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幸せの時間は終わり、崔は投げられる..


 寒くなってきた時期でお腹は張り出し、今か今かと出産を待ち通しい日々が続いた。


「出産………近いね。トキヤ」


 私は台所で重たい体を起こし。紅茶を淹れ、テーブルに置く。


「………そうだが。無理してないか?」


「してないよ?」


「なら、いいが」


 私は席に座り。お腹を撫でる。愛しく愛しく。


「トキヤ。名前決めちゃおっか?」


「名前かぁ………」


「うん。名前だよ」


「……………産まれてからでも」


「えぇ~私は決めたい」


「じゃぁ、決めていいよ」


「うん……………トキヤ~」


「どうした? 決めていんだぞ?」


「産まれてからでいい?」


「…………よし。ほっぺ貸しなさい。つねる」


「やぁ!!………だって。思い付かないし」


「同じじゃないか。思いつかないの決めたい言ってるのに」


「へへ……同じだね」


「………嬉しそうだなぁ」


「お腹に子がいるのに嬉しくないことは絶対ないです」


 私はきっと笑っているんだろう。幸せそうに。彼もやれやれと仕草で示す。


「そうだ!! 今日ですね作ったんです!! クッキー」


「おっ!! いいね」


「持って来ます」


 私は立ち上がる。その瞬間だった。


「あれ…………」


 つまづいた訳じゃない。何も兆候なんて無かった。だけど体が沼に沈むような深く落ちていく感覚。ゆっくり目の前が暗くなり。墜ちていく。


「………………!!」


 トキヤの方を向いたとき。私は倒れていくのがわかった。声を叫ぶ彼の声も聞こえず。深く淵へ墜ちていく。何も考えられずに私は気を失った。








「ネフィアあああああああああ!!」


 俺は倒れた彼女を抱き抱える。顔は青く衰弱し今さっきの元気な姿から一変。異様な姿だった。頭を強く打った。息はあるが細い。


「どうしんだ!? ネフィア!! 目を開けてくれ!!」


 彼女はピクリともしない。背中からドロッとした汗をかいてしまう。嫌な想像を振り払うように彼女を抱き抱える。


 医者の場所いかなくてはと立ち上がった…………そして………気がつく。


 彼女は足からポタポタと血が落ちている事を。スカートに黒く染みを作っていく。黒い血が床に広がった。


「つぅ!!」


 何度も嗅いだ。鉄の臭いと死臭。戦場で何度も何度も嗅いだ懐かしく胸くそ悪い臭い。気付けば体が勝手に動く。家を飛び出して、走りながら彼女に声をかける。涙が出そうだった。


 すれ違う人々に声をかけられるが無視をし、ナーガ族の医者の診療所に一目散で駆ける。


 死の臭いを振り払いながら診療所につく。到着した瞬間に医者であるナーガは何かを察して診療を中断し、彼女を移動できるベットへ寝かせ部屋の奥へいく。待たされる俺は気が狂っていなかった事を今になって知る。気が狂いそうになるのを押さえるために拳を握って廊下の壁を叩く。


「畜生…………何故、何故なんだ」


 気付かなかった。彼女の異変を。誰から見ても今の異常なもの。この瞬間まで甘い時間で感覚が鈍っていた。


「くっそ………くっそ…………」


 気付けば手遅れまでになっている。


「………トキヤさん」


 背後で声がする。優しい声の主に俺は怒りをぶちまける。魔物のような咆哮で怨恨を口に出す。


「誰だ……一人にしてくれ」


 振り向いた先の女神に悪態をついた。


「………トキヤさん。目を逸らさず聞いてください」


「女神………お前………知っているな」


「ええ。知っています」


「誰だ!!………あいつを!! ネフィアを呪った奴は!!」


 女神がゆっくり腕をあげる。そして………俺を指を差した。


「……………」


「な、なに………」


「トキヤさん。目を逸らさずに聞いてください」


「何故俺なんだ!! 俺はあいつを!!」


「でも、勇者でしょ?」


「元勇者だ!! 勇者じゃない!! 俺は………」


「女神の勇者でしょう。使命は魔王を殺す事………例えその気がなくとも………彼女の体に女神の操れる因子があればいい。特に女神の祝福は魔族の毒となる。いいえ、狙って中身から呪えばいい。人間至上主義者だから」


