交ざる魔王と勇者
「一枚だけだからね」
買ったクッキーをイカとダンゴムシにアンジュは与える。イソイソと甘味料を味わう二匹を地面に置き、教会の中に入ろうとし。立ち止まって一歩引く。その姿をウィンディーネが素振りを止めて近付いた。
「アンジュどうしたの?」
「あ、あそこに知らない人が……歩いて来ます」
身震いするアンジュにウィンディーネがバットを構える。しかし、誰もいない。居るのはネフィア一人だけであり、不自然な風が二人の髪を靡かせるだけである。
「ん? どこにも居ないよ?」
「いない? 今さっき……男の人が」
「気のせいじゃない?」
アンジュは首を振った。ネフィアに聞いてみればいいかなと思い教会の中を走り、彼女の近くへ行く。
「ネフィア姉さん!! 今さっき男の人が居ませんでしたか?」
「ん? さぁ……他の信奉者ではなくて?」
「い、いえ。消えてしまったので」
「教会の支援者ですよ。消えたのは他にも部屋とか廊下がありますので……どっかお仕事行ったのでしょう」
ネフィアは堂々と嘘をつく。消えたように見えるのは魔法を使ったのだろうとネフィアは考えて黙る。ただ、ウィンディーネは少し引っ掛かりを覚える。そう、人形を手放しているために。
「ネフィアさん……その」
「なに、ウィンちゃん」
「人形はいいのですか?」
「大丈夫。なんとか寂しさを拭えたから」
「それは良かったです」
「ふふ、二人との心配かけてごめんなさいね。では、旅の準備をしましょう。地図があります。支援者からです」
ネフィアは丸めてある地図を取り、開いた。そこには×の印と道筋が続く。そして、細かくメモ書きがされていた。
「ネフィアお姉さん? どうするんですか?」
「メモ書きから推測すると城の前で部隊が展開されてる。もうすでに私たちを迎え撃つために兵を集めてる。どうやっても抜け道がないようにしてます」
「ネフィアさん、それじゃ……戦うしか」
「3人で戦うしかないでしょうね。敵の数はわからない。だけど、逆に時間があるわ」
ネフィアはトントンと地図を叩く。
「向こうから動くことはない。待っている。私たちを……時間がある。勝てるように考えましょう。魔王に会えば兵を引くと言ってたわ。そう、魔王は挑戦してるのよ。アンジュちゃん」
「挑戦ですか?」
「そう、女神を倒せるかどうかのね。だから待っている。あなたが勝てば魔王は引くのでしょう。人間が生かされているのも、残ってる土地の理由はそうなのかもしれませんね。予想しか出来ないですが。確かなのはあなたを待っている」
「……」
アンジュは唸る。何も思い出せない自身にそこまで待つ魔王の事がわからないのだ。
「まぁ、ゆっくりと作戦練りましょう。大丈夫……必ず私が全て薙ぎ払ってあなたを届ける」
「ネフィア姉さん……」
「アンジュ、私も頑張るから……」
「ウィン……」
「アンジュ、今日は風呂入って落ち着きましょう。時間はたっぷりあるのだから……」
ネフィアはそう言い立ち上がる。借りた部屋を見に行くのだ。それにアンジュとウィンディーネがついていく。何も疑わずに……ついていくのだった。
*
「……おかえりなさいませ。トキヤどの」
薔薇の園にある。ガセボで待つマオウが空間を歪ませて勇者を出迎える。
「ああ、『歪んだ勇者の討伐』の依頼を片付けた。刀は貰っていくし、宿代にはなっただろう」
トキヤも席につき、刀を置く。
「ええ、ありがとうございました。女神を越える勇者と言う条件だけでの召喚で呼び出した者も亡くなったそうですね?」
「ああ、地獄だったぞ。それで……ネフィアに約束を取り付けた。女神は逃げずにここまで絶対に来るだろう。邪魔もしない」
「ありがとうございます。言葉のわかる方でよかった。あおれに……刀もよく手に馴染んでおられます」
「褒めてくれてどうも。ただ、折れる心配があって……嫌だな。俺は」
「打ち合う武器ではないですからね。どうですか暇潰しに四天王の刀鍛冶と戦うのは」
「やめとく。刀では腕の差が大きい。天才ではないからな」
「そうですか。それは残念です。では、部屋をご案内します」
マオウが立ち上がる。トキヤも立ち上がりマントの彼についていく。ただ、ついていくがすぐに隣へと移動する。
「そうそう、マオウ。暇じゃないか?」
「仕事は終わりました。暇ですね」
「じゃぁ……客人をもてなすのも必要だろう?」
「ふふふ、面白い人ですね。何を所望ですか?」
「そうだな。カードゲームをしようか」
「わかりました。部屋の案内後に変装しましょう。外で賭け事しますかね」
トキヤに誘われ、マオウは空間を割る。そして彼らはその場を離れたのだった。




