剣を精錬..
あの占いの日から彼の生活が変わった。占い師からロケットペンタンドを購入し、「彼女」の肖像画を入れた。記憶を忘れないために。しかし、忘れることは無いことを自信をもって言える。トキヤの目蓋の裏には彼女が見えていた。目を閉じれば導きがあったのだ。
教会で跪く彼を私は覗いた。ロケットペンタンドを強く握る彼の背中はまだ小さい。私は全ての記憶を見届けようと思うのはきっと女としての性と彼が今から捨ててくる物を見ようと思った。そう決別や謝罪。人間に仇なす魔王を救おうとするのは人間では深い罪。全て裏切る事になる。私でもわかる。それはいけない道だと。
「もう、来ることはないな」
彼は振り返る事なく教会を後にした。その背中はまだ逞しさは無かった。
*
今度は武具屋の記憶だった。
「あーこの大きい剣クレイモアを一本」
「兄ちゃんには無理だ」
「無理かぁ………でも下さい」
魔法使いをやめないといけないらしい。騎士の魔法使いは普通にいるのだが。護る騎士は剣が必要とのこと。想定する敵は全て。魔物、騎士、人間、魔族。トキヤにはやらないといけない事が山ほどある。持ちやすい、使いやすい。護身用のブロードソードは保管しようと考えたらしい。私にはその剣に見覚えがある。
いただいた剣だった。あれはトキヤが護身用で使った物だったらしい。
「兄ちゃん………大丈夫かい?」
「お、重い」
「………魔法使いなんだから無理するな」
「う、う。まぁなんとかするさ」
両手で構えるが震えている。その非力な姿に私は笑ってしまう。本当に弱い姿だ。今の彼では予想できない姿だった。
「じゃぁ、貰っていくよ」
「まいど!!」
それを持って黒騎士団に入隊する。もちろん騎士団長に呼び出しを受けた。そして今度は執務室らしい場所の記憶だ。
「はい!! なんでしょうか‼」
「君は5番隊。風の魔法使いであり珍しい部類だ。何故、大きな剣を背負っている」
「魔法使いをやめました」
「やめました!?」
黒騎士団長の仮面が外れそうになる。そりゃそうだ。しかし、トキヤは萎縮するつもりもない。進んでいく。
「あれは、入団のための手段です。剣士で行こうと思います」
「…………ならん。魔法使いとして教育を行う」
トントン
「ん? 入れ」
「やぁ!! なめた坊主!! 騎士団長さんこいつですか?」
「ああ、そうだ。1番隊長悪鬼」
大斧を持った大男。通り名は悪鬼。敵味方とも恐れる黒騎士団のエースらしい。トキヤは頭を掴まれ目を覗かれる。
「おい!! 坊主!! なめてんじゃねぇぞ!!」
「自分は大真面目です。あと………」
「おう!? 口答えか‼」
トキヤが「大真面目に歪んでいるんです」と心の声でコソッと言う。一番隊長は格好いい。本当に。睨まれて初めてわかるその大きさ。体格だけじゃない強者の風格。その記憶が私にも流れてくる。
「1番隊長!! めっちゃ格好いいっすね!! 俺もいつかそんな大斧振り回したいっす!!」
「お、おう!?」
「まぁでも………まだ自分では足元にも及ばないんだろうな~強くなりたい」
トキヤが落胆する。私は驚く。喜怒哀楽がしっかりしている。子供ぽい。
「か、変わった奴だな。怖くないのか?」
「怖くないかですか? ないです。憧れですから」
いつか越えないといけない壁。絶対の越えるべき壁。「怖くない」と言えば嘘になる。怖いのは彼女に会えなくなる方が怖い。トキヤがそう感じた記憶。
「尊敬し、越えたいと思うのは怖いとは言わないですね」
「…………本当に変わった奴だ。騎士団長。3番隊に変更し様子を見ようぜ。黒騎士団に入れる奴だ。もしダメなら5番隊に返品だ」
