新たな旅たち
「助かりました。大司教」
「助かった。ありがとう。大司教」
「ありがとうございます。大司教」
「いえ、こちらこそ墓の大掃除。ありがとうございました」
教会の地下に広がる墓のダンジョンを私たちは抜け出し郊外へと出た。途中、幽霊に『構ってほしい』と言われた続けたが幽霊に恐怖を示すネフィアお姉ちゃんに片っ端から浄化され。綺麗になってしまう。徘徊するスケルトンさえ、消えてしまい藻抜けの空となる。
「地図と携帯食に色々としていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。女神のお手伝させていただけてるので……それに剣をいただきました。教会の方々に専用のギルドカードを見せれば宿泊させてもらえると思います」
貰ったギルドカードを覗く。そこにはステータスはなかった。あるのは名前とスキル、種族だけで剣の如くと書かれた文字があるだけ。しかし、隠していた物が見える。
剣の女神と言うステータスが。
「それでは。ご武運を」
「ご武運を……ご武運なんですね」
「ええ、つるぎの宗教ですから。戦うための宗教です」
大司教はフードを被り、両脇に帯剣した剣を撫でて姿を消す。幻のように背中が消えたとき。ネフィアお姉ちゃんがへぇ~と声を漏らした。
「すごいですね。ネフィアお姉ちゃんは消える原理をご存知何ですか?」
「ええ、風に紛れる魔法です。風を侮るなかれ……それは天災をもたらせる物なり。行きましょう。ウィンちゃん、小さくなってね」
「はい、瓶詰めですね」
ウィンディーネ用の瓶を置き、しゅるっとウィンディーネが溶け。瓶に詰まる。それをネックレスとしてつけたネフィアお姉ちゃんと私は大きく翼を広げ飛び上がった。
「コンパスの向きではあっちです」
「はい、ついていきます。姉さんの背中を」
「了解!! 行きますよ!!」
大空に私たちは飛び立ち。東の海を目指したのだった。
*
大聖堂の中央に皮を被った大司教が祈りを捧げている時、外から物音がし……多くの騎士が入ってくる。バルバトス率いる勇者も集まっており、大司教を睨み付けた。
「お祈り中です。何ですか? 騒がしい」
「匿っていると思われる勇者を出してもらいます」
バルバトスが剣を突き付け大司教は鼻で笑う。
「もう郊外へ行っている頃と思います。東を目指すと仰っていました。聞けば海を渡り、魔王城を目指すそうです。魔王を倒す役目を捨てたわけではないようですね。どうですか? 追い掛けてみれば……勇者として」
「戯れ言を、あやつは魔王であり。王の不敬を働いた者たちだ。勇者ではない」
「そうですね。勇者たちではないですね。ですが私は信じますよ。教会は魔王を倒してくれる方を支援します」
「……そうか。いつもお前らは好き勝手に!!」
「その言葉、そのままお返しします。民に勇者だからといって威張るのは魔王を倒してからにしてください」
「……もちろん。そのために増強している。もし、倒せた後はこの教えも変わるだろうな」
「……」
「行くぞ、東へ向かったと全冒険者に伝えろ。賞金首だ。それも王が国庫を開いたほどのな。お前ら教会にも貼っておいてくれ」
「わかりました。教会の人々にお伝えしておきます」
騎士が教会に賞金首として3枚の肖像を張り、ゾロゾロと出ていく。大司教は『まったく』とため息を吐き。剣先を石に打ちならす。魔方陣が浮かび上がり、教会内に隠していた騎士たちが見え……構えを解かせた。
「気づかれましたね。信仰無いものには見えない筈ですが……まぁ~だからこそ厄介な転生者なのでしょう。皆さん、解散です。咎めることはないそうなのでね」
大きく声を出した大司教は振り返り剣の女神の像を見続ける。輝かしく、逞しい昔の姿とは違った愛らしく、しかし身長が小さいからこそ大地をしっかり踏みしめる今の女神をその像に重ねた。
明るく、元気よく。それでいて……宗教者の魔王の好みが見てとれた。
「……魔王様、聞こえますか?」
耳元に自信の魔方陣が刻まれた魔石を当てる。
「ええ、聞こえます」
優しい声が帰って来た。それに大司教は笑みを溢す。
「独断で向かわせました」
