泉の女神さん
平凡な日常。私たちは魔物を狩ったり。下級冒険者たちが行う雑務をこなしたりして宿泊費や食費を稼いで時間を潰していた。時間が立つ中で、待機する中で多くの事を経験し、勉強、鍛練を行う。
そのひとつに野球があった。ウィンディーネがハマり。ネフィアお姉ちゃんも少々ハマりぎみでその熱に私は……まぁ……付き合ってあげる。野球が絡むと一番私が大人な感じだった。まぁ、ウィンディーネが熱意を持つ理由は向こうでチームに入れそうと言う事らしい。仕事があり、やるしかないと意気込んでいる。それに私も応援で今、都市郊外へついてきたのだ。
「今日はここでしましょう」
「泉の近くで? ボール落ちるよ」
来た場所は泉がある場所である。ウィンディーネがいた場所とは違うが似ている場所だった。後でナマズを取ろうと言っているので晩飯を捕まえに来たとも言える。
「そんなことないですよ。全部受け止めます。背水の陣です!! 後ろから襲われることはないです」
「うーん。後ろにいるのチームメイトだよ。ねぇ……」
野球のウィンディーネの守備位置練習は内野らしい。へぇーである。とにかく夢で練習し、1000本ノックが基本の事。内野ゴロの処理一つ一つが大切らしい。
「でもキャッチボール必要?」
「必要、取るだけではない。送球し、しっかりとアウトを取ることが大切」
「へぇ」
「守備1つで勝ち負けが決まる世界なの……わかる?」
「は、はい」
めっちゃくっちゃ圧がすごい。わからないけど肯定しておく。最近学んだ処世術である。わかったふりで場を流す。
「じゃぁ、キャッチボールついでに変な所投げてもいいよ取るから」
「本当に?」
「本当に」
「うーん」
私は足を上げて、そのまま上手で投げる。するとまっすぐではなくだいぶ横にずれて飛び、そのままウィンディーネは走り込んでジャンプしてそれをグローブでしっかりつかんだ。そのまま前転し、すぐに立ち上がって私に真っ直ぐ投げて返す。
「……えっうま」
あまりの成長ぶりに声が漏れた。
「うまくないです。私は人型で体が小さいので。大きい人に守備範囲で劣ります。もっと速く一歩目を出すべきでした!! 次!!」
出会った時よりも暑苦しい。だけどどんな悪送球もしっかりと取るので楽しくなり。私は……大きく上へと投げる。
「ちょ!? 高い!! うおりゃああああ!!」
ウィンディーネが魔法も使わず己の肉体だけで跳躍しボールをグローブに納めた。しかし……スポッと勢いのままグローブが後方に脱げ。
バシャン
泉に落ちる。
「ああ、ごめん。ちょっと泉に入って取ってくる」
「ううん、ごめん。ちょっと悪ふざけで投げちゃった」
「取れない私が悪い。一度グローブに入ったのに落とすのはダメ」
めっちゃ自分に厳しい。というか真剣な表情でストイックに己を鍛えている。あの、私をバカにしたり、おちょくったりする彼女なのに野球となると別人である。真面目の真面目。
「えっと……革だからすぐに引き揚げないと……」
パァアアアア!!
「「あ」」
泉から光が溢れ、ゆっくりと盛り上がり。そこからウィンディーネによく似た女性が現れる。何度も見た光景。そして……ボコった相手だ
「先輩!?」
「泉の女神さんだ!? いや本物だぁ!?」
「アンジュ!? こっち!! こっち見て!! 私!! 私は!?」
「えっ? 野球の神様見習いでしょ。いつかそう呼ばれるのを目指してる人」
「あ、ぐぅ。ぐぅううう。否定したくない!! 言われたい。めっちゃ言われたい!! ぐぅううう。でも私も泉の女神です!! 一応!!」
「おい、泉の女神。そこ迷うなよ」
私はウィンの頭を軽く叩き。二人で笑いあった。そんな姿に本物は怪訝な表情をする。
「………おい。後輩。無視するな」
「あっすいません先輩。でっ? どうしたんですか? グローブ拾ってくれたんですか? ありがとうございます」
「普通にお仕事です……では、あなたが落としたのはこのグローブですか? それとも銀のグローブ? 金のグローブ?」
「先輩、常識で考えてください。野球するのに金と銀では何も出来ませんよ。それ、普通のグローブが私のです。早く返してください」
「………」
私はウィンディーネの先輩と言った女性の額にシワがよるのを察した。怒ってる怒ってる。馴れ馴れしいもんね。
「では、正直者にはこの金と銀のグローブをお返しします」
スッと地面に二つのグローブが置かれる。そして、先輩の人は泉に消える。
「えっ!? 先輩!? 私のグローブ!? グローブは!?」
バシャバシャバシャ!!
「………先輩?」
泉に入り、底を探るウィンディーネ。もちろんグローブはない。ボールだけがある。なぜボールだけ残したし先輩さん。しかし、それを見てもウィンディーネはグローブを探し続ける。あっ、ナマズ捕まえてる。それほしい。
「……うぅ」
「ウィン……無いよ絶対に。金と銀になっちゃったけど。新しいのお姉ちゃんから創って貰いましょうよ……」
「あれじゃないと嫌なの!! あれ……向こうの人に譲って貰ったの。泉に落として……嘘ついて……初めて見に行って欲しいと言ったら……買ってくれたんです」
初めて聞いたグローブの事実。そんな気前のいい人がいて。わざわざ泉の女神として嘘をついて譲ったと言う甘々の人がいたのかと驚く。だから毎日毎日、念入りに油を塗って手入れをかかさなかったのだろうし寝るときも抱き締めていたのか。いや!? 思い出した。めっちゃ大切にしてるよ!?
