陽女神の寵愛を受ける勇者..
俺はネフィアを庇うために前に出た結果。長年愛用していた剣を破壊され、丸腰で女神と相対する。
「………」
背後のネフィアは血溜まりに沈み。黒い翼がちりじりになっていた。柄が彼女の前に転がり、武器を失う。
「……まったく」
大きな鎌を振り上げる女神に俺は女神に近付き剣を引き抜く。女神に刺さったままのネフィアの剣だ。マナの聖剣ではなく……この剣を使う辺り。絶対の信頼があるようだ。
一瞬の判断で俺は丸腰を脱する。
「あら、ありがとう。抜いてくれて!! 後は消えていいわ」
ギャン!!
引き抜いた剣を使い。鎌を弾く。両手剣じゃない。物足りないが今はこれでもある方がマシ。それに………驚く。
「ふふ……」
キィンン!!
「………ん?」
鎌を弾くが、剣は折れず。刃こぼれせず。頼もしい。そう……まるで持ち主のように芯がある。剣が折れていないのだから……時間は稼げるだろう。
「…………あなた」
「なんだ?」
「恐怖はどこへ棄てたのかしらね」
一歩、二歩と女神が距離を取る。そして……女神は自分の頭を指差す。
「今さっき……剣が折れても恐怖せず。私に立ち向かう。理由は……時間稼ぎ」
「……」
女神が俺の顔を見てニヤリと笑う。
「わかる。今、なにを考えてたか」
「………」
「貴方は考えた。『心を読まれている』と」
「………」
「そして、『少し不味いな』と思う」
「………」
「ネフィアはかわいい………ばっかじゃない!!」
本当に思ったことを口にした。少し……肩の力が抜ける。
「でっ? それが?」
「それは……先読み出来る。あなたの攻撃は全て私には届かない」
「じゃぁ、別に攻撃しなくていいな」
「背後の愚かな亜人を信じるなんて……愚かね」
「……ああ愚かだな。だけど……あいつの気持ちもわかる」
女神はなぜか会話をして時間を稼いでくれていた。
「わかる……ふーん。あなたのは裏切った罰。殺したのは貴方のせい。私の言うことを聞き、魔王を倒せばよかった」
「……返答は心を読め」
「…………」
俺は返事を口に出さず、剣を握りしめる。女神は苦虫を噛み潰したように歪ませた。
「そこの女は!! 私の魔法でズタズタにした!! 何故諦めない!! 何故許しを乞わない!! 何故!! 剣を握りしめる!!」
「だから……『心を読め』って」
ニヤリと口を歪ませる俺。女神は益々苛立ち、鎌を力一杯振る。
耳元に囁く甘い声、誘惑しようとする声がまとわりつく。「ネフィアを助けてあげよう」など、揺さぶる声が大きくなる。からだの内側から。頭に直接伝え。俺をどうにかしたいようだった。
「……でっ? それが?」
「……………」
女神は無言になり鎌を振り上げる。声もピシャッと鳴りを潜めた。
キン!!
「………」
「………」
女神も悟ったのか俺をただただ殺そうとする。鎌で首を切ろうとし、大振りを行い俺は距離を取った。
ド素人の鎌筋。ド素人の体の動き。鎌の攻撃に重さが乗らない。
ギャン!!
俺は鎌は大きく弾き女神を突き飛ばした。歯ぎしりがきこえ。耳障りな女神の説教が響く。
「裏切り者……どこまで私の邪魔をする!!」
「ネフィアを殺らせん。そう、あいつが起きてくるまで永遠に相手になろう」
「くぅ……なんで!! 勇者として道を外す!!」
女神の考えが頭に流れてくる。それを俺は鼻で笑う。幼稚な考えにヘドが出る。
「都合のいい兵士が欲しいなら。天使をそのまま使って意思をつければいい。人形遊びは終わりだよ」
女神の猛攻を俺はなれない片手剣で防ぐ。
心を読まれようと、俺自信に勝ち目が無くても。
ネフィアの剣のように折れることはしない。
いつだって俺たちはそうやって来たんだ。
*
体が重かった。耳元に聞こえるのはトキヤの叫びと女神の罵声。金属の打ち合う音。
体は何かの剣で刺されたのか所々痛みと熱を発し、床を濡らす。
初めて感じた死の瞬間。
初めて感じた絶対の敗北。
鎧の中から攻撃されたのか……からだの至るところがズタズタで生きているのが不思議だった。内臓なども傷がいってる。
口の中は血の味……鉄の味がし。四肢がゆっくりと冷えていく。
「………」
まどろむ中で私は謝る。愛しい我が子に。
「ごめん……おかあさん……勝てなかった」
「もう少し……考えればよかった」と後悔する。
「もう少し…………相手は女神であるからこその強さを知ればよかった」と後悔する。
そう、過信した。「いつものように勝てる」と思ったことを後悔する。甘さが招いた結果だ。怒りに身を任せた結果だ。
「…………げふ」
今は生きている頑丈な体が辛く感じる。あの子に会いたい。あの世で。
「……………」
ギャン!!
