狐姫の憂鬱
戦いは終わった。多くの建物が吹き飛ばされ崩壊し、倒れた巨体の死体が転がる。そんな中で、仮説の診療所を用意し怪我人などを丁寧に治療をしていく都市の人々。そこまで、悲観的にならず。どこか達観している英魔の衛兵達が忙しく仕事をこなしている。
そんな中で私は1つの瓦礫を退かしてたてられているテントに訪れる。簡易ベットで寝かされている人に会いに来たのだ。
「店長、今日やってる?」
「……ネフィア。ここは居酒屋じゃないのじゃ。ふふ残念、やっておらぬのじゃ」
「じゃぁ帰る」
「ま、まつのじゃ!? 寂しいじゃないかえ!!」
「おっ元気ですね。倒れたと聞いてたから。姫様抱っこだったらしいよ」
「気絶中でそれはねぇ……起きている時にお願いしたいのじゃがなぁ……」
そう、目の前の狐の亜人。ヨウコの様子を見に来たのだ。もちろん、私はテントの外に声をかける。
「タナカさーん。起きましたよ」
「はい」
すると管狐の亜人、タナカが顔を出す。
「おお、大丈夫じゃったか……終わったの」
バッ!!
「大変……申し訳ありませんでした!!」
タナカが跪き、頭を下げる。いや、これは土下座。土下座である。
「……なんじゃ。頭を下げ」
「私が……私が……来たために……こんな大惨事になり」
「なんじゃ。そんな事か……大丈夫じゃよ。もう終わったの。遅かれ早かれ。ワシがここに来た結果が災厄をもたらす結果になっただけじゃ」
「……しかし」
「タナカよ。罪の意識を持つのじゃったら国へ帰って事の顛末を伝えていくのじゃ。また……戦争じゃろうがなんじゃろうが。奴はもうおらぬ。新たに狐をまとめる者が必要じゃろ。それが全て見てきたお主でいいんじゃないじゃろうかのぉ」
ヨウコがゆっくりと考え、言葉を選ぶ。
「ワシが見るのはちと……あの国は辛い思い出しかないからのぉ。あやつもそんなに好きじゃなかったのじゃな」
「あやつとは?」
「イナリじゃな。奴はワシの中で消えていったが……あやつの残った物はちと寂しいものじゃった。あやつ、ワシになりたかったようじゃな。ずっと……ワシを見ておったようじゃしの。全く、それ奪ってもそれは所詮。あやつの物にならぬと言うのにのぉ」
「……」
タナカが静かにヨウコの話を聞く。私は首を傾げた。
「羨ましい事って何でしょうね。ヨウコ大変そうなのの」
「そうじゃの。大変じゃが……ワシは今が好きじゃからな。もう歳のいった狐は落ち着く場所を探すのじゃろ……なんにも縛られず。野原を駆け回る。駆け回る中で誰かの腕の中はさも、気持ちいいものじゃ」
ポツポツとテントの上を見るヨウコの笑みは憑き物が取れたように晴々とし、タナカは頭を下げてその場を後にした。空気を読んで二人きりにしたのかヨウコは顔を隠してボソボソと喋りだす。
「そうそう、ネフィア」
「なぁーに?」
「毎回、ありがとうなのじゃ……何もお返しできんのが心苦しゅうなるほど。ありがとうなのじゃ」
「……親友ですからね。傾国の化け狐さん」
「その二つ名、かわいくないのぉ」
「格好いいでしょ?」
「ふぅ、わからぬ」
口を押さえ、照れ隠ししながら私たちは笑い合うのだった。
*
私が次に訪れたのは……トキヤが寝ているテントだ。多くの衛兵が出入りし、びっしりとテントの中に男がいる。むさ苦しい中で、子供ぽいゴブリンたちが唯一。むさ苦し中でのオアシスとなる。いや、その子供ぽいが大人であろう。ゴブリンの衛生兵は外で待っている。
「ここ、繁盛しすぎじゃない? あのぉ……」
テントに入ると一斉に目線を寄越す。鋭い瞳に突き刺さる感じがし、ちょっと半歩下がる。テント内は風が良くとおっており、むさ苦しそうなのに快適だった。
「女王陛下!? お疲れ様です!!」
「お疲れ様です!!」
「お疲れ様です!!」
座っていた人々が立ち上がり、敬礼をするのでそれに礼を返す。直立する兵たちに私は好きに休めと言い渡し。包帯をぐるぐる巻きにされて座っているトキヤに声をかけた。彼は包帯の手をヒラヒラと合図をするので私は近付く。
「でっ……以上。女になったあと。いつしか俺の先を進むようになったわけだ。なっネフィア」
「……なんのお話ですか?」
「昔にな、隣で一緒に歩んでいこうと言っていた昔話さ」
「まぁた……恥ずかしい事を」
「聞きたいと言われたんだ。エルフ族長の嘘ではない本当にあったことを俺は話をしていたんだ。まぁ皆に誤解を解く感じだな」
「そうなんですね。まぁ着色しすぎな本でしたね」
私もあの本はどうかと思う中で、衛兵の人が手を挙げる。
「……えっと。その、女王陛下にご質問です。嵐竜なる者を倒した事はあるのですか?」
「あります。正直、今回よりも凶悪なドラゴンでした」
「では、王配の剣で神を倒した事は本当ですか?」
「……他言無用。人間の神ですからね。答えられません」
「最後にいいですか?」
「はい、どうぞ」
「エルフ族長の話は解釈であり。やって来た事に偽りはないのですか?」
「……嘘をついた方がいい人生です」
ざわざわと衛兵たちが騒ぎだす。驚き、尊敬の眼差しで私を見つめ、流石は女王陛下と褒めてくれる。あまりにむず痒さを感じながらも首を振る。
「あまり、褒めないでください。恥ずかしいです。当然の事をしたまでですよ。それが、英魔国民です」
「はぁ~ありがたき、精神教育。ありがとうございました。行くぞお前ら」
精神教育に疑問を持ったが満足してテントを出ていく衛兵たちに何も言わず手を振るだけにとどめる。そのあとトキヤの隣に座り、魔力を込めて。聖職者の奇跡の祝詞を唱えた。みるみる回復し、包帯を私は取る。
「ネフィア。本当に回復魔法はすごいな……いつみても」
「昔から、よく怪我をする人が隣に居ましたから。得意にもなります」
「……最初は本当に嘘つき聖職者だったのになぁ」
「神様は居ます」
「……居たな。あんまりいい神様じゃなかった」
「そうですか。優しい優しいお姉さんですよ」
「見た目がな」
「……そうですね」
二人でアメリアを思い出す。今、どこに居るだろうか?
「……」
「……」
誰もいない。私はこっそり、彼の肩に手をやり……深く絆を確かめる。何度も何度も、絆を深く結む。彼が嫌がるまで。




