魔王対王配勇者..
色々と冒険を楽しみながら。私たちは商業都市へついた。商業都市には都市名がないのは相互で呼び名が違い。権力争いの最前線だからだ。今でも族長同士で牽制し合っている場所である。
そんな都市の冒険者ギルドへ向かうと受付の女の子が俺らを待っている。先についた冒険者が家を借りていることを教えてくれた。
地図で借屋の場所を教えてもらいそこへ行くと3階立ての小さな家であり、カーテンで中が見えないようになっていた。もちろん、家に入ると数人の知り合い冒険者がトランプに興じ異種族同士で笑い合っていた。そして一瞬で笑みが固まり慌てて席を立つ。
俺らに気が付いた彼らは直立不動の姿勢を取り敬礼をした。今まで冒険者ぽさがなくなり騎士のようにピンっと背筋を伸ばす。
「隊長。お待ちしておりました。人族の隊員は既に出発しております」
「すまんな遅くなった」
「ごめんなさいね」
「いいえ。バルバトス班長から聞いておりました。そういうものだと」
要約、「ネフィアがイチャイチャしたがるので時間はかかる」と彼らは聞いている。
「あ~すまん」
「いいえ、隊員。皆ご存知ですから」
「……………ネフィアがすまん」
「わ、わたし悪くないよ!!」
「自制が効かないんだ」
「ええ、お耳にしておりました」
「…………」
ネフィアがだんまりを決め込む。少しは罪悪感があるようだ。
「でっ、隊長指示は?」
「待機、帰ってくるまで自由行動だ。冒険者として馴染め」
「はっ!! お伝えします。お二人はどうされますか?」
「どうとは?」
「ええ、これからのことを考えましても………」
隊員が気を回してくれる。俺は頷き、ネフィアの腰に手を回して借り家を出る。
「すまんな。明日、ネフィアも出発する。仕事の話はそれ以降だ」
「会議は明日ですね」
俺は頷いて今日の一日は彼女にあげようと決める。ドアを閉め、ネフィアに向き直った。黙っていた彼女が嬉しそうに俺の手を掴む。
「トキヤ、優しい」
「部下が気を使わせてくれただけだ。ネフィア何処へ行きたい?」
「宿屋」
俺は明るいうちからかとため息を吐きながら頭を撫でた。彼女はこれから戦地へ赴く。
「婬魔め」
「あなたの前では淫らな雌なだけです。これから………長い間。会えないのですから」
ネフィアは俺に抱き付いて「少しでも触れていたい」とワガママを言い。いつも変わらず可愛いままのネフィアを連れて宿屋へ向かうのだった。
*
俺は草原に寝転んでいた。春の青々とした匂いに目が覚め立ち上がる。
「ん?」
宿屋で疲れて寝ていた筈だと頭を整理していた。月明かりが綺麗なそんな懐かしい場所だと思い出していると記憶が確かならここは昔に帝国で黒騎士のときに訪れた草原だと思い出す。今でこそ綺麗な月だが。この日は………何人かの敵騎士を暗殺した帰りだった事を思い出して苦々しい気持ちを持った夜だった。
「あの日はこんなに綺麗な月が登っていたのか」
空を見上げ、月明かりの草原を見つめる。もちろん、居るだろうと思って周りを見渡すと同じように月を見ている美少女と目があった。月に照らされた姫騎士は絵になる美しさでその場をただずんでいた。
「ネフィア。お前の能力か?」
「トキヤの記憶ですね。そうです、ここは夢です」
訓練でも草原などの広く戦いやすい場所をネフィアは選んで引き込んでいた。なので考えて言葉を投げ掛ける。
「月が見たいだけで呼んだわけじゃ~ないんだな。それとも『月が綺麗ですね』と言えばいいのかな?」
