族長の夜 後編..
私は深夜に目覚める。と言うよりも夢の中で目覚めた。暗がりの中で浮遊し、暗い地面に降り立つ。夢の中は私たちの世界。そう………夢魔と言う種族の領域である。何度も何度も。知っている世界。
「おはようございます、姫様。エリックでございます」
目の前に灯りがつき、紳士服を着た男が現れ、仮面の男は儀礼的な礼を行う。
「英魔悪魔族長エリックさん。ここはあなたの夢ですね」
「そうです。姫様……姫様も私に会うつもりでしたでしょう? 私からお迎えにあがりました」
「……あなたも結構。変わったわね」
昔ならもっと強引なような。暴れるような感じだった気がする。心に黒い感情を宿し復讐に心が支配された時もある。あれから柔らかくなった。
「そうですね。また多く変わりました。何回も何回も……姫様。一曲どうでしょうか?」
エリックは手を差し出す。それは舞踏会で令嬢を誘うような仕草である。
「ヨウコさんに怒られますよ?」
「彼女は夢の世界まで来れません。私に残された唯一の自由な場所です」
「浮気……しているな?」
「色んな女性に夢を授けてるのですよ~時には初恋の人に、時には尊敬する人を演じ、時には私自身が入り。背中を押すのです」
「一夜の夢のような夢……儚い」
「しかし、夢であるからこそ納得します」
「……もてあそぶのね」
「私たち種族はそうでしょう? しかし……姫様は少し違うようです」
「………わかった。1曲でも何曲でも踊ってあげるわ」
私は彼の手を取る。
ブワッ!!
すると、足元からバラの花が舞い。床が出来上がり。そこから世界に色が産み出されて行く。彫刻された柱が出来、大きな円形の広場が生まれた。それは円形劇場といい、周囲一帯が客席がある。空席には誰も座らないが視線だけは感じた。自分の衣装もフリルのついたドレス衣装であり。まるで魔法のような夢に流石オペラ座の怪人と思うのだ。
「一夜限りの主役劇場。今夜はあなたが主役です」
「……ふふ。そうやって口説くのですね。でも残念。私はすでに主役を張った事があるわ。魅せてあなたに近付き。裏切った」
「そうですね、運命と思いました。それに間違いです。主役を張った事があるではなく。今も主役です。本物ですよ姫様は」
「ずいぶん褒めるのね」
「……褒める場所は多いです」
彼が私の腰に手を回し。それに合わせて曲が流れる。ゆったりした舞踏曲が。
「彼よりも上手いわね」
「お褒めあずかり光栄です」
彼とはもちろん愛しいあの人である。エリックはさすがと言うべきか。エスコートが旨かった。
「……姫様の記憶を見させてもらいました」
「あら、悪い子」
「全族長に挨拶しに回る事の意味も理解してます。特にあなたの隣を許されるという事を理解したエルフ族長たちは嬉しかったでしょう」
「本当に悪い子」
「それは、誉め言葉です。あくまで悪魔ですから……令嬢はちょっと悪い人の方が好きですよ」
「最低に悪い子……でも。そんな貴方だからこそモテそう」
「フフフ。しかし、落とせなかった人は居ますよ」
「あら? 誰かしら?」
私は惚け。首を傾げた。そういう好意は受け付けてないとキッパリと言った。
「族長たちは皆が………声をかけられた事に喜んでいます」
「嬉しいわね。こんな小娘一人。『頑張って』と言えば士気が上がるんですもの」
「ご謙遜を。知ってて動いてるでしょう?」
そう、知ってて動いた。私は「貴方に期待している」と言えば。あそこまで忠義を持つものなら期待に答えようと努力する。昔の帝国の陛下が行った事だ。
「姫は王には成りたくなかった。しかし……今は王として動かれています。指令書読ませて貰いましたが立派です」
「だーれも軍師にならないから私がやってるだけよ」
「いいえ。姫様だから従うのでしょう」
「………」
私は躍りながら顔を伏せ。そして、再度顔をあげる。
「ええ、そうね」
「その目です。その真っ直ぐ迷いない目がいとおしい。例え片目でも……皆が驚いてましたね」
「指令書のそれはあなたたち9人の秘密よ。今の私は弱い」
「ええ、知っております。そして何でも利用し勝とうとする姿勢は見ていて勇気づけられました」
音楽が佳境に入り。そして、ゆっくりと穏やかになる。私は彼が手を離したと同時に離れた。
「運命という言葉をご存知ですか?」
「ええ、知ってる」
「いま、ここで姫が立っているのは運命です」
「そうかもね」
「多くの者と触れ合い。時には救い。時には戦い。時には導いた。そして、皆に認められ、そして英魔王でございます」
エリックは仮面を取り。額に鎖の押し印を撫でる。
「だからこそ………帝国との戦も避けられない運命なのでしょう。姫様が選ばれたのも……この魔族の暗黒時代を終わらせられると信じております」
「………戦に勝ってもないのに褒めすぎよ。本当に。その褒め言葉は後で全部聞いてあげる」
「……勝たないといけませんね。勝ったら帰ってきてくださいオペラ座に」
「いいでしょう。かわりに族長エリック………族長として義務を果たしてください」
「はい」
私の目の前でエリックは跪く。
「ご使命を果たすためにもう一つだけよろしいでしょうか?」
「聞きましょう」
「自由に動いてもよろしいでしょうか?」
「良いでしょう。私は縛りません」
「では……やれることをしていきましょう」
エリックは立ち上がり。笑みを浮かべた。私はそれを見て何となくだが……思い付く。
「……一つ。武演と言う物をご存知かしら?」
「なんでしょうか?」
「こう言うことです」
私はイメージする。それはいつも着ていた鎧と手に馴染む。無銘の一振りの剣。それを腰に用意する。
「あなたの強さだけは知らないの。臣下の強さぐらい知っとかないとね」
「ふぅ、自信はございません」
「ふふ……では……」
私は手をあげて手のひらに魔法を産み出すようなイメージで力を出す。舞い散る羽根と一緒に周りから視線を感じるようになった。
「観衆がいる方が良いでしょう? 運良く彼らはあなたの夢に導かれた」
「はぁ……場を整えられたら。やるしかありませんね」
エリックは仮面をつけ直す。そして、鎧ではなくレイピアを産み出してそれをつかんで構えた。
「お手柔らかに姫様」
「ごめんなさい。手加減はわかんないの」
私は剣を抜いて剣についた炎を振り払う。エリックは宝石の輝くレイピアを真っ直ぐに構え直した。
1歩2歩と私は歩みより。勢い良く彼の目の前に飛び込むのだった。観衆の目に私を魅せながら………臣下を見定めた。