「……………うぅ……うぅ……」
「ウィン、直接泉に入って奪え返さないの?」
「私……嫌われてて無理かもしれません……最近……無視されてるんです」
ポロポロと泣き、泉に雫が吸い込まれていく。ネフィアお姉ちゃんに怒られたために雨乞いはなかったが……
「あぁ……煽ってたもんね。調子乗りすぎ」
「うぅ……」
「おーい。皆さん。魔物の素材を換金してきま……あれ? なんで泉に入ってるの? 食材探し?」
ウィンディーネが泣いている時にタイミングよくネフィア姉ちゃんが空から現れ、降り立った。そして、金袋を腰につけて首を傾げる。私は姉さんに事の顛末をお話するとネフィア姉ちゃんにもシワが寄った。
「ああ……こっちではそのままなんですね……直接行けばいいじゃない。泣くほど返して欲しいなら。しめ縄あげるからさぁ」
ネフィアお姉ちゃん。それ私も言った。
「……返してくれないかもしれないんです」
「なら、盗めばいい。盗み返しなさい。あるんでしょ? 倉庫……たぶん」
「あるけど……金庫で。そんなことしたら怒られます」
「いや、盗んでるのに怒られるの本来その女神でしょ……ああ。もう。行ってきなさい!! 私も首を突っ込んであげるから!! 謝ってもあげる!!」
「……お姉さん」
「ほら、ささっと行く!! 連れて来てもいいから!!」
「お姉さん!! はい!!」
バシャン!!
ウィンディーネの姿が泉に溶けるように消える。そして……ネフィアお姉ちゃんが何も言わずに私にしめ縄を手渡した。了解である。やる気です。
「お姉ちゃん。泉の女神に嫌われるね」
「ウィンちゃんには嫌われないならそれでいい。かわいいかわいい、あの子の宝物。奪わせはしない」
お、男らしい。それをばか正直に言えるその精神すごい。格好いいなぁ。
「来ます」
「えっ!? はい!!」
数分後、号令で身構えると泉が盛り上がり、バシャッと二人の泉の女神が現れる。ウィンディーネは先輩の首を掴み。泉から押し出そうとし、それを見ていた私たちは援護として左右からしめ縄で絡めとり、そのまま。泉からひっぺはがす。なお、泉の女神先輩さん。ネフィアお姉ちゃん見てから慌てて暴れ出したのは言うまでもない。
「えっ!? えっ!? 今度はなに!? 担当違います!?」
「おう、姉ちゃん……うちの親友のウィンからなんかせしめたみたいやな? そのケツモチの姉貴はネフィアって言うんやけどわかる? 魔王やで……それも極上の奴や」
「アンジュ!?」「アンジュちゃん!?」
「ちょっとおいたが過ぎたとちゃうんかい? 姉さんや、ええ?」
「アンジュ!? アンジュ!? 気でも狂ったの!?」
「アンジュちゃんどうしてそんな言葉を!?」
「あれ? ウィンとお姉ちゃん。返して貰うんじゃないの? 脅してビビらせて」
「アンジュちゃん……お姉ちゃんとあっち行ってようね」
「えっ!? お姉ちゃん!? いたたた!? 耳痛い!! なんで!?」
私はネフィア姉ちゃんに耳を捕まれてその場で折檻を受ける。なんで何ですか!!
「ウィンディーネ!! しっかり説明して返して貰いなさい。もしダメなら言ってね……この世界に泉の女神は居なくなるから」
「ね、ねえさんだって。脅してる!! やっぱ私が……」
「あんな言い方をしないの!!」
「は、はい」
私は耳を引っ張られながら泉を後にした。そして、何か轟音の後の数分後に。グローブとバットを持って現れたウィンディーネが返して貰った事を説明してくれる。
「返して貰ったのね」
「はい、お姉さんの手を汚すことは無かったです」
「……ねぇ。バット湿ってない。ウィン」
「あっ気のせいですよ」
何かあったか、ネフィアお姉ちゃんと私は察し。泉を覗くと涙目で頭を押さえる泉の女神がいた。
「簡単に返してくれなかったの?」
「仕事の邪魔するなの一点張りで。なら、決闘だぁっと言って。グローブ奪って泉にホームランしてやりました」
「……本当に泉の女神は頑固ね」
「頑固ですね。全く」
「……」
突っ込めばいいのかな? あなたも泉の女神でしょと。
「じゃぁ、帰りましょう。泉の女神に会うなんて変な日ね」
「そうですね。お姉さん。とんだ災難でした……私のグロウちゃんが盗まれて本当に災難でした」
えっ!? それ名前ついてたの!?
「お姉さん。そういえば願いなんですけど……私のこのグロウちゃんと一緒にリーグ戦のスタメンで出場したいんです。叶いますか?」
「私は野球の女神じゃないわよ。魔王。だから、叶えるのは運と実力と才能が揃った時よ。頑張りなさい」
「はい!! 絶対に……負けません!! 同期に!!」
私は後ろについて行きながら不思議な気持ちになる。なんでそこまで熱中するのか全く……わからない。
「あ、アンジュ……ありがとう。迷惑かけてごめんね。心で理解できた。何故、英魔国で嫌われてたのか。本当に申し訳なかったよ……」
反省の暗い声に私は明るい声で話しかける。
「ウィン……大丈夫!! 夢がよくわからないけど応援するから!!」
「うん!!」
グローブを抱き締め。ウィンディーネは満面の笑みで私達と帰り、私がこっそり拾ってたナマズをムニエルにして食べたのだった。