「その返しは異世界では確か………『死んでもいいわ』ですね。でも私は貪欲なのでもっと愛されて愛されて死にたいから生きます」
「お前らしい。俺より先に逝くなよ。本当に」
「夢だと素直ですねトキヤさん」
「周りの目線がないからな。素直に『愛してる』と言うことぐらいは言えるさ。ベットの上でも言ってただろ?」
「はい………今は手を握って寝ていますね。きっとだらしない顔でしょう」
草原で爵位勇者の俺と現魔王が愛を囁き会う。敵同士なんて物はなく。なんとも甘美な雰囲気を月明かりが照らすのだ。
「トキヤさん。夢の中だと殺し合いしても大丈夫です。幻想ですから」
「魂が怪我をするが治るからだったな。でっ、やはりなんかあるのか?」
「トキヤさん………いいえ。あなた。私と………ううん………余と決闘してくれないか?」
「決闘?」
「そう………私は強くなった気がする」
「いいや。強くなった。俺よりもな、きっと」
「帝国は恐ろしく強敵も多い。勇者を倒すことが出来るかも不安なんです」
「自信が……ないか……」
「はい」
ネフィアは確かに強くなったと事は知っていた。しかし、何処まで強くなったかをネフィア自身も実はよく分かっていないのだろう。
「だから。お願いします。斬りたくはないのを重々承知です………お優しいですから」
「勇者が魔王を打つのは普通だが。奥さんを斬る趣味はないんだ………」
「自信をつけさせて。あなたしかいないの………処女を強引に奪ったくせに」
「合意だった」
ニコッとネフィアが笑いかけ。「私を見てほしい」と言う表情をする。これがわかったのは長年一緒にいるからこそだった。ため息を吐くだけだったがそれは肯定と言う動作に過ぎない。しょうがないやるか。
「はぁ、そこまで言うなら。ネフィア全力で行かせて…………貰うぞ」
「ありがとう。夢ですので本気でお願いします」
剣を抜き構える。ネフィアはそれに答えるように愛剣を右手で抜き。左手に緑の光る聖剣を現出させて握った。背中に翼が生え、はためき。キラキラと羽根を枚散らせる。月明かりに負けずに翼が白く輝き。枚散る羽根も光を放つ。白金のドレスのような鎧がいっそう光を反射する。月明かりの下で天使が草原に降り立つ。
「ネフィア………ちょっと英魔王ぽくないぞ」
「英魔王ではないです。余は英魔族共栄圏初代女王であり、勇者トキヤの伴侶、ネフィア・ネロリリスであるぞ」
「そうだった姫様だなお前。女王から戴いた爵位。勇者を持つ。トキヤ・ネロリリスだ」
名乗りをあげおわった瞬間。ネフィアが聖剣を投げつけた。緑の光の軌跡が空中に残る。
キャン!!
飛んでくる聖剣を大きなツヴァイハインダーで弾く。
「聖剣を投げるのか!?」
「手元に戻ってくる。いい投げナイフです」
「聖剣だぞ!!」
ネフィアは距離を取り、開いた左手で炎を産み出す。そして叫んだ。己が使える即席魔法を。意思をもつ自分の分身のような炎を。
「カイザーフェニックス!!」
打ち出した炎は火の大鳥を形作り。俺に襲いかかる。大きな大きな火の鳥はまるで意思を持っているかのように向かってくる。こんな化物を相手にしないといけない。
「その魔法は読めていた!! 空壁!!」
「きゅーん」
俺は呪文を詠唱せずに火の鳥を緑の魔方陣で出来た箱に閉じ込めた。ネフィアが驚いた顔をする。
「私の炎………閉じ込められた!?」
「消えないから封じるしかない。しかも熱と魔力を放出するから用意した魔方陣は勝手に維持される。覚えておけ、それがお前の弱点だ」
