精霊の少女
マオウは多くの部下に持つ。ただ、マオウ自身が動く事は少ない。何故なら……
「……すいません。見逃せませんので」
「……ひ!? 裏切ったのは謝る!!」
スパッ
力量差で全て一瞬で終わってしまうのだ。いま一人、首を跳ねたばかり。魔族であるが故に……人間よりも強固な体に強さがあった。いや、倒れた者は魔物だった。
「今日の仕事は終わりかえ?」
「……ええ、終わりです。裏切者の処刑は終わりです。流石に……救いはないです」
マオウの冷たい言葉に悔しさが滲む。肩に乗せる土海竜を手に路地裏から彼は離れた。遺体はすでに存在せず。消え去り……そして……
「そこの者……待て」
金色のフワッとした髪の女性が路地裏を覗く。鎧を着ており、異常に厳しい眼差しを向けていた。私はその姿に覚えがある。そう、教会に居た偶像。そのお姿は……
「本命登場ですか?」
「今、お主は人を殺めた。故に……」
その女性は右手左手で両腰の剣を抜く。それも両手で十字に構える。そのまま……
「極刑である!!」
彼女は走り出し問答無用でマオウに近付き、荒々しく両手で叩き切ろうとする。
「!?」
その、行為にマオウと私は同じように驚く。そして、女性の背後で大きな声が響いた。
「聖女さま!? 何事ですか!!」
「賊がいる!! 忌むべき異教徒がいる!! 剣によって裁かれなければいけない魂がいる!!」
「聖女さまから離れろ!! 巻き込まれるぞ!!」
がしゃんがしゃん!!
聖女と言われた。昔の私は剣を鐘のように打ち鳴らし、おぞましい姿で避けたマオウに近付く。ショックを受ける私は口を抑えながら、同じように驚くマオウを見続けた。
「ちょっと見境無さすぎでは?」
「賊を切る。それだけ……」
「いやぁ……ちょっと予想外。聖女と言われているのも不思議だ……まぁ……逃げよ」
「待て……逃がさない」
マオウはそのまま路地から、屋根へと飛び上がり。人の治める首都郊外へと彼女を誘う。異様にしつこく追いかける彼女に知性の欠片を感じれず。何処か魔物……獣のような雰囲気を纏いマオウただひたすら追いかける。
その鬼ごっこは都市外で唐突に終わりを迎えた。聖女と言われた彼女の両腕が黒い塊に触れて消えたのだ。そのまま足も抉られ、聖女は転げる。だが、血は一切流さなかった。断面も白い光であり、生き物でない事がうかがえる。
「……!?」
圧倒的なマオウの勝利に聖女は狼狽える。何が起きたかわからないのだ。そう、知性が……本当に弱い。
「生まれたての女神……名を聞こう」
「女神? 私は聖女アンジュである。魔物め……潔く殺すがいい」
「……ん、土海竜。彼女を浚う。少し……アンジュと言った君は眠って貰うよ」
マオウはそのままアンジュの頭に触れて勢いよく魔力を流して意識を奪う。その行為に私はネフィア姉さんの行いを思い出し……そして私の記憶を奪った方法を知ることになったのだった。
*
マオウは眠る私を土海竜の口に入れて自身の城へと夜通し時間をかけて帰って来た。拉致された私はヨダレでベトベトとしており。城へ帰った時に使用人に洗浄を受けて眠る。四肢は復活しており、そこからも普通の生き物ではない事がわかった。土海竜が小さくなった体でジロジロと姿を眺める。
「……これが女神」
「うーん、少し違うようです。女神……と言うよりかは偶像に近い。魔力の塊であり、異常に不安定ですね。それに私の眠れと言う願いに忠実に従いました。まるで……魔法です」
「……魔法だと」
「ええ、魔法です。たぶん……ですが、指向性を感じます」
「指向性だと?」
「ええ……」
「内容はなんだ? マオウ」
「敵を全て切る。敵に関しては……それはもう都合の悪い者全てでしょう」
「んむ、それは非常に……」
「よくないですね。ですが……ご安心、こういう魔法は初めて触れましたがしっかりと盗みます」
「眠ったままか?」
「今、起こしても消えるだけか……暴れるのでね。大人しくしていて貰います」
マオウはそう言い。土海竜を肩に乗せて色々と私の体を弄る。弄るので私は拳でマオウを殴るが全く当たらず。恥ずかしい感情とともに記憶だと言うことに絶望する。至る所を見られており……非常に苦しい。
一通り彼は見終わった後に……眉を歪ませる。
「土海竜……彼女はあと少しで消えたのかもしれませんね。精霊のような、それでいて危うい夢のような……」
「自然ではないからな」
「魔力、借りますよ」
「うむ」
「……私が彼女を作り変えます」
「いいのかえ? それは……」
「……わかりません」
マオウは鼻を掻きながら、呪文を唱え出し私は口を抑えながらその様子を静かに見つめ続ける。呪文によって私の体は呪文が浮き上がり……そして、この世界に固定され安定し。
「……ん……」
目を覚ましたのだ。その姿は……出会った時のような猛獣のような雰囲気はなく。ただただ無垢な少女がマオウを覗く。
「名前はアンジュといいます」
「………?」
「マオウ、記憶全て消したか?」
「いいえ……おかしいですね」
「……」
記憶の私はただ。何もせず……人形のように動かなかったのだった。




