世界樹女神マナの使命..
私たちは妖精国ニンフの中にある城の中庭に降り立った。数人の衛兵が騒ぎ、慌てて妖精姫ニンフを探しに走り出す。顔がわかりやすい、目立つのがこんなに便利な証明になるとは思わなかった。
「ワンちゃんお疲れ。ありがとう………水浴び行ってもいいよ」
「申し訳ない。血を洗い流して………寝ます」
「お疲れさま。本当にありがとう」
足についたまま潰した返り血を洗い流すために風で土を巻き上げながら空へ飛んでいく。私は中庭にあるガゼボに入り椅子に腰かける。向かい側にはエメリアが座りだんまりを決め込む。ニンフを待つ間に悩んでいる素振りでずっと喋らなかった。
時期的にはまだ肌寒いだろうが、魔力炉がテーブルの下にあり、カーテンもついているので暖かくはなりそうだ。使用人が準備をしてくれ、ごはんの用意も手際よくしてくれた。妖精姫ニンフは少し仕事中で時間がかかるそうだ。
そして真夜中になり、カンテラで照らされたテーブルで待つこと2時間ちょっと。
彼女が杖を持ってカーテンを潜った。
「お待たせしました。魔王様」
「…………はぁ、魔王様と言わないで」
つっこんでも直さないので諦めた方がいいのかもしれない。そう、彼女の中ではもう私が魔王様なのだ。勝手に言わせるだけなら害はない。私はあきらめた。
それよりも私はマナの剣を出しテーブルに置く。緑の光を放つ剣。それを妖精姫ニンフは触る。
「………マナ様は枯れていたでしょう?」
「うん。枯れていた」
「過去、多くの生き物がこれを求め奪い合い殺し合い。そして最後は魔女によって世界樹は殺されました」
「知ってる。教えて貰ったから魔女に」
「出会ったのですね。ご無事で何よりです」
「倒したからね。こも剣のお陰で………」
「そうだったのですね。実は私はマナ様からこの杖と使命を頂いておりました」
「使命?」
「剣は魔王様の物と伺っておりました。そして………魔王様は勝てると仰っていました。なんの事かはわかりませんでいしたが。魔王様がわざわざ田舎まで顔を出した瞬間に全て理解しました。エルフ族長にも黙ってましたが、マナ様は未来が見えていたんでしょう。そして………ある事をお伝えするように言われました」
真実、それはきっと。魔女から聞きそびれた事だ。
「『滅んだ古き者どもが今を奪いに来る』と。それは『今を生きている者の終わり示しています。それを許してはならない』と我々に教えてくださいました。秘匿された情報です」
「そう………私に出来ることなんてないけどね」
「あります。今、古き者の魔女を倒しました。あれは魔王様しか倒せない傑物です」
「………運が良かっただけです」
事実、他の魔法なら何処までやれたかわからなかった。皮肉を込めてあの技だったのだろうけど残念ながら予習済みで。何とか出来た感じしかない。ワンちゃん使えばもっと良かったかもしれない。ワンちゃんには制空権を取ってたと思う。
「はぁ………意地を張って戦うなんて愚の骨頂ですね。マナを殺められてカッとなったのは知ってましたが」
「しかし、結果は私の前に勝利した魔王様がいます。エルフ族長の言った通りでした。『魔王様は絶対勝利するる能力がある』と。魔王様、お疲れでしょうからお風呂とお部屋をご用意させます。そして魔城へお願いします。エルフ族長がお待ちですのでお願いします」
「ありがとう………ゆっくりさせてもらうわ」
「はい。陽に祝福あらんことを」
「………なんですか? それ?」
「エルフ族長グレデンデさんから教えられた送り言葉です」
「ふーん」
「ネフィア…………」
「エメリア姉、やっと喋りましたね?」
エメリア姉が立ち上がる。
「少し私は何処かへ行きます。また会うのはいつになるかわかりませんが気になることがあるので。ニンフさん。またいつか」