「詠唱もない即席魔法だから…………詠唱打ち消しは無理ですよね」
トキヤは頷いて答える。本来は防御の魔法だからこそ即席が出来た。
「お前は魔法で詠唱音を消すことが出来るだろうが。そのせいで並列や、長い詠唱は出来ない。逆に即席や短い詠唱はどうしても防げない。気をつけろ………」
「わかったよ」
ネフィアは笑いながら彼の言葉を聞いていた。トキヤが眉を潜める。
「なんだよ?」
「いいえ、決闘なのに私に弱点教えてくれたり。色々気にかけてくれてうれしいなって」
「………あっそ。まぁ決闘と言うのは相手を知る。いい機会であり弱点も見えてくるものだからな」
俺は照れ隠しでぶっきらぼうに顔を背けた。そう、照れ隠しを装い焦りを隠す。悩んでいる。どうやってあれを奪うかを。
「はぁ………よっと」
剣を肩に担ぎ居合いの構えを取る。ネフィアはそれに答えるように剣を納め同じように居合いを構えた。いつだって切り抜けてきた一刀。ネフィアも近い戦い方だが大きく違っていた。俺は相手より先に切り下ろす。それが出来る。
ネフィアは相手の攻撃をかわして切り払う。相手より早く切り払えないためそれしかできない。その差が命運を分けるだろう。
「あぁ……初めて対峙したけどトキヤ強い」
「ああ、そうだな。一刀で決めるかどうかだな」
月明かりの下で思う。「魔王と勇者らしい戦いだ」と思う。ゆっくり距離を詰める。ゆっくりと俺は苦しくなる。実は居合いを苦し紛れに構えた。そう、苦し紛れだ。
ネフィアが決闘しようと言ったとき。俺は悩んだ。「本気で来い」と言っていたがすでに彼女が手加減状態なのだ。ネフィアはいい、真面目に正面から戦う。一騎討ちが一番得意だろう。
歌で鼓舞し、目立つ鎧に目立つ容姿に目立つ翼があり囮にでもなるのかと思うほどに隠れられないぐらい目立つ。しかし、それは「隠れる必要がなく真正面から打ち負かせる」と言う力の現れである。いや………真面目に正面から戦う勇敢さを手に入れている。
逆に俺は………申し訳ないが正面から戦うのは好きだが。趣味なレベルで相手より先に倒すことを念頭に置き。風魔法や背後からや、相手より先の行動認識をし、先手を打つ戦い方が得意だ。闇夜にまみれ暗殺が得意だ。正面から戦うのはネフィアを護るために意地で出来るようになったが得意とはいえない。結局魔術士の騎士真似事。本物には敵わない。ネフィアも同じように魔法使い系なのだが。魔法剣士に近い。
俺は気が付いた。ネフィアも俺も剣の才能はない事に。努力の差、経験の差で決まる。
「………ん、どうするか」
苦し紛れに構えた居合い。ネフィアが受けてくれなければ本当に面倒だった。もし、受けないなら。ネフィアの得意な魔法の応酬になり、ネフィアの無尽蔵な魔法でじり貧だった。俺に残された方法は………暗殺のみだった。1手しか残されていない。
ゆっくりと距離を詰める俺たち。俺は「刀身がネフィアの剣より長く先手を打てるだろうが切れない」と思っている。一瞬の直感での回避とそれを行える身軽さ。それを補う器用な才能の塊。そして、恐ろしい程の運のよさ。それは能力と言っていいほどであり。機械仕掛けの神と一部の奴は呼んでいた。厄介である。
「ふぅ………ふぅ………」
ネフィアが冷や汗をかいて近寄ってくる。本来、かくのは俺の方だと文句を言いたいが、そうこうしているうちにネフィアは緊張した顔で………間合いに入った。
スン!!