「ありがとう……彼女はなんと?」
優しい男性の声が響く。
「……真っ直ぐ前を向いて何も言いませんでしたね。魔王様のことは」
「ふふ、そうか。今度は私に勝てそうかい?」
「まだ、勝てないでしょう」
「ステータスではないよ。ステータスなら高いからね」
「いいえ、そういうことではないです。まだ……勝てないでしょう。だけど、彼女は出会った。新たな異世界の魔王にあれの背を追いかける彼女はいつか、あなたを飛び越えて行くでしょう。そうそう、お茶を贈りましたのでそれで気長にお待ちください」
「わかった……ゆっくりと待とう。長い間、ありがとう。名を失った大司教」
音がプツっと消え、大司教は部下に休みだといい。そのまま何処かへと歩みだしたのだった。
*
英魔国内、エルフ族長の執務室で優雅に紅茶を嗜んで将棋をうつエルフ族長とトキヤ王配は色々と平和を喜んでいた。
「女王陛下いらっしゃらないと平和ですね」
「本当にな……隠居してる日々と変わらない。平和すぎるなぁ」
穏やかにパチパチと将棋を打ち合い。王配の棒銀急戦法をいなしながら、穏やかな時間を過ごす。
「中々、東方のチャスは面白い」
「そうだな。くぅ……いなされると手がないな」
「ただの棒銀は微妙です」
平和な時間、そんな時間のなかで戸を叩く音が聞こえる。エルフ族長はどうぞと言うと泣きホクロのついたネフィアを少し小さくしたようなドレスを着たメイド長が現れる。名前もネフィアといい。愛称と混同しないようにフィアと呼ばれている。
「泉から手紙入りの瓶が届きましたよ」
「ああ、フィア……読んでくれ」
「はい」
フィアの指に白金の指輪が輝き、同じ物をつけているエルフ族長が盤面から顔を上げた。
「待ったは無しです」
「わかっている。穴熊へ移行する気か?」
「持久戦です。矢倉ですかね?」
「そうだな。穴熊は手数がかかって攻めにいけないのがなぁ」
「急戦好きですね」
フィアが呆れた表情になる。
「あの、エルフ族長。読み上げてもよろしいですか?」
「エルフ族長じゃない。グレデンデちゃんと呼んで欲しいなぁ。フィアちゃん」
「……グレデンデ。一応昼間からキモいこと言うなよ」
「えぇ!? キモいですか? ドキドキして気持ちいいですよ」
今さっきの雰囲気から一変し、エルフ族長のスイッチが切れる。
「……グレデンデさん。恥ずかしいのでやめてください」
「何が恥ずかしい? 家では呼び捨てもしてるだろう? ん? ん?」
「グレデンデ。嫁を困らせるなよ。早く話してくれ」
トキヤ王配が紅茶をすすり、グレデンデも温くなった紅茶を含んで一服する。
「はい王配様。件名、ネフィアお姉さんの近況報告」
フィアがネフィアに似た声で手紙を読む。婬魔で一番似ている声をグレデンデは音楽を聞くような穏やかな表情で聞いていた。トキヤはそれを見ながら複雑な心境を圧し殺して静かに聞く。このときまでは。
「宣言します。異世界の王と勇者の前で……」
フィアが胸を張る。ここは演じるべきだと考えたのだ。
「異世界から来た余の真名は!! 大英魔国共栄国家初代女王!! ネフィア・ネロリリスなり!! 異世界の魔王である!!」
立派に演じ切る。
「「ぶっふ!?」」
その演じ切ったフィアの言葉に二人は紅茶を吹き出し。立ち上がって手紙をむしりとった。フィアはトキヤ王配にびっくりし、何かいけない事をしたのか震え、グレデンデはそんな彼女を大丈夫といい抱き締めて尻の感触を味わう。
「グレデンデ……ネフィアが異世界の魔王からも勇者からも狙われる存在になったらしい」
「……何をしてるんですか」
「あの、もしも……女王陛下倒されたら?」
「「……」」
二人の頭にある2文字が浮かぶ。
「すまん、グレデンデ。戦争だな」
「戦争です。とにかく早く!! 異世界へ行く術の開発を急がせましょう。ぶち殺す」
「まてまてまて……穏便にいこう穏便にな……はぁ、やっぱりトラブルあるか。ネフィアぁ……」
「では、8人の族長に聞いてみましょうか?」
「……やめろ。異世界を火の海にするな」
トキヤ王配は頭を押さえ、グレデンデを宥めて一緒に研究所へ向かったのだった。




