蛮神ウィンディーネ
「……なに!? 生きているだと!?」
屋敷の執務室で勇者をまとめる勇者ことバルバトスは報告を聞き椅子から飛び上がるほど驚く。
「はい。本当です。ご主人様……毒味した使用人がその場で正しい解毒方法を行ったとしても重体になる程で。確かに毒は入ってました。どうしましょう?」
「……お帰り願ってください。俺は王の元へ、今から行きます。用事で抜けていると言って謝っていてください」
「はい」
「それと……使用人の武器の手入れを命じておいてください」
それは戦うと言う意思を示す。バルバトスはナイフを腰につけて支度をするがナイフがうまく腰に付けられなず、震えていた。足元がぐらつく不安感。初めて感じる絶対な不安感が背筋から這い上がってくるのを首を振って、振り払った。
「はい、かしこまりました」
「……これは少し。早く手を打たないといけない」
「そうですね」
そして、その焦りを知りながらも使用人はただただ忠実にご主人様の言葉を肯定するだけであった。
*
その日、私たちは衣装をお返し、当日に城でおめかしをする段取りとなって馬車で借りている宿屋に億ってもらった。味の余韻を馬車で言い合い。楽しい会食は終わり、風呂場で身を清めて眠り。穏やかな夢を見たあと。早朝、変な大きな音で目は覚める。
ブォンブォンブォン。ブォオオオンパァン!!
ウィンディーネの木製バットでの素振り音で目を覚ましたのだ。昨日は夢はヴァルキュリア姉ちゃんが居なかったので不思議に思う。最近、本当に訓練がない。もうほとんど必要ないと判断されている節があったが少し寂しいものだった。その思いを持ったまま窓から外を確認。外で素振りをしているウィンディーネを見つけて頭に土海竜を乗せて会いに行く。
「おはよう、ウィン……早朝から元気ね」
「おはよう。昨日はいっぱい食べたからウエスト絞ろうと思って。それに毎日の日課だから」
「ふーん。私も武器振ろうかな? ネフィアお姉ちゃん寝てるし。すごーくだらしなく寝てるし」
服をはだけて寝ている姉さんを思い浮かべたあと。私は自身の武器を持ち出し大剣を上から下へ振り下ろす。それをウィンディーネは見て質問してきた。なんだよう……
「横振り出来る?」
「あん? こう?」
グォオオオン
剣を構え横に一閃する。ぶわっと砂ぼこりが舞うがウィンディーネが眉を歪める。
「剣をただ横に振るうだけなら誰でも出来ます。アンジュのスイング。すごーく汚い」
「き、汚い。でも先生は横振りは片手でやってましたし……」
先生と言う夢で出会った騎士の人は片手で振り払っていた。あっ、それでしっかりと振れてたかも。私の力が弱いだけ……
「見ててください。実は一番威力。インパクトが出る動きはほとんど完成に近い動きなんです」
ウィンディーネが右でバットを振り。そのあと左でも振る。左右で違う振り方をする。
「前を叩くのに振るより全身を使って真横を打点として振る方が力も強くぶれにくいです。持論ですけど」
「えっ、正真じゃない?」
「最近知りました。横の凪ぎ払いは両手で右斜め横側が一番よく、斜めから振り下ろすため勢いもあるのでいいです。まぁ、戦いで実践するなんて難しいですけど。私はそれを取り入れようと思ってます。同じように棍棒使いですから、助言をと」
「……これ棍棒じゃない、大剣!! それに棍棒なんて蛮族」
「棍棒は便利ですよ。やること単純で……そうだ。模擬戦しませんか? ヴァルキュリアお姉さんに言って夢で本当に全力で戦い。今の強さを知りたくない?」
「えっと知りたい……」
私は強くなったと思う。四天王を倒したのだから。自信がある。姉さんには敵わないだろうけど。
「じゃぁ、ヴァルキュリアお姉さんに聞いてみましょ」
「二度寝推奨!!」
ウィンディーネは汗を拭き取り、私と一緒に宿に戻り、ベットに潜りこんだのだった。
*
「えーでは、夢から叩き起こせば勝利です」
ヴァルキュリアお姉さんが眠そうな眼でも相談に快く答えてくれた。戦いの場として草原につれてきてくれ、太陽はないが光る球などが空に浮かばせて照らしてくれる。
「勝ったら例の件、お願いします」
ウィンディーネは別の事も相談していたが私はそれよりもワクワクが止まらなかった。
ウィンディーネに勝てると言う自信があり、大剣を強く強く握る。ウィンディーネも鉄バットを持ち、皮ベルトを巻いてそれに一個の硬球が袋に入っていた。
「アンジュ!! 準備はいいよ」
「私もいいですよ」
「それでは、よーい初め!!」
ヴァルキュリアお姉ちゃんの声が響き。私は剣を横に構えて走り出し、ウィンも走り出す。そしてすれ違う瞬間に横凪ぎに剣を振るい。ウィンもバットを振る。リーチの差で剣にしか当たらないが。
シュル!! グワァアアン!!
