夢の中~暗殺者
夢の中というのは本来あやふやな物。だが、夢の世界と言う言葉があり、それはハッキリと感覚を伴う状況を作り出す。それにいつもいつも私は不思議に思う。夢の世界という物を……
「はぁ……はぁ……」
そう、思いながらも……確かに疲労を持ち、大きい剣を構え、訓練所の地面を踏みしめていたこれは現実としか考えられなかった。地面は硬い砂地であり周りには鉄のフェンスがついている。この場所で私は名のある騎士と相対する。空は暗い。しかし、訓練所は灯りがつき見通しは悪くない。
「はぁ、はぁ……ふぅ……」
そう夢の中の女神であるヴァルキュリア姉ちゃんが存在しているのだから明るいのだろう。そして、その姉ちゃんが連れて来た騎士から声をかけられる。
「アンジュさん。今日はこの辺にしておきましょう」
「はい!!」
目の前の騎士が盾をそのまま剣にしたような武器を下ろし、優しい笑みと蕩けそうなほどに柔らかい声で話をする。そう、目の前の騎士は恐ろしいほどに格好いい人であり。物語の王子をそのまま取り出してきたような騎士だった。勇者ではない、王子様なのだ。
「稽古、ありがとうございました!!」
私はその方に頭を下げる。そう大剣の使い方をレクチャーしてくれていたのだ。今までずっと。
「こちらこそ。お手合わせありがとうございました」
息を整え元気よく、剣を下ろして私は再度頭を何度も下げて感謝を示す。すると同じようにお辞儀をし騎士様もお礼を言い、近くにあるベンチに二人で座り。騎士様が総評を教えてくれる。
「トラスト先生は……息が荒れないですね……」
「ええ、防御だけでいなしています。では、総評ですが……」
「ごくぅ」
私は隣の騎士にドキドキしながら言葉を待つ。私が大剣を使うと決まった時にヴァルキュリア姉ちゃんが連れて来た同じ大剣使いの騎士に教えをもらっていた。そう、私の剣の先生である。ヴァルキュリアお姉ちゃんは拳なので教えられないので替わりと言うことである。
「もう、教える事はないですね。素晴らしいです」
「本当ですか!? そ、そうですか!? トラスト先生に一回も攻撃当てれてないですけど……?」
「防戦一方なので勝てません。本当に才能があり、大剣を力強く振れていると思います。なので一つ助言をするなら防御する場合は非常に分厚い剣なので硬いですが、攻撃に転じるのが遅くなりますのでそこだけを気をつけてください」
「はい!! いままでありがとうございました!! 先生」
「はい、ありがとうございました」
先生が優しく頭を撫でてくれる。その瞬間が本当にドキドキと身を震わせてしましそうになる。わかる、この女性を本能で楽しませてくれる魅力的な男性なのだと。なお、指輪が嵌められているので既婚者なのも納得する。こんな人はすぐに結婚出来るだろうと。
「そういえば昔に剣を使っていたことはありますか?」
トラスト先生の質問に首を振る。すると彼は顔を覗き何かを確信をもった表情で強く言い放った。
「あなたは記憶を失っているのでしょう」
「えっ!?」
「根拠は体の使い方、体の動かし方です。軸など、多くの訓練、鍛練をしてきた動きをします。実戦でしか感じれない間合いの取り方も全て。考えて動いていませんでした」
言われて初めて、私はそうだと思い知らされる。そう、体の動きはあまり考えてない。
「頭で考えるよりの体で反応しているのも散見されました。そして、私は確信をもって言います。体は覚えているが記憶がない状態です」
「才能とかじゃないのです?」
「才能は上達が早い時の話です。前もってあるのは才能ではない。体質だと思います」
「じゃぁ、私は元々……剣を扱えていたんですか?」
「そうなります。ただ、それを忘れている状態に感じました」
「……何ででしょうか?」
