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勇者と裏切り勇者..


 俺は一人、酒場に帰ってきた。昼を一人でとり、スマホに電気を流して補充する。周りの目線があるが気にせずにスマホで位置を確認した。スマホにはこの都市の地図が用意されている。


「…………いない。どこにも」


 消えたと表現すればいいのか、何処にも反応がない。今更ながら蜘蛛をつけていればよかったと後悔する。一人一人、消し去られているのだ。


「勇者ライブラ。話がある」


「と、トキヤさん!?」


 酒場に知り合いの彼がローブを被って登場する。深刻な顔で俺の席の向かい側に座る。


「ライブラ………全員個別で捕まったようだ」


「な!?」


「話はここで出来ない。ついてきてくれ奪還する」


 俺は驚きながらも。なんとなーくそんな気がしていたので頷く。「捕まって俺が助けに行けば株も上がるし、勇者らしい」と思い。深刻な顔をしながらも内心は喜んでいた。そういうイベントだと思う。


「余裕そうだな」


「勇者だから」


 俺にはこのチートアイテムがある。「大丈夫だ」と信じ、彼に連れられ酒場を出た後に路地裏に入る。こっそり蜘蛛をつけて警戒しながら。


 そして………大きな路地の裏に何故か広場があり。公園でもないただ広いだけの場所である。建物の影で少し暗い。


「ここは?」


「物置き場だった場所だ。情報屋の集まる場所でもあるが………誰もいないな」


「変ですね」


 俺はこっそり蜘蛛を戻す。そしてスマホの画面を見て驚きの表情と共に地面を蹴り距離をとった。


 内容は爵位勇者。英魔女王ネフィアの王配と言う情報だけで俺は臨戦体制に移る。スマホの中に数十個の魔法をコピーした。


「どう言うことですか!! 魔王の王配とは!!」


「………やっぱ厄介な能力だな。報告通りか」


「トキヤさん!! なんで裏切って!!」


「おい。ライブラ…………そいつの相手は俺がする」


「ああ、遅かったな偽者(インパスター)いいや………偽物(フェイク)かな?」


 俺は連続で入ってくる情報に混乱する。先ず……目の前のトキヤさんは王配。後ろから聞こえたのはもう一人トキヤさんがいる。これはいったいどういうことだろうか。


「な、何がどうなって!?」


「さぁ~どうなってるんだろうな」


 偽物が笑顔になる。憎々しい顔だ。それに本物が睨んで話をする。


「ライブラ、お前の仲間は全員殺された」


「えっ!?」


「目の前の奴にな!!」


 俺は驚き、目の前の男を睨み付ける。何してるんだこいつ。


「俺はまだ一人も殺ってない。お前で一人目だ」


「ほざけ………ライブラ逃げろ。ここは俺がやる」


「お、おう。援護は………」


「とにかく帝国まで逃げろ。とにかく逃げろ」


 俺は踵を返して路地裏に逃げる。スマホを構えたまま。





 勇者トキヤと王配トキヤが同じ形の剣を構える。


「腕治ったのか?」


「女神が祝福してくださった。お前こそ腹に穴が空いてただろう」


「……ネフィアがな、癒してくれたんだ。『白い翼でまるで天使だった』と聞くぜ。奇跡を俺のために起こした。本当にいつもいつも………死なせてはくれないよ」


「………ギリ」


 勇者トキヤは歯軋りをする。憎々しい自分のモデル。苦渋を飲まされた事への怒りと惚れた女のノロケ話などにヘドが出る思いだった。


「ここへ来る途中でも。夜を何回か………綺麗な聖女を汚す感じだったな。俺の上に立ち、俺の下で手を広げる姿は淫魔のそれだな」


「ギリギリ………」


 ニヤリと王配トキヤは歪んだ笑みを見せつける。精神攻撃をして、相手の冷静を失わせるつもりで効果はある。下劣な話をしているが、王配トキヤは採取される側なので苦労している。


「まぁ、お前に言っても自慢にしかならないな」


 ギャン!!