「ふざけるなぁ!! 認められるか!! こんなこと!! こんなことを!!」


「目を逸らさず見たでしょう? 彼女は人間を孕んだために死にかけている。女神の祝福によって」


「祝福!? あのどす黒い呪いかが!!」


「人間………の祝福は汚れて黒いです。汚れてしまってる」


 俺は肩を落とし診療所を後にする。


「何処へ?」


「俺は外で泣く………女神エメリア………」


「………はい」


「嫁は………頼んだ」


「気をしっかり持って丘で会いましょう。ネフィアさんは救います」


 俺は無言で診療所を後にした。






 行く場所なんてない。俺の場所は奪われてしまった。だけど………足取りは自ずと丘に向かう。


 たった一人で。丘に向かった。


 寒い時期、花も草も生えていない場所。匂いも無く。突き刺さる冷えが体を貪る。目を閉じれば今まで見た中での最高の情景が思い出され。膝が折れてしまう。


 気付かなかった。女神が後ろで鎌を構えていたことを。


 奪われた。あの情景、彼女の笑顔を。診療所での医者の言葉が怖くて逃げてきた。千の敵を前にしても逃げなかった俺が………一人の女に安否でさえ怖がるようになってしまった。


「お待たせしました。トキヤさん…………ネフィアさんはなんとか生きてます。目覚めるのは時間がかかるでしょうが運は強いです」


「…………………」


 何も聞けない。わかっている。希望なんてない。


「トキヤさん。わかってると思いますが…………」


「……………」


「お亡くなりなりました」


「…………………畜生め」


 全て今までの事を掴み握り潰された気分だった。


「あいつが一番喜んでいたのに………何て言えばいいんだ!!」


「………心中お察しします。そしてこれを」


 女神が両手を開けるようの何かを見せる。黒い染みがついた何かの魂。魂喰いの俺だから見る。


「………小さいな」


「はい。小さいです」


「貰っても?」


「はい………救うことは私には出来ませんでした。でも………拾うことだけはできます」


「ありがとう」


 その小さな黒い塊を手に取る。生暖かく今にも消えそうな魂。


「…………悪かった。俺が勇者じゃなかったら生まれていたのにな」


「関係ないです。人間は皆、姉の首輪がついています。たまたまあなたが女神に近かった」


「そうか………じゃぁランスも一応は気をつけるように言っておこう。エメリア………俺を軽蔑するか?」


「いいえ。この魂が姉の元へ行くよりもいいと思います。その行為は咎めません。禁術でしょうが」


「なら……………喰らおう。女神の呪いと共に」


 俺は我が子の魂を喰らった。身が焼けるように熱く。皮膚が一部爛れた。


「トキヤさん!?」


「はぁはぁ……我が子はこれを耐えたわけか」


「トキヤさん?」


「耐えたからこそ………ネフィアは大丈夫だったわけか。男の子らしい勇敢な我が子だ」


「………………はい。小さいながら母親を救ったのでしょう。全ての呪いを内包して」


 魂を喰らい。苦労を知る。


「………勇敢な子だった」


 膝をついたままの俺は立ち上がる。今は涙は枯れた。だから………会いに行こう。我が子の亡骸に。供養をしなくてはいけない。


「………トキヤさん」


「なんだ?」


「………………………なんでもないです」


 女神エメリアは何かを言いたげだったが気にせず丘を下りるのだった。





 ごめんなさい。トキヤさん、ネフィアさん。


 私は知っていた。こうなる事を。こうなってしまう事を。


 だけど………必要な事なんです。


 私は………私は………姉に復讐したい。


 私は姉を止めたい。


 私はあなた達を利用して姉を倒したい。


 だから………黙った。


 復讐者を作るために。この世界の歪んだ物を見せるために。


 そして。私は彼女の力で賽を投げる。


 彼女は………必ず至る。そう信じて。


 







 


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