俺は剣を降り下ろす。避けられる事を知りながらも力強く降り下ろした。
*
私は間合いに入り込み、トキヤが剣を降り下ろすのが見える。見える筈がない程に速いはずなのに動作を幻視し。時が引き伸ばされるようにゆっくりと動く。刹那が1秒に、1秒が1分に1分が1時間になるかのような感覚。
私を真っ二つにしようとする凶刃が見え、私はそれを横に大きく避けていた。
体が勝手に動き、絶大な集中力で彼の一撃を避けきった。虚空を切り、草原の草が切り刻まれ枚散る中で、私は剣を引き抜こうとした瞬間。
時が動きだし。もっと大きく回避行動を取った。
「嵐の支配者!!」
トキヤが叫び降り下ろした剣から嵐の刃を撒き散らす。周囲が剣圧とともに切り刻まれ。剣の斬った筋が残る。私はそれを全て避けきって距離を取った。距離を取らされた。避けるためには離れないといけない程に。懐へ入り込めない。
「うぐぅ………」
汗を拭う。背筋が冷える。昔の自分は愚かだった。トキヤのこの強さはあの出会った日から変わっていない筈。「聖剣を持っているから」と言っても無理だ。今でこそ一撃を入れられなかったのだから。
ゴオオオオオオオオオ
トキヤの剣に嵐が纏う。剣に魔法を付与して嵐の破壊を撒き散らせる恐ろしい魔法だ。現に地面を抉っている。あたれば鎧の隙間から刻まれ耐えられないかもしれない。
「…………」
「うぅ………こわ」
トキヤが無表情で剣を持ち直しゆっくりと距離をつめる。嵐を手に問答無用で迫り来る。私は、踵を返して走り出した。
「しまった!?」
背後でトキヤが叫び。背中から一刀の嵐の刃が迫ってきているのがなんとなくわかり、後ろを見ずに横に避けた。地面が抉れ捲り上げてズタズタになるのを横目に。私のフェニックスが封じられている魔方陣の元へとついた。
「はぁあああああああ!!」
そして、勢いよく剣を鞘から振り抜き。炎の刃が緑の魔方陣を壊し、フェニックスが解放される。私の背中の羽根と同化し、振り返るとトキヤが数枚の緑色魔方陣から風が渦巻く槍打ち出している。それに混じりトキヤが駆け込んでくる。魔法と剣の多重攻撃だ。
ブワッ!!
私はフェニックスと混じり大きくなった翼を広げ私の体を包むように目の前を覆った。風の槍が刺さり羽を撒き散らす。翼を抉るが翼だけが犠牲となり。攻撃を防ぎ、私を守る。穴や抉られたところは炎が舞い、修復された。
「ただの翼!!」
「はぁあああああ!!」
ゴオオオオオオオオオ!!
風槍の攻撃のあと波状攻撃で嵐を纏った大剣が上から遅い来る。まるでドラゴンの爪のように鋭く私を抉ろうと襲いかかる。
「んんんんん!!」
キィイイイイイン!!
避ける事は叶わず。私は翼を退かせて右手の炎の剣と聖剣を現出させ、交差し大剣を真っ向から受けた。激しい金属音とともに嵐と炎と聖剣の緑の光が混ざり合う。唇を噛み締めて力を入れ耐え抜いた。
ギギギギギ!!
勇者トキヤの剣が止まる。しかし、力強く押し負けそうだがなんとか数秒は持ちそうだった。耐えたのに驚きである。
「!?」
「ネフィア、驚いた顔をするな。俺のが驚いた。今の一撃を受け止めるか」
「お、おう」
「だから、意外そうな顔をするな!!」
「うぐぅ!?」
剣に力が入り腕が震える。だからこそ………距離を離したい。翼で彼に包もうとした。
「全てを焼き尽くす翼を!!」
「ちっ!?」
大剣が退かれ、彼は翼の攻撃から身を離す。それをみた瞬間。私は背後を見せるためにクルッと回る。包もうとした白翼が伸び、長い炎翼となる。少しだけしか距離を取っていないトキヤに向けて。
「炎翼の刃!!」
炎翼で横凪ぎに振るう。この前出来た巻き込む系の炎だ。
「くぅ!! 絶空壁」
横凪ぎに払った翼はトキヤの緑の防御魔方陣にぶつかり翼が火の粉となり飛び散った。火の粉は羽根を形作り飛び枚散る。光を放ちながら、幻想的な光景を産み出す。
「攻防一体の翼か………やっかい極まりないな。即席魔法じゃない。常在の魔法」
「そうなんですか? でも、トキヤさん倒せてないです…………強すぎでしょう。あなた」
「………」
トキヤは笑みを浮かべる。ぞわっとするぐらいに歪んだ笑みだ。気付けば頭に2本角が生え。背後のトキヤの影は体格以上の大きさの角を持ったデーモンの姿を形作る。大きな威圧、恐怖。恐ろしい魔法で私を倒そうとしている殺気が伝わる。手加減をしない事はわかっていた。禁術が垣間見える。