 勇者トキヤ距離をつめて怒りを込めて剣を降り下ろし重い一撃を出す。王配トキヤはそれを剣で防ぎ。力勝負をする。


「なんだ? まーだ心に奴への渇望があるのかぁ? やめとけ………俺しか見えてないぞ」


「お前を殺せば!! 稲妻の螺旋!!」


 剣に電気が走るのが見え王配トキヤは後方に下がる。バチバチと剣が帯電し、剣を中心に螺旋を描く。それに王配トキヤも準備する。


嵐の支配者(ストームルーラー)


 王配トキヤも風を剣に纏わせた。


ゴオオオオオオ

バチチチチチチ


「一撃いいのかましてやる」


「………一度死んだ奴はな!! 死んでないといけねぇんだよ!!」


 勇者トキヤが叫び剣を振るい。王配トキヤも同じように振るう。


 路地裏で雷と嵐が混じり魔力となって霧散し破壊の限りを尽くさんと荒れ狂う。そして、その中で火花が散る。遅れて激しい金属音を鳴り響かせながら剣と剣が撃ち合う。 路地裏の建物が壊れていく。


「あぁ~お前の剣軽いな」


「何を!!」


 王配トキヤは防戦一方だが。余裕を見せる。


「実力はお前の方が上だが………今回は負けられな

い!!」


 ブワッ!!


 王配トキヤの周りに風が集まる。そして、勢いよく後方に飛ぶ。追い縋れない程に早く速く移動する。


「なっに!! 逃げるのか!!」


「………」


 追い縋ろうと稲妻のごとく走る勇者トキヤ。それに向けて王配トキヤは大剣を投げつけた。それを勇者トキヤは弾いた。その瞬間………王配は消える。


「!?」


 風に混じるように王配トキヤは姿を消した。剣を残して。


「風隠しか………」


 勇者トキヤは目を閉じる。怒りを静め感覚を研ぎ澄まし、背後にいるのがわかった。くるりと翻し抱きつきにいく。


 ザクッ


 勇者トキヤはナイフを腹に受け止めながら獲物をとらえた。離さないと強くしがみつきながら。暗殺者を捕まえた。


「!?」


「捕まえたぞ!! はははは!! 一緒に死んでもらう!!」


「………ああ。お前は復活できるんだなそういえば」


「ああ!! だから!! 神の審判(ゴットライトニング)!!」


「へぇ~大呪文か」


 ゴロゴロドゴオオオオオオオオオン!!


 晴天の霹靂(へきれき)。都市を揺るがす大音量と共に路地裏にピンポイントで落雷が落ちてくる。抱きつく二人を焦がしながら。


「ぐぅ……があああああ!!」


「あああああああああ!! はははははは!!」


 自爆で道連れを敢行した勇者トキヤ。狂気じみた笑い声で痛みに耐える。王配トキヤはナイフをグリグリと抉るがいっこうに死ぬ気配はなかった。


「勇者に尾行し、お前が出てくるのを待っていた。俺と死ね!! そのすました顔を焼ききってやる」


「…………じゃぁ。俺とお前の我慢比べだ」


「くく、簡単にへばるなよ俺!!」


 都市にもう1つ稲妻が落ちる。空気を鳴動させながら。







 その頃、ネフィアは優雅に用意されたテーブルと椅子で午後のお茶を楽しんでいた。目の前に泣き張らした目をしている女の子。サーチと一緒に。衛兵のスケッチはまた後日になった。今は目の前の女の子と話をしなければならいとネフィアは思う。


