拐われる姫君..
家に帰って来てから。私はソファーで編み物を続けた。黙々と。トキヤはそんな私を見ていられずに何処かへ出掛けてしまう。一緒に居て欲しい。抱き締めて欲しい。
だけど………トキヤも私も不幸から目覚めるの時間がかかると思う。愛に臆病になってしまった。
「はぁ………辛い時こそ一緒にいるべきなのに」
私も彼も何も言えない。冬が来てしまった気がする。彼を慰めてあげたいけど。自分も元気がない。
暖炉を焚いても寒い。暖炉を焚いても明るくならない。心に影を落としてしまう。
「女神ヴィナス」
誰に教えてもらった訳じゃない。聞いたわけでもないが影と共にその名前が浮かんだ。彼女を裏切った仕打ちは彼には重たい罰だった。
「トキヤ………」
彼はまた何処かで泣いているのだろうか。
「ただいま…………ネフィア」
「………ん」
私はトキヤの声に導かれるように立ち上がり。玄関へ向かう。そして…………疑問に思った。
「トキヤ………?」
「…………どうしたんだい?」
「ん………?」
私は目の前の知らない。トキヤに良く似た人に驚きながら目を見開く。瞳の奥も優しくない。まるで他人のような目に私は言葉を発する。玄関が開け放たれて寒い風が吹く。
「だれ?」
「……………俺は………」
「おい!!」
背後から私の旦那様の声が聞こえる。トキヤに良く似た人は振り返り、お辞儀をした。
「どうも。元勇者」
「………誰だ。俺の姿を偽る奴は」
トキヤが剣を構える。良く似た人はまた振り返り素早く私の手を取った。振りほどこうとしても、逃げようとしても力が入らない。弱っている体では………全く何も抵抗できない。
「うぅ!? は、放して!!」
「ネフィアを放せ!!」
「元勇者………それは聞けない」
引っ張られ抱き締められた状態で旦那様とトキヤに似た人は対峙した。
「なら!! 斬るまで………」
「気が荒い。魔物だな自分。さぁこれはなんだ?」
「そ、それは!!」
「こ、これ!?」
私はトキヤに似た誰かが取り出した白い羽に見覚えがあった。
「女神の翼。君も良く知っているだろう。彼女を救うために使ったからな。だからアホなんだ」
「な、なぜそれが!?」
「女神の力さ。さぁ………帝国で待っている。トキヤ」
「ト、トキヤ!!!」
「はあああああああ!!」
トキヤに似た誰かの掌の羽が魔力を放ち私達を包む。私は手を伸ばした。赤い指輪が妖しく光を反射した。旦那様は剣を勢い良く突き入れようとして止まる。偽物が私を盾にしたために。
「来い。早くしないと………女神に殺されるぞ」
「畜生め!! お前は誰だ!!」
「勇者トキヤ。お前だよ………元勇者トキヤ」
「!?」
「さぁ!! 時間だ!! 翼よ!! 我が故郷へ!!」
「トキヤあああ!!」
「ネフィアああああ!!」
手を伸ばすしたが届かず。私は一瞬にして目の前が暗くなり気を失ったのだった。
*
伸ばした手が空をきる。俺の目の前にいた愛しき人は…………赤い指輪だけを残して消えた。
指輪が落ちる金属音が寂しく響く。
それを拾い俺は叫んだ。
「ああああああああああああ!!」
何故こうなったか、しらない。
奪われた。
子供の次は愛しき人を。
地面を殴り、怒りで噛み締めた唇から血が滲む。
「ネフィアああああああああああ!!」
俺は都市を揺るがさんばかりに名前を呼んだ。
しかし…………反応はなく。あの笑顔も、優しく名前を呼んでくれはしなかった。
雪が降る。
寒さだけが肌を撫でる。
だが、内にある炎だけは身を焦がすほど熱く熱せられる。
女神を深く憎しみ。剣を掴むのだった。
*
何度目の天井だろうか。もう数える気持ちもない。そんな事を考えながら私は体を起こす。体を見ると綺麗な純白のドレスに身を包んでいた。天蓋付きの赤いカーテンにベットの垂れ幕。装飾された部屋に。大きな暖炉。
「なに………これ? ここはどこ?」
私は体を触れながらひとつひとつ確認する。首と両手両足に輪のアクセサリーがついていた。まるで拘束具のように………金であり装飾はされてるが非常に強い呪物だった。女神の印がついている。
「…………!? トキヤは!!」
私はベットから立ち上がる。ふらつく足で鉄格子のはまった窓を見た。外は白い雪が降っている懐かしくもある景色に私は驚きのあまり窓から数歩後ろにさがった。
場所はそう。トキヤの故郷。
「帝国!?」
特徴の5つの城壁に水平線まで広がるかのような城下町。壁の上から見た帝国の情景。
「どうして!?」
ガチャ!!
