異世界からの来訪者
「……」
魔王は庭園のガセボで紅茶を一人で注ぎ。優雅に時間を過ごす中で指を鳴らし、対面の空席の前に紅茶カップが何もない空間からコトっと音がし登場する。
「お客様……何がよろしいですか?」
手に持つ本を閉じ、何もない空間に問いかける。するとその空間が歪み。陽炎の揺らめきがあった瞬間に幻のように一人の黒髪の男性が現れた。長いローブに身を包み。短刀だけを持った暗殺者姿の男性はスッと椅子を引き座る。
「よく見つけたな、この世界の魔王さん。コーヒーでもあるかな?」
「もちろん、ございます」
魔王がパチンと指を鳴らすとフラスコが宙に現れ、淹れたばかりのコーヒーがコップに注がれる。甘い豆の匂いが庭園に広がる中で暗殺者は用意された黒い水を一口含む。
「うまいじゃないか……うん、うまい」
「そうでしょう。我が国の者が丹念に焙煎しておりますゆえ。そして……何用ですかな『異世界』の勇者どの」
「何用かと言われれば……我が妻を迎えに来たと言うところかな。名をトキヤ・ネロリリスだ。ネフィア・ネロリリスと言う暴れ馬を探しに来た」
「私の名前はマオウです。魔王マオウと言う変な感じですが覚えてもらいやすい名をしております」
「覚えやすいな……マオウ」
「はい。異世界の勇者どの。なるほど、ご結婚なされていたわけだ。それで殺意もなにもなかったのですね。どうやってこちらへ?」
「数日前、一人だけ送る術を仲間が開発し、俺が代表で迎えに来た。マオウさん、あんたと戦う理由がない。どちらかと言えばここで嫁を探して欲しいとお願いする立場だ。おみあげは追々としよう」
魔王は少し考えた後、疑問を口にする。
「情報をお持ちでない?」
「対岸の大陸で暴れてる。四天王を二人ほど殺ったとも聞いた。申し訳ないな、部下を殺めてる。以上しか、今は知らないですね」
「情報はお持ちですね。四天王の今は復活して3人。一人は強者を求め。もう一人は私を殺させないように立ち向かうでしょう。一人は負けた事に納得せずに戦う。加勢はされないのですか? それにお待ちせずとも、会われればよろしいのではないでしょうか?」
「疑問に答えるなら。妻が負けるとは思えない。あと、俺が居ない方がネフィアは真面目になりやすい。情けない話で俺のせいでダメダメになるんだ。まぁ、だいたい情報は集まった。この冒険がどういった結果をもたらすか見定めて帰るさ……迷惑かける」
「……いいえ。迷惑をかけているのは私たちやこの世界です。四天王も個人での話で気になさらずに。ネフィア様は本当に素晴らしい方です。あの方が落ちて来なければ何も変わらず。何もかも今まで通りだったでしょう。大きな大きな奔流を生み出し、中心となってくださった。そう、女神を目覚めさしてくださった」
「……」
トキヤはコーヒーを飲み干す。おかわりをいただき、そして大きく大きくため息を吐く。
「トラブルメーカーなんだけどな」
「良薬は劇薬でもあります。異世界の勇者さま。苦みはあってこそです」
「そうだな。胃薬が欲しい所だよ俺は。でっ……折角だ、ここで待たせて貰ってもいいかな?」
「お部屋をご用意いたします。異世界へようこそ……勇者さま」
「俺は勇者じゃぁないなもう。では、言葉に甘えよう」
「はい、では……お部屋をご案内します」
ガセボで待つ二人はマオウが指を鳴らした瞬間に消え失せる。コップだけを残して、その場を移動するのだった。
*
「……!?」
ネフィアは慌てて立ち上がりある方角を見た。船の上で座っていた彼女の慌てぶりに二人はどうしたのかと問う。
「お姉さん?」
「お姉ちゃん?」
「……風がざわついてる」
海風を撫でるように手を動かし、魔方陣を描いていくネフィア。その魔方陣は緑色の線によって描かれ光を出す。
「お姉ちゃん? 何してるの?」
「風に問いてます。風ノ征服者が現れたかどうか……一瞬で空気が変わったような気がしたのです。だめだ……何も拾わない。私の力では無理……他に確認できる方法は……」
「お姉さん? 何があったのですか?」
「……勘が囁くの。私の大切な人がこの世界にやって来たと。胸の炎が揺らめくの……風になびいて」
「大切な人?」
「……お姉さん。それはトキヤ王配ですか?」
「ええ、彼よ。ウィンディーネ。集中します……」
真面目な表情でどうにか確認できないかを探る中でアンジュはウィンディーネに聞く。ネフィアの邪魔にならないように。
「ウィン。ネフィアお姉ちゃん。必死だけど……トキヤさんって……旦那さん?」
「ええ、アンジュ。ネフィアお姉さんの旦那さんです」
「おお!? 召喚されたの!?」
「……わからないです。でも……迎えに来たのかも」
「迎えに? 迎えに!?」
アンジュはウィンディーネの言葉にある考えが思い浮かんだ。
ネフィアお姉ちゃんが異世界へ帰る日が近いと……別れがあることをアンジュは身を持って感じ。一つ大きい感情が沸き上がった。
それは……焦りと寂しさと楽しい日々が終わりを告げる悲しさであり。それが深く心を暗くした。
「あっ……」
考えてなかった事をアンジュは察し……ずっと今の状況が続かないことを認識したのだった。