「帝国のど真ん中でこんなに優雅にお茶を楽しむなんて…………変ですね」


「何処でも淑女たるもの。落ち着きを持たないとね」


「ありがとうございました。スッキリして………楽になりました。ネフィア姉さま」


「よかった。私も楽にこうやってお茶が飲めるのもあなたのおかげよ。敵対してたら死体処理中だったわ」


 サーチは「恐ろしい冗談を」と身震いして、あることに気付き想いを伝える。


「お姉さま………」


「ごめんなさい。ちょっと怖がらせちゃった?」


「格好いいいですうううう!!」


「!?」


 ネフィアが紅茶を溢しそうになり。慌ててカップに乗せる。


「んんんん!?」


「はぁ………お姉さま。流石です。その凛々しくも男のように勇敢でありながら。女の繊細さとお上品さを兼ね備えてるなんて………同じ女性とは思えません。いいえ、お兄さまと呼びしていいのでしょう………ああ!! 尊い」


 ネフィアは恐ろしい物を見た気がすると頭を押さえる。これはヤバイ。目でわかる。女の子の表情とその恍惚とした顔を見れば誰にでもその感情は読み取れた。


「あ、あなた。勇者にゾッコンではなくて?」


「教会で見たとき。私はこれは運命と思いました。そして………苦しみました。正直に言います」


「う、うん…………」


「お姉さまぁ~私のお姉さまになってください‼」


 これはあれだとネフィアは思う。都市オペラハウスでもあった。同性に対する異常な感情。ネフィアは理解できない感情だった。慕うならわかる。慕う以上に見えるのだ。まるで恋する乙女のように。


「お姉さまの活躍は知っております。聖書を何度も何度も何度も読みました。丘での笑みは………本当に美しいです」


 ネフィアは知らない。彼女が読んだ本が盲信者。エルフ族長の本だった事を。


「……………」


「あらあら、ネフィア困ってるね」


「エメリア………だって」


 ネフィアが引き気味にエメリアを見る。フワッと現れた女神は嬉しそうにご挨拶をする。


「エメリアです。こんにちは……勇者サーチ」


「始めまして!! エメリアお姉さま!! 美しいお姿です」


「「えっ?」」


「どうかされましたか?」


「い、いいえ。ええ、ええ」


「エメリア。凄く焦ってますね」


 ネフィアは理解している。エメリアも理解している。「破廉恥」と言われなかった事に動揺したことを。サーチはそれを凄く仲のいい姉妹に見え、己が女神のお茶会を共にできる今日の幸運を祈りだした。


「今日の幸運をありがとう。お姉さま」


「ネフィア!? どうしよう!!」


「エメリア………あんまりに祈りなれてないから慌ててる」


「………だって」


「ふふ。女神のお姉さま方。大丈夫です。どんなお姿でも受け入れます」


「………洗脳解けたんじゃないの?」


「………おかしくなってますね。私、女神じゃないですし」


「ああ、辛辣。ネフィアお姉さま」


「ごめんなさいね。あまりの変わりようで………」


「お姉さま。1ついいでしょうか?」


「なーに?」


 ネフィアはサーチの言葉に答える。サーチは嬉しそうにしたあとに何か考えて言葉を口にした。


「お姉さまの役にたちたい。お姉さまに救っていただいたのに何も御礼ができていません。神父さんや………色んな人に。そう………ノエールと言う悪魔さん。私の亡骸を供養してくださると約束してくださいました。帝国まで来てくれるそうです」


