氷雪の戦乙女
砦、壁の上に仁王立ちする四天王の一匹。竜の首が何かを探しているように忙しく動かす。屋根に上がり様子を見ていると何人かの男女が剣や武器を持ち逞しく立ち向かおうとする人が目に止まる。ネフィア姉さんはそれを見て落ち着いたように溜め息を吐いた。
「なんだ、勇気ある人がいるじゃない。ね?」
そう言いながら、静観しようと腕を組む。私にはその余裕が恐ろしく感じられた。なぜそんなに危機感がないのだろうか?
(ええ、誰も戦わないと思ったのですが、ただ周りが見えてない人の情報だったみたいですね。任せましょう)
「そうですね。驚きましたが……任せても良さそうですね」
私は数十人の勇者たちにを見る。そして……彼らを応援しようとした瞬間だった。四天王の炎帝が大きい声で笑いながら、叫んだの。人の声で人に伝わる言葉で。
「おまえらが召喚された者たちか……ふん、雑魚め!! 潔く逃げればよいものを!!」
砦の上に立っていた竜が飛び上がり巨体で勇者の乗っている屋根の近くに降りる。その激しい飛び降りに家々は吹き飛ぶ。そして竜は手にもった大きな矛を振るった。もちろん勇者たちはそれは避けていく。
しかし、それは罠だった。飛び上がった瞬間に、矛が恐ろしい速度で向きを変えて回避行動中の勇者を切り落とした。大きな矛は斧のように切り落とすより切り潰すような光景が広がっていく。
「あっ!? ああああああああ!! そんな!?」
私が悲痛な声を出して惨劇を見続ける。
「……これはちょっと……ヤバいの」
(虐殺されてます!!)
私の目の前で無惨に矛で切り払われ、真っ二つになり、私は手で顔を押さえしゃがみ込み目を閉じてしまう。目の前で……勇者達が喰われ切り払われ握り潰され……蹂躙。気付いたら皆は泣き叫びながら逃げ惑うのだ。何か魔法や能力を使うが全く効き目もなく、家々も壊れ、逃げるしか方法はないようだった。恐る恐る目を開けて、あまりの強さの四天王の能力を見た。そして……それは絶望するには正しい数字が並んでいる。
攻撃:9999
防御:9999
敏捷:9999
魔力:9999
魔攻:9999
魔防:9999
その頭に出る数値に私は驚くとともにそんな……と悲痛な声が掠れて漏れてしまう。
「うっそ……そんな……私よりも……誰よりも強い。そんな……知らない……昔……うっ頭が痛い!!」
四天王が強いのは知っていた。でも、ここまで強いのは知らない。数値に出して初めて知る強さ。昔はそうなのかと無理やり思い出そうとするが痛みで思考が止まる。思いだせない……強い強い思い出すなと体が嫌がる。
(ネフィアさん。アンジュちゃんが能力見たらしいですが。アンジュちゃんの約100倍強いらしいです)
「……あれで100倍? えっあれで?」
(強さは弱いもの倒す場合は分かりにくいですから……もっと強いのではないですか? 戦えば)
二人の会話を聞きながら、身を震わせて顔を落とす。絶望が身を包む感覚。その中で……強い言葉が降ってくる。
「アンジュちゃん!! 立ちなさい!!」
その怒声に我に帰り、顔を上げて見ると……不敵な笑みを向けるネフィア姉さんが私に手を伸ばしていた。
「さぁ!! 早く立つ!!」
「は、はい!!」
私は怒られてその手を取り、スッと立ち上がる。そして、ネフィア姉さんと目が合い。私に落ち着かそうとしているのか笑みを崩さないネフィア姉さんが問う。
「……あれで100倍?」
「はい……私より遥かに強いです……もう、止める事は出来ません……」
「そう。なら……私の知るエルダードラゴン達のがもっと強いかもしれない」
驚く言葉を聞いた。もっと強い人がいると。
「えっ? それはどういう意味ですか!!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
質問は竜の咆哮に消される。そして……竜は叫んだ。
「出てこい女神!! この都市を今この瞬間に消し去る!! 出てこないならそこで見ていろ!! そこでな!!」
空に向けて叫んだあと、大きく飛び上がり炎帝の体から膨大な魔力の高まりを感じて私は冷や汗をかく。一瞬で都市を焼き付くすつもりであり。その恐ろしい未来への想像に震えた。ただただ目の前で無惨に殺される事がわかり、萎縮する。
「アンジュちゃん。ご指名よ……行く?」
「わ、私は……私……勝てないです……」
そう、勝ち目がない。勝てると思えないのだ。ネフィア姉さんに目を反らして答えるとため息が聞こえた。その問いに落胆している。そんな雰囲気なため息だ。
「……誰も戦わない。誰も倒せないから戦わない。あなたもその数値を見て戦わないの?」
