野良魔王、野良女神
「今日はここで野宿します」
「えっ!?」
森に入る手前で私は馬を止め、道の離れた所へ入りそのまま木々に馬を結んだ。手際よく荷物を下ろして野宿の準備をする。それをアンジュはただ眺めていた。
「そうそう、火は使いません。火を使ったあと、匂いで魔物を呼び寄せるので、避けるための移動が面倒です。今日は保存食だけです」
「えっと……私、女神」
「私は魔王です」
(野宿嫌ですか?)
「……」
何となくだがアンジュには野宿に嫌悪感があるようだ。女神と言う存在のプライドによるだろう。
「ふぅ……しょうがない子ですね。大丈夫です。目立ちますがそんなに窮屈な事はさせませんよ。ご飯にして今日は寝ましょう。お水を乾燥させ焼いた練り物です。美味しくないでしょうがどうぞ」
「……その。うーん。ご飯もいりません」
「そう? 女神だからいらないのね。はむはむ」
そのまま食べ終わり水を飲んだ後。私は翼を広げる。膨大な量の羽根にアンジュ食い入るように見てきた。夜の中に白金の鎧に身を包み、6枚の翼を広げる姿は目立つが魔物も忌避するだろう。
「ふぅ、重い」
私は鎧を脱ぎ、目のやり場に困る軽装になる。男もいないため。ちょっと大胆な姿をした。
「……こんなもんかな? アンジュちゃん、こっちこっち」
翼を大きく広げたまま、手招きする。そして近付いた瞬間に抱き付いて捕まえる。
「えっ!? えっ!?」
驚く彼女に小さく囁いた。
「では軽い服装になってね。そのまま横になって羽根で包み、テント擬きですごくから。便利な羽毛ベットなんです。眩しいのは……目を閉じて抑えられるはず」
「……そういう使い方なんですね」
「寝るための道具がいらないのは荷物が減って便利なんですよ?」
そう、言い。アンジュは静かに鎧を脱ぎ出した。
*
魔王の羽根の中はそこそこ温かく。それでいて外敵から護る盾となり……得体の知れない物で魔物も近寄り難いと説明をしてくれた。目の前で翼を広げて寝ているネフィアさんの顔を見ながら。まだ眠れない夜を過ごす。
(眠れないのですか?)
頭に声が聞こえる。これはあの人だろう。目の前の人は寝息を立てているし。
(寝る必要がないのです。女神だから)
(眠れないですよね。まぁ、そんなの関係ないですけどね。力を使えば)
(えっ!?)
フッと目の前が暗くなり。気付いた時には暗闇の中に佇んでいた。そして、ゆっくりと足音の地面と共にネフィアさんが現れる。黒い鎧に身を包んだ魔王ぽい格好で。
「こんにちは。初めまして。私も夢魔のように夢を見せる事が出来るみたいです。うまく出来て良かった」
似た声だが何処か落ち着き大真面目な雰囲気なのでネフィアさんではないのかと思い。彼女の名前を私は口に出した。
「えっと……ヴァルキュリアさん?」
「はい。ヴァルキュリアです。姿は似ておりますが私は確かにヴァルキュリアです」
「そうなんですね。えっと……改めてアンジュと言います。こんばんわ」
「こんばんわ~」
少し緩い感じの返事。そう、ネフィアさんが動ならこの人は静な雰囲気がする。鏡映しと言えばいいのかそんな感じであり。似て非なる者なのが感覚で知れた。
「まぁここはあなたの夢ですが、ちょっと殺風景なので……こうしましょう」パチン!!
ザァーザァー
ヴァルキュリアさんが指を鳴らしたと同時に磯の匂いと月光の照らせている海が目に前に広がる。落ち着いた空間でベンチも用意されている。ヴァルキュリアさんはベンチに座り、私も隣に座る。そしてそのまま正面の夢の中の海を眺めた。海は月光りに照らせれた波がキラキラと輝いて途方もなく続いている。
「これが私の夢の世界です。今日は誰もいない特等席です」
「……あの。何故夢の中へ?」
「アンジュさんが暇だと思いましたので……それと。せっかくなら、彼女はここへは来られませんから。あることないこと全部言えます。例えばネフィアさんの正体とか」
「……じゃぁ……彼女は本当に……いったい何者なんですか?」
「おっと……本当に聞くんですね。なかなかストレートです。好きですよ直球勝負は」
「……」
よく分からない単語が出てきたが褒められてる気はした。直球勝負……直球の勝負?
「そうですね。あるエルフの婬欲大魔王の崇拝者が書き記した報告書を引用しますと『彼女はその人にとってもっとも魅力的な姿や形を変える力を有する』と書かれ。また、『火の魔法の才などを人智を越えて備えていた婬魔であり魔王であり。私にとっては女神、その者である』というのがあります。その人によってネフィアさんの評価や印象は変わるのですね」
「……変幻自在?」
「みたいですね。それが英魔族の婬魔と言う種族です。でっ……私はネフィアさんの事を女神であると断言出来ます。ネフィアさんも気付いて認めている部分があるのですけど。魔王と違って、胸を張ってそれを言うのを恥ずかしい事と嫌ってます。言われるのは別にいいらしいですがね」
私のベンチの上で月を見て『はぁ~』と嘆息を漏らす。何となく気付いていた事で、やっと納得する事が出来た。そして、何となくだが私が女神であると言うのが恥ずかしい気持ちになってくるのだ。そう、多くを比較してしまう。
「女神様……なんですね」
「人間の神の他に魔族の神と言うのならその通り。そして、その名を神と表記せず。魔王と書くものなら魔王なんですよ。結論は他人の評価。なお、英魔族法では英魔族領の人間も魔族でもあるから……変ですが。人間も信奉する方がいらっしゃいますね」
「そんな方が何故、この世界に召喚されたのでしょう……私にはわからないです」
「……それはアンジュちゃんが鍵を握っている気がします」
「私が?」
「ええ、わからいですけど私の勘がそう囁くのです。証拠も何もないものですけどね。あっこれ食べます?」
ヴァルキュリアさんが気付いた時にはモグモグと何かをつまんでいた。黄色い細い揚げ物であり。私は首を傾げる。
「ジャガイモを細く斬り、油で揚げたあとに目の前の海から塩を天日干しで作ったのをまぶした物です。夢で膨れませんが味は美味しいです」
「……いただきます」
一本、コップに入った揚げ芋をいただき、口に含んだとき。私は口を押さえた。味は……なんとも言えない。芳醇な芋のたしかな風味が塩と油にマッチしていた。
「美味しい……生まれて初めてたべました」
「美味しいでしょう」
「はい、もうちょっと貰っていいですか?」
「好きなだけどうぞ。ただし……一つ」
「はい」
「姉さんって呼んでみて」
「ヴァルキュリアお姉さん?」
「んんんん~」
ヴァルキュリア姉さんは満足したのかそのままコップごと芋を渡してくれる。そして私はその中毒性の強い味を食べ続けるのだった。
*
「おはよう。眠れたんだねアンジュちゃん」
「はい……起きなきゃいけないの辛いです。ネフィア姉さん」
「ん? 姉さん? ん?」
「ヴァルキュリア姉さんがそう言えば優しくしてくれると言ってました」
(zzz)
「……ええ、そうですね!! 姉さん……ふふ、姉さんかぁ~」
寝ているヴァルキュリアお姉さんの言うとおりだった。