「そう、役にたちたいのね。トキヤさんは転生者でありながら記憶なしですけど。サーチさんはお持ちですか?」


「少なからずあります」


「では………ノワールさんと一緒に東方の島国を探して向かって欲しいです。都市ヘルカイトにユブネさんと言うドラゴンがいます。お話を伺ってください」


「島国?」


「はい。サーチさんはどういった国の出身でした?」


「島国です」


「なら、味噌とか文化を学んできてください」


「??」


「味噌汁飲みたい。松茸、醤油、揚げ豆腐………」


 ネフィアが悲しそうに味を思い出していた。ワンダーランドの世界で知ってしまった美味しさを思い出す。


「ネフィアお姉さま。思った以上に俗世にまみれてますね」


「だって………だって…………」


 異世界を何故か経験してしまい。「味を覚えてしまったのが運のつきだった」とネフィアは思う。


「わかりました。その任を承ります」


「ありがとう。ノワールさんをちょうどいいので護衛につけます。二人でユブネさんを訪ねなさい。今から色々と書くわ」


「何をですか?」


「私直々の勅命書。ノワールさんとユブネさんや他で困ったら使いなさい。女王が命ずる使命です」


「わかりました!!」


 衛兵に道具を持ってくるように頼み。10枚ほど直筆書き込む。その一枚を私は開け見せる。


「お姉さまの字………綺麗」


「そこじゃない」


「………内容はわかりました。しかし、何故複数を?」


「見てて………」


 勅命書が燃え上がる。封筒と一緒に。


「!?」


「私の魔法が入っておる。読んだら燃え上がるから偽装も出来ないわ」


「わかりました切り札ですね」


 納得してくれたようでそれを受け取るサーチ。


「ありがとうございます。姉さま……あ~姉さまの人生羨ましいですわぁ~」


「あげませんよ。私のトキヤとのシンデレラストーリー」


「本当に……勇者が好きなんですね」


「好きにならない理由はなくってよ?」


「そうですね。ああ、本当に羨ましいです」


 サーチが年頃の乙女のように恋愛話を話す。ネフィアはそれを聞きながら赤面した。エメリアも同じように会話に参加して裏話を話す。


「ネフィア姉さま。暴れすぎですね」


「猛牛ですね。あっ猛乳牛でした?」


「ネフィア姉さまの乳!! 触ってみたいです!!」


「そんなことよりも面白い事があって………」


 ネフィアは恥ずかしい過去を暴露され。ネフィアの辿ってきた恥ずかしい恋ばなもされて心がゴリゴリと削れる音が彼女はしていた。ネフィアは顔に出さず淑女として落ち着いているが、「穴があったら入りたい」と思った。事細かに見聞されている様は日記を誰かに見せているようなそんな気分を味わっていた。


「二人とも、そんな過去の事はいいでしょう」


「さ、さすがお姉さま。過去は過去と?」


「トキヤ以外の事は忘れたわ」


 全部覚えていることは言わない。


「はぁ……高潔ですね………お姉さま。少し真面目な話いいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


「お姉さまは何故。自身の能力や強さを過信したりせず。粛々としているのでしょうか……いえ。能力等は知ってますか?」


「婬魔の能力でしたら。夢や姿を変えるぐらいです」


「目に見えない能力をお持ちではないでしょうか?」


 ネフィアが首を傾げて考える。


「剣術、魔法、奇跡………他に出来る事は家事、料理、洗濯、編み物、乗馬、物書きでしょうか? サーチさん」


「本当に教養がよろしい事です。いえ。魔王……間違えました。英魔族女王になるために必要な事でしょうか?」


「強さは必要でしょう。英魔族ですし」


「ネフィア様………申し上げます」


 サーチがネフィアの能力の名称を知らないが近い言葉で話をする。抜けている部分でだ。


「ネフィア様は………勇者なのではないでしょうか?」


「!?」


 その結論、評価にネフィアは息を飲む。そして、パタパタと手を振った。エメリアは「しまった」と言う顔をする。しかし、それにネフィアは気が付かない。


「勇者じゃないですよ。女王です。魔王ですよ」


「勇者の定義は果たして転生者のみですか?」


「………それは違うでしょう」


 ネフィアは旦那を思い出して言葉にする。


「どんな過酷な状況でも未来でも。希望を忘れず勇敢に結果を求める者であり。英雄と同じように偉業を成した人を言います。そして………勇気を授ける者でもある。名誉の爵位と考えております」


「ネフィアお姉さま。お鏡……ご用意しましょうか?」


「………」


「ネフィアお姉さまは傲りませんが少し自身の事を過小評価し。自身をあまり知っていません。いえ………見てこなかった(・ ・ ・ ・ ・ )