「だって……どうやって戦えば!!」
反論……敵う筈がないと私は叫ぶ。すると……全く二人は動じなかった。
(はぁ、もう。いじいじして……しょうがないですけどね。それが普通ですよね。ねっネフィアさん)
「ええ、そうね。酷かしらね。アンジュちゃん。ねぇ女神と魔王の違いって何かわかる?」
「えっと……えっと……」
わからず視線を再度下げる。敵か私かしかわからないのだ。
コンッ
「ん?」
ネフィア姉さんに下を見ていた頭を小突かれ、頭を押さえながら顔をあげる。表情を見ると優しく微笑みそして一瞬でキリッとした凛々しい顔になった。その顔は……悲壮感も怯えも、恐怖も全く見えなかった。ただあるのは……私にはわからない感情だった。
「アンジュちゃんは皆を護りたい?」
「それは……もちろん」
(なら、私はアンジュちゃんを護りたいですね。食いしん坊でかわいいので)
「最近、起きたらヨダレ垂らしてるのヴァルキュリアのせいだったのねぇ……ふふ。いいですよ。乗ります」
(ええ、そうですよ~私のせいです。だから……行きましょう)
「あ、あの!! そんな事を言ってる間にも大変な事が!!」
炎帝を指を差し。慌てふためきながら二人に注意を促した。しかし、全く聞き入れない。
「アンジュちゃん。女神ならば。上に立つ者なら。こういう時は笑って虚勢を張りなさい」
(そして……敵わないと知りながらも後ろめたさを感じさせない。そして……思い出しなさい。何人の人々の前に立ってここに居るかを!!)
ネフィアお姉さんはそういい。ヴァルキュリアお姉さんは強い言葉で交じり合う。
「私は!!」(私たちは!!)
「魔王だから!!」(女神ですから!!)
ネフィア姉さんはそう言い放ち。私に1歩2歩前を強く前へと歩く背中を見せた。白金の鎧の背中は何故か凄く大きく大きく見え……男性のように……誰よりも頼もしく感じるのだった。
*
身を震わせ、あの竜と戦おうと決めた私に声が届く。ヴァルキュリアが相談するように優しく語りかける。
(でっ……勝算はあるのですかネフィアさん?)
「……なんとか避難まで時間稼ぎ。その後に都市ごと竜を焼く」
(それではもっと被害出ますよね)
「ここが終わったら他の都市で被害を出す。ここで倒すしかない。切り捨てられる人も出るでしょう。だけど……そうしか出来ませんよ」
1000人の被害を100人に抑える事しか考えない。そして……勝つかもわからない。突破口を手探りで開けるしかない。厳しい戦いである。
(ネフィアさん武器もないのにどうやってですか? 置いてきたのでしょう。双剣)
痛い所指摘される。
「……うぅむ」
そう、私は剣士である。剣を使い戦い抜いてきた。それ以外では炎の魔術で焼き払い、クイーンもそれで倒した。魔導剣士に近いと思う。いや、剣は……トキヤ以下か。
(それに……ネフィアさんの剣はあそこまで大きい魔物を斬るには弱いですよね)
「……そうです。だから魔法で戦うしかない」
右手から炎を生み出す。これでどうかしらと頭に問う。
(その、案ですが私に体を貸してください)
「えっ? そんなこと出来るの?」
(ふふ、一度だけ借りてます。ほんの一瞬だけ……こう、目を閉じて夢に落ちてください。それで譲るイメージを……後は私がやります)
一度借りているに心当たりがあり、あなたはやっぱりあのときのと私は言われるままに目を閉じる。するとスッと体が軽くなり。目を開けると今さっきの視線に何処か周りも見えるようになりアンジュちゃんが胸に手を当てて不安そうにしていたのも見えた。
私の体。手の平に乗った炎を持った私が炎を力強く握りつぶす。白金の手甲がメキメキと音を立て握りつぶした炎を振り払い『バァン!!』と大きな音と火花を撒き散らす。
「……ふぅ。体を鍛えたらどうですか? ネフィアさん。ちょっと重たいようで動きが悪そうですよ」
(うっさい……)
「ふふ、でもまぁ。大丈夫、行けそう。アンジュちゃん……」
ヴァルキュリアは背後の子に声をかけた。力強く手をニギニギとして具合を確かめながら。
「あの竜の喧嘩を買っていい? アンジュちゃん」
「えっ……? ネフィアさん?」
(今はヴァルキュリアです。体を貸したから)
「そんなこと出来るのですか!?」
同じ驚きを私もしてるがそれどころではない。
「出来るわ。今は出来ないとネフィアさんが戦い。もっとここに被害が出る。今のネフィアさんでは相手を倒すのに火の海にしてしまう。武器もないから」
「ヴァルキュリア姉さんも武器ないじゃないですか?」
「私にはこれがある!! もう、喧嘩貰うよ!!」
ガッシャーン!!