「………わかった。しかし、期限を設けよう。時間は惜しい、一月の猶予をやろう。それなりの物にしなければ上司の命令違反として免職だ。いいな、決闘相手は私が決めよう。再度試験を行う」
厳しい世界だが黒騎士団には必要な世界らしい。罰するために力いる騎士団だからこそだ。
「慈悲深き処置。ありがとうございます。1番隊長もありがとうございます」
「なーに…………お前の瞳が何かを訴えてたからな」
当たり前だ。あんたより強くなりたい。
「真っ直ぐ見つめ返し。喜んだバカはお前だけだ」
好印象に私は納得する。確かにトキヤは努力家だった。
*
一月で剣士になるのは大変だ。だから俺はなんでもする。死ぬよりは安い。そうトキヤが考えながら、方法を思い付いていた。故に白騎士の英雄に一番近いと名高い剣士に頭を下げようと考え、近い歳の皇族出身者。ランスロット様に。わざわざ本拠地に出向いて会いに行ったらしい。白騎士団とは、黒騎士団と対を成す騎士団だ。
黒騎士団は四方騎士団と黒騎士団、白騎士団の売国者や犯罪者等を監視し処罰するためにいる。
皇帝陛下の名の元に他の騎士団が出来ない帝国の利する事を積極的にする。そう、違法でも許されている組織だ。
違法に染まっても帝国のためになら許されているのだ。故に四方騎士団と白騎士団とは仲が悪く。一応、この全員と戦っても勝てないといけないため実力主義であるのだろう。黒騎士団に弱いのはいらない。
そう、嫌われている。今、トキヤは白騎士に掴まった。ランスロットに用があると言ったら。黒騎士団の調査でもない個人的な物なのだが。相手は探りをいれていると思われていい顔をしなかった。本当に黒騎士団は嫌われていることをトキヤは肌で実感する。部屋に案内され待つこと数分。目的の彼が表れる。
「僕に何のようだい?」
「うわぁ!! 凄い!! イケメン王子さまじゃん!!」
私はこっそり、大きくなったらトキヤも格好いいですよと囁く。確かに皇子さまは皇子ぽくて好青年だ。トキヤと一緒でまだ若い。確かに大きくなったらもっと格好いいと思う。いい表現が思い付かないが、男にもモテそうだった。
「同性愛者はお断りだよ?」
「あっ!! 違う!! 俺は惚れてる女性がいるし!!」
きめ細かい白い肌に王族特有の雰囲気を持ち。銀の鎧に身を包んだ、優しそうな騎士だった。声も大人しく優しい男声。とにかくモテる要素しかない。
「わざわざ新人黒騎士が何の用でしょうか? ローブを着ている所を見ると5番隊の魔法使いですね」
「実は…………」
黒騎士団長でのお話しする。トキヤは正座して、もちろん訓練や特訓のお金はしっかり払うと言った。
「君………少しおかしいのかい?」
「あっ、はい」
食いぎみの即答。だが、ランスロットとの記憶にもなんか「こいつ変」とトキヤが思う記憶がぶつかってくる。似た者同士なのだろう。
「正直に言われても困る事ってあるんですね……」
「一月で物に出来なければ除隊なので何卒。お願いします」
土下座。土下座に臆することなく皇子は言葉を続けた。
「何故、剣士に?」
理由を聞くのは興味からだろう。
「理由は報酬と一緒でいいでしょうか?」
「一月だけ『僕を買う』と言うことでいいなら。僕は君に剣を教えよう。白騎士団も暇でね。稽古も仕事も皆、なにもしなくていいと言うんだ。皇帝に近い男として腫れ物扱いですね」
理由はもちろん強い事。皇族と言う事で嫌がられているのが理由だ。皇族は皇帝の血縁。ちょっと気が触れればもちろん黒騎士連行処刑だ。実はトキヤも危ない橋ではある。
「ありがとうございます!!」
「こちらこそ。ありがとう」
「はい?」