「それはわかりません。ただ、私は自信をもってそれが正しいと思います」
いきなりのカミングアウトで頭がこんがらがるが嘘を言っている気配が全くしない。いや、この人は誠実な人である。
「しかし、それももう関係ないです。四天王戦。お見事でした。すでに私より強いでしょう」
トラストさんは立ち上がり。訓練所を出ていこうとする。大きな剣を携えて。
「ありがとうございました!!」
それに再度背中に向けて大きい声で感謝を叫ぶ。
「はい、陽の加護があらんことを」
そう言い、彼は消えていく。すごくすごくいい人だった。本当にイケメンで……
「……お疲れ。アンジュちゃん」
「あっヴァルキュリア姉ちゃん」
ぬっと背後からヴァルキュリア姉さんが忍びよる。
「ちょっと惚れてしまうか不安だったけど大丈夫だったね」
「えっと……格好いいお兄さんですね」
指輪を見てたから大丈夫だろう。なお、私はそれで少しだけ少しだけ、残念に思うぐらいにはヤバかった。
「見た目若いけど……成人したお子さんのいる。おじさんですよ。あなたより年下ですけども」
「ふぁ!?」
私は消えたトラストさんの方向を見て驚く。そんな大きな大きな、お子さんがいたのかと。若い。
「ふふ、そのお子さんもあんな感じですよ」
「へぇ~」
それは気になる。
「もう、息子さんも結婚してますね」
ちょっと残念なような気もする。私は話題を変えるために質問をした。あの騎士は何者なのかを知らないのだ。
「その、トラスト先生はどんな方なんですか?」
「死者です。戦争で殿を務めて戦死しました。しかし、それで英雄として有名になった人ですね。ここの島に居るのは奥さんが人生を全うし、流れ着くまで待っているのです。愛妻家ですからね」
「そうなんですね。ここ……どう言った場所なんですか?」
私は今さら、この質問を投げた。するとヴァルキュリア姉ちゃんは寂しそうにそして嬉しそうに話をしてくれる。
「捨てられた島です。表の世界で忘れられた物が流れ着く場所であり、黄泉にもいけない者や人を待っている方々がたどり着く場所です。寂しい場所であり、それでも存在を許すからこその優しさがある。ここだけの変わった世界です」
「……ヴァルキュリアお姉ちゃんも忘れられたんですか?」
「いいえ、私は忘れられませんでした。存在していないのです。あと、こっそり教えてあげます。あなたをボコボコにした鋼の竜は私の彼氏です」
「ふぁあああああああ!? 竜!? 異種!?」
私はあの龍を思い出して姉さんの体を見た。
「人竜です。こんどまた紹介しますね。これはネフィアさんに秘密です。もし、話すようなら記憶を消さないといけませんので……気を付けて」
「はい……あの、ヴァルキュリア姉ちゃんってもしかして……」
「しっ」
ヴァルキュリア姉ちゃんは私の唇に指に触れて喋らないようにと釘を差す。私は思い付いた事を飲み込んだ。
「その答えは胸に入れときなさい」
どうやら私は答えの的を得てしまったようであり。そして……少し寂しく感じるのだった。
*
空を飛べるというのはズルであると思う私は最初に召喚された王国の大都市に帰還を果たした。堂々と夜中に空を飛んで侵入し、人目につかないように移動する。そして、空を飛んでいた事で伝令より早く都市に入り。明け方の宿屋のチャックアウトを済ませる。部屋には交易品を置き、明け方に私は屋根に登った。
明け空にはまだ3つの月が登っており。その存在がここを異世界だと示している。
「……3つもあるとありがたみが薄いですねぇ」
「お姉ちゃん……起きてるの? 寝ないの?」
「あら、アンジュちゃんこそ寝なくていいの?」
私の隣にアンジュが座る。そして、にやっとしてピースサインを出す。
「この前に免許皆伝した!!」
「?」