目を閉じ、耳元に彼と駄々っ子のような女神の声が響く。
「はやく死ね!! トキヤ!!」
「女神………余裕が無くなってきてるぞ。絶対の有利だろ? 邪神の顔だぞ」
「生皮剥いでやる!! 永遠の地獄に落とし!! 裏切りを後悔させてやるううう!!」
耳にトキヤの戦う音が入ってくる。
「………ふぅ………」
トキヤの諦めない声が聞こえる。
「…………そっか」
トキヤの私を待ち、護りながら戦う音が聞こえる。そう………愛が見える。
「そうだね。私らしくない……おかあさんらしくないね……はは……」
フワッ……
私はこの瞬間。今さっきの女々しさを捨てる。
思い出せ……愛しい人の背を、今も向かう勇者の背を。
思い出せ……今までの道筋を。
思い出せ……万の帝国兵の前に出たあの高揚感を。
思い出せ……知り合った人々を。
思い出せ……私は誰だ。
思い出せ……私はネフィア・ネロリリス。
「ぐっ………ふぅふぅ!!」
思い出せ……何故、誰のため、誰のお陰でここまで来れたかを。誰を愛し、誰のために尽くすと決めたかを。男から女になった理由の原点はなんなのかを。
私は血塗れの体に鞭を入れ立ち上がった。
ただ真っ直ぐ……彼のようにまだ諦めないために。
私は……彼のために生きなくちゃいけない。
彼の愛に答え続けないといけない。
*
「「!?」」
私は裏切り者の勇者の背後に膨大な魔力の発露を感じとり、慌てて勇者と距離を取る。
「………何故生きている!?」
距離を取り、立ち上がる魔王を見た。散った黒い翼が白に塗り替えられ、再生されて翼がはためく。私は確かに力を使い、体の中からズタズタに刃を生み出して殺した筈だった。
どうやったって人なら死ぬ。得体の知れない恐怖に一歩後ろに下がる。
「……ひっ」
赤く濡れた鎧に白い六翼。その姿は亜人らしからぬ姿だった。その姿に心当たりがあった。
「……つっ!!」
私は唇を噛み、鎌を振り上げ投げる。しかし、その鎌は弾かれて私のもとに戻ってくる。
「邪魔はさせない」
「と、き、やぁああああああ、何度目だ!! 何度目の邪魔だ!! 目の前の裏切り者は何度も私の刃を遮る!!」
目の前の忌々しい男に何度も邪魔される。
「ふぅ………怒りに我を忘れるなんて私らしくなかった……まだ……終わってない……トキヤがいる……」
ネフィアの声が響く。赤い血がゆっくりと白い羽根に姿を変えて舞い上がり。部屋を魔力で満たされていく。赤かった鎧は白金の光沢を思い出して血が羽根となって浮き、いつしか彼女の傷口は塞がり、目に見えて回復する。
「ぐぅぐうううう!!」
私は目の前の魔王を睨んだ。絶対に有利な状況、絶対に倒される事がない筈なのに……何故か私には余裕がない。
*
睨まれている。ヴィナスに……
「……」
立ち上がる力はある。無理矢理に立たせた体は重たい。目の前を見るとトキヤが私の剣だけで戦い続けている。
本調子じゃない。すぐにでも倒れそうだ。だけど……何故か……何故だろうか……支えられて立てている。
ズシッ!!
