジュにも迷惑が行く。
「それよりも天使……攻撃が大人しいですが?」
「そうですね。そろそろ……他の駒も用意しましょう」
彼はそう言いながら新たな駒を動かす。それはビショップと言う聖職者の駒であり……姿が悪魔だった。
「聖職者に悪魔を据えるなんてね」
「あなた方も聖職者は悪魔でしょう? 彼は私を信奉してくれた聖職者です。なにを成すかですから」
「人によってそれが救いなのでしょうかね」
「もちろん、そうです」
駒が動く。クイーンの駒が前線を切る。白金の鎧に白金の剣。魔法ではなく剣で天使を切り落とし、切り傷から炎を生み出し燃え朽ちる。そして、同じように族長たちはバリスタで迎撃していた。
「悪魔が来る」
私は駒を動かす。ビショップについたエルフ族長を前に出し……彼の兵士だろう夢魔の娘達が悪魔を囲み。仕掛け出す。
そして……異質な夢魔。両手が大きい義手の娘が笑顔で悪魔に肉薄する。彼女の名前は確か……デビルアームズ。夢魔の中でも狂った戦闘狂いだった筈だ。その腕は切り落とされて体よりもデカイ義手を無理やりつけられた人造兵器の一人だ。
「……ははははは!! いいねぇ悪魔!! 強いねぇ!! だけどさ!! 力抑えつけられてるねぇ」
歪んだ笑いが駒から聞こえる。悪魔の足元には魔方陣が浮き上がり徹底した弱体化を行っていた。その隙を四肢を金属とした一人の娘が夢魔の兵隊の垣根を分けて現れる。金属の翼が歯車の音を響かせて。
「サン姉ちゃん、やっちまいな!!」
「……アーム、退きなさい」
サンと呼ばれた四肢の夢魔は無表情ながら、強い視線を悪魔に向けて義手の手を握る。黒い義手の手に一本の柄があり、それが魔力を収束させて刀身を生み出した。
それはネフィアの刀貨、生み出される光の刃は輝きを持って悪魔を切り払い、強い信仰心が奇跡を生む。それを見ていた奴は崩れる悪魔に驚きを隠せない。
「おおおお、ビショップを抑えて倒すなんてなかなか……個では最強ですが。こうもチームワークがいいと成す術がないですね」
「……ナイト、ルーク、キング、クイーン。まだ居るんでしょ?」
「ええ、様子見でした。よろしいでしょう……全員動かしましょう」
私も呼応し、ビショップとダークエルフ族長、スキャラ族長の抜いた7個。新たに入れた堕天使長ルシフェルと竜人族のポーンを動かす。ナイトも前身させる。ナイトには盾のトランス、息子のランスを当てている。盾のトランスは一人。息子のランスは部隊を持っていた。そう……ランスの娘、息子が参戦しており。アラクネの巨体を見せる。
「……なるほど。ネフィアが知り得ない駒を持ってると」
「ええ、そうです。防衛は終わりです。全員突撃」
ポーンに族長と竜族、天使族の連合軍。ビショップにエルフ族長、ナイトにトラスト、ランス。これだけを動かした。ルークは残念ながら今は使えない。準備がいる。
「突撃ですか……いいでしょう私も突撃です」
奴は私の戦いに乗ってくれる。私はそれに冷や汗を流して考えを巡らせる。駒を動かしながら……クイーンだけをキングの前に出すために。
私は時間を稼ぐ。そう、時間を稼ぐのだ。