「サーチ。愛の女神が断じます。それ以上はいけません」


 エメリアが制止の声をあげる。しかし、サーチは続ける。「お前なんか怖くない」と。


「ネフィアお姉さま。あなたは勇者です。何処の世界に聖なる力を行使する魔王がいるんですか?」


「………はぁ、ネフィア」


 エメリアがため息を吐く。そして、ネフィアは大きい大きい溜め息の後にハッキリと声に出す。


「知ってました」


「「!?」」


 二人が顔を見合わせてネフィアに向く。ネフィアは凛とした綺麗な声で真面目に語る。


「少し違いますね。見ないようにしてきた訳じゃないです。考えないようにしてきただけです。いいえ、それも違う。そんな事を考える前に………トキヤさんの夕ご飯を考える方が楽しいです。まぁ今は無理ですけど」


 ネフィアは紅茶を飲み干す。ドレス姿で足を組み、王者の風格を見せて。


「私自身、実は恐ろしくなります。『強さ』の力を持っていることや。ふと、昔はあんなにも弱かった筈の自分が気付けば歴代最強の英魔族王であり。今こうして、女神や新しき勇者とお茶を楽しんでいることを。これは必然なのか………それとも。エメリアの指図なのか………わかりません」


「………ネフィア姉様。鑑定してもいいですか?」


「いいですよ」


 サーチの目がオッドアイになり、ネフィアを覗き込む。そして言い放った。


「魔王と勇者は相反する存在。敵から見れば魔王。味方から見れば勇者。それはまるで私はお姉さまに男を見るように。トキヤ様は女として見るように。変わっていく者です」


「変な鑑定結果ですね」


「ネフィアお姉さまは………不確定なんです。なんでも演じてなんにでもなれる。トキヤ様の伴侶であると演じる故に今のお姿でしょう。だから………ネフィアお姉さま。それはもうストッパーとして機能し、それ以上に昇華されないのでしょう。天使のような聖女の勇者の伴侶で止まっています」


「……………もしも。伴侶を捨てたら」


「もっと高みを演じることができます。それがネフィアお姉さまの能力です。もっと上を目指すべきです。その先へ行くべきです」


「………そっか。ありがとう。付に落ちた」


「そうですか!! でしたら!!」


 時が止まる。そう形容するほどに空気が凍てついたような。そんな気をサーチは味わった。


「女神殺しのために………悪魔になれる。ありがとう………ふふふふ」


 サーチはいきなりの変貌に驚く。殺意やドロッとした空気に今さっきまでの穏やかな空気はない。目の前のネフィア様がただただ笑うのに恐怖する。しかし、サーチはその殺意に心当たりがある。そう、ネフィアは忘れていない。心に押し込めて押し込めている。それがちょっと出てきただけ。我が子を殺された怨みは消えてなどいなかった。


「ふぅ………ごめんなさい。ちょっとね」


 いつものように「やっちゃいました」と笑うネフィアにサーチは………喜んだ。エメリアは悲しそうに見つめる。


「そうゆうの大好きです。ネフィアお姉さま」


 サーチが笑みをこぼした瞬間に魔方陣が起動する。勇者が帰ってくるのだ。魔王の前に。


「今回は誰でしょうね」


 ネフィアは静かに立ち上がる。剣を構えて。






 ゴロゴロピシャッ!! ドオオオオオオン!!


 俺は何発目かの雷を落とした。体や至るところが焦げて痛みを発する。腹に刺さったナイフの傷口はふさがり。目の前の男と自爆しようと試みていた。だが………


 ズルッ


 力が抜け倒れそうになるのは俺の方が先だった。


「な、なぜ……」


 俺は声が出てしまう。「しまった」と思ったのも遅く。憎たらしい笑みを王配トキヤは俺に向けた。


「魂喰いは最後まで至ったバカはいない………その前に精神が歪む。まぁそれがどうしたか……知らないな。1つや2つ隠している事があってだな」


「な、なんだ!? その姿は!!」


 王配トキヤの頭に角が生えている。悪魔族のように。


「俺だって一度負けたんだ。努力はするさ………それしかできないから。人間ではなくなる。中身がな変異する」


 ゴロゴロゴロゴロ。ブオオオオオオ!!