私は右手に重さを感じ取り右手を見た。
折れたツヴァイハインダーの柄を握りしめていた。いつ握ったかわからないトキヤの愛剣は砕け……何故、私の剣で戦っているのかを悟る。
「……ん」
そして、私は体を動かす。
エメリアの優しい声が聞こえた。
「我が愛しい妹よ。身を捧げ、さぁ……来るのです」と。
「想いを手に……未来を掴むのです」と囁く。
私は体を回し、剣を投げつけるつもりで力を込めた。
どうすればいいかを私は知っている。体が心が、問いを得ている。
私では勝てないことも知っている。
勝てる方法も私は知っている。
信じた。
そう、いつだって……彼は私の勇者だ。私は私を越える。
「んんんんんんはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
力いっぱい……体を捻り込み、両手で柄を掴み魔力を流す。
勇者には勇者たる武器が必要だ。
だから……私が用意する。
柄の先に光が集まり。光が鋼の粒子となり結び付き、体を捻る間に刀身を創り、イメージ通りの何度も何度も私を救った彼が長い間、使い込んだ形へと蘇る。
刀身は茜色に染まり。私の周りを火花を散らしながら一瞬で作り込んだ剣を精一杯の力で勇者に投げつけた。私の選んだ者に武器を与えるように。
*
魔王への攻撃は……届かない。目の前の勇者が邪魔をする。
絶対に勇者は女神に勝てない。勝てない。だが……目の前の勇者は気にもとめない。蛮勇を見せ続ける。そして……背後で驚く魔王の姿がちらついた。
翼と髪が白と金色から一部が茜色に染まり、剣を勇者に向けて投げつける。
「……チッ!! 強い!! 認める!! 魔王、そしてその裏切り者!! お前らは強い!!」
魔力を鎌に乗せ、勇者ごと投げつけられる剣を切り払おうと力一杯横一線に振る。柱などが真っ二つに切れる中で勇者が跳躍し、私の頭上を越え背後を取る。なんとか、回避行動を取らせる事が出来た。そして迫ってくる剣は私の目の前で吹き飛ばされた。
「これで……なに!?」
吹き飛ばされた剣が光となって消える。慌てて背後を見るとネフィアの剣を捨て、右手に大剣を握る勇者が立っていた。
魔王の声が響く。「聖剣は持ち主に戻ってくる」と。
*
ジュウウウウウウウウウウウ!!
右手が焼ける。泥々に皮膚を焦がし、俺に生きている痛みを刻む。まるで太陽を掴んでいるような熱さを感じた。
ネフィアは肩で息をし、この剣に力を託した事が重さと熱で分かる。
「……」
己の罪の重さで長くは持っていられない聖なる剣。手が壊れる前に決めないといけないらしい。
だからこそ、自然に……剣を肩に担ぐ。両手で柄と途中の刃を掴み。歩幅を整えた。
凡人である自分が唯一。玄人の紫蘭を切り伏せた技。居合いを切り下ろしで行う技だ。
「……すうぅ……はぁ………」
俺はその姿勢のまま女神に近付く。
一刀の元に切り伏せるために。
*
目の前の勇者が全く反応を示さなくなる。剣を肩に担ぐ姿勢に私は笑みを溢した。
最初は驚いたが所詮持ち手が人間の勇者。時間がかかったがある力を行使する所まで魔力が整う。
時間稼ぎの結果。私の方が有利になる。
「………止まれ」
ピキィ
魔王も何もかも時が止まった。膨大な魔力が一瞬にして抜け、体が希薄なる対価を払う。信仰が減り……消える危険がつきまとうが効果は絶大だ。
「……フフヒ……時間稼ぎは終わり。これで私の勝利よ!!」
やっとやっと……勝てる方法を見つけ……鎌を降り下ろし………
ズリッカランカラン
私は何故か鎌を落とした。
「えっ……な、なんで……何が?」
「………」
勇者の剣が私の肩から一刀のもと、真下に降り下ろされている。血などは出ない……だが……体の自由は聞かない。
「ルールブレイカー」
止まっていた勇者が声を出しながらある剣を落とし、彼だけ時間が動いた。
「……センゲトキヤ………女神のお前が勇者に渡した能力忘れるなよ」
ズサッ
私は床に倒れた。最後に魔法を残して。




