英雄の世界よりも大切な護り切った令嬢
私は廃れた教会を後にし、ふと。あることを思い出す。思い出すというよりも行かなければと思うのだ。何故か背中を押され突き動かされる気がする。
「どうしたネフィア? 立ち止まって」
教会から少し離れた所で私は歩を止める。ダンジョンはそこまでの深さはなく。精々数時間で攻略でき、まだ日が高い。
「ううん、なんでもない」
そう言い。私はモヤモヤした気持ちでその場を後にする。
*
次の日、私はトキヤと別行動で動くことになった。トキヤはトキヤの仕事を私は私の思うように動く。まぁお仕事と言ってもギルドに顔を出して情報集めるだけの事だが、染み付いた物が彼にあり。どうも足を運ばないと落ち着かないのだとか。
わかる、私もトキヤが隣だと落ち着かない日もある。
そして私は、トキヤが家に残した服でおめかしをし、胸を無理やり詰め込んで着た軽装なドレス姿で貴族街を進む。衛兵騎士に止められずそのまま入れた私はある小さい屋敷の前に足を運んだ。
「……ここかな」
胸の奥でモヤモヤする気持ちを持ったまま。私は屋敷の前で棒立ちする。あの人とは少ししか関わってない。しかし、あの人の息子は今では英魔国の重役。挨拶ぐらいはと思いつつもいきなりの訪問に地団駄を踏む。
迷惑だろう。モヤモヤする気持ちのまま去ろうとした瞬間だった。
「はぁはぁ………あの!! あなたは!!」
私は振り返り金髪を揺らす。すると目の前に小柄な女性が駈け足で屋敷から駆けてきた。綺麗な黒髪を靡かせ、シワもない綺麗な肌の女性だった。見た目は本当に若く、声も若いまま。まるで時を置いてきたようなその方に深々と頭を下げる。
「こんにちは……アメリア・アフトクラトル様」
そう、彼女の名前はアメリア・アフトクラトル。自分の親友の夫である。ランスロットの母君にして……トラスト・アフトクラトルと言う英魔では英雄の寵愛を受けた妻である。私と出会ったのは私が連れ拐われた時以来の再開であった。
あれ以来、本当に変わらない可愛い年上の母上様だ。トラストさんの寵愛が見てとれる。
「こんにちは……今日はどうされましたか? 風の噂ではこちらに来るには些か大変なのでしょう……」
魔王とは口に出さない。だけど、知っているようだ。
「はい、近くを寄った物ですから……それに……勇敢に戦った彼に会いに来ました。最後まで勇敢に戦ったあの騎士に」
「……そう、だったんですね。ここでは人の目もございます。お茶をお出ししないのもまた無礼です。どうでしょうか?」
「では、言葉に甘えさせてもらいます」
私はトラストさんが護った。護りぬいた令嬢の後ろについていくのだった。
*
「どうぞ召し上がってください」
客間に招かれてのお茶会。用意され出てきたのはケーキだった。丁寧に作られたフルーツケーキに準備の良さを感じとる。果物を乾燥させた物を練り、大量の卵白と混ぜて膨らませた高級菓子だ。
「今日は私以外に誰かお招きを?」
「いえ、ただ……誰が来るような気がしてましたの。それが魔王様なんて思いもしませんでした」
「えっと……魔王様なんて、そんな大それた呼び名ではなく。普通にお名前をお呼びください」
「あら、謙遜なさって……誰がどう見ても魔王様でございましょう。戦場を駆り、撃ち破った武勇はその呼び名に相応しく感じます。それに、私の旦那様はその魔王ではない人に負けたのでしょうか?」
私はあっと思い。堂々と頭を下げる。そっか……そうなのだ。私は何故かトラストさんに敵意を持っていなかったが殺した一因でもあることを失念していた。
そう、何か変な感じである。
「……申し訳ありません。騎士の家であることを失念しておりました。そうですね。殿を務め仁王立ちし、余の万の兵をたった一人で止めた。敵ながら誉めるべき騎士であった。おしい、我が国にかのような人間はいない逸材だった」
途中、真面目に声音を変えて彼を評する。誉めすぎである自覚はない。何故なら事実な気がするのだ。
「生まれが違えば英魔の英雄になっていただろう」
「……ふふ。そこまで彼を評価していただき嬉しゅうございます。ただ一つ、言わせていただきますと。生まれが違わなくて良かったです。私は本当に彼と同じ国で生まれて良かったと思います」
「そうですね。ふふ、ランスさんもそんな感じで嫁さんに寵愛を捧げてます。きっと父上もそんな方なんですね」
「え、ええ……はい……ええ……まぁその……なんでもないです」
アメリアさんは笑みが少し曇り目線を反らして何やらちょっと残念そうな表情をする。何かを察し私は笑みを溢す。
「完璧って訳じゃないのですね」
「はい。でも、そういった所も大好きでした。変な人なんです。一途すぎるというか……真っ直ぐしか歩かない人でした。ふふふ、本当にあの人はですね」
私は饒舌になるアメリアさんの話を聞き続ける。時に二人で笑い、時に呆れながら。アメリアさんとトラストさんの今までの人生。そう、何故でしょう。辛い事のが覚えがいいと言うのに彼女の口からは幸せだった日々の事しか語られないのでした。




