初戦..
城門四方を岩で塞ぎネフィアは城壁の上で陛下にいただいた旗を丸めて持っている。
「……そろそろか」
森を抜け平地の奥から蠢く物を視認する。それがゆっくりと迫り、大地は黒く染まっているほどに多くの兵士の影が埋めつくした。人間の多さにネフィアは感服する。森から現れる瞬間はまるで虫のようだった。
ネフィアの周りには将と成れる実力者が肩を並べる。ランスロットが口を開き隣の親友に声をかけた。
「やはり帝国ですね。今回は本気でしょう」
「ああ……歴代屈指の兵数だな。なんぼいるんだろうな?」
「ざっと20万でしょうか? 5~6万程度の時が懐かしいですね」
「だな……敵にするとその規模は段違いだ」
亜人の衛兵たちの顔が強ばる。帝国の兵の装備の質は違えども軽装の帝国兵を含めて20万以上の大軍勢に皆が唾を飲み込む。
トロール族長やあのオーク族長さえ。笑みは浮かべない。
ネフィアはそれらを見渡す。そして……声をあげた。
「国旗を掲げよう」
響く声に混成の亜人兵士は旗を掲げる。
太陽を象った旗が風になびく。
「旗を見よ、我らの祖国は見ているぞ。義務を果たさんとする行為をな」
静かにネフィアが兵士に諭す。余裕のある声に兵士は皆、「何か考えがあるのでは?」と信じた。そしてネフィアはそれを知り心で謝り、死後はきっと「地獄に落ちるだろう」と思うのだった。
*
北騎士団長と東騎士団長は城壁から離れた位置に陣を敷く。馬上から双眼鏡で城を見た。
偵察隊からは城門は固く閉ざし、出入りがないと聞く。籠城をしているのを確認でき、二人の兵士に攻城命令を出し、魔法使いには対魔法陣の形成を命令した。
「金髪のあの女性が魔王ですね」
「なかなか別嬪じゃないか……人間と変わらんな」
「変わらないでしょうが噂では多くの男を落としたと聞いてます」
「婬魔だったか。女であり、それを使ってからのあの地位だろう。恐れることはないな」
「そうですね。しかし、聖剣に選ばれた人であることを覚えておいては損はないかと?」
「剣が人を選ぶなぞ馬鹿馬鹿しい。ソードマニアめ、そんな事はない」
「そうですか? 私は素晴らしいと思いますよ」
ザッザッ!!
一人の兵士が駆け足で騎士団長の元へやって来る。
「北騎士団長殿!! 伝令です!!」
「なんでしょうか?」
北騎士団長は優しく微笑む。
「向こうの見えます。魔王から話があると……陣に赴くと使者がお見栄です」
「使者が?」
「はい」
北騎士団長と東騎士団長は壁に目を向けた。金髪の魔王と目が合い……笑顔になる。
「わかりました。会いましょう……世界に一つの聖剣の持ち主と聞いてますから。持ち手が気になるんですよ」
「わかりました。ではお呼びします」
兵士が下がる。すると目の前の魔王は後ろへと下がり見えなくなる。
「さぁ……どんな奴か見てやろう」
*
合う場所は……陣と城の狭間だろうと二人は思い。先についておく、何人の従者を連れて待っていると奥からドレイクに乗った魔王が一人で見えた。
白い鎧に白い飾りの兜。金髪の姿は美しく、これが婬魔と言われれば疑う姿でもあり、納得できる姿でもあった。
美しい魔王だと東騎士団長は「殺すには勿体ない」と思い。北騎士団長は笑顔で「女が剣を持つのに相応しくない」と思う。西騎士団長はただただ美しいだけしか思わなかった。
「余の名はネフィア・ネロリリス。英魔王である。会談に顔を出していただきありがとうございます」
馬上から頭を下げるネフィアに皆が威厳なく下の者のようなヘコヘコした仕草に何処と無く弱さを感じた。にやっとした東騎士団長が笑顔になる。
「……全面降伏でも打診か?」
「いいえ……その……撤退していただければと言うご相談です。兵数でも……我々のが劣り……その………金品を渡します」
「降伏ではないが………『お金渡すから帰ってくれ』と言うのか?」
「はい……民が震えております」
騎士団長たちは顔を見合わせる。