「はぁああああ!! インパクト!!」
ガアアアアアアアン!!
私が振るうよりも速くスイングし、剣を弾いた。あまりの衝撃に片手で持っていた右手が震え、衝撃の痛みで手放してしまう。
大剣は草原に飛んで行き。草木を分けて転がり。慌ててウィンディーネから離れる。
「くっ!!」
剣の場所へ走り拾った。右手がまだ痺れており左手で構える。
「「……」」
冗談が言えない状況。ウィンディーネの力任せのようでその中に一番衝撃を与えられる方法をその身で編み出していた。私も力強さに自信があったが……同じ道を歩んでいる彼女の方が力強かった。
「アンジュ!! 行くよ!!」
「!?」
ウィンディーネが右手をかざすと大きな水球が生まれ、ズズズと圧縮してボールぐらいの大きなさになり、私は初見の技に畏怖し慌てて大剣で防御の構えを取ろうと身構える。
「おりゃあああ!! インパクト!!」
ウィンディーネのヴァルキュリアお姉ちゃんのような脳筋らしい大声を上げてその水球を大きく振りかぶって長身を生かし上手で投げつける。その瞬間、水球にスピンがかかり縦に回転する。
「来る!?」
水球が私の目の前まで来たその瞬間に大剣で防御し、そのまま水の性質らしく、砕け剣に押し潰し。大きさのわりに鉄塊のような鈍重な衝撃に踏みしめた地面が盛り上がり大きい衝撃音が響く。
ゴバァアアアアアア!!
そして、水は弾け飛ぶ。そう、圧縮が解放されたのだ。
「きゃああああああああああああ!!」
水が元の大きさへと戻る力で剣を押す。そのまま私の腕に一瞬で伝わり押し込んで吹き飛ばし、草原を転がされえう。転がる中で、手をつき、力で体を持ち上げてくるっと空中で姿勢を変えて立ち直り、ゆっくり息を整える。
「ノック行きます!!」
「!?」
息を整える間、ウィンディーネが水球を用意し。上に投げてそれを鉄バットで振り抜き打ち込んでくる。私は慌てて横に逃げていき。水球着弾点に水による平手打ちのような衝撃が大地を抉る破壊をもたらせた。
バシャーン!! バシャーン!! バシャーン!!
「逃げるなアンジュ!! 体で受け止めなさい!! 後ろに逃がすな!」
「死ぬ!! それ!! 死ぬ!! 無理!!」
何発も何発も避け。そのままウィンディーネの場所まで走り抜ける。遠距離では一方的に水球爆撃に晒され続けるため斬り合いを狙わないといけない。だから……爆撃を掻い潜る方法を模索した。
パチッ
しかし、答えが出る前にウィンディーネが腰につけていた球を外して掴み、そのまま自分でトスを上げて勢いよくそれを私に撃ち込んでくる。魔力が伴った球が金属バットにあたり大きくへしゃげる。いや……あれは!?
