女神の本能
招待状をいただき、マオウと二人でテント内で朝を待つ。寝る事さえ恐ろしい状況故に起きて待つことになったのだ。テント内で魔力炉を使いお湯を沸かして紅茶をマオウは用意する。顔は非常に明るい。
「どうぞ」
「ありがとう……なんか元気になってませんか?」
木彫りのコップを受け取り、質問をする。彼は腕を組み唸り出したあとに語り出す。
「ええ、罠のようで私たちもメリットがあるなと考えれたのです。魔王ネフィアを倒せばあの都市の上にある魔法の維持は出来ません」
都市の上にある魔法とは光球の事だろう。あれを落とした場合……それは恐ろしい事が起きる。それは多くの命を奪う行為。
「ネフィア姉さんが落とすと言う事は……」
「落とす瞬間、我々は避難を完了させておきます。そう、戦う合間の隙をつける。人が居なくなってしまえば……強制力は失います。そして、その土地を治める族を始末できます」
「族?」
「魔王ネフィア側についた者たちです。彼らが治めてるのです。そして我々はそれの反発してます。これは……チャンスです。上が倒れれば各々がバラバラになります。逆にアンジュが倒された場合……我々がバラバラになる。希望も失い戦う力を失います」
「……」
真面目に私は聞き入る。皆が私を待っていた……『女神』の登場を。そう、この世界の魔王さえ。雁字搦めのような状況に私は置かれている。逃げることも出来ない。
「アンジュ?」
「なんでもないです。ただ……私は一人で向かいます」
「そんなことは!?」
「ご馳走さま。場所は……覚えがある。そう……その戦場私が荒らした事があるんです」
紅茶を飲み干しコップを置き、軽装の鎧とネフィア姉さんから頂いた剣を背負う。マオウは食器を片付けながら……小さく頷く。
「わかりました。私の魔力で何とか一回分で貴女を送ります」
「出来るんですか?」
「この紅茶は魔力が回復出来るんです。ポーションもあります」
「……ありがとう」
「……本当に一人で行きますか? 本当に一人で?」
「正面で姉さんと話をしたい。誰もいない場所で」
「……わかりました。固い意志が見てとれます」
「ごめん……クス……」
少し私は笑ってしまう。それにマオウは首を傾げた。
「何か?」
「いいえ、昔は私がワガママを言い。ダメと言っていたのに……今は私のワガママを許すのですね」
「…………時の長さは色々な事を変えるのです」
「長かった……」
そう、私はずっと逃げていたのかもしれない。
「では、お願いします」
「……はい」
「今生の別れではないよ」
「そうですけど……いいえ。また会いましょう」
「……はい」
彼は丁寧に魔法を唱える。長い長い詠唱の後……私はフッと落ちる。そして一瞬で地面についた時。世界は夜のまま月光だけが私を照らしてくれた。テントの中でもない。固い踏みかためられた土の荒野が続く。草一本も生えない。多くの者の血を吸った大地の上に私はいる。
「……誰もいない」
流石に来るのが早かったようだ。私は剣を抜き、地面に刺したまま……目を閉じて朝になるまで瞑想する。瞑想するなかで昇る太陽の暖かさを肌に感じる。悩むのは好きじゃない事がわかる。
「来た」
太陽が昇り始めた時に遠くから見覚えがある姿が舞い降りる。そう舞い降りる。純白の羽を持つのに相応しくない悪魔である軽装で布の服を来た魔王の姿が。
「あら、一人? おはよう……アンジュ」
「おはようございます。お姉さま」
変わらない姿と笑みのネフィア姉さんは剣を携えてそれをゆっくりと抜く。わかりやすい敵意に私も地面から大剣を抜き背負い魔力を高めて稲妻音を出す。
「ネフィア姉さん。なんで姉さんがそんなことをするか全く予想できないです。でも……お姉さんは戦いを求めてる。私を計っている。そんな気がします」
「ふふふ、計っているのはこの世界よ……周りは見えてるわね?」
「……」
私は周りを見る。太陽によって照らされた荒野には錆びた鎧、剣など武具が転がり。白く砕けた物も見える。あの中には私が切り落とした者がいるのだろうか。いや、もう風化しているだろう。
「世界に私を見せている。私の魔王軍一人一人が都市であなたの姿を写している。夢を伝い、全員に私を見せる。わかるかしら?」
「……」
「この世界の女神を倒した私に反抗するものは気付くでしょう。どれだけ矮小なのかと」
「……」
「私は圧倒的な力で世界を手にする」
「……何を言っているかわかりました。世界中で皆の目が醒めないと言うことですね」
「理解早い。女神の醜態に期待してるわ」
結局、私は皆のために戦わないといけない。敵となったネフィア姉さんを私は斬らないといけない。女神として。
「私はこの悪夢を醒まさないといけないのですね!!」
「……来い、この世界の女神。私を飽きさせるな」
私は大剣を持って駆け出す。何も考えず……女神の本能に従って。