だからこそ、それに、恐怖に負けていられない。
「遠征の劇場!! そして………」
音楽を流す。荘厳な曲を。まるでここが劇場のように。魔法の威力を上げるために自分に強化の魔法を使い。音楽で恐怖を洗い流す。トキヤが変幻する前に先手を打つ。今なら最上位の魔法を即席で唱えられる。
「十二白翼の爆炎!!」
「ネフィア!? それは!!」
トキヤは驚いた声を上げ、防御の魔方陣を唱え出す。しかし、遅い。既に多くトキヤの攻撃や私の動きで散った羽根が光を放ちどんどん爆発する。12個の爆発どころじゃない。爆発が爆発を生み、爆発を呑み込み。大きな爆発へと昇華する。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
複数の爆発音は一際大きい爆発にかき消される。私は翼で防御しながら。爆発が収まるのを待つ。自分の翼を全力で自己修復しながら。己の破壊を撒き散らす行為に驚きながら。
「はぁ……はぁ……エルダードラゴンだから死なないけど。普通の術者なら巻き込まれて死ぬよねこれ」
私でもギリギリ耐えている。爆心地での爆発が収まり、翼を広げると。私の周りは穴ぼこのクレーターがたくさん出来上がり。私の周りには一際大きいクレーターと私を支える土の柱が出来ていた。それが崩れるまえに飛びクレーターの縁に立つ。
彼は消えたのだろうか。夢から醒めたのだろうか。
「………にしても」
彼を探しながら破壊の限りを尽くされた光景に心を痛ませる。私にはこれほどの事が出来てしまう。そう、これを都市で放てばどれだけ被害が出るか。
「恐ろしい魔法です。エルダードラゴンが元々魔物だから気にせずに放てるでしょうが……うぐぅ……」
私は剣を地面に刺し、それを松葉杖のようにして膝から崩れた。
「はぁ……はぁ……上級魔法の反動ですか」
この前も同じように打ち込んだ。しかし今度はあれよりも魔力を注ぎ込んだ。結果………反動があり。疲れを感じる。
「ネフィア。一気に魔力を注いだ結果の一瞬の弱点だ。覚えておけ………後はそうだな、魔術士はこれが扱えるが非常に危ない存在な事を覚える事。都市で放てば………多くが死ぬ。魔術士は一人で都市を壊せる者を言うが、ある意味厄介者なんだよ。いつか都市に護る術が生まれるまでな」
「と、トキヤ!? 何処に!!」
「どこだろうな? 危なかった」
周りから声がするが特定できない。風魔法の1分野。音に関する魔法だろう。見えない事に焦りつつ私は立ち上がり。剣を構えた。
「祖は嵐を統べる者」
「お、音奪い!!」
聞き覚えのある詠唱に慌てて音を消そうとした。しかし、嘲笑が聞こえ背筋が凍る。
「ネフィア。音を奪う事で詠唱を止める事はできない。口パクでいいんだよ。ただ、何を喋っているかをしっかりと覚えていればな」
「そ、それじゃ!?」
「それに、俺はそれがわかっているし。その音奪い………教えたの俺だろ?」
「………くぅ」
「俺もお前ほどではないが使えるんだ。だからこそ」
上空で声がした。私は驚いて顔を上げる。
「操られよ風よ!! 我が使命のために!! 絶空!!」
空気の魔方陣の上に乗った彼の中心から白い壁が出来、それにぶち当たり真っ暗な世界に入れられる。私はこの魔法に縁があり。何度も見てきた。だが………息を止めて待つ合間に冷や汗が出てしまう。真空の中で真っ暗な世界に立つ。暗殺しやすい空間。手を考えないと…………光が欲しい。いや。今ならある。
「フェニックス!!」
フラッとした疲れが癒えた瞬間に上に向けてフェニックスを放つ。一定に高さで形を変えて丸くなり。混ざり白い球へと変化した。それは光を放ち周りがまるで昼前のような明るさとなる。そして剣を抜いて上空や四周を見回した。
「………!?」
トキヤは居なかった。風魔法の分野で姿を消す魔法があるがあれなのだろう。しかし、それよりも驚いたのはツヴァイハインダーが草原に突き刺さっていただけだった。驚いた一瞬、頭に電撃が走りぐるっと背後を見る。そして、手に聖剣を出し、右手の剣と同時に目の前を突き入れた。
ザシュ!!