「ええ、またいつか」
いつも駄女神ぽい雰囲気を消し去り。彼女の姿が光となって消え失せる。何処へ行くのかわからないが………悪さはしないと信じている。
「それではお風呂をいただきましょうか」
「はい」
私は立ち上がり。寒空の下、マナの剣を自分の体に戻し中庭を歩くのだった。
*
湖のほとり。私は大きな大きな樹を眺めている。太陽の光に照らされた世界樹。この世にもうない筈の世界樹は夢の中でその大きさを保っていた。
「………ネフィア様」
「やっと来た。様なんていらないよマナ。そして、何故黙っていたの。あなた自身がこの世に居ないことを」
亡くなった筈の友人が私の隣へ座る。亡くなった筈の友人………とうよりも死ぬ前の友人と言えばいいか。複雑な気持ちになる。失念していた訳じゃない。ただ過去の世界樹の夢と繋がるなんて想像できる訳がないじゃないか。
「やはり、私は斬り倒されてました?」
「真っ二つ。今日、火葬したよ………私にとって今日の出来事だけどマナにとっては明日以降の出来事だよね」
「ありがとうございます。ああ………怖いですね。死ぬのが怖いです」
世界樹は震える声で死を怖れる。しかし、その顔は全く歪んでいない。どこか凛々しさえある。
「………でも。ネフィア様に会えました。願いを言えばこうやって叶うことがあるんですね」
「世界樹の女神がお願いするなんて変ね」
「クスクス………ですね。でも良かった。転生があるのを知れましたし、思い残すことはこの世界を助けられない事ですね」
「教えてくれるのでしょう?」
「はい、私はそのためにあなたをお呼びしました。託すために。だけど………いっぱい思い出を貰うばかりになりました。ありがとうございます」
「…………」
「悲しそうな顔をしないでください。悲しそうな顔を…………」
私は彼女を抱き締める。友達を抱き締めて………あやまる。
「辛いのに一緒に居てあげられなくてごめん………怖いよね。死ぬの………わかるよ。なのに………一緒に居てあげられない」
「ネフィア………いいんです。いつかそうなるから……だけど時の壁は残酷ですね」
「うん………ぐす」
「泣かないでくだしゃい………泣かないで……うぐ………」
私たちは抱き合い別れを惜しむ涙を流した。友達の今生の別れを……もう二度と会えない別れを悲しみを涙で流す。
抱き合い、涙が乾き離れる。手だけを繋いだまま。
「ネフィア様、貴方に会えて良かった。託せて良かったです」
「うん。この剣は託されたよ」
剣を取り出し見せつける。根っ子の剣はすでに夢に無く私の手に収まっている。
「この剣はいつか………貴方の血族にお返しします。それまでお借りします。形見として」
「はい、楽しい時間をくれたのでお返しできる唯一の物です。お返しも考えずにお使いください」
「うん………大切に使わせていただくよ。マナ」
「ええ、その身を守る一つの道具としてお使いください。ネフィア」
私は剣を納める。緑の光となり私の体に吸い込まれた。
「ネフィア………最後にもうひとつお話があります」
「それを聞きたかった」
世界樹マナが真剣な顔で話を始める。
「私の目的は人類抹殺でした。これを古き者はリセットといいました。戦争で負ける事を嫌がり発動させました。ドラゴンを殺し、同種族の敵対者を殺し、世界をやり直すために更地へと向かわせました。多くの緑や生き物は失われ。しかし、時がたてば私に耐性があるものが生き残り。繁殖し新しい人が生まれ………古き者が住める環境に戻ると考えられて」
「古き者でもあなたの魔力は毒では?」
「順応した者を古き者と思考を入れ換える。それが始まりです。乗っ取りです」
彼女は淡々喋る。感情がないように。
「一番強い人間の思考を入れ換えて世界を乗っ取る。人類が世界を牛耳る瞬間を狙って」
