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流産..


 黒い。暗い。沼の底。女の笑い声が聞こえる。漂っている。力が入らずただただ漂っている。


「ネフィア・ネロリリス。いい夢は見れた?」


「だれ………?」


「ふふふ。あなたのお腹の子から伝ってあなたに言いに来た。死ね魔王……世界の因果律、運命によって」


「…………わかった。あなたは女神」


「正解。だけどご褒美は愛しい子と共に堕ちるのよ」


「あの子………!? あの子は!! トキヤの子!!」


 私は意識が鮮明になる。意識は鮮明になるが体は動かない。まるで鎖で繋がれているようだ。


「私たちの子は!? 私たちの子は!?」


「ふふふ。今までよくも………待たせてくれたわね。胸くそ悪い劇は終わり。あなたは負けたの」


「ま、け……た?」


 どういう事だろうか。


「そう、あなたは魔王として勇者に負けたの。彼は裏切ったから最高の仕返しができた。でもまだ彼は生きている」


「…………」


 黒い感情が声から伝わる。死神の囁き。


「さぁ!! この子は貰っていくわ‼」


 その声に身震いする。


「ま、まって!?」


「残念!!」


「やめて!! 奪わないで!! その子は!! トキヤの!! トキヤの!!」


「裏切り者の子は生ませないわ。いいえ、彼は最高の手段を用いた。あなたの体の内側から壊せる」


 声を出す。声だけは出る。体が動かない。もどかしい中で、別の声を聞いた。


「その妹は奪わせないわ。お姉さま」


 それは女神さまの声だった。


「エメリアさん………」


「ふーん。まぁいいわ。そんな残りカス、塵ひとつ気にしない。ネフィア………また会いましょう。もっと絶望させてあげるわ。私の刺客で」


「…………ネフィアさん。お手を伸ばしてください」


 私は言われた通り沼から手を出す。すると大きな手が私を包み込んだ。


 暖かく大きな手だった。






「ん…………」


 ここはどこだろう。見慣れない天井が見える。


「ネフィア………起きたか」


「トキヤ?」


 私の手を掴む彼を眺めた。ゆっくりゆっくりと夢を思い出す。


「…………あっ赤ちゃん」


「ネフィア。取り乱さず聞いてほしい」


 真剣な眼差しで私を見る彼の瞳は悲しみに彩られ不安が的中した。


「そ、そんな!! 嘘よ!!」


「ネフィア!! 落ち着け………落ち着いて聞いてくれ。まだ安静にしとかなくちゃいけないから!!」


「トキヤ!! どうして落ち着いていられるの!! どうして!! あの子は!! どこ!! ねぇ!!」


「……………ずっと前に供養したよ。あの丘で」


「……………ぅ」


 声が出ない。痛む体を起こしお腹を触れる。引っ込んだお腹に………なにも感じれない。


「あ……ぅ………」


 あんなに元気だった子。お腹で感じれた熱さがない。もう愛しい子がいないお腹を抱き締めて私は涙を流す。


「………うぅ………」


「ネフィア………すまん。言葉が思い付かない」


「…………ひっく………居たんですここに」


「ああ」


「居たんです……いたのに………私は………男だったから………うめなかった…………」


「それは違う!! 自分を責めるな!!」


「でも……でも………どうして………どうして!!」


「…………運が悪かったんだ」


「ああああ!!」


 私は大声で泣き出す。全て………全て………無くなってしまった。あんなに愛しかった事が全て……崩れていった。


「いやぁ!! いやぁ!!………好きだったのに………うまれてくる事…………ずっと…………お母さんになれるって………」


「…………ネフィア」


「ごめんなさい。ごめんなさい。生んであげられなかったらごめんなさい。ごめんなさい!!」


「ネフィア!!」


 トキヤが私を強引に抱き締めてくれる。抱き締めながら………私は彼の胸で泣き続けた。涙が枯れるまでずっと。ずっと。