もちろん何を言ってるかわからない。まぁ聞いてあげとう。
「何の免許皆伝?」
「大剣の扱いです。えっと……夢でトラスト先生に」
「……トラストさんですか」
「お姉ちゃんもご存知ですか?」
「まぁ知ってます。そうですか……夢に出るのですね彼は……」
私はそれ以上深くは聞かないでおこうと思い口をつぐんで風を感じるように髪を耳にかける。キラキラと金髪が輝かせて、アンジュはそれを羨ましく見つめてきた。アンジュも綺麗な髪しているのにと思うが……違って見えるのかもしれない。
「風は気持ちいいですね」
「そうですね。姉さん」
アンジュも空を見上げる。明け方の星空の輝きはいつも通りだったが不思議と落ち着く事を知っている。そう、隣の人によって安心が得られているために。
「ふぅ、昔ね。旦那もいつもいつも屋根にあがって夜風を感じてました。今、あなたのいる場所で私も一緒に眺めてましたね。フフフ」
過去を思い出し、初々しい昔の少女だった時代を思い出す。
「トラストさんみたいな愛妻家って聞いてます」
「そう、愛妻家。でも結構怒るんですよ。まぁ、悪いの私ですけど……」
顔を逸らしてぼそぼそと喋る。アンジュはその顔を前から覗き込み口を手で押さえた。気になるらしい。
「ぷふぅ。黙っていればいいんですけどね」
「それ、どういう意味よ!!」
「そのまんまですぅ。ほら、大声出したら怒られますよ?」
「安心して。音は遮断してる。まぁ~もういいわ。せっかく起きているのですから酒場へ行きましょう」
「やった!! いくいく!!」
二人でスッと屋根から降り、そのまま問題なく、いつも通りに道を歩き出したのだった。
*
暗い、蝋燭の灯りだけの王室に二人の影がちらつく。ワイングラスで葡萄酒を嗜む二人がこそこそと話をしていた。
「勇者がご参加するそうです王。すでに都市に帰って来たとの報告があります」
「うむ。そうかそうか……では、準備をしよう」
「はい」
「夜道は危険だ。例え、勇者であろうとな」
「ええ、事故はつきものですから」
「くくく、宴会の準備が無駄になるな」
「わかりませぬよ。所詮勇者ですから」
「そうだな。勇者だもんな」
「全く、私たちの仕事と名誉を奪わないで貰いたい物ですね」
王ともう一人の男はヒタヒタと笑う。下卑た笑いをこらえるように、死を嘲笑うようにただ笑い合った。
*
「お姉ちゃん。ちょっと酔いました」
「吐くなら私に向かって吐かないでね。酔うことあるんですね」
「お姉ちゃんに酔いました」
「酔ってないわね。シラフね。アンジュ」
「それ、ちょっとナルシスト入ってません?」
朝からお酒を楽しんだ二人が宿屋へ帰る途中。路地裏へ入り、人がいない場所をそのまま歩いていると……
「……ネフィアと言う者だな」
「……ええそうよ。どちらさん?」
前方に複数人の男女が立ち塞がった。私は昔からの直感でこれがなんなのか理解をし、アンジュだけに伝える。
「アンジュ……今、素手で戦える?」
「……酔いが醒めました。わかんないですよ」
「なら、剣を貸しましょう」
私は緑に光る剣を出し、アンジュに手渡した。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「ヴァルキュリア起こして戦ってもらいます」
(ふぁああん。喧嘩ですか? 私がでないでも大丈夫ですね。すぴー)
二人の頭にヴァルキュリアの声が響いたあと音沙汰がなくなる。
「お姉ちゃん。素手で頑張って」
「あーはいはい……」
私たちはお互いの背中を合わせる。複数人に囲まれた中で一人の男が代表で話をしてくれる。
「すいません。これも……俺達のためなんです。許してください」
「なら私も許してもらおうかしらね」
そう謝罪し、路地裏で戦闘が始まるのだった。