「……そうか。しかし!! 我らも多くの犠牲をはらって来ている。陛下の命令だ。降伏するなら許そう」
「こ、降伏だけは!! 降伏だけは出来ません!! 奴隷に落ちたくはないです!!」
「…………ふん。下らん。期待外れだ。俺は行くぞ」
「私も……ちょっと幻滅しました」
「あっ!? お待ちを!!」
東騎士団長は振り向いて笑いを堪えた。北騎士団長はこんなのが選ばれた剣の持ち主なのかと憤る。ネフィアは声をかけ続けるが……話は聞いて貰えなかったのだった。
*
使者としてトキヤとランスロットは相手の陣を我が物顔で歩く。兵士たちは同じ人間として全く気にせずに過ごしていた。炊事をし、談笑をし、テントを張っているのを見て「いつもと変わらないな」と二人で言い合った。
「使者として来てみたが………案外杜撰なもんだな」
「そうですね。こうやって練り歩けますから」
今ごろはネフィアが会談に赴むいているだろうと思う。その内に帰った振りをしての潜入だった。
「……父上にあったらどうする?」
「……そのときはそのときです」
ランスロットとトキヤは相手の状況を目に焼き付ける。どういった編成か武器かを見る。
そして、二人は気が付く。恐ろしい事を思い付き……策を練ることにした。その瞬間だった。
運命とは皮肉でこんな広い陣地に出会ってしまう。
「ランスロット!?」
ランスロットは慌てて振り返る。同僚の騎士たちに手を振り、先に見回りをしていてくれと頼んでいる父親の姿が目に写った。「なんでもない」と言い……庇う姿も。
「………ランス。荒事は無しだぞ」
「わかってる」
「……ランスロットか」
「どうしてここに」とは言わない。シワの少ない若作りの父上にランスロットは距離を取る。
「……その仕草に緊張感。やはりお前はあちら側か」
「妻がいるので」
「……今回は見逃してやる。今、荒事を起こす気はない。戦場で会えるだろう」
「父上……すいません」
「謝るな」
「!?」
「お前は誰の子かよく知っている。私の子だ」
「………」
それだけを言い、父上は去る。突っ立ているランスロットの肩をトキヤが叩いた。
「行くぞ……運よく見逃してくれた。お前の父は強いから助かった」
「……ええ。行きましょう。何も話すことはないですね」
父上の背中にランスロットは覚悟を決める。自分の信じる道を進めと父上に言われたために。
*
トボトボと落ち込んで帰るような振りをしながら、都市に戻ってきた。門の中へ入り、族長などが顔を見せる。
「ドウダッタ?」
「女王さんよ……相手はどんなだ?」
「愚か者だった」
ネフィアは笑顔でそう返事をする。
「私が弱々しい姿を演じればすぐ弱い者を見る目をしたよ。傲りが見え……漬け込める隙を見た。後は1日1日……停戦依頼の書状を送り続けるだけでいいな」
「………オデ、ヨクワカラナイ」
「ワシも弱々しい姿なぞ見せて何故意味があるか知らん。しかし、傲りを生ませるのは良いことなのはわかるが……」
「フフフ、知らなくていいんです。今はまだです。今はね」
ネフィアは黒い笑みを浮かべる。それを見た二人は背筋が冷え、女王から魔物の臭いがして首を振る。一瞬見えた姿はなく首を傾げた。
「……ジョウオウ」
「女王さんよ……ちと黒く見えたぞ」
「そう? なら、いいんじゃないかしら? 私は悪魔になってみせる。あなたの方、民のためにね」
ネフィアの心は決まった。やるしかないと空を見上げ、明日は雨が降りそうだと思うのだった。
*
東騎士団長は包囲した都市を見た次の日。北騎士団長は旗を掲げた。
「攻撃をしろ」と言う旗が一斉に広がり。都市を囲んでいる兵士が叫ぶ。四方の一番兵が多い場所から順に攻めていく。まずは正面からだ。
騎士の仕事はない。歩兵の仕事の攻城戦に騎士は何もしない。ただただ眺め、門が空くのを眺めるだけである。
「愚かな魔王。弱い姿を敵に見せる娼婦よ……今宵の遠征は楽と見える」
空は快晴、雨は降っていない。いい日だった。