 空に雲が出来上がり。雲が渦を巻く。


「お前は風魔法使えないのか?」


「同じ魔法を使ってやるもんか」


「そっか………じゃぁ俺は遠慮なく………やらせてもらう!!」


 目の前の悪魔が笑う。詠唱は聞き取れなかったがすでに終わっていた。詠唱を隠され何が起きるかもわからない。


稲妻の嵐(ストームライトニング)!!」


 バチバチ!!


 天空から稲妻が降り注ぐ。嵐のように。俺達に容赦なく引き寄せられた。1発1発は弱い稲妻の魔法だが連続して落ちるために呼吸さえままならない。痺れ痛む体に意識が消えそうになる。


「ふぅん!!」


 目の前の男がもがき出す。何処からそんな力があったのかデーモンや竜のような力強さに拘束を解いてしまう。


「やれ」


 そんな声と同時に……背後から大きな剣が腹を突き破られた。痛みがする。


「ぐはっ………」


「お前らの首級だ。やるよ」


 目の前の王配はボロボロの服で背を向けて歩き出す。俺は魔法を唱えようとした瞬間に口を押さえられ、後ろに引っ張られた。剣を引き抜かれ、倒れるように転がされる。そこには数人の亜人が冷たい視線で俺を見ていた。同じ大剣を数人が同時に降り下ろす。


「ぐわああああああ!!」


 体が千切れ飛ぶ。視界が暗くなり、そしてまた明るく見える。死んだために帝国に戻されたのだ。そう帝国の筈だ。そう疑問に思う。だからこそ驚く。


 目の前に魔王が俺に対して剣を突き入れていた。魔王らしからぬ白い翼をはためかせて眩しい姿で一瞬の場面で頭が混乱する。


「げほっ………ね、ネフィア」


「軽々しく。汚い口で余の名前を語るな。歪んだ愚者。決着ついている癖にみすぼらしい」


「あっぐぅ……」


 目の前に手を伸ばす。しかし、それは手に現れた緑色の綺麗な刀身の聖剣に切り落とされ阻まれる。痛みは感じない。そして、ネフィアは剣を刺したまま背を向けて羽を俺に当てる。それは温かく体が炎に包まれるのがわかった。


白炎翼(フェニックスウィング)


 包まれた炎の中で俺は終わりを感じ、ゆっくりと体が崩れるのがわかった。何故かそれは………やっと終われると安心して目を閉じる。


「…………さようなら」


 愛しい声が俺の耳に入る。手に入らなかった………至宝はこれからも輝くだろう。あの女神よりも。





 玉座の間がまた焦げ臭くなる。「人が燃える臭いはなれないものね」とネフィアは心の中で愚痴った。


 サーチがトテトテとネフィアの腕をつかんで灰を見る。


「彼は………可哀想な人ですね」


「トキヤを倒すためにトキヤを模倣した」


「だからこそ………歪んだ」


「仕方ないです。トキヤさん姉様のこと好きですから」


 スッ


 エメリアが灰の後ろにたち跪く。


「姉の犠牲者………私が供養します」


「…………」


「いいでしょう。ネフィア」


「いいですよ」


 ネフィアは衛兵を呼びに行く。片付けを依頼しようと玉座の間を後にした。





 


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。


 俺は汗を流し逃げ回っていた。すべてをこっそり見ていたが魔王の勇者はとてつもなく強い。それ以上に黒い大剣を持つ冒険者もヤバイ。


 当てもなく、都市のなかを逃げる。とにかく都市から出なくちゃいけない。そう判断した。


「畜生!! 畜生!! 畜生!!」


 夢のような生活が一瞬にして霧散した。異世界に来れた筈なのに能力を持っていた筈なのに。


 追い詰められていることに恨み言を述べる。黒い陰って湿った路地をひた走る。だが………それも終わってしまった。


「何処へ逃げる。勇者」


 目の前に角が生えたボスがボロボロの状態で剣を構えて立っていた。絶望が立っていた。


 勇者は叫んだ。この不条理な世界を呪うように。












 

 














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