主の居ない教会~甘い残り香~
早朝、私は重い頭を上げて起き上がる。
「今日は起きるのが遅いなネフィア。いつもは俺より先に起きるのに」
「ん……夜中に動いて疲れたから」
少し気だるく髪を掻く。肩が少し重く感じる。だが、夜を思い出すだけで高揚感が満ち、しっかりと胸に残っていた。
「何処へ行ってたんだ? 土をつけてるから都市外になるのかな?」
「うん……トキヤは彼女の事を覚えてるよね。紫蘭さんの事」
「もちろん、覚えてる。殺したのは俺だからな」
彼はハッキリと殺った事を伝えた。
「紫蘭さんに会って剣を交えた。あれは夢だったのか現実だったかわからない。大きな音を響かせてたのに誰も起きていなかった」
「彼女はなんて言った?」
「何も言わなかったです。ただただ………私はあの日から強くなったことを実感させてもらっただけです」
「……俺には化けて出ないのか」
「トキヤには流石に化けて出ないでしょう。でも、何かスッキリしました。そして……ずっと剣で戦って来て良かったと思えるようになりました。物真似で始めた居合いも今では……認めてくれるほど上達したと思います。応援してくれてる。私たちを……トキヤ。彼女の分も幸せになってね」
「なるほどな。それを伝えに……強くていい女だった」
「うん」
私は起き上がり、髪をとく。鏡の私は笑みを溢してボサボサになった髪を櫛で手入れをする。
「ネフィア。今日は何処へ行く」
「教会に顔を出してみましょう。主の居ない、あの教会にステンドグラスを見にね」
*
懐かしき教会に足を踏み入れる。ステンドガラスに太陽の光が差し込み。教会を照らす。女神なのだろう像が輝いているように見える。
俗世とは違った雰囲気。神聖と言う言葉を思い出す空間だった。しかし前よりの人は多く。何故か英魔族の冒険者だろうか。人ではない者も祈っていた。
「綺麗な教会ね。本当に………」
誰もいないのが寂しいが静かでいい場所だ。
魔族の私は不相応なのだろうが心の底からそう思う。隣を見れば、彼もいる。
「本当にここは無駄に整備されてるな」
「すごいひどい言い様」
「あの目の前の女神は居ないだろ」
「あの目の前の女神は居ますよ。姿形を変えて……私を導いた姉さんが」
「なるほどな。エメリアか……なんだろう。あの像、汚れて見える」
「トキヤ……なんてひどいことを……」
「お前……エルフ族長が作ったエメリアの像を見てないからそれが言えるんだろ。表と裏があって表は普通なんだが。裏で飾られてるのは……破廉恥やぞ」
「帰ったら見てみたい!!」
「成人証明必要だからギルドカード必須な」
「うわぁ……それ聞くだけで破廉恥」
私は神聖な空気の中で何故か猥談に発展した。姉の破廉恥なのに少し頭を押さえる。そういうイメージの女神だが……もう少し。もう少しどうにかならなかったのだろうか。
静かな教会のベンチに私は座り、フードを外し祈りを捧げる。相手は一応、姉である。祈るのをやめる。直接言えばいい事と、顔を見せる時にあの日こんなことをお願いしたねなんか言われるのが目に見えていた。
弄られる種を残すことはない。
「昔より……信仰心薄れちゃった」
「……そうか」
隣のトキヤを見るとなんとメダルを持って祈っていた。驚く私は彼を揺さぶる。
「えっ!? トキヤ!? 何か攻撃された!? 祈ってどうしたの?」
「ネフィア……一応、英魔宗教者だ。ただ相手はお前だから直接言う。妻に加護があらんことを」
「トキヤぁあ~加護るよぅ。絶対に加護るよぅ」
「う、うん……やっぱ変だなこれ」
私は感極まり。彼に抱きつく。魔力を流し、祝詞を謳い。彼を祝福し愛を注ぐ。私の寵愛にトキヤは照れ出す。
「人前だバカ……」
「うーんうーん。トキヤぁトキヤぁ~……あっそういえばここで初めて懺悔室を知ったんだ」
