イヴァリースの戦い~帝国右翼敗走~..
帝国軍右翼、混戦状態が長く続くなかで背後を突こうと動き出したトラスト率いる南騎士団6番隊は……動きを止める。
空飛び回っていた亞人たちと都市から走ってくる一団によって背後が突けなくなったのだ。
トラストは相手の動きの速さ、対応力に今までにない危機感を覚える。
「……」
そして……その一団に仕方なく戦線を引き。南騎士団の同僚1番隊長の元まで帰っていく。
東騎士団長に任せ混戦から抜け出し、情報を求めていた同僚に馬を寄せた。
「……トラスト。背後は突けなかったのか?」
「都市からと空から部隊が対応してきた。6番隊だけでは……数が少ない」
南騎士団1番隊長は眉を歪ませて。苦虫を潰した顔をする。
「右翼側面、背後は無理……これは……」
「時間稼ぎだ……それもまんまと引っ掛かり……」
二人は理解した瞬間に事態が悪い方向に向かっている事を知る。
「1番隊長!! う、右翼……突破されました!! ちゅ、中央も虚報が飛び交い……多くの脱走兵が……」
伝令の馬を乗った軽装の兵士が慌てて隊長に報告する。
「なぁ……1番隊長。進言しよう………魔国は強い。そして騎士団壊滅の危機だ」
「……………」
トラストは情報を纏めて一つの結論を導き出す。
「殿は……任せろ。6番隊長が命ずる。殿を志願する者はここに残れ……南騎士団員でも募れ」
「トラスト……」
「……なーに。息子とはまだ決着がついていないだけだ。お前の役目は敵地生存を優先し南騎士団生き残りを帝国に返すことだ。中央から行くな……都市グリーンズから迂回し……他の騎士団を生け贄に生き延びろ」
「俺が残る……お前は帰れ。任された1番隊長の使命を全うする」
同僚の1番隊長が覚悟を決めた表情をする。しかし、トラストは顔を振った。
「残念だが……お前では殿は無理だろう」
「くっ……」
「足手まといだ……」
「辛辣だな」
「本当の事を言ったまでだ。一人で何人やれる? 俺は100人だ」
トラストは笑顔でそう言い。1番隊長の兜を槍で軽く叩く。
「先輩……アメリヤに僕は最後まで勇敢だったと伝えてください」
トラストは笑顔で戦場に戻るのだった。
*
東騎士団長は焦り出す。自分が倒せども、味方は減る一方なのだ。
騎士達の技量は相手よりも遥かに劣っている。大きい黒い盾を亞人が凪ぎ払えば騎士が吹き飛び。大きい体に槍を入れれば盾で防がれ、全く何も出来ずにいる。亞人達の戦い方を全く知らないために手探りで攻めているのだ。
そう……向こうの歩兵は騎士達の戦い方を知りつくしている。しかし、我々は知らないのだ。
「お前が……東騎士団長だな」
「つっ……ここまで来たか。全軍撤退!!」
歩兵の一人。屈強な体の亞人が立ちはだかる。東騎士団長はその場から去ろうとし背中を向ける。
「!? 将が背を向けるな!! 愚か者め!! 追え!!」
ザッ!!
東騎士団は遁走を開始し。歩兵のオーク族、トロール族はそれを追いかけ出す。しかし、騎兵と歩兵では速度が違い離されると思われていた瞬間だった。
「道をあけろ!! オーク族、トロール族!!」
「お前らはゆっくりと追ってこい」
「ランスロット殿、お、王配どの!?」
オーク族長の背後からドレイクとアラクネ族長リディアに乗ったランスロットとトキヤが部隊を引き連れて現れる。
「昆虫亞人族が空から先回りして撤退を妨害する!!」
トキヤが叫びながらオーク族とトロール族前衛に伝えていく。そして……そのまま追撃戦が始めると思っていた瞬間だった。
目の前に槍を構えて突撃陣形の騎士達が見え……歩を止める。
そして……中央。一騎だけ前に出て馬から降り。身長より大きい盾のような剣を構える人物が現れた。
「全軍止まれ」
トキヤはその姿に見覚えがあり。ランスロットも息を飲む。
そう……あの短時間で騎士を纏めあげて殿を用意した手腕以上に。死んでも戦い抜こうと残った者の強さを二人は知っていた故に。止めてしまったのだった。
*
帝国側は右翼崩壊からその情報により決定的な物になってしまう。
右翼敗走から始まった中央の兵士への伝達。その結果は悲惨な物となる。
中央では既に指揮崩壊が起き、逃亡兵が多く戦線を維持できずに英魔族中央に翻弄されていく。
帝国右翼も徹底的な防御を押し崩せず。足を止めた所を狙われ。右翼騎士団も敗走した。
北騎士団長は……途中。追い付かれリザード族長に討ち取られ。東騎士団長は回り込まれた昆虫亞人族達の奇襲に討ち取られる。
多くの兵士が阿鼻叫喚で敗走する。
そして……その中でたった1団だけは残り徹底交戦の構えを示したのだった。
*
帝国ドレッドノート。陛下の崩御に悲しむ中で屋敷に一人で部屋に籠る。アメリヤは雨の降る窓を見た。
空が泣いているような土砂降り。英魔族の快進撃に続く暗い話題で帝国内の雰囲気は沈んだ物になっていた。
パタンッ
「!?」
曇天の雲の中。暗い室内で家族の肖像画を飾っている肖像画立てが倒れた音にアメリヤはビックリした。
慌てて立て直そうとするが……立てるための足が折れてしまっている。
「……トラストさん」
あまりの不吉さに……アメリヤは夫の心配をする。肖像画を抱き締めて無事を祈る。
「……どうか……どうか……帰って来て」
南騎士団長6番隊長の妻はそれだけを望む。
だが……その日。既に帝国は大敗北を喫していたのだった。