手に何か生き物を差し込んだ感覚がした。しかし、目の前は誰も見えない。だが、手応えはあった。
「………んぐ!?」
そして、手応えと同時に唇に少し固く柔らかい感触。いつもいつも何度でも触れたことのある感触があった。少しだけ………鉄の味がする。
「ん………!?」
それがスッと離れ。剣も同じように引っ張られた。剣先が見えない。しかし、血が滴るのが見える。そこから、ゆっくりと色がつき。口から赤い液体を少し滴ながら。胸に二本、心臓と腹に剣を突き刺されたトキヤが笑みを浮かべて立っていた。手には何も獲物も持っていない。魔法も切れ、フェニックスは私に戻ってきたために月明かりの草原に風景が戻る。
「ふぅ………お前の勝ち……ごふぅ……夢だが死ぬ感覚は本物だな」
「と、トキヤ?」
「驚いた顔をするな。胸を張れ魔王。勇者を倒せたんだ………はぁ………ん……ぐ。もっと………褒めてやりたいが………ごほ………無理そうだ………」
「ま、まって!!」
「おい、だから驚いた顔をするな…………すまんが先に目を醒ましておく………話はそれからだ……」
トキヤが倒れ、眠るように目を閉じた後。光となって霧散し悪夢から目覚めた。
残された私は唇に触れてあの感覚を思い出す。月をみながら顔を押さえた。きっと赤くなっているだろう………予想外な。そう………予想外な攻撃だった。
「あぅ………」
膝をついて、一瞬だったのだが忘れられないほど深く結び付いた唇に剣を離すほど体が許してしまった。それが冷静になって思い出すほどに恥ずかしくなる。
「勝ったけど………」
決闘には勝った。しかし、私は勝負に負けたような気分になる。夢だから、遊びみたいなもんかもしれない。
「起きよう……それからだ……」
私は剣を呼び戻し、首を切って無理矢理起きるのだった。
*
「ん………ん」
私は起きる。首の痛みがするようなしないような感覚の中で頭を振り周りを見た。先に起きていたトキヤが窓際のテーブル席に座り、夜の景色を見ている。
「お前も起きたのか?」
「自害してむりやり」
「そうか。おめでとう。お前は勇者を倒せたぞ」
「トキヤ」
私はベットから降りてテーブルの対面に座る。聞きたい。真意を。
「手加減した」
「してない」
「なら!! 最後のあれはなに!!」
「………なんだろうな?」
「とぼけないで………」
「ふぅ。キスした」
「行為じゃない。何故、そんなことを………あの一瞬。剣を囮にせずに背後から襲えば………」
「剣を囮にして意表を突けた。それに……もっと懐へ入れば隠したナイフで首に差し込む筈だったんだぞ? まぁ………先に剣を突き入れられて無理だったがな」
「…………じゃぁあのキスは」
「さぁ?」
「………嘘ついてる」
トキヤは隠している。私は彼を睨むと降参と言った表情で口を開いた。
「怒るなよ」
「場合による」
肩をすくめながら彼は話を始める。
「奥さんを斬る趣味はなんだ。だから……言っただろ? 『奪う』と。お前はそれを文句を言わずに始めてくれた。それだけだ」
「…………………」
「不満?」
私は笑顔を彼に向ける。決死の覚悟で唇を奪うだけなんて。本当に………予想外で。でも、やっぱり予想通りだった。
「好き」
「唐突にどうした?」
「試合には勝って勝負には負けた気分だけど。でも、トキヤは義に厚く誰よりも愛妻家で格好いい私だけの勇者さま。ありがとう」
「自信ついたか?」
私は唇を触る。
「ええ、勇者に祝福されたのです。『このまま行け』と私の中の余は言うのです」
「安心した。自信持って行ってこいネフィア。この世界の魔王は………お前だ」
私は頷き、彼の目線を受け止める。魔王と言う言葉も悪くないと思う。そして、次の日に私だけで帝国に向かうのだった。