「僕も一月したら理由を話そう」
あっ………ランスロットさんも寂しがり屋だ。私に似てるそんな気がした。
*
稽古の日。武器に合った木剣を用意し構えるが。近い質量なのでクレイモアの木剣は重たかった。構えるので精一杯。
「君、その武器をやめた方がいい。ショートソードにするべきだ。振れないなら意味がない」
トキヤは渋々、ショートソードの木剣を構える。白騎士ランスロットはクレイモアを構えた。
「僕は手加減をしない。一月で君が出来るかは君しだいだ。この木剣が折れたら。稽古を辞めるからそのつもりで」
「わかったぜ!! こい!!」
クレイモアの木剣をランスロットが勢いよく叩きつける。その剣の速さに彼は横腹を深く深く。打撃を受ける。体がくの字に曲がった。
「げはっ………ごほ!!」
「避けないのかい?」
「はぁはぁ、凄い。凄腕剣士はこんなに恐ろしいのか」
「君と僕の実力差。これを知らないといけない。さぁ立って剣を振ってみよう」
彼は立ち上がって剣を振る。もちろん遅くクレイモアで弾き返され。剣が吹き飛ぶ。
「…………握っていられない位に力が弱いなんて」
「あー杖しか持ってなかったので。お飾りでしたし剣は」
「君、これを」
ナイフの木剣。それを彼が受けとる。
「満足に使える武器はこれだけでしょう。上級者向けに見えるでしょうが子供でも振ることができます」
「………はい」
「では、今から僕が剣を振り続けます。避けてください。実戦では一度でも当たれば死です」
懐かしい訓練法だった。そして、その訓練法は彼も味わった物だったのだ。そして、その日からナイフによる稽古が始まった。まずは避ける練習だけ。とにかく何度も何度も叩き伏せられる。
私より、弱い。私より、避けるのが最初は下手だった。
しかし、上達は早かった。毎日、何度も何度も膝をついたが、立ち上がる。不屈な精神は私以上だった。
ランスロットが彼の鋭い瞳にたじろぐほどに。鬼気迫るものだった。そんな懸命な彼に友も答えてくれたのだろう。彼らが仲良くなるのはそう遅くはない時間だった。
「今日はこれまでにしよう」
「俺はまだ、大丈夫」
「『気絶するまではやめよう』て僕は言ったよね?」
「そうだけど。このままではダメだ」
「焦る気持ちもわかる。しかし、体が壊れては理想を目指すことができなくなります」
「…………わかった。俺が剣を振れる日は来るのだろうか?」
「一月では無理ですね。長い年月で仕上がる物です。しかし、避けるのもうまくなりました。見込みはあります」
「まぁ、その間合いとか雰囲気とかは風の領分だからな」
流れを読む。その事は水の魔法と風の魔法で修得出来る。私は音を読む。
「風の魔法は便利ですね」
「まだ、表面だけ触れただけだから何が出来るかを調べていこうと思ってる」
「あと3日ですね。1日前は体を休めて下さい」
「…………どうなんだろ。勝てるかな」
「避けるのは上手いのでスキを見る。長期戦ですね。大丈夫です。黒騎士団を除隊したら、僕が君を推薦して白騎士団に入れましょう。一緒に頑張りましょうね」
友達とはすこぶる仲良くなっている。
「おお、助かる。お金は欲しいからな」
「お金ですか?」
「目的のために」
色々の準備のために。彼女が何を好きかを知らない。
「では、一緒にご飯行きましょう」
「どこ、行く?」
「歩きながら決めましょう」
仲がいい彼らに少し妬ける私がいた。夢の中で手を振り上げ椅子をイメージし、その場に出す。私はそれにゆっくり座り長い長い物語を視聴する。もっと深く、全てを見る。愛おしい彼の物語は私にとって何よりの童話に近く。ずっと見ていられるのだった。