ボフゥン、ふぉん………
「インパクトおおおおおおおおお!!」
へしゃげてみていたのは空間が歪んでいる。魔力なのかなんなのかわからない。だがヤバい事は分かる。私は大きく大きく逃げるように横へ飛び、翼を広げて防御体勢を取る。球は私の横へ飛んで行き。遅れて魔力が乗ったボールから膨大な衝撃波と割れるような爆音が耳に到達する。
「ぐへ!?」
翼が散り散りに衝撃派で吹き飛ばされ、全身にハンマーで殴られたような衝撃がゆっくりと隙間に針を差すように通っていく。内臓も何もかもひっくり返ったような。体が全身を支える物が砕けるよう感覚でまた草原を転がる。
「あ、が………がは……」
肺から全ての空気が押し出されて嗚咽を漏らす。そして、ゆっくりと息を吸い込めるようになり、震える手で上半身を持ち上げようとしたその時。
「ゴット!! インパクトおおおおおおお!!」
ウィンディーネの声ともに神速の速さで振り込んで来たバット先に顔を強打され、顔面を崩されたのだった。
*
「うきょ!?」
ガバッ!!
「あ、あたま……ある!? あたまあるよね!?」
起きた。頭にバットが食い込むのが生々しく残り、手で自身の体をペタペタと触る。
「あ、あった……」
ウィンディーネに敗北した。呆気なく負けた。何も出来ず一方的に負けた。恐ろしい力でねじ伏せられ。得意分野の力押しで負けた。
「………」
余裕を見せた訳じゃない。油断したかもしれない。だけどそれがあったとして私は勝てない事を悟る。
「つ、強くなったと思ったのに……」
ウィンディーネはまだ眠っていた。ネフィアお姉ちゃんは起きており部屋にはいない。
「……あれ?」
目頭が熱く。目元を手で触る。そこには水滴がついていた。
「はは、ははは」
渇いた笑いを出して、沸き上がる感情に目を向ける。焼けるような熱い感情は涙となって溢れていた。
「うぐぅ……悔しい」
そう、私は悔し涙を流している。油断したりとか勝てるとかそんなレベルの敗けじゃない。完全敗北であり、今までの努力した結果を出せずにただただ一方的な負けに悔しさが滲んでくる。
「うぅうううう!!」
そして……初めて負ける悔しさが本当に胸に大きく大きく膨らんでくる。負ける悔しさを今、この瞬間に強く理解した。
「あああああああ!!」
大きな大きな声で泣き、ポロポロと悔しさを涙として落とす。すると、腕にモゾモゾと登ってくる物を感じ、涙をぬぐってそれを見ると白いダンゴムシがこちらをみている。
(ええ泣きぷりじゃ。確かに今回は負けた。じゃが、負けたからこそどうすれば強くなれるかも分かってきた筈じゃ。悔しい思いがあるうちは強くなれる。アンジュ殿、まだまだ先は長い。頑張るのじゃよ)
「土海ちゃん……」
私はダンゴムシをつかみギュッと強く抱き締める。燃える想いを押し込めるように。燃える想いの理由のように。私は女神でありながら願う。
もっともっと……カッコよく、強く、逞しくなりたいと願う。
*
その泣きはらしたあとの午後。大雨になってしまった。ネフィアお姉ちゃんと私は大泣きするウィンディーネをみながら。彼女は大気を動かすのだろうか? いや絶対雨乞いだ。
「うわぁあああああん!! あああああ!!」
相当悔しそうに泣く彼女。勝った筈なのに。
「ウィンどうしてそんなに泣いてるの?」
「あああ、ヴァルキュリアお姉ちゃんと野球で勝負したんですけど…………打たれるわ、抑えられるわで……あああああああああ」
私はその気持ちがすごくわかった。だが、悔しさをバネに大剣で特訓しようとしたのに雨乞いをする彼女にそれをやめてほしいと思う。
「ウィンちゃん……雨乞いやめよう」
「お姉さああん!! 私は!! 私は!! あああああくやしいいい」
「ウィン……私も特訓したいのにぃ。ひぐひぐ……なんで泣くの……勝ったのに……雨乞いするの……」
「えっ!! アンジュちゃんも泣くの!?」
ウィンディーネに負けた悔しさがぶり返し。もらい泣きをしてその日。泣き疲れるまでネフィアお姉ちゃんを困らせたのだった。