私はそんな大きな事が行われていた事に驚き。口を押さえた。
「次に毒を産み出す物の全除去。これにより過去支配者層が寝ているノアの方舟を起動し復活。その剣はそれの鍵でしょう。おそらくですが」
「………支配者が人間じゃなくなる?」
「いいえ。人間ですが一度滅んだ人間が横から奪う形ですね。そしてそれを行う一人が魔女です。きっと私はついでに殺されるんでしょう。剣は抜けなくしましたし………他にも鍵の役割があるのでしょうね」
「………お、おう」
私は知らぬ間に世界を救っていたらしい。魔女が出てきたのは………そう、剣を抜く者が現れて対応に迫られたからだろう。まだ、帝国が世界を牛耳れていないが潜伏期間中なのに鍵を取られたらダメだからだろう。気長に待っている所に私が盗んだみたいだ。
「それであなたは………」
世界樹マナが笑顔で答える。
「裏切りました。ずっと昔にネフィアが言ってくれました。私は世界樹の女神マナと。ならば世界を滅ぼそうとする悪は正さなければなりません。私の魔力で成長し進化した生き物の母であるのであらば、この世界を横から奪うなんて許せません」
ハッキリと世界樹が私に向かって理由を述べる。
「だから。託します。いつの日か私を産み出した存在に剣を突き付ける事ができる存在になってください。親友としてのお願いです。世界を救ってくださいね」
小指をつきだす世界樹マナ。渋々、私は小指を絡める。
「………ずるい。私は約束せざるえないじゃん。きっとその支配された世界は私にもトキヤにも牙を向くんでしょうね」
「はい。お願いしました。これで心置きなく逝けますね。そうそう!! 夢があるんです」
「むぅ………大事な事を頼んでおいて………」
「いいじゃないですか‼ ついでてやってくれればいいです」
ついでで世界を救えは笑えない…………はめられた。
「大丈夫です。大丈夫。信じてます。転生先を守ってください」
「………はぁ………うん。まぁこの剣持ってる間。敵だしね。古き者どもの」
「ネフィア………再度聞きます。本当に転生はあるのですか?」
「それは安心して絶対あるから。どうみても生前の関係者いる」
「よかった。夢は次回も生まれるなら樹がいいです」
「動けないよ?」
「だから………そうですね」
世界樹マナが根っ子から飛び降りて湖に入る。水面に浮きながらくるくるとダンスのように躍りながら夢を語り始める。
「人や色んな種族が住んでいて、その中心に……聳え立つ樹がいいです。そしてみんなの生活の営みを見たいです!! あと…………家族も欲しいです。血の繋がりをもった人も………家族が」
笑顔で語りながらあれもこれもと贅沢な事を言う。
「いっぱい思い出も欲しいです。人と触れあった思い出も。たくさんたくさん………寂しい思いをせず沢山の友達も欲しいです。そして………樹なんですが恋愛をしたいです。ワンちゃんみたいな格好いいドラゴンとか………何でもいいので恋愛をしてみたいです。想いを秘めたまま恥ずかしがったり寂しかったりしたいですね。まぁ夢なんですけどね?」
一回転し、ニコッと笑うドリアードの少女。何故か私は………誰かを思い出しそうになったが首をふり、翼を広げて湖の水面に立つ。少しなら私も浮けるようだ。
「時間………来ましたね。夢は終わります。楽しい夢が醒めてしまいますね。醒めない夢は無くても…………惜しんじゃいますね。ネフィア」
「うん。最後に………マナ」
私は手を胸に押さえつける。
「あなたが生きたことは私は覚えている。ずっと。友達だった事も」
ニンフから教えて貰った送り言葉だが。私なりに祝詞をいれる。
「また何処か太陽の下で会いましょう。あなたに祝福があらんことを……………友よ永遠に」
世界樹マナが涙目でコクンと頷き。それを最後に私は夢から醒めるのだった。
   
 