私はトキヤから離れる。そして、手袋を外し……手で輪っかを作り、指にはめて指輪のジェスチャーをする。
「おい、トキヤぁ……あるだろぅ」
「………いやいや。時効だろう」
「あの日、私がどれだけ酷く泣いたか知らないから言える。思い出したからこそ……ちょっと聞こうじゃない?」
「まぁまて。俺は忘れてしまった……そんな昔の事」
「じゃぁ、残滓を呼び起こすから」
「ちょっとまてネフィア!! そんな事をしてはいけない!!」
私はこの場所に残っている記憶と私たちの記憶を夢魔の力で呼び起こし、その場に幻影を生み出した。若い日の二人が仲良く座っているのが見える。強い強い感情だったのだろうハッキリとしていた。
そう、しっかりと今の私たちを媒体に教会が思い出を思い出せたのだ。
「元魔王がこんなところに来るとは………」
「俺もこんなところに来るとは思わなかった」
「お前が誘ったのに?」
「もう、二度と神の前に来るとは思わなかっただけさ。決別してるんだ一応な………声も聞こえない」
「…………私が祝詞を覚えているのに。人間のお前がそれでいいのかなぁ?」
「さぁ~どうだろうな」
トキヤは頭を押さえる。私は顔を押さえた。端から見たけどカップルじゃんか……こいつら。恥ずかしい。
「綺麗な教会、本当に………」
「ここは信仰深いからな。帝国にもあるが。ここまで手入れが行き届いていないと思うぞ、記憶では。帝国ではまったく興味なかったからな教会なんて………今も」
「………何で来た? 私の方が楽しんでるではないか?」
「いや、まぁもしかしたらとか。ええっと。何でもない」
トキヤがやめてくれと小さく囁く。私はそれに勇気をもらい力の行使続けた。
「………人間はこんな綺麗な所で愛を誓うのだな」
「そ、そうだな」
続けなければよかった。くっそ恥ずかしい事をこの小娘が言い出したのだ。雌顔でとにかく恥ずかしい。隣のトキヤはざまぁ見ろといい。私は我慢する。死なばなもろともだ。
「………ふふ」
「ご機嫌だな」
「ええ、幸せです………愛してます」ボソッ
「!?」
目の前の雌豚が囁く。聞いていないと思っていたがきっちりトキヤに聞こえてる事を知り私は悶える。トキヤも口を押さえて震えた。
「あびゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ネフィア、教会ではしゃぐな……なんだよこの拷問」
私たちは恥ずかしいためか顔を真っ赤にして見届ける。
「どうしましたか?」
「な、なんでもない…………」
「顔を下げて………目を閉じてくれないか?」
「ん? なんでしょう?」
「いいっと言うまで頼む」
真摯に見つめる昔の若い彼に昔の私は頷いた。トキヤが言葉にならない絶叫を上げて転がる。教会ではお静かにと私は注意をて震える彼の肩を貸す。
「………どうぞ」
目を閉じて、昔の私は下を向く。昔の彼がごそごそと音を立てて小さな箱を取り出して開けた。その中には私の結婚指輪が入っている。そう、綺麗な赤い宝石の指輪が輝いていた。
「おえぇええ……」
「トキヤ大丈夫!?」
「止めろ……若かったんだ若かっただよぉ」
トキヤが懺悔をしだし、私は首を振った。そう、止めようとしたが止まらないのである。
「ネフィア、もういいぞ。すまない、何でもないんだ………」
「あっ………そう……なの?………へ、へんなの」
「ごめん。俺、ちょっと教会の外で風を感じてくる」
「わかった………」
昔の彼が立ち上がって教会を出る。昔の私はすごく残念そうな泣きそうな表情で彼の背を眺め続けた。
「…………」
去った瞬間、体を強く抱き締め。強く強く。爪を立て。あまりの可哀想な姿になりトキヤを睨む。
「いや!? ネフィア!? 昔だからな!!」
「いくじなし」
「すいませんでした!!」
トキヤは素直に謝るのだった。