 何日たったのだろうか。窓に写る雪をずっと眺めていた。失意の底で何も考えられない。お粥という、最近流行りの療養職も味はせず、ただただ外だけを見ていた。


「ネフィア………帰るから。これを着てくれ」


「帰る?………どこへ?」


「家だよ。家………診療所のベットを空けないとな」


「………そっか」


「………あまりに痛ましいから………誰も面会させなかったが。本当に今は誰にも会わせられない」


 彼は苦い顔をして私の頭を撫でる。


「ネフィア………次。頑張ろうな」


「………トキヤ。ごめん」


「どうした?」


「……………………ここ。壊れちゃった」


 私はなんとなくお腹をさわった。場所はちょうど子宮は辺りで私は失った事がわかる。


「ぐぅ………くぅく」


 トキヤが唇を噛み。拳から血が滴る。体を震わして怒りを見せる。誰に対して、わからないけど。


「ごめん。トキヤ………私は女になれなかった」


「ネフィア!!………いいんだ。もう。子供なんていらない…………君だけが居てくれれば」


「トキヤ?」


「ネフィア。今は辛いだろう。だけど前を向いて歩いてくれ。いつかでいい…………また。笑えるようになろう」


「と、トキヤ………トキヤぁ……」


 私は枯れたと思った涙がまたあふれ。顔を抑える両手から溢れ落ちる。


「捨てないで………女になれなかったけど……捨てないので」


「捨てない………捨てるわけないじゃないか。お前しかいない。俺には」


「ごめん………トキヤも辛いのに私ばっかり泣いて………ごめん………産めなくて」


「もういい………もういいから………大丈夫………大丈夫だ」


 また私は彼の胸の中で思い出したかのように泣き。発作のように自己嫌悪に陥る。


「さぁ………家に帰るぞ」


「ぐすん…………うん」


 私は病衣の上からフカフカの犬系魔物の毛皮を羽織り。足腰が立たず。へたりこんだ私を彼は背負った。ナーガ族の医者に挨拶を済ませ………冷たい雪道をトキヤは歩く。


 彼の背は暖かい。でも………心は冷たいままだった。気付けばもう冬になっている。そう………冬に。







 家に帰り、彼は私を下ろす。やっと廊下の壁に手を繋ぎながら立ち。ヨロヨロと部屋に入った。


「………暖炉に火入れるね」


「俺がやるから。無理するな」


「…………うん」


 彼の肩を借りながら言葉に甘え。ソファーに座った。お腹にいないのに軽い筈の体は凄く重い。


「………あっ」


 トキヤが暖炉に火を入れていく。私は目の前のテーブルに手を伸ばす。


「………ん」


 私は目の前の当時のまま置いていた手編み途中の赤い服を持ち上げた。赤い毛糸で毛糸玉に繋がったままの状態だ。


 完成………しなかった。でも………もう必要ない。


 ギュウウウウ


 それを私は強く抱き締める。


「ネフィア? どうした体調がわる………あっ」


「トキヤ…………これどうしよう」


「…………」


 トキヤが困った顔をする。頭を掻いて罰がわるそうに。


「もう…………必要ないね」


「…………くっ」


 私はその服を編み、完成させようとする。


「ね、ネフィア?」


 意外だったのか彼はしゃがんで私の顔を覗き込んだ。


「丘だよね…………」


「……ああ」


「春まで編んで………行こうねトキヤ」


「ああ…………うぅ………」


 トキヤが我慢できずすすり泣きだした。我慢してたのは知ってた。「男が泣くなんて」と思うかもしれない。だけど今は二人だけ。咎める人なんていない。


「ネフィア……………」


「…………今はいっぱい泣こう…………………次会うとき笑顔で会いたいからね」


 トキヤが私の膝で泣き。服が濡れた。


 この涙は前の涙と違い。冷たく感じるのだった。












 

 

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