「………お目覚めか」
「お目覚めね」
「!?」
私の背後で扉が開き。二人の男女の声がした。見たことのある一人は桜の花の色のドレスを着たネリス・インペリウムと言うお嬢様と。トキヤに似た誰かだった。トキヤと言っていたが………姿は似ていても性格は全く違っていた。
「ネリス・インペリウムお嬢……」
「久しぶりね。魔王………あのときはどうも。見て見て………私の勇者さま」
ネリスが偽勇者の手に胸を押し付けていた。偽勇者は顔に手を押さえて冷たい笑みを彼女に向ける。
「…………離れてくれ」
「はい。トキヤ」
嬉しそうに離れて行く彼女は私の目の前に立つそして。
バッチーン!!
勢い良く頬を叩かれる。ジンジン頬が痺れた。
「ふふ。いいざま………拷問も楽しそうね」
「………あまり強くはオススメしない。これは元勇者を誘う餌だ」
「………生死は関係ないでしょ?」
「ある。死んだら……帝国の都市で暴れて大変なことになるぞ?」
「何人臣民が死んでも大丈夫。いっぱいいるんだから」
「…………まぁいい。気分はどうだい? 魔王ネフィア」
「……………私は拐われたんですか?」
「それ、以外に何が?」
「…………ん!!」
私は近くにあった花瓶を掴んで割った。そして破片を構える。ネリスが笑みを溢した。
「ふふ。愚かね」
「魔王。その枷は女神が用意した神物………何も出来ない。抵抗は無駄だ」
「…………」
私は目を閉じて破片を………自分の首に突き刺そうと向きを変える。
ドコッ!!
「うぐっ!?」
「なっなっ!? こいつ自殺しようと!!」
お腹の痛みで目を開けると偽物勇者が破片を奪って驚いた顔で私を見る。
「何故!?」
「…………ぐぅ!! ご!?」
「つっ!!」
「な、何してるの!?」
「こいつ………舌を噛みきろうとした。死ぬ気だ」
「…………殺しときなさいよ」
「いいや………生かす。生かした方が元勇者は動きづらい。それを知って自分の命を断とうとしたか」
私の考えが読み取られて手を口につっこまれたのを噛み千切ろうとする。鉄の味が喉を潤す。そのまま睨み付けた。
「……………自殺は禁ずる」
「んぐぅ!?」
少し首が締まり。四肢から吸いとられるように力が抜けた。紅い絨毯に私は倒れる。
「四肢の拘束具は力を失わせる物だ。諦めろ」
「………トキヤが危険な事になるなら。足手まといなら………こんな子も生めない価値のない女は消えるべきだったのに………来ちゃう………罠なのに………」
「…………」
私はぐすっと泣き出す。それにネリスが笑う。
「いいざまぁああああ!!」
「ネリス!! 出ていけ!!」
「ええ~まぁいいわ。好きにして。凌辱するなら………私もお願いね」
「……ふん」
ネリスが出ていった。廊下から笑い声が響く。
「魔王………お前。死は怖くないのか?」
「うぅ………トキヤが死んじゃう」
「ああ、殺す」
私は絨毯を濡らす。非力な自分を誰かに消してもらいたいと願いながら。