ヴァルキュリアは白金の手甲で拳を打ち合わせ大きな金属音を響かせた後を合図に屋根を走り出す。追いかけるような視線に私は『へぇ~』と声を漏らした。改めて私を見ると……肌が綺麗である。
「本当に空気読めない人ですね!!」
怒られた。
(ごめん……でっどうするの? 武器って……手甲よね?)
「手甲は鉄の塊です。それは鈍器としての武器になる。いま、それを証明します!!」
(どうするの?)
「黙って見ててください……そろそろ、戦いに集中しますから」
そう言い、屋根の上から高く跳躍したヴァルキュリアは羽根を広げず。驚く方法で炎帝のもとへ向かったのだった。
*
ヴァルキュリア姉さんが屋根を駆けて行く。その背中を見ながら空に飛んでいる炎帝にどうやって行くのかと思いずっと見ていた。そのとき、スッと姉さんの姿が消える。
「消えた!?」
今日は驚いてばかりで私は目線を目まぐるしく見ると。炎帝の周りに氷の結晶などが空中に散乱し、炎帝が色んな方向を向き何かを追っていた。驚く表情の竜に私は何がと観察する。
「何が起きてるの!?」
追っていた炎帝の目線の先には氷の結晶があり……それが勢いよく弾けキラキラと氷の粒が太陽光で輝く。そしてそれは魔力として溶けて消えた。それが何個も何個も同時に爆せて雪となって降っていく。それと同時に破裂する音が大気に響いた。
「うそ!?」
目線が慣れたとき。なぜ竜が慌てているのかその光景を捉える。氷の結晶を足場にヴァルキュリア姉さんが空を駆けていたのだ。直角に直線に、恐ろしい速度で炎帝を翻弄し、そして隙をつき空中でとどまる彼の横腹に向けて突き進んだ。
ドゴォオオオオオオオオオオオン!!
膨大な衝撃音。
「はい!? 手甲使わないの!?」
鈍い激しい金属音がぶつかり合う音が響く。ヴァルキュリア姉さんの両足が炎帝の横腹に突き刺さっていたのだ。その威力は凄まじいく。炎帝が都市上空から吹き飛ばされ都市外へと弾き出される。
「はい!?」
慌てて私は羽を広げて飛び上がり、炎帝の行方を見るとどうやら都市郊外で地面に転がりながら体制を整え。矛を掴んだまま四肢の爪を地面に差し込み滑るように移動した。止まった瞬間口に膨大な魔力の集まりとそして……ブレスの放射を見る。キラッとした瞬間に放射が都市の上に走る。
「うっ!?」
眩しく目を細める。それは熱線だったと思う。一直線に光の束のような物をヴァルキュリア姉さんに打ち出したのだ。しかし、光の中で姉さんの小さな体はそれを避けて熱線を回るように上下左右と氷の結晶を足場を蹴りだして高速移動し炎帝に肉薄し懐に入る。そのまま、拳を固めて炎帝の顎を殴り上げた。熱線が空の雲を裂き、空へと消える。あまりの力技に背筋が震えた。
「す、すごい……強い……強すぎる」
私はそんな感想しか出てこなかった。気付いたらずっとずっとその壮絶な戦いに釘付けになり拳を固めている私がそこにいる。そう……私は……
異世界から来た強者に心を奪われた